東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
作者「とんでもねぇ、(地道に)書いてたんだ」
と言うわけで、新章開幕にして本当に本当の久しぶりの更新となります。
そしてもう遅いような気がしますが100系チェイサー実装記念回です。
リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。
今回は久しぶりの投稿となりますので、一応気をつけてはいますがもしかしたらガバってる部分もあるかも知れません。
第20話 新たなる挑戦者
秋名山。
夜が深まり日付が変わろうとする頃合い。
交流会もとうに終わったと言うのに、この日はいつも通りに赤城に戻ったメンバーとは別に、高橋涼介を筆頭として数人のレッドサンズのメンバーが秋名に再び訪れていた。
その中の1人、二軍メンバーの村田は定期メンテナンスのついでにサスペンションの設定を一新して戻ってきた愛車のスーパーブライトイエローのMR2を駆る。
後ろにはスピードスターズのメンバーである吉村のイエロイッシュシルバーツートンのS13シルビアが追走している。
お互いのスキルアップのために練習走行に付き合ってほしいと吉村が頼み、村田がそれを了承した形だった。
村田(後ろのシルビア……前よりも食らいついて来る!一皮剥けたと思ったらこの上達スピード……!流石に地元か。俺たちもうかうかしてられないな!)
吉村「速い……!(こっちはほぼ全力なのに、まだまだ追いつけないか……徐々に離される!マジでいい腕してるぜ!二軍でこのハイレベルっぷりなら一軍の本気は……やっぱりレッドサンズの壁は分厚い!)」
上りのバトル。
スタートした直後のキツい勾配の右コーナーを双方が3速を維持したまま駆け上がる。
キツい勾配のせいで勝手に荷重が後ろに抜けてしまい、旋回姿勢が取りづらいが故にアンダーステアとの戦いとなる急な上り坂で、両者共にステアリングをこじりスキール音を掻き鳴らして走った。
続いて目の前に左のタイトなコーナーが顔を出した。
今度は2速進入。
ステアリングを切り、サイドブレーキを引いてリア流し、そしてカウンターステアを当て、アクセルを煽りながら姿勢を整える。
コーナーの出口ではそのスライドするリアを可能な限り滑らかに収束させることを意識してステアリングを戻し、その後の短いストレートへと車を進ませていく。
この上り勾配のおかげで姿勢変化が滑らかでコントロールしやすい点は吉村にとってはむしろ良い点でもあった。
アクセルの開度とステアリングの舵角がカチリと噛み合いお釣りを貰わずに上手い事ドリフトを決められた。
吉村「よし、上手くできた!(だんだん掴めてきた!これをダウンヒルで、より速いスピードレンジで、安定して出来るようにならなきゃな!リーダーはこのスピードスターズを本格的な走りのチームに生まれ変わらせると宣言したんだ!俺もしっかりついて行くんだ!)」
吉村は先週覚えたばかりのドリフトを体に馴染ませるべく、ひたすらに走り続ける。
このレッドサンズのメンバーを誘ってのバトル形式でのプラクティスは彼にとって実りのあるものであったし、誘いを受けた村田にとっても赤城以外の峠で現地の走り屋を相手に実戦形式で新しいマシンのセッティングを試せる機会が、向こうのほうからやってくると言うのは願ってもない幸運だった。
ゆえに、これは双方にとって利のあるバトルと言えた。
村田「よし、乗れてる。いい感じに仕上がってきたな(前より踏ん張りが効く。やはりスタビの硬さを変えて正解だった。この新品の車高調も中々馴染んできたし、新しいモデルだけあって路面の追従性が良い。……もう少し走り込んでネガを洗い出したらまた足回りの再調整だな)
その左コーナーを抜けて短いストレートののちにまた右の突っ込み。
そこで吉村は背後に一瞬ヘッドライトの光が照射されたように感じた。
しかし今は目の前のライバルに集中すべきと考えた彼は気のせいと思い再び前を見据える。
徐々に前のMR2に離されていく事に悔しさを感じつつも気を取り直し次のコーナーを見据えるが、そこに真後ろから光が飛び込んでくる。
そこで一瞬前に感じていたその存在が気のせいではなかった事を思い知る。
♪ FAST & FURIOUS HERE WE GO / Marcus D
吉村「何だ!誰だ!?(慧音さんのインプじゃない!あの人は先に登っていったはず!他に走ってるレッドサンズのシルビアでもない!このヘッドライトはスカイラインか!?……いつの間にこんなに詰めてきやがった!)」
村田(なに!シルビアの後ろに誰かいる!知らない奴だ!……ファンタジアか?それとも地元の別の走り屋か!?)
そこでようやく村田も猛烈な勢いで追い上げるその車の存在を認識する。
そして2人はその車がR32スカイラインであることに気づく。
???「おせぇ!どけって言ってんだよこの雑魚!」
続く第3コーナー手前で既に至近に迫っていたその車は、コーナーの立ち上がりで2人がイン側を守るラインを取るとアウトから大胆に被せてそのまま猛然とぶち抜いた。
2人の眼前、その黒いボディのテールには、確かにGTRの3文字が見えた。
村田(R32……GT-Rか)
それから2つほどコーナーを抜けると既にそのGT-Rは圧倒的な速さで秋名の上りを駆け抜けて2人の前から姿を消していた。
中里「……こんなもんかよ。スピードスターズもレッドサンズも!」
GT-Rの運転席でドライバー、中里が吠える。
彼の意識は既に抜き去ったシルビアとMR2ではなく、その先にいるだろう他の走り屋たちに向いていた。
上り側の連続ヘアピン、その第3コーナーで高橋涼介は流しのペースで自分の走りと例のハチロクの走りとを擦り合わせながら走っていた。
自分のライフワークである公道最速理論の構築。
あのハチロクやファンタジアの上位メンバーたちの走りが、彼の執筆するその論文の大きな糧となっていた。
ゆっくり、そして正確に。
あのハチロクのドリフトを可能な限り再現しようと己の持つスキルを動員しながら、何度もあのビデオを見てこの頭に叩き込んだハチロクのラインをトレースしていく。
涼介「ストレートの速い車が追ってくる。少し様子を見てみるか」
そんな中、彼に横槍を入れるが如く猛烈なプレッシャーを放ちながら迫る車が一台。
中里のGT-Rだ。
中里「白いFCか。次はコイツだ!」
中里が白いFCの背後に張り付くと、そのFCが明らかにペースを上げて逃げに入る。
バトル開始だ。
涼介「バトルがお望みか。……ならやってやろうじゃないか!7割くらいのペースでぶっ飛ばしていく!ついて来れるもんなら、ついて来い!」
中里「よし来たぁ!そう来なくっちゃなぁ!」
続く第4ヘアピンを抜ける時に中里の目には確かにFCのリアフェンダーに貼られたレッドサンズのステッカーが見えた。
中里「やっぱりお前か……!高橋涼介!」
白と黒、FCとGT-Rが第4ヘアピンを立ち上がりストレートを駆け上がる。
2ローターターボと直6ツインターボが唸りを上げ、目の前にいたレッドサンズの竹原のシルビアを圧倒的な速さでぶち抜き、続く左へ突っ込んだ。
竹原「今のFC……涼介さん!バトルしてるのか!?」
須崎「後ろのGT-R……まさか妙義の中里か!一瞬ナイトキッズのステッカーが見えたぞ!」
ドライバーの竹原が驚きの声を上げると隣の助手席でコドライバーをしていた須崎があのGT-Rが妙義ナイトキッズの中里ではないかと察する。
2人のバトルを見届けようと竹原もアクセルを踏みちぎって追いかけようとするも、2人のデッドヒートはコーナーを抜けるたびに遠ざかっていった。
スケートリンク前ストレート。
ペースを上げて駆け上がる涼介と中里の前には青いGDBのテールが現れる。
先に流し始めていた慧音のインプレッサに2人が追いついたのだ。
慧音(あの白いFCは高橋涼介か。見慣れない車とバトルしているな……。どんな奴か、少し見てやろうか)
ハザードを炊いて脇に寄せてラインを譲る意思表示をすると2台が慧音の真横を飛び抜けていく。
FCとGT-Rが前に出たことを確認すると慧音もアクセルを踏み締めて共に加速していく。
13BとRB26にEJ20が加わり、夜の秋名に三重奏の咆哮が響き渡る。
中里「後ろの例のGDBも来たか!それでこそだ!……こんなに燃える展開は久しぶりだぜ!」
中里の燃え上がる心に応えるようにRB26が唸りを上げて加速する。
360馬力を発揮するFCに食らいついて離さない。
その後ろからは3速全開加速でGDBが迫る。
ストレート終端のヘアピンコーナーを3台がドリフトやグリップで、それぞれ三者三様のスタイルで駆け抜ける。
コーナーの先にいたスピードスターズのスターレットを3台並んで抜きあっという間に置き去りにすると、続くもう一つのヘアピンに飛び込んだ。
中里「ついて行けるぜ……。あの高橋涼介に(どんなにドライバーが優れていても、所詮は型遅れのロータリーか)」
涼介(進入時にしっかり減速し立ち上がりで力強く加速する。中々まともだな……。ちゃんとついてくるじゃないか)
慧音「なるほど、やるな(R32の泣きどころのアンダーステアを荷重移動で上手いこと打ち消しながらのグリップ走法か。中々堅実な走りをする。……荷重移動とマシンの特性をよく理解している証だ)」
3人の思うことは様々ながらも3台もつれたまま走り続け、最終コーナーを抜けていった。
走り終えた3台は旧料金所跡の駐車スペースに進入していく。
適当な枠に中里、涼介、慧音の順で車を並べて止めるとそれぞれが運転席から出てくる。
中里「俺は妙義ナイトキッズの中里毅だ。……一応聞いておくが、お前たちは?」
涼介「俺は高橋涼介。赤城レッドサンズのリーダーだ」
慧音「私は上白沢慧音だ。チームファンタジアのメンバー兼コーチ役なんかもやらせてもらっているよ」
中里の問いかけに涼介と慧音が答える。
涼介「妙義の中里か。名前くらいは俺でも聞いたことがある。そんな妙義の走り屋が、秋名の峠で何をしているんだ?」
中里「それならお前も人のことは言えないだろうが。レッドサンズは赤城の、そしてファンタジアに至っては県外からの長期遠征組って話だっただろう?」
慧音「目的なら同じなんじゃないか?秋名の峠に現れた超人的な速さのハチロク……。彼に会いたくて来たんだろう」
中里「あぁ、今日は秋名の峠の下見も兼ねて来てみたんだ。もしかしたらスピードスターズの溜まり場のガソスタを経由するなんて言う回りくどい真似をしなくても良いかもしれないと思ったんだが、結果は空振りだ」
涼介「そうか。……だが分からないな。380馬力程度にまでチューンしたGT-Rで、馬力の上では半分も無いだろうハチロク相手に噛みつこうなんてな」
中里(ん?なんでコイツ俺の車のエンジンパワー知ってんだ?いつの間にか俺も有名になってたのか?)
慧音「馬力のある重量級の四駆ターボに軽量級のローパワーNAか。確かに……これ程までに噛み合わない取り合わせも珍しい。殆ど真逆にあるマシンだな」
涼介「それに、やる前から結果なんか分かりきってるぜ。……上りなら、GT-Rのパワーの前にハチロクは手も足も出ずに負けるだろう。だが、下りでは逆にGT-Rはあのハチロク相手に絶対に勝てやしない」
中里「なんだとぉ!?ダウンヒルで俺が負けるってのか!」
涼介のその言葉に、中里は眉を吊り上げ反応する。
カチンと来た様子の中里はそのまま涼介を相手に食ってかかる。
涼介「悪く思うなよ。俺はただ思ったことを言っただけだ」
中里が涼介を睨みつけるが、とうの涼介はどこ吹く風といったふうにさらりと受け流した。
そしてその眼光はその隣で2人の様子を見守っていた慧音にも向けられる。
慧音「中里くんには申し訳ないが、私も涼介と同意見だ。上りはGT-Rの圧勝だが、下りはハチロクが勝つだろう」
上りでは勝つと2人に言われた事に関して、特に中里は嬉しく思わなかった。
上りでバトルをしてもテクニックの有無に関係なくマシンのスペックで勝つ事になるのは、何よりも中里自身がとある経験から身をもって理解している事であった。
それよりも、技術こそがものを言う下りで負けるだろうと思われていることが何よりも我慢ならなかった。
中里「なに……!そりゃあどう言うつもりだ!特に高橋涼介!お前……弟がやられて怖気付いてんのかよ!……いくらドライバーが凄腕とは言え、相手はたかがハチロクだぞ!」
やはりと言うべきか、中里は内心でそのハチロクのことを侮っている節があるのだという事を涼介と慧音は察する。
あの走りを真後ろから観察できた2人には理解できたことではあるが、例えGT-Rだろうとフェラーリだろうと、あのハチロクはその手の油断や慢心を持ったまま戦って勝てるような相手とは思えないというのが2人の共通認識だった。
涼介「一度共に走れば分かるさ。あのハチロクの凄さがな。良い車、速い車に乗っているだけでは、到底勝てない。少なくともマシンはもちろん、それを扱う腕が伴っていなければ、勝負の土俵にすら上がれない。あれはそう言う奴だ。お前ほどの腕があればそれなりにやり合えるだろうが、勝てるかどうかは別問題だ」
慧音「あぁ、言い方は少し悪くなってしまうが私からも一つ、忠告させてもらう。あのハチロクをたかがハチロクと考えているのなら……そう思っているうちは、勝ち目はない。その慢心に必ず足元を掬われることになるぞ。あれをそこらの走り屋と同列と考えるな。……秋名の下りのためにチューンされたマシンに、秋名の峠が育てたドライバー。今日わざわざ下見と称してここに来たと言うことは、それを相手にお前は秋名で挑むつもりなんだろう?であればなおさらだ。……涼介の言う通り、厳しい戦いになるのは間違いない」
まるで「お前では勝てないからやめておけ」とでも言わんばかりのこき下ろされっぷりに中里の中で何かが切れた。
中里「ふざけんなよ……。2人揃って随分と弱気なもんじゃねぇか!それに、そこまで言われちゃこっちも引き下がれねぇだろ!俺はあのハチロクに勝つ!下りで勝ってその言葉を撤回させてやる!……お前らがデカい顔できるのも今のうちだぜ!妙義には中里毅がいるってことを忘れるなよ!ロータリーだろうが水平対向だろうが、そんなもんGT-Rの敵じゃねぇってことを教えてやる!」
中里はそう啖呵を切ると愛車のGT-Rのエンジンを回して走り去っていった。
慧音「ふふ……君も意外と言うものだな」
遠ざかるサウンドとコーナーの先に消えていくテールランプを2人で見送ると、クスリと小さく笑みを浮かべながら慧音がそう切り出した。
涼介「……さて、何のことかな?」
涼介はわざとらしくとぼけてみせる。
慧音「なんだ、わざわざ隠す必要もないだろう?……ああやって挑発的な態度を取ってGT-Rをハチロクにけしかけて、そのGT-Rを相手にハチロクがどうやって戦うのかを見ることで、その走りのスタイルを把握しようと言う腹だろう。私たちが君たちのリベンジマッチを同じ目的で利用したように、君もあのGT-Rを利用するつもりだな?」
涼介「……そこまで分かるか。まぁ、そうだな……兄としては遺憾ながら、うちの啓介ではあのハチロクの本気を吐き出させるには至らなかったようだからな。そちらが提供してくれた追走の機会とその映像は大きな助けになってくれたのは間違いない。その事については感謝しよう。……だが、欲張りだと言う自覚はあるがもう少しデータが欲しいと思っていたところだ」
慧音「なるほどな。それは私も分かる気がするよ。……例えば、相手によって走りを切り替えるタイプか、そうでないのかは今回のGT-R戦が実現すればそれで明らかになるだろうと考えている」
涼介「あぁ、同じく格上のハイパワー車であっても、軽量で小回りの効く後輪駆動のFDと重いが加速に優れる4WDでは、その走りの性質は当然異なるからな」
慧音「それに、だ。……あわよくばそれを、私が交流戦でやったように後ろから観察できれば、あのハチロクの攻略にまた一歩、大きく近づける。……これは他のメンバーの言葉の受け売りだが、『研究するならサンプルは多ければ多い方がいい』……らしい」
涼介「……それにしても、あの瞬間にそれを即座に理解して、すぐに乗っかってきたお前も、俺からすれば大概恐ろしい奴に思えるな」
自分の思惑をほぼドンピシャで当てられた事に内心驚くする涼介。
だがこの企み自体が彼女たちがとったやり方のほぼ受け売りであることを思えば気づかれて当たり前だと思い直した。
一呼吸おいて2人が峠に目を向けると先ほどの涼介たちのバトルを見て心に火がついたらしいスターレットとシルビアが折り返して、今しがたすれ違ったはずのGT-Rを追うように、アクセルを踏み込み再び峠に吸い込まれていく。
この時間になっても依然として元気な彼らを眺めつつ、2人の話は続いていく。
慧音「……これでも、伊達に頭脳派を名乗っていないからな。私なんかは運転の才能があまりなかった分、努力と頭脳でどうにかするしかなかったと言うだけだ。……とは言え、随分とハイリスクな事をする。もしもあのGT-Rがハチロクに勝ってしまったら、啓介くんに勝ったハチロクに勝ったGT-Rとして、彼の名は一気に群馬どころか関東中に轟くことだろう。それと引き換えにレッドサンズの名は地に落ちてしまう(……今、あの子の肩には秋名の走り屋や彼自身の名誉だけではなく、赤城レッドサンズのプライドまで重たくのしかかっている。本人がそれを理解しているかどうかは疑問だが、私には少し酷な話に思えるよ)」
涼介「あぁ、もちろん承知の上だ。……だがそれはあくまであの中里が勝てばの話。俺としてはアイツが秋名のハチロクに勝つ可能性は殆どないと考えている。……さっきの言葉は確かに中里を挑発する意味もあっての事だが、同時に俺は嘘を言ったつもりはない。……それこそ、お前には言わずとも分かるとは思うが、R32 GT-Rとそれに乗る中里の運転にはある致命的な弱点がある。そしてその弱点が顕著に出てくるのが……」
慧音「……よりにもよって、あのハチロクが最も得意としている、勾配のキツい秋名のダウンヒル……その後半セクションだ」
涼介「そう言う事だ」
少しだけ得意げな様子で慧音がそう言うと、涼介もそれを肯定した。
思った通り、慧音があの中里の弱点を既に看破している事を理解すると、自然と涼介の口元も綻んだ。
彼自らスカウトした杉本兄妹の妹である尚子を除けば、彼にとってここまで話の合う異性はそう多くは無かったからだ。
普段の赤城で周りに付きまとう、控えめに言って頭のそこまでよろしくない女性ファンたちと比較すれば、慧音はまさに天と地ほどの差があるとすら思えるほどだった。
慧音「……それじゃあ、私はそろそろ行くとするよ。明日は仕事だからね」
そう告げると、彼女は愛車のインプレッサに乗り込むと静かにエンジンを回しながら峠を降りて行った。
涼介(上白沢慧音か……。しかし、彼女もまた秋名のハチロクとは違った意味で侮れないものだな。……あのハチロクを研究したい。あのハチロクを超えたいという共通目標があるからこそ、彼女とはこうして緩いながらも良い関係を構築できてはいるが、それも長くは続かないだろうな。いずれは、彼女たちのチームと俺たちとは再度必ずぶつかる事になる。……その時、俺は勝てるのか?彼女に)
中里を追いかける時も、ハチロクを追いかける時も、マシンの優位があるとは言え本気を出している様子の無かった彼女を見て、珍しく弱気な己が顔を出す。
涼介(だが、俺は俺に出来ることをするだけだ。どんな走り屋が相手でも、必ず勝つ。……俺の技術に、破綻はない)
● ● ● ●
交流戦後の7月某日。
ここは秋名から遠く離れてここは静岡県、長尾峠。
草も眠る丑三つ時と呼ばれる深夜2時。
ここでもまた、走り屋たちがバトルへと打ち込んでいた。
暗闇と静寂が支配するはずの深夜の峠をヘッドライトとエキゾーストサウンドで切り裂きながら2台の車が疾走する。
長尾の走り屋1「クソ!速い!地元の俺が逃げ切れねぇだと!何もんだ、コイツ!」
愛車である赤い三菱FTOの運転席で男が唸る。
地元でもそれなりの走り屋であると自負している彼は背後に張り付く追跡者のヘッドライトを睨みつける。
彼が走り込み続けてきた長尾のダウンヒルで、己にピタリとくっつき離れないそれは、車種までは分からないものの黒いトヨタのセダンの様に見えた。
前方を走るFTOの男がFF車特有のタックインを利用して左右にうねるようなコーナーをイン攻め気味に抜ければ相手はいかにもFRらしいドリフトでそれに応じてくる。
長尾の走り屋(全開で走ってんのに全然距離が開かねぇ、それどころかむしろ煽られてる!)
地元の彼を相手に圧倒するそれはホイールベースの長いセダンが不得意とするはずの低中速コーナーでも一向に離れず、それどころか煽るほどにまで車間を詰めてきていた。
続く中速コーナーでFTOの男が前輪の酷使によってアンダーを誘発するとその黒いセダンはインから悠々と抜き去り前へと躍り出た。
彼の車のヘッドライトに照らされるそのテールには、TRDのリアスポイラーと共にチェイサーの名を示すバッジがついていた。
長尾の走り屋1(トヨタの黒いチェイサーか……コイツ、もしかして最近南関東エリアで幅利かせてるって噂の奴じゃあ……。まさかこれ程までにすげぇ奴だったとはな……完敗だ)
甲高いサウンドとスキール音を鳴らしてコーナーの先へと消えていくそのテールを、男はただ見送ることしかできなかった。
長尾峠を下り切った麓にあるコンビニに、一台のチェイサーが止まっていた。車内には買ったばかりの缶コーヒーをドリンクホルダーに突き刺して、友人からかかってきた電話に出て話す女性が1人。
???「もしもし?苗ちゃん?……うん、起きてるよ。……っていうかまだ山なんだけど。……そっちは辰巳にいるんだ。じゃあ今日は首都高だったんだね。……そうそう、今日は普段滅多に行かない長尾峠まで足伸ばしてみたの。……北関東最速チームを破ったっていうレディースチームの話を聞いたらさ、いてもたっても居られなくてね。早速遠征想定して走り込み。来週の連休、店長にシフト調整してもらって休み1日増やしてさ、早速行ってみようと思うの」
彼女から苗と呼ばれた電話の相手は彼女にとって気心の知れた走り屋仲間でもあり、共に高め合うライバルでもある女性の走り屋だった。
彼女から情報収集のために辰巳PAの集まりに顔を出しているという話を聞くと、早速収穫があったようでその女性は今日手に入れた情報について話してくれた。
例のレディーチームには外国人を含め様々な出身や職業の人間が在籍しているらしいこと、車も様々でありながらそれなりに完成度の高いマシンが揃った資金力のありそうなチームであるらしいこと、そしてその実力もかなりのレベルに達しているらしいことなど。
チェイサー乗りのその女性にとっては友人がもたらしてくれたそれらの全ての情報が喜ばしい朗報のように思えてならなかった。
それと同時にある欲望もまた湧き上がってくる。
その人たちと一緒に走りたい。
その人たちと一緒に戦いたい。
その人たちと一緒に語らいたい。
1人の車好きとして、1人の走り屋としては当たり前ながら強烈なその気持ちを彼女は自覚する。
北関東の雄とされた強豪チームを下した走り屋たちの走りに、今までよりもより強い興味が湧いてきた。
???「……うん。わざわざありがとう。それじゃあ今日はもう遅いからさ、あと少ししたら適当に切り上げて帰るね。……うん。そっちも気をつけてね。それじゃあまたね」
電話を切り、羽織っていた薄手のジャケットのポケットに折り畳んだ携帯電話を突っ込むと早速エンジンを始動させる。
吠えるようなマフラーの音にシャランという剣を抜き放つような強化クラッチの音が重なる。
ステアリングを回しコンビニの駐車場から出て行くと、パキパキと社外デフが鳴き出した。
目指す先は再び山へと昇る道。
???「ファンタジアか、どんな人たちなんだろう。……楽しみだね、チェイサー」
もう一走りくらいしなければ、この昂る心を抑えられそうになかった。
● ● ● ●
翌朝、渋川市のとあるガソリンスタンド。
普段ならスピードスターズの溜まり場として機能しているそこは閑散としていた。
店長はどこかから液漏れを起こしてしまったらしい常連客のセルシオの整備にかかりきり、拓海は店長の車を借りて書類を届けに行き、池谷も軽トラで配達に出かけ不在。
そんな中でイツキはほぼワンオペ状態で働いていた。
とは言え、この辺りの時間ともなるとこのガソリンスタンドを訪れる車も殆どいなくなる。
すっからかんになったスタンドでただ1人ボケーっと立っていたイツキだが、そんな彼を目覚めさせる排気音が近づいてくる。
腹の底に響く社外マフラーのサウンドにイツキの車センサーがビリリと反応する。
黒いボディのその車は車が好きであれば誰しもが知る名車中の名車であるR32 GT-Rだった。
イツキ(うおぉ!R32だ!すげぇ渋いよ!かっこいい!)
退屈に殺されそうになっていたイツキの前に現れた突然のスポーツカーに、彼のテンションは一気に跳ね上がる。
イツキ「いらっしゃいませー!」
そのハイテンションぶりが反映されてか、イツキがいつもより大きな声での挨拶をすると、そのGT-Rは給油機の前に止まり一度エンジンを切る。
中から出てきたのは黒髪の男、中里だった。
中里「ハイオク満タンを頼む」
イツキ「ハイオクですね。かしこまりましたー!」
中里「あといくつか聞いていいか?……このガソリンスタンドに来ればスピードスターズに繋ぎが取れると聞いてきたんだが」
その言葉に一瞬フリーズするイツキ。
よりにもよってリーダーである池谷は不在で、他のメンバーも今日この時間はそれぞれの仕事があり遊びに来ていない。
中里「……どうした?俺が言ってることが分からないのか?……まさかお前、スピードスターズのメンバーじゃないのか」
イツキ(へ?……ス、スピードスターズのメンバーって言ったのか!?この俺がぁ!くぅー!なんて魅力的な響きなんだ!)
中里の放った何気ないその言葉が、イツキの変なスイッチを入れてしまう事になる。
中里「ここに来れば間違いないと聞いたんだが……間違えて違うスタンドに来ちまったのかも知れない。今の事は忘れてくれ」
イツキ「いや、それなら間違いじゃ無いよ。実はそのハチロクなら、俺とすげぇ仲良いんだよな」
中里「本当か!?」
中里のその食いつきっぷりが気持ちよかったのか、ハイオクを注ぎながらもイツキはさらに調子に乗り、またしても作り話を織り交ぜて好き勝手に話し出してしまう。
イツキ「うちのチームの中では、俺とあいつで下り最速ハチロクコンビなんて言われてて有名なんだぜ。まぁ、俺はレビンなんだけどさ」
中里「そうなのか。ハチロク乗りは中々腕のいい奴が多いからな。……俺がRに乗り換えてからはライバルではなくなってしまったが、以前S13に乗ってた頃はよく妙義のハチロク乗りと下りで競り合ってたもんだぜ。……それにしても、この頃は評判いいぜスピードスターズも。俺からすりゃあまだまだだが、前と比べて腕上げたそうじゃないか」
中里に自分の憧れのスピードスターズを褒められたことにさらに気をよくしたイツキ。
中里から受け取ったカードで給油料金の精算を済ませると、いい気になったイツキはさらに続けていく。
イツキ「いやぁ、それほどでもないけどね。俺のレビンに比べてトレノの方がちょっと上手いって感じでさ。……それはともかくとして、あんたの探してるそのパンダトレノに俺が連絡取りましょうか?何と言っても俺とアイツはマブダチなんでね」
中里「なら頼むぜ!……今週土曜の夜10時、妙義ナイトキッズの中里が秋名山の山頂で待ってるって!勝負は下り一本だ!必ず伝えてくれよ」
イツキ「へ?」
そこで正気に戻ったイツキ。
突然のバトルの申し込みに一瞬惚けてしまうが、その一瞬が致命となった。
その間に中里は愛車のGT-Rのシートに潜り込んでいた。
イツキ「あ、あの……ちょっと……」
イツキのそんな弱々しい引き止めの言葉はGT-Rのマフラーから吐き出された爆音に容易くかき消される。
なす術なくそのまま走り去るGT-Rの姿を見送ることしか出来なかった。
イツキ(え、エラいことになった……。これっていわゆる挑戦状じゃねぇか!?超困った、拓海になんて言おう……)
しかしそんな事を今更考えたところで時すでに遅し。
このイツキのやらかしが、数日後には群馬の峠を再び湧かせる大ごととなる事を、彼はまだ知らない。
モブとか原作での不遇キャラとか不遇車種、未登場車種に焦点を当てみたりしたいってのが理由の一端として始まったが本作ですが、実は中里くんもその1人なんです。
彼、原作ではあまりいい見せ場がなかったので。
とは言え中里くんは強化フラグもその回収も後回しになりそうなので、本作でもしばらくは原作通りになりそうなんですよねぇ……。
追記
赤バー付いてるのに気がつきました。
本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
これからも頑張ります。
2023 / 12 / 21 11時35分
誤字訂正。