東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜   作:D-Ⅸ

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リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
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第22話 燻るレッドサンズ、叫ぶスピードスターズ

 

群馬県赤城山。

ナイトキッズとスピードスターズの交流会を数日後に控えた今になっても、赤城の峠は以前と遜色の無い盛り上がりを見せていた。

 

ギャラリー1「また来たぞ!今度はワンビアとスカイラインだ!」

 

ギャラリー2「かっこいいぜ!やっぱり峠と言えばドリフトとバトルだよなぁ!」

 

今日も複数のチームが赤城の峠を舞台にパフォーマンスやバトルを繰り広げ、ギャラリーたちがそれを見ては歓声を上げる。

 

栃木の走り屋「クソ!なんでたかがテンパチターボのCA18にRB25が追いつけねぇんだ!こっちはチューンして280まで持っていったんだぞ!(正直赤城のレベルを舐めてたぜ!レッドサンズですらねぇのにこの走りかよ!)」

 

栃木ナンバーの白いECR33型スカイラインGTS25tのドライバーは、前を走る赤いS13前期ベースのワンビアを駆る相手に苦戦を強いられていた。

しかし、それも当然である。

ECR33のドライバーはサイドブレーキを使ったテールを大きく振り乱すドリフトで、しかも進入時から脱出時にかけてのカウンターステアの舵角がおおよそ大きすぎるために、肝心の立ち上がりで姿勢を上手く決められずにお釣りを貰うことがたびたびあり、それが馬力の有利を帳消しにするほどの大きなロスとなっていた。

 

対するワンビアのドライバーはサイドブレーキを用いないブレーキングドリフトで曲げていて、双方の技術の違いが明確に現れていた。

そのワンビアのドライバーは高橋兄弟が台頭する以前の赤城山を知る比較的古株の走り屋である赤城ファイヤーバーズのリーダー、松木だった。

 

松木「レッドサンズに挑みに来たって言うからどんなもんかと下り一本誘って試してみりゃあこれか……(交流会でのレッドサンズの黒星をきっかけに舐められる様になっちまったのかなぁ?ここ数日こんなのばっかだぜ……)」

 

結局、バトルはそのまま松木の勝ちとなり、ECR33の走り屋はレッドサンズに挑む事すらなく帰っていくこととなるのだった。

 

 

 

そのバトルからしばらく経った山頂側の駐車場、今日の挑戦者も去り夜も深まったことで人の数もまばらになってきた頃合い。

赤城の走り屋たちは各々の車のそばで休憩していた。

 

秋名での三つ巴の交流会にて高橋啓介が2連敗を喫した事が原因か、レッドサンズに対する挑戦者がここ数日の間で増加していた。

その原因は明らかで、例の交流会における負け越しによってレッドサンズの格が低くみられる様になってしまったのだ。

「相手が二軍などの平メンバーであれば、あるいは負けた弟の方の啓介であれば、もしかしたら自分たちでもレッドサンズに勝てるのでは?」という甘い幻想を抱いてやってくる者が続出していた。

 

中にはアリスに負けた一軍の新田やヤマメに負けた高橋啓介を引き合いに出して「女にすら勝てない奴ら」だと公然と罵りながら乗り込んでくる素行の悪い者すらいたほどだった。

 

最初はレッドサンズがそうした者たちをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返して走りの腕でもって黙らせていたが、最近は手応えが無さすぎてすでに面倒くさそうにすることが多くなっていた。

今ではそうした空気を察知した他の赤城のチームが、その手の挑戦者たちの相手を買ってでている状態で、既に「レッドサンズ以外のチーム→レッドサンズの二軍→レッドサンズの一軍→高橋兄弟」という流れがゆるーく構築されつつあった。

もっとも、その第一段階であるレッドサンズ以外の走り屋を相手にさえ勝てない様な人が多いのが現状である。

 

松木「あー、参った参った。最近こんなのばかりだよなぁ」

 

須崎「悪いね。アイツら受け持って貰っちゃってさぁ……」

 

疲労の色を隠しもせずにマシンに背中を預けて休憩している松木の元に、缶コーヒーを2本携えてレッドサンズ一軍のシルビア使いで、角刈りがトレードマークの須崎がやってくる。

 

須崎「はい、これ。……奢りだよ」

 

松木「あぁ、わざわざすまん。ありがとう」

 

須崎「いやいや、本来ならこっちが相手すべきだったのを変わって貰ったんだ。このくらいは当然だよ」

 

松木は須崎から缶コーヒーを1本受け取ると、それをカシャリと開けて大きく一口。

買ったばかりの缶コーヒーの冷たさとカフェインが疲れた体を潤した。

 

松木「とは言え、もうそろそろしたらこれも落ち着くだろうよ。あと数日後にはスピードスターズとナイトキッズの交流会だし、それが終われば一息つけるだろう。あとはお宅らのリーダー、髙橋涼介の動向次第かな」

 

須崎「その辺は俺たちも知らないんだよなぁ。啓介に聞いてもよく分からないって言うし……。ただ、このまま黙って見てるなんて事はないだろうなってのは言えるかな。涼介もいずれ、あのハチロクと戦うかも」

 

松木「今回のバトルも興味津々だって聞いてるよ。……次はあのバカっ速だって噂の秋名のハチロクと妙義のGT-Rか。どっちが勝っても面白いことになりそうだ。それにな、髙橋涼介だけじゃない。ファンタジアだっているだろう。あの子たちだって今回のバトルを注視しているに違いない」

 

須崎「それに関してなんだがな、上白沢慧音っていうファンタジアのコーチ役らしい幹部メンバーと涼介が何やら話し込んでいるところ、俺たまたま見ちまったんだよなぁ。……確か例の、秋名と妙義の交流会の噂が一気に広がった日の前日だったかな」

 

松木「お?なんだなんだ?」

 

須崎「やっぱり気になるか?」

 

松木「あったり前だろ」

 

須崎の話に松木が食いつく。

松木のその食いつきを見て須崎はその日に経験したことを話し始めた。

 

その日は他のメンバーのプラクティスに付き合って秋名まで来ていたこと。

その過程で竹原のシルビアに横乗りしている時に中里のものらしいナイトキッズのステッカーを貼ったGT-Rと髙橋涼介の白いFC3Sのバトルに遭遇したこと。

そのあとで上りゴール付近で再びGT-Rにすれ違いそれを追う形で折り返したこと。

そしてその折り返しの時にFC3SとGDBを並べて何やら話しているらしい2人の姿を見つけたこと。

 

須崎「どんなことを話してたのかあとで聞いてみたらさ、2人で中里に喧嘩を売ってしまったと言ってたんだよな。これはもうバチバチだぞ。中里の奴、ハチロクの次は涼介のFCとファンタジアのGDBに挑むつもりだ」

 

松木「そりゃまた……随分と面白そうだな。今年は群馬の峠がとことん熱いか……。若い奴らが言ってたな。そりゃあみんな騒ぐわけだよ。俺もチームの後輩連れてギャラリーに行くかな」

 

須崎「俺らも行くつもりだよ。今回は俺らが主役じゃないしギャラリー目的だから台数絞って行くつもりだ」

 

松木「あぁ、そうした方がいいだろうな。今回も凄いギャラリーの数になるぞ」

 

須崎「……それじゃあ、当日また会おうか。今日のところはもう帰るわ。明日明後日とまた遅番だ」

 

松木「じゃあな、また今度」

 

須崎「おう、またな」

 

こうして、また赤城の夜は更けていく。

彼ら赤城の走り屋と赤城の峠に再びスポットライトが当たる日は、まだ先になりそうだった。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

ところ変わってここは秋名山。

そこには珍しく秋名のハチロクこと拓海の姿があった。

 

イツキと池谷の鬼気迫る必死の説得に加えて、わざわざGT-Rで乗り付けてきた藍にこれでもかと闘争心を煽られた事で参戦を決めた拓海だったが、その日のうちに池谷先輩から「ハチロクの横乗りをさせて欲しい」とお願いをされ、それに応じるために山にやってきたのだ。

 

山頂側の旧料金所の駐車場にはすでにスピードスターズのメンバーが集結していて、複数台の車が一塊に止めてある。

そんな時に1台の車が入ってくる。

 

イツキ「おぉ!ハチロクだ!ハイメタルのツートンなんて渋かっこいいぜ!」

 

健二「ファンタジアのステッカー貼ってるぞ!」

 

守「お、てことはあの子たちの仲間かな?」

 

ハイメタルツートンのAE86スプリンタートレノGT-APEXの拓海のものと年式の近い、河城にとりのハチロクだった。

前回の交流会以降一気に名を上げた秋名のハチロクという凄腕らしいハチロク乗りに、同じハチロク乗りとして興味が湧いてきたのだ。

そのハチロクが今日スピードスターズを相手に試乗会を開催するという話を、閉店間際のガソスタに訪れたヤマメがイツキから聞き出していた。

その話を耳にすると居ても立っても居られなくなり、乗り手が仕事漬けだったり車自体がトラブルで入庫してたりで、最近は満足に乗れていなかった自身のハチロクを出して山に来たというわけだった。

 

彼女は駐車場に入るなりすぐに拓海のハチロクを見つけるとそこから1枠開けて隣に止めて拓海たちの元へと歩み寄っていく。

 

にとり「やぁ、こんばんは!君たちがスピードスターズとあの噂の秋名のハチロクこと藤原拓海くんで合ってるのかな?」

 

拓海「……?……はい」

 

若干戸惑いながらも拓海が肯定すると、にとりはそのハイテンションを隠すことなく満面の笑みで自己紹介をはじめる。

 

にとり「はじめましてだね、私は河城にとり。チームファンタジアのメカニックを務めているよ。よろしくね」

 

それに応じて拓海や池谷たちが各々自己紹介をすると話は早速ハチロクの事になる。

 

池谷「それにしても、そのシルバーツートンのハチロク、随分綺麗に乗ってるなぁ。いい趣味じゃないか」

 

にとり「そうでしょうそうでしょう!だってこのハチロク、私が引き取って一からレストアしたんだからね!」

 

イツキ「えぇ!?」

 

滋「マジか!」

 

にとり「もちろん、みんなの手伝いもあってのことだけど、一部の部品はワンオフで自作したんだ」

 

健二「すげぇ……」

 

自分とそう変わらない年頃に見える少女が一から手掛けたというその一言にスピードスターズの面々が驚愕の声を上げる。

 

にとり「ただ当時は今ほど腕に自信があったわけじゃないし、実際に技術的に未熟な部分もあったからさ、流石にエンジンやミッションは技術のあるショップに持ち込んで手を入れてもらったけどね」

 

池谷「へぇ……。タイヤもいいの履いてるし、ホイールも決まってる。中々に手が込んでるな」

 

にとり「へへへ……ありがとうね、池谷くん。この車は私がメカニックとして一番最初に修理を手がけた車でさ、やっぱりそれだけ思い入れも人一倍って訳なのよ。……この子は私の自慢なんだ」

 

褒められて満更でもないと言った具合でにとりに、スピードスターズの面々もつられてほっこりする。

 

四郎「こう言うのがあるから良いよな車は。自分であれこれ手を入れて時間と手間をかけてきたんならなおさらだよ」

 

健二「自分で育てて来た車なんてかっこいいじゃないか。やっぱりいい車にはそれだけのドラマってものがあるんだなぁ」

 

拓海(自分で手間をかけて育てた自分だけの車か……。俺にもそんな車が出来る日が来るのかなぁ……?)

 

イツキ「いいなぁ、すっごい憧れるよ。……ところで、エンジンはどうなってるんです?やっぱり拓海と同じで4AGかなぁ……?」

 

にとり「あぁ、エンジンなんだけどね、実は……」

 

続いてエンジンに話題は移る。

イツキのその問いに答えるようににとりはイグニッション下のレバーに手を伸ばすと引っ張り、ボコンと音を立ててボンネットの固定が外れる。

運転席からフロントに回ったにとりがボンネットを持ち上げるとスピードスターズの面々と拓海が覗き込む。

 

池谷「……ん?」

 

隆春「……?」

 

拓海「……あれ?なんかちげぇ……?」

 

にとり「この子のエンジン、実は4AGじゃないんだよね」

 

翔一「え?これ92ヘッドだよね?でも……」

 

翔一が92ヘッドであることを言い当てるが何か腑に落ちない様子。

そこに拓海がまさかのボケを重ねる。

 

拓海「……?92って、なんですか?」

 

拓海のそのすっとぼけた様な呟きにイツキと池谷がズコッとずっこける。

 

イツキ「拓海ぃ……。お前本当に何も知らないんだな」

 

池谷「いや何となくは察してたが、まさか92もか」

 

にとり「92ってのはAE92の事なんだ。AE86の後継機に当たる車だね。駆動方式はハチロクのFRからFFに変わってるんだよ。それで、そのAE92はハチロクと同じエンジンの4AGってのを積んでるんだけど、私のハチロクのエンジンはその92後期のヘッドに、AE115スプリンターカリブの7AFEの腰下を合わせて1.6から1.8に排気量を拡大した、通称7AGって呼ばれるエンジンを搭載しているんだ」

 

健二「あぁ、そういう事か。……なんか違うと思ったら」

 

翔一「違和感の正体は腰下か。腰下が違うのか」

 

池谷「なるほどな……。テンロクの4AGをくり抜いてテンパチにするよりも、元々からテンパチとして作られてる7AFEを利用してテンパチにすれば、排気量拡大のデメリットになる耐久性の低下ってのも抑えられるからな」

 

にとり「その通り!……構造上のリスクを負うことなく部品コストも抑えられる。それでいて排気量拡大のメリットである全域でのトルクアップというメリットは最大限に受けられる。ローリスクハイリターン、それでいてコストパフォーマンスにも優れるチューンなんだ」

 

その説明を聞くと、ある程度の知識のあるスピードスターズのメンバーは納得した様に頷くが、その辺の知識がからっきしの拓海からすれば何が何やらである。

しかしそんな拓海をよそに、にとりとスピードスターズで盛り上がるハチロク談義の標的は拓海のハチロクに変わっていく。

 

にとり「ところで、拓海くん。君のハチロクも見せてくれないか?」

 

守「そう言えば、拓海のハチロクをまじまじ見て調べる機会ってあまり無かったな」

 

健二「確かに。意外なところに速さの秘密があったりして」

 

イツキ「拓海、メカの知識に関しては本当にさっぱりだもんなぁ」

 

池谷「乗り手本人にマシンの知識がないから分からないだけで、マシンの方にも何かあったりしてな」

 

拓海「いや……あんまり面白いものとか、ないと思いますけど……」

 

とは言え、頑なに断るだけの理由もないため拓海は興味津々の走り屋たちを拒むことはなかった。

拓海もにとりに倣ってボンネットを開けると、にとりや池谷たちの視線がエンジンルームへと注がれる。

 

にとり「へぇ……」

 

滋「ストラットバーも付いてるし、確かに弄られてるのは分かるけど……」

 

翔一「意外と普通だな。でもヘッドを見る限りエンジンはトイチ(AE101)か」

 

池谷「吸気系のエアクリも見た限りはノーマルだ。中のフィルターとかは分からないけどさ」

 

にとり「ヘッド以外だと補器類に社外パーツが何点かあるよ。インマニだってAE86純正のものではなく101の流用だね。オルタネーターは私のものと同じテックアート製に見えるね。バッテリーはパナソニック製のニューモデル。でもエンジン本体は4AGのNAのままで、16バルブから20バルブ化させている以外は確かに普通だね。ターボ化みたいな目立つ改造は無いよ(……はたての予想していた通りだね。髙橋涼介が言っていた、大きく見積もっても150馬力かそれ未満しかないという推測もこのチューンならほぼ納得のいく数字かな?)」

 

拓海がメカ方面に弱く自分の乗っているハチロクの仕様を全く把握していなかったため、これまでとは別な意味でスピードスターズの面々には驚かれていた。

 

イツキ(すげぇ、拓海よりも拓海のハチロクの仕様知ってるじゃん……)

 

健二(初見の車でよくここまで分かるよなぁ)

 

守(流石チームのメカニックってとこか。すげぇ知識量……)

 

その一方で、にとりは自分の乗る車と同車種であるためにある程度その仕様を見て把握し、スピードスターズに解説していく。

にとりのそれとは違い、拓海のハチロクはそれほど大胆な改造は施されている様には見えなかった。

AE101用の20バルブ仕様となっていてある程度しっかりとチューンされてはいるものの、エンジン形式は4AGのままで純正エアクリボックスと純正流用品や社外品が数点見られる程度で、爆発的なパワーを生み出すボルトオンターボなどに頼ったチューンはしていない様だった。

 

続いて足回り、内装と2台のハチロクを見比べていくが、スピードスターズのメンバーにはどうしてもにとりのハチロクの方が速そうに見えてしまう。

内装に至っては殆どフルノーマルに近く社外のバケットシートすら見られない拓海のハチロクと、バケットシートに四点式ハーネスと言う定番ながら必須の組み合わせのにとりのハチロク。

 

同じ車でもチューンの度合いは大違いで、このパンダトレノがあの信じがたい程に強烈な走りを見せ、高橋啓介に完勝して群馬の話題を掻っ攫ったマシンの中身とは到底思えないものだった。

 

四郎「やっぱりドライバーが肝だったのか?」

 

翔一「そう言えば今日は横乗りがしたいって言うから呼んだんだっけ。実際に乗ってみればわかる事もあるかもな」

 

池谷「そうだったな。じゃあ早速俺から行ってみようか。……拓海、助手席借りるぞ」

 

拓海「いいですよ」

 

拓海の承諾を得た池谷がハチロクに乗り込む。

胸の内の興奮が抑えきれない様子の池谷は、走り出す前から既ににやけきった表情をしていた。

拓海が続いて運転席に乗り込むとエンジンを始動させる。

 

池谷「おぉ、楽しくなってきたな。……拓海、遠慮は要らない。俺だって走り屋の端くれだ。全開走行で頼む」

 

健二「いいなぁ、羨ましいぜ」

 

池谷「なんだぁ?1番は譲らないからな」

 

健二「分かってるって。……そうだ、にとりちゃん。俺たちも後ろから追いかけないか?映像だけじゃ分からない、自分の目で見ないと理解できない事とかやっぱりあると思うんだよ」

 

にとり「いいねそれ!じゃあ行こうか」

 

翔一「拓海の走りも気になるけど、エンジンスワップしたハチロクがどんなもんかってのにも興味はあるよな」

 

拓海を追いかけようと言う感じの提案ににとりも否はなかった。

 

にとり「じゃあまずは健二くんから行こうか」

 

健二「よっしゃあ!」

 

池谷に続いて健二の参加が決定すると健二もまた喜色満面と言った風にウキウキとした表情でにとりのハチロクに乗り込んだ。

にとりが運転席に座りエンジンを回すと2台のハチロクは出口に向けてゆっくりとタイヤを転がしていく。

 

にとり「最近噂の秋名のハチロクの後追いなんて、こんな機会は滅多にないからね。……健二くん、悪いけど全力で行かせてもらうよ」

 

健二「お、おう。……俺も走り屋だ。どんと来いだぜにとりちゃん」

 

拓海が先行、にとりが後追いの形で並ぶと、まずは拓海がスタート。

エンジンのスペックの差を考慮してわざとワンテンポ遅れてにとりがスタートした。

 

イツキ「いいなぁ……」

 

翔一「2台ともいい音してんなぁ」

 

守「ターボじゃ絶対出ない音だよ」

 

滋「これがNAでしか出せない味ってもんなのかなぁ」

 

残りのメンバーはその様子を羨ましそうに眺めている。

聞こえてくる音からだけでもそのNA特有の、ターボにはない吹け上がりやフィーリングの良さみたいなものが伝わってくるようだった。

 

拓海(池谷先輩は全開でって言ってたけどやめとこ。まずは70パーくらいで行くか)

 

にとり(私なんかが勝てるとは思わないけどやれるだけやってみよう。全力全開で追いかけるよ)

 

競技用クロスミッションのおかげもあってかなり良い加速をする拓海のハチロクだったが、7AG仕様のにとりのハチロクもさらにそれを上回る加速を見せて徐々に距離を縮めていく。

 

池谷・健二(は、速い!もうキンコン鳴ってる!?)

 

ハチロクには速度が一定以上になると警告音を発するギミックが搭載されていて、それはオーナーたちからキンコンチャイムなどと言われて親しまれているのだが、それが発動する一定の速度というのはなんと105キロである。

つまり2台は既に1コーナー手前でそれだけの速度を出していたのだった

2人が同時にそんな事を考えていると猛烈な勢いで最初のコーナーが迫る。

ガードレールが壁の様に迫り、助手席の2人の表情を瞬く間に恐怖へと染め上げた。

 

池谷と健二であればとっくのとうに踏んでいるところでも運転席に座る2人はまだ踏まない。

助手席に横乗りする2人の背中には既に冷や汗が流れていた。

 

池谷「た、拓海……?」

 

健二「……にとりちゃん?」

 

池谷・健二「ブ、ブレーキィィィ!」

 

まずはにとりのハチロクが、もうワンテンポ遅れて拓海のハチロクがブレーキング。

拓海は4速→3速→2速と目にも止まらぬ速さでシフトダウンし、にとりは4速から一気に3速を飛ばし2速へガツンと落とす。

リアをブレイクさせた2台がドリフト走行に入ると助手席では、未だかつて経験したことのない様なドリフトの横Gを伴って景色がものすごい勢いで真横へと流れていた。

 

池谷「おわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

健二「うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

サイドブレーキを使わない2人のハイレベルなドリフトに池谷と健二はすっかり飲まれてしまい既にテクニックの観察どころではなくなっていた。

 

池谷(な、何がどうなってんだ!?よ、四輪が……四輪が全部滑りやがった!なんでこんなに滑ってんのにコントロールが効くんだ!?滑ってんのは四輪全部なんだぞ!何が何だかわからねぇが、俺らの付け焼き刃みてぇなドリフトとは全く次元がちげぇ!)

 

健二(うおぉ!体が持っていかれる!とんでもないGだ!それにしてもなんて走りとパワーだよ!立ち上がってアクセル全開でもうキンコン言ってるよ!この2人、俺らと速度のアベレージが段違いだ!)

 

突っ込みのタイミングと速度の差で拓海のハチロクがやや差を広げて先行したものの、加速力の差で少しずつ距離を詰めるにとりのハチロク。

次の2コーナー目掛けて突き進む2台は、片や手抜き片や全力と力量に差はあるものの、この秋名の短いストレートを既に105キロオーバーで激走していた。

 

にとり(拓海くん、本当にすごいよ。こっちの全力の突っ込みでもなお突き放される!コーナーを最大限に使い切って無駄な減速が一切伴わない、かつ出来るだけ最短を突っ切る様なライン。コーナーを曲がるというよりも、貫く様に見える。これがハチロクという古い非力な車で、格上のスポーツカーと戦う唯一の方法……!)

 

拓海(なんか普通に付いてくるな。良いエンジンに変えてるって言ってたけど、それだけじゃない。曲がりも普通に上手い。突っ込みの時に少し離れるけど、そのあとで巻き返してくる。立ち上がりってのが上手いのかなぁ……?バックミラーから見える感じ、あの時の池谷先輩の運転みたいにぐわんぐわん揺れてるって感じもなさそうだな)

 

コーナー1つを抜けただけで当初のワクワクはどこへやら、実際に体感する格上のドライバーのドリフトに圧倒されて顔面が蒼白を通り越して土気色になりつつある助手席の2人をよそに運転席側の2人、特に拓海はケロッとしていた。

 

拓海(……それにしても、こう言うことをしてると、不思議とやる気が出てくるんだよな。何でなのかよくわかんねぇし、なんか変な感じ。……よし、もうちょっとペース上げるか。……次のコーナー、一気に90パーくらいで行くか)

 

にとり(あと少し、もう少し、奥まで踏ん張れる。ハチロクの限界はそこじゃないと、拓海くんのハチロクがこの子と私に教えてくれている!)

 

そこから再び、親の仇のようなフルブレーキングからのドリフトで2コーナーへ進入。

 

とくに秋名に関して、にとりは地元民すらいない仕事終わりの深夜に数度走りに来ただけで大した経験値を持っていない。

それでもチームのメカニック兼ドライバーとして、何より圧倒的なツートップである文と椛、そしてそれに次ぐはたて、雛たちなどと並ぶ妖怪の山の上位10人、通称『山の十指』に数えられる走り屋、その一角としてのプライドがにとりにはあった。

それ故に実力的に格上の拓海を相手にも全く引くことはなかった。

 

池谷「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

健二「あああぁぁぁぁぁぁ!」

 

拓海とにとりが1コーナーよりもさらに奥に、さらにギリギリを、さらに過激に攻めたおかげで拓海はコーナーアウト側のガードレールに僅か6センチと言うところまで余裕しゃくしゃくで、にとりが本人も内心冷や汗ものながら11センチまで寄せていく。

 

助手席に座る2人に迫るのは顔面の真横をとてつもないスピードで流れるガードレールと、その向こう側に覗く深い秋名の谷底である。

マシンがそのガードレールにほんの1センチずつ近寄るにつれ、池谷と健二は寿命が10年は消し飛ぶような恐怖を感じて肩を縮み上がらせた。

もはや乗り手のテクニックがどうとか、マシンのチューンがどうとか、そう言う話はとうに2人の頭から吹き飛んでいた。

 

そんなにとりの全力を持ってしても、やはりコーナーで距離が空く。

歴然とした技術と経験の違いが、彼女の前に立ちはだかった。

 

にとり(抜けたぁ!まだまだやれる車だよ、私のハチロク!このまま次のコーナーもついていくよ!同じハチロク乗りとして、やっぱり負けたくないからね!)

 

池谷(まただ、またキンコン言い出したよこのハチロク!この短いストレートでなんでぇ?本当にどうなってんだぁ!?これが本当に車の動きなのか!?)

 

健二(ガ、ガードレールまで手が届きそうだった……!こんなありえねぇスピードで限界スレスレまで攻めて、なんで本人は平気なんだぁ?)

 

ヒートアップする運転席組2人に対して、助手席組はと言うと2人して既にグロッキーになり意識も飛びかけていた。

だが熱くなっているドライバーたちは止まることは無い。

そして3コーナー、全開の四輪ドリフトで飛び込む拓海に続いてにとりがどうにか喰らいつこうと突っ込んだ。

ハードなフルブレーキングで荷重を前へと移してリアをブレイクさせて再びドリフト状態へ。

アウト側からインベタスレスレまで攻めてまたアウトに膨らませていく。

再度迫るガードレールの姿に2人の精神は恐怖に押し潰されそうになっていた。

 

池谷・健二「ギャアァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

もはやスキール音と区別のつかない悲鳴をあげる2人。

しかし、そのコーナーの立ち上がりで思わぬイレギュラーが生じることとなる。

 

拓海(あ、やべぇ)

 

拓海が気づいた時には遅かった。

ガードレールの根元付近に誰かが投げた潰れかけのアルミ缶があったのだ。

それを拓海のハチロクの後輪が上へと巻き上げる様に撥ねて、それがガードレールにヒット。

その時に聞こえたコツンという金属音を聞いた池谷がついに事故ったと思い込み失神。

そのガードレールに反射した空き缶が描く放物線の先には、不運なことに後続のにとりのハチロクがあった。

 

にとり(まずい!避けられない!)

 

跳ね返った空き缶はちょうど健二のある助手席側へと飛んでいく。

健二は自分めがけて飛んでくる空き缶を目視した途端、即座に「あ、終わった」と思い込みこちらも意識を手放した。

 

図らずも走り屋のダブルキルを決めたその空き缶はシルバーツートンのハチロクのピラーとルーフの境目あたりの上端を掠めてカッと音を鳴らし、塗装を削って薄く掠り傷を残しながら消えていった。

 

拓海(やっちまったかなぁ。当たってたらどうしよう)

 

にとり(うわぁ!ごめんハチロク!やっぱり当たっちゃった……)

 

この予期せぬインシデントによって、熱くなっていた2人もすぐにクールダウン。

速度をゆっくりと落としていく。

冷静になった2人がふと助手席を見ると、そこには失神した2人が居た。

 

 

 

 

 

一方で再び山頂の駐車場。

ここでは先ほど聞いたばかりの2台のエンジンサウンドが近づいてくる様子に、何やらトラブルの気配を感じ取っていた。

 

イツキ「あれ?なんか戻って来てねぇか?近づいてくるぞ?」

 

四郎「2人とも、下まで完走して戻って来たにしては早いよな」

 

翔一「何かトラブルか?」

 

四郎「マシンかドライバーか……。何があったんだろうなぁ?」

 

守「この辺は猪とかも出るからな。野生動物とか轢いちまったら一大事だぞ」

 

隆春「あぁ、先月あたりに四郎と一緒に見たよ。EFシビックが猪轢いちまってレッカーされてったぞ。バンパーひしゃげてラジエーターが逝ってお漏らししてた」

 

四郎「フォグランプも取れてて痛々しかったよ。あれ高く付くだろうな」

 

滋「明日は我が身だ。やっぱり怖いよなぁ……」

 

イツキ「何ともなければいいけど……」

 

スピードスターズの面々がハチロクを案じていると早速ガードレールと木々を照らしながらハチロクが戻ってくる。

2台揃って目立った損傷は見られない様だが、何事も蓋を開けてみるまでは分からない。

駐車場に入って来た2台を固唾を飲んで見守る。

拓海とにとりの順でエンジンを止めるとそれを合図にイツキとスピードスターズが駆け寄ってくる。

 

滋(ま、まさか……)

 

滋は何か心当たりがある様で既に顔を青くしていた。

彼らが並ぶ2台の助手席を覗き込むと、そこには……。

 

イツキ・守・滋「あああ!」

 

四郎「し、失神してる」

 

翔一・隆春「うわぁ!」

 

イツキ「こっちもだぁ!」

 

守「け、健二……お前もかぁ!?」

 

安らかな寝顔で2人仲良く気絶している秋名スピードスターズのリーダーとナンバー2の姿があった。

 

拓海「あ、あの……。さっきのアレの事なんだけどさぁ……」

 

失神した2人の姿を見て大騒ぎする面々をよそに、運転席から降りた拓海は少し申し訳なさそうな態度でにとりに話しかける。

 

にとり「いいよ。確かにちょっと掠っちゃったけどほぼ不可抗力だし、こんなのちょっと大きな飛び石傷みたいなもんだよ。……山に出ればこれくらいは日常茶飯事だし、自分で直せるから。……だからさ、気にしないでよ」

 

拓海「そう言ってくれるなら、俺も助かるけど……」

 

にとり「君と走れて今日は私もいい経験ができたし、同じハチロク乗りとして勉強にもなった。それに、ハチロクでもまだ頑張れる、まだやれるって勇気付けられた様な気分だよ」

 

しかし、にとりは何でもない風に返してあっさりと拓海を許してこの話を終えた。

こうして、今日もまた一つ秋名の峠に新しい物語が刻まれていく。

後の世で第二次恐怖のダウンヒル事件と呼ばれる一件は思わぬトラブルがありながらも幕を閉じたのだった。

 




次回、いよいよ本番……かな?

プロジェクトD以前、原作ファーストステージあたりの豆腐屋ハチロクのエンジンについてなんですが、資料が無いんで原作の描写からの推測となっています。
髙橋涼介の精々150馬力程度という発言に関しても、その150という数字がネット値ベースなのかグロス値ベースなのかのはっきりとした言及が無かったため、作者の独断と偏見により勝手に「おおよそネット値に近いもの」として計算させていただきました。
髙橋涼介のあだ名『人間シャシーダイナモ』→シャシーダイナモで算出するのってエンジン単体のグロス値よりも補器類とかの諸々のパワーロスを含めたネット値の方が近いよね?と言う考えに基づくものでもありますね。

で、グロスで150馬力だとネットで120〜130馬力未満、シャシダイ実測値換算で推定110〜120馬力未満くらいになってしまい、流石にそれで(おそらくシャシダイの実測で)350馬力は軽く出てるらしい高橋啓介のFDを相手に4連ヘアピン3つ目で抜いてゴールで7秒差は現実的に考えて厳しいと判断し、まあまあそれなりにパワーは出ていたと言う前提で計算して、エンジンの仕様を捏造……じゃなくて推測しました(それでも原作拓海のあの戦績は驚異的と言えば驚異的なんですが)。

ちなみに作者が知っているAE86の殆どフルノーマルに近い16バルブ仕様の個体が出すシャシダイ実測値での馬力が87〜93馬力(令和3年時点)程度、20バルブ仕様の個体が119馬力ですので、拓海のハチロクは仮に実測150馬力手前くらいと仮定、時代背景的に経年による劣化がリアルタイムの個体ほど見られない事を加味しても、ハチロクとしてはかなり頑張ってパワーを出している方であると言うことになります。

ちなみにこんな小説書いててあれですが、生活ゴミであれ産廃であれ不法投棄は犯罪なのでやめましょう。
名も顔も知らぬ誰かの投げた空き瓶の破片でタイヤパンクした事のある作者より。
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