東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
何とか、どうにか、8月31日中に間に合わせました!
リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。
藍から「拓海が走る意思を示した」との知らせを受けたその日の晩のこと。
ヤマメは今日は藍の部屋に行き藍、はたて、文、ナズーリン、幽香、にとり、妹紅、慧音たちとテーブルを囲んで食べていた。
今日は藍が当番のため豆腐とネギの味噌汁を始め、手製の稲荷寿司などの豆腐やお揚げを使った料理がメインであった。
もちろんその豆腐は藤原とうふ店のもので、これはメンバーからの評判も軒並み好評であった。
大量生産される工場製の量販品と少数生産の手作りのものとでは、やはり風味の違いが顕著に出るのかそうした市販品よりも美味しく感じられていた。
これはそもそも工場生産品の食品が幻想郷では流通していないために味に馴染みのないことも影響しているのだろうとも思われた。
実はヤマメ自身も先日の買い出しで補充した豆腐で冷奴を作って昼に食しており、密かにハマっている1人と言えた。
ちなみにそれ以外のメンバーたちに関してだが、草の根妖怪ネットワークのシルビア3人組は、正規メンバーではないがサボりでチームに遊びに来ていた小町のS13 K’s(前期のクランベリーレッド)を引き連れて赤城山に遊びに行き、聖は一輪を連れて一時的に幻想郷に、幽々子も冥界に帰っている。
魔理沙は一仕事終えて帰って来たフランドールを労うために、彼女のFD2シビックタイプ Rを連れて金山まで足を伸ばしているため不在。
そして妖夢と椛、早苗と鈴仙は今日はある用事のために妙義に向かっていて麓のファミレスで食べると言っていた。
こうしてヤマメは少し早めの夕食を取り終えて、アパートの廊下で夜風にあたりながら涼んでいた。
外の世界の夜。
改めて見ると地底との違いに感心する。
上を見上げれば地底暮らしの長い彼女にとっては珍しい、洞窟のような岩石の蓋が存在しない、宇宙へと続く正真正銘の星を散りばめた大空が広がっている。
外の世界の人間はあれを天の川銀河と呼ぶらしいことを、彼女は最近早苗に教えてもらったばかりだった。
そして正面を見れば人々の営みの光で彩られた渋川市の街並みを望む事ができた。
改装したとは言え所詮古いアパートの2階の廊下から眺める景色であり、東京などに比べれば大した夜景でもないが、それでもつい最近まで幻想郷の夜景しか知らなかったヤマメにとって、外の世界のそれは新鮮な眺めである事には違いない。
やはり長らく地底で暮らしてきたヤマメとしては暮らし慣れた地底にいる方が落ち着きこそするものの、外に飛び出してこう言う眺望を味わうこともたまには悪くはないと彼女は思っていた。
これに酒の一杯でもあればなお乙なものであっただろうが、生憎ここ外の世界では酒を飲んで運転することを禁止しているらしい。
それもあってかファンタジアの多くのメンバーは外の世界では極力飲酒を控えていた。
そうした外の世界独特のルールという奴に異国情緒ならぬ異界情緖とでも言うべきか、言語化しにくい趣きを感じる。
だが、普段から地底と妖怪の山とを結ぶ、通称『山底線』と称されるそこを、泥酔しながら走ってはよく刺さっている鬼たちを見ていたヤマメとしては、少し残念に思うと同時に理解も納得もできるものでもあった。
外の世界の交通事情はここに来てまだ日の浅いヤマメにはよく分からないが、ここでもあんな連中ばかりになられたらきっとたまったものではないだろうと言うのは容易に察せた。
ただし、鬼の側からしてみれば「車乗るなら酒飲むな」ということの方がむしろ酷な話だと、多くが口を揃えて言っていた。
旧都や地獄においては屈指の走り屋である勇儀や萃香、残無たちが、もしかしたら代表になれたかも知れない程の実力を持ちながらも今回の遠征への参加を辞退したのも、紫から「外の世界における飲酒運転の封印」を条件にされたからであるし、ヤマメが容易く地底代表の座を掴めたのも、勇儀のコルベットや萃香のストーリアX4を始めとした鬼のライバルたちのうちの多くが、酒と車を天秤にかけて酒の方を取った事が間接的な要因となっていたとも言えた。
そんな事を考えつつ、『地続きの異世界』とでも言うべき外の世界と幻想郷との違いに思いを馳せるヤマメの元に、チームのリーダーである紫がやって来た。
紫「こっちに来てからの調子はどう?」
ヤマメ「今まで知らなかった峠を新鮮な気持ちで走れるし、いい気分転換にはなってるわ。少し行き詰まりを感じてた走りの方も、啓介とのバトルが丁度いい刺激になったと思う。もっと色々な人と色々な場所を走れれば、また何か掴めそうかな」
この外の世界での遠征は、すでにそれなりの収穫をヤマメに与えていた。
同じロータリー使いの高橋兄弟と杉本兄妹との出会いもあるし、交流会での高橋啓介との貴重なバトルももちろんあるが、何より藤原拓海とのファーストコンタクトは今思えば運命的とすら言えるだろうか。
大抵の人は肝を冷やし顔を真っ青にするような、走り屋たちのお家芸でもあるドリフト走行を体験しても平気な顔をしている時点で普通の少年とは違うとは思っていたが、まさかその彼が秋名最速伝説を築いた走り屋の息子と言うのだからやはり世の中不思議な事もあるものだと思わされた。
紫「そう。……それは良かったわ。……でね、実はあなたを見込んで頼みがあるの」
普段の軽薄そうと言うか胡散臭そうな態度とは違い、少し改まった様な態度で話を切り出してきた紫にヤマメも少し表情を引き締めた。
紫「この遠征の表向きの目的は外の世界との交流や腕試し。具体的に目標を言えば、可能であれば関東最速を目指す事よ。そのためにはまず当面の目標は群馬の制覇に主眼を置く事になるわ。まずは先週の秋名山の秋名スピードスターズ、その次は妙義山の妙義ナイトキッズ。そして赤城山の赤城レッドサンズをそれぞれ地元で撃破することによる上毛三山の完全攻略から、続いて碓氷、桐生、金山、さらには草木ダムまで総なめにするつもりよ。……でもね、そこまでしてもまだ物足りなさを感じるでしょう?」
たったそれだけの、あえて本質を濁らせたような勿体ぶったその問いかけの意味を何となくではあるがヤマメは察してしまう。
先週の秋名山に始まり妙義、赤城、碓氷、桐生、金山、草木ダムとくれば群馬の完全制覇を宣言しても良いと思うかもしれないが、そのままでは『とある大事な一戦』を取りこぼしたまま他の県へと挑戦する事になってしまう。
紫「ヤマメ……。あなたにね、群馬攻略のフィナーレを飾る、秋名山への再挑戦……秋名のハチロクとの一戦を任せたいの」
一瞬、辺りを静寂が支配した。
ヤマメ「…………」
ヤマメにとっても、その提案に驚きは無かった。
むしろ、戦いたいとすら強く思っていた。
でも、勝てる自信は100%とはいかなかった。
先週のあのバトルにおいて、共に高橋啓介を相手に勝利を収めた拓海とヤマメのタイムの比較をすると、高橋啓介をオーバーテイクした後のコース後半、連続ヘアピン付近からゴールまでの区間タイムはむしろ拓海の方が速かった。
トータルのタイムでも、ヤマメは拓海のタイムに対して僅かに遅い。
恐らくはネット値換算で最低でも120馬力から最大に見積もって150馬力未満と推測されるハチロクで、いくら軽さで勝るとは言え一方は350〜360馬力、もう一方は370〜380馬力の啓介やヤマメのFDを凌ぐタイムを出しているのだからまさに驚異的の一言だった。
このタイムの数字一つにマシンの差を覆すほどの技術と経験の差が表れていると言って良かった。
秋名最速のハチロク、その想像を遥かに上回る速さにレッドサンズメンバーたちと共に身震いする思いだった。
秋名の下りのバトルにおいて、自分が相手に対してパワーで勝る場合のセオリーとして、スタート時のゼロ発進加速で圧倒する事で先行を取り、スケートリンク前のストレートまで先行を守り切って、再度その直線にてマージンを確保して後半も逃げ切りを狙うと言うのが王道の戦法だ。
しかし、その戦法をとって負けたのが高橋啓介なのだ。
ヤマメが同じ事をして確実に勝てる保証はない。
同様の戦法を取る場合、少なくとも高橋啓介を遥かに上回るタイムで走り連続ヘアピンで仕掛けられる溝落としのオーバーテイクを防ぎ切り、最終ストレートまで完全防衛する必要があった。
ヤマメ「……もちろん、受けさせて貰うわ。拓海くんなら、相手にとって不足はないもの」
自分に勝てるのかと言う一抹の不安を、心に燻っていた闘争心とバトルへの期待で押し返して、ヤマメはその紫からの申し出を受けることとした。
紫「そう言ってくれると信じていたわ。……もちろん私や藍も、他のみんなも本気で勝つために色々とサポートさせて貰うから、その辺は安心してもらって良いわ。それじゃあ、よろしく頼むわね。私はこのあとあのブン屋から話があるって呼ばれてるから」
要件を伝えた紫が管理人室の方向へ立ち去るのを見届けると、再び夜景に視線を戻して大きく息を吸い込んだ。
夏場のしっとりとした夜風が彼女の肺を満たす。
秋名のハチロクこと藤原拓海との戦いを見据えて、これからはより密度の濃い練習に打ち込んでいくことになるだろう。
特訓のメニューを提示されるか、あるいは自分で考案する必要もあるかもしれない。
そう言う努力を積み重ねて経験を身につけ、技を磨き、マシンを煮詰めていきようやく互角に立てるかと言ったところだろうか?
そのコースに対する経験値で上回れないのならば、それ以外の領域での勝負となる。
地元の持つ圧倒的な経験に裏打ちされた、あの洗練された走りに対抗できる様になるにはまずはマシンとテクニックの両面で互角かそれ以上に立たねばならないのはヤマメにも理解できていた。
マシンは問題ないとして、残る課題はテクニックとなる。
目指すべき高みは遥かに遠いが、その高みに愛車のFDと共に挑める事に、プレッシャーと同時に嬉しさもまた感じていた。
ヤマメは静かに黒いタンクトップの上に羽織っていたカーキ色のシャツの胸ポケットに触れる。
布越しに確かに感じるFDのキーが、少しばかりの勇気を分けてくれた様な気がした。
ヤマメは廊下の手すりで組んでいた手を解き1階へと降りた。
多目的スペースにいるナズーリンたちに一足先に練習に行ってくる旨を伝えて1人、静かに外へと歩き出す。
向かう先はもちろん駐車してある自身の黒いFDの運転席だった。
気合いを入れる様に響いた始動音の数秒後、ゆっくりと進み出したFDのテールランプが駐車場から出て行った。
向かう先は、秋名山。
● ● ● ●
駐車場を出ていくヤマメの姿を、ブラウン管テレビから聞こえるニュース番組の声をBGM代わりに管理人室の窓から眺める紫。
彼女の姿が見えなくなると同時に、タイミングを計っていたかのようにドアがノックされる。
紫が入室を許すとドアを開け文が入ってきた。
文「さてと、紫さん。……例のお土産の件でお話があります」
紫「ようやく……と言った感じね。目当てのお菓子を探すのに随分苦労したみたいね」
文「はい。まずは単刀直入に伝えますね。……以前からあなたが所望していた永田屋と霞屋のお菓子、中々に手間がかかりましたようやく全て揃いましたのでお持ちしました」
お菓子を持ってきたと言うが、彼女の手には何も無い。
紫「ご苦労様。それで、中身は何かしら」
文「永田屋のものは白胡麻団子が4つで黒胡麻団子が1つ、これがレミリアさんと咲夜さんから。……霞屋の方は黒糖あんの饅頭が3つに白あんの饅頭が6つで、これがフランドールさんと美鈴さんからになります」
文「あと……実は先日私も美鈴さんと一緒に港の方に行ったんですけど、露草亭の方は売り切れでした。残念ながら収穫はゼロです」
紫「そう……。そっちは簡単には手に入らなさそうだし、気長に待つわ。……それはそうと今回の分、あとであなたの所にも一つ回すから、食べ終わったら味の感想もよろしくね。後で藍にも私から渡しておくから」
文「あはは……分かりましたよ。では、私はこれで失礼しますね」
符牒を用いて暗号化された会話を終え、退室する文を見送る紫。
紫(表も裏も少しずつ事態の進展が見えて来た。……どちらも肝心なのは私たちがアクションを起こすタイミング。今はまだ、少し時期尚早かしら?)
この最後の設定ちょい出し意味深会話だけで幻想郷側の抱える血生臭い裏事情みたいなのを読み取れる人って居るんですかね……?
いないと思いますよ(自問自答)。
後からちょっとずつ、ちょっとずつ今後も大っぴらには語られない裏事情みたいなのを匂わせるコメントややりとりみたいなのは作中に織り交ぜて小出しにする形で明かしていきますが、この手の話は「まだ」本筋では無いので今のところはあくまでおまけ程度にとどめておこうと思います。
ちなみに、この最後の密談の元ネタ……ではないんですけど、発想の源は『Sweet time』の裏歌詞です。
(※ ただし検索は本当に本当に自己責任でお願いします。検索した結果気分が悪くなっても責任は負えません)
やっぱり、なんでも無いように聞こえる歌や会話の裏に、一部の人にしか分からない様な物騒な意味が隠されているのっていいよね。
それで作者はスパイアクション系の作品も好きだったりするので「普段は気のいい友人達でも、自分の知らないところでは表には出来ないような活動をしていたり……」みたいなのも大好物なんです。
特に幻想郷の妖怪たちって殆ど人間襲わなくなって多少性格丸くなってるだけで一応「そう言う存在」なので、まぁ必要に迫られればやりますよみたいなのは今後ちょくちょく挟むことはあり得ますかね。
例えばもしもの可能性の話として、土坂のチンピラ集団が路面にオイルばら撒いて啓介のではなく紫かヤマメのFDを事故らせた場合とかだとブチギレ不可避で実力行使解禁になります。
特にヤマメはFDへの思い入れが強いので本気でバチクソにキレます。
普段はあまり手荒な事をしないようにと暴力に対して大なり小なりの制約を自主的に設けている彼女たちですが、流石に「意図的にマシンを事故らされる」レベルのことをされたとなるとあのチンピラ共の命はありません。
まぁそれはさておき、近日中に分割した後編の方を更新させて頂きます。
そちらの方は今回チラッと触れられた妙義山に向かっていったメンバーたちの話なのですが、ナイトキッズとの絡みに加えてバトル描写ありで頭文字Dらしい感じに出来たかなと思います。
それではまた次回お会いしましょう。