東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜   作:D-Ⅸ

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大変お待たせいたしました。
仕事の都合で殆ど執筆時間の取れない時期がありましてここまでずれ込んでしまいました。
また、今回は過去登場済みのリクエストキャラが複数登場します。

リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)は2024年12月31日まで募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。


第32話 秋名の新星と箱根の追跡者

 

光門「ごちそうさまでした!」

 

その日の夜、水沢家では光門が夕飯のチキンオムレツをガツガツと平らげるなり、早速デルタのキーを握りしめて出かける支度を始めていく。

 

光門「それじゃあ親父、早速秋名に行ってくる」

 

水沢父「俺が昨日見せに行った秋名のアレに触発でもされたか?」

 

光門「そんなとこかな?」

 

水沢父「そうか。……今日は初日だ。まずは慣れることに専念しろ。気をつけろよ」

 

光門「うん。分かってるよ」

 

洋服箪笥から白いソックスを引っ張り出して足を通し、運動靴を履いてガレージに向けて駆け出した。

 

ドアを開け放ちシートに滑り込むと純正のセミバケットシートがしっかりと体を受け止めてくれる。

キーを回してエンジンに火を灯せば控えめながらも重厚感のあるサウンドが鼓膜を震わせた。

開け放たれたガレージのシャッターからゆっくりとタイヤを転がして車を道路へと出せば、新品のサスペンションがすぐに仕事に取り掛かる。

 

アクセルを踏みしめればタコメーターの針と共にエンジンの回転数が滑らかに上がっていく。

中回転程度で2速にシフトアップし秋名に向かう上り坂を駆け上がる。

きちんとエンジンに熱が入るまで、高回転域はお預けだ。

エンジンが冷えている始動直後は回転数をある程度セーブする事でエンジンの負荷を抑えると言うのは、父から習った車両のマネジメントの基本だった。

 

光門(さぁ、峠に出発だ)

 

背中を預けるのは初めての愛車、目の前に見据えるのは初めての峠。

自分の胸の高鳴りを確かに感じながら、光門はデルタと共に夜の峠に向かって駆け上がった。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

日曜日の夜9時半過ぎの秋名山の山頂。

 

今日も今日とて秋名スピードスターズを始めとした走り屋たちが練習に励んでいた。

池谷たちスピードスターズも今日は池谷、健二、滋、守、隆春、四郎、翔一が集まり練習走行に取り掛かっていた。

イツキや拓海も来ていたが現在は池谷たちと別行動だ。

スピードスターズにおける今日の練習のテーマは、今朝話題となった「水の入った紙コップをドリンクホルダーに刺してそれを溢さない様に運転する」と言う拓海式の練習方法な訳なのだが……。

 

池谷「クソ……もう内装がビチャビチャだ」

 

滋「無理だ……出来る気がしない」

 

隆春「も、漏らしたみたいになっちまった。……恥ずかしいったらねぇよ」

 

翔一「車内が水浸しだ。リーダー、流石にこれはちょっと……」

 

四郎「いくら何でも無茶苦茶だって。……ただのフカシだったんじゃないのか」

 

健二「そんな筈はないと思うけどなぁ。嘘ついてる様には見えなかったし……」

 

ドッカンターボの急加速が災いしてスタート直後3秒で溢した健二、1コーナーで水が半減した四郎、ブレーキングでセンターコンソールに水をぶちまけた翔一、緊張し過ぎた結果前半セクション第一ヘアピンで思いっきりリアが滑りスピンを起こしてコップごと吹き飛ばした池谷、スケートリンク前ストレート到達前の段階で水が8割消し飛んでいた滋と守、ギャップの処理をミスった結果溢れた水がズボンを思い切り濡らした隆春と、かなり散々な結果に終わっていた。

 

向こうでイツキとハチロクと共にギャラリーたちに囲まれて辟易している拓海はまるで何でもない事であるかの様に語ってはいたが、実際にはかなりの高難易度であり、並のドライバーが一朝一夕に出来ることでは到底ない。

スピードスターズの面々が悉く失敗するのも無理はなかった。

だが拓海本人の口からこれこそが秘訣であると言われてしまった以上、池谷たちとしては「試してみる」以外の選択肢はなかったのだ。

 

全ては「心を入れ替えてドラテクを追求する本格的な走り屋チームとして生まれ変わる」と言うチーム全体の目標を掲げているが故のことだ。

特に池谷は文太の言葉の通り、思い付くことは何でも試して自らやチーム全体の走りのレベル向上に役立てるつもりでいた。

そして、そんな走りへの意欲に満ちた走り屋たちは他にもいた。

 

秋名の走り屋1「スピードスターズや他の山の奴らが頑張ってるんだ。俺たちも負けてられねぇな」

 

秋名の走り屋2「あぁ!気合い入れて行こうぜ!ファンタジアのバトルの少し前まで、俺たちも練習だ」

 

秋名の走り屋3「よし!もう一本走るぞ!」

 

地元の走り屋のK12マーチ、ZC31Sスイスポ、HB11Sアルトワークスが走り出して夜の峠に消えてった。

 

ここ最近のファンタジア、レッドサンズ、ナイトキッズなどの外部勢力の参戦や、知る人ぞ知る地元のエースである藤原拓海の大活躍などなど、秋名で繰り広げられる熱い走りとバトルの数々にいい意味での刺激を受けた走り屋たちが集う事も多く、バトルやパフォーマンス走行、そしてそれに備えたプラクティスなどが行われる頻度が先週や先々週以前と比較して上がっていた。

 

特に今日は『箱根の走り屋VSファンタジア』と言う昨日とはまた違うイベントが控えているためにギャラリーが多くいることも影響して、張り切っている人は昨日に引き続き多かった。

 

その走り屋たちの中には当然の様に早速そのギャラリーたちを沸かせながらひとっ走り終えたファンタジアの走り屋も幾人か混じっており、周囲の人々からの視線を集めていた。

 

隆春「それにしてもあの子達、本当に可愛いなぁ」

 

池谷「あの日以降、最近よく来るんだよなぁ」

 

守「ここのところはすっかり秋名に馴染んじゃってるよ」

 

健二「とは言え腕も良いし、車もかっこいいし、山荒らす様なことも無いし、文句ねぇどころか大歓迎だけどさ」

 

滋「そうそう。目の保養になるってもんよ」

 

その視線の先にあるのはファンタジアの一団。

左から順に、STIエアロのこいしのカシミヤイエローのGC8後期のインプレッサWRX STI(G型)、隣にC-WESTエアロのミディアムパープルのエボⅧが居る。

これはさとりの車だ。

さらにその隣にはすでに何度か秋名に顔を出している魔理沙のR34 GT-Rに霊夢のS15、はたての205セリカとさらに文のインテRが続く。

文のインテグラは4ドアのDB8型タイプRで、ings製のエアロが特徴的だ。

 

ファンタジア同士で一塊に纏まって駐車していて一団を形成し、今日のバトルについて話し合っている。

 

さとり「この時間にしては結構な数の走り屋がいるのね。まだギリギリ一般車がいてもおかしくは無さそうなのに」

 

こいし「今日は面白いことをやるって噂、あっと言う間に広がったみたいだからね」

 

さとりは先週や先々週と働き詰めだった事もあり、久しぶりのまともな休暇を利用して地底を出て外の世界を満喫していた。

道路の敷設と車の普及を始めとした幻想郷内におけるインフラの変革は人妖の移動の活発化をもたらし、それを機に地底と地上の行き来の規制が大きく緩和されて以降、さとりたち地底の住民たちは時折り気分転換に地上に顔を出す事も少なくはなかった。

だが、外の世界にまで出てくるのはこうした機会でもない限りあり得ないので色々と新鮮な経験が出来ていた。

 

今日の彼女は薄桃色のスカートに白シャツ、その上から薄手の水色のパーカーを羽織っている。

こいしは緑色のスカートの上から黒シャツに、その上から姉のものと色違いの黄色いパーカーを羽織るスタイルだった。

 

魔理沙「あぁ、走り屋ってのはそう言うのに飢えてるからな」

 

文「ましてや昨日飛び入りでフリー走行を走ってた腕の良い箱根の走り屋が私たちとバトルをすると聞けば、飛びつきもする筈ですよ。北関東に篭っていたら、聖地箱根の走り屋の走りを見る機会なんてきっとそう多くはないですから」

 

魔理沙「それにしても霊夢だけずるいぜ。チェイサーの相手は私がしたかったんだけどなぁ。あ……そうだ霊夢、今からでも変わってくれよ。な?今度博麗神社に行ったらお賽銭入れてやるからさ」

 

霊夢「だめよ。今日は私の走る日なんだから。また今度にしなさい」

 

文「そもそも、走者の変更は藍さんか紫さんの許可がなきゃダメですよ。本人の一存じゃどうにもなりません」

 

巫女に就任したばかりであまり懐事情のよろしくなかった昔の霊夢であれば分からなかったが、今の霊夢はハイオク満タンならまだしも、少額のお賽銭程度のお金では釣られない。

それに加えて文からの追撃が入る。

魔理沙の買収は呆気なく跳ね除けられるのだった。

 

 

 

そんなやり取りが繰り広げられる夜の秋名に、とある2台の車が姿を見せた。

 

ギャラリー1「おい、あの車なんだ?」

 

ギャラリー2「ユートだよ。ホールデンって言う豪州車メーカーのピックアップトラックだとさ。昨日来た時にサンダースのメガネ野郎から聞いたよ」

 

ギャラリー1「すげぇ、とんでもねぇレア車じゃねぇのか?しかもアンダーネオンまで付けてるぜ」

 

ギャラリー3「荷台塞いでウィング付けてるし、それに加えてワイドボディ仕様だろ?気合い入ってるぜ。すげぇ金かけてそうだな」

 

ギャラリー4「にしても外車のトラックだぁ?峠には不釣り合いだろう」

 

ギャラリー2「後ろの青いR34も迫力満点だよ。やっぱりRB26はいい音するぜ」

 

ギャラリー3「精悍なフロントマスクも痺れるよ。かっこいいぜ」

 

ギャラリー5「しかもあのホールデンと34Rの走り屋、この辺じゃ少しばかり有名なんだぜ」

 

ギャラリー1「そうなのか?まぁ、車種が車種だし、あれだけ派手なマシンに乗ってたらそりゃ目立つよな」

 

ギャラリー5「まぁマシンもそうなんだが腕もいいんだ。とくに34Rの方は『カエデの走り屋』ってあだ名が付くくらいには名が売れてる。群馬どころか北関東でも上から数えた方が早いくらいには上手いと思うぞ、アイツら」

 

ギャラリー1「そうなのか。……そんな奴らまで今の秋名に来るんだな」

 

ギャラリー2「俺も峠巡りが趣味だからな、何度か見たことがあるよ。赤城ではレッドサンズの一軍メンバーと互角以上に渡り合ってたし、妙義ではナイトキッズにも勝ってた。ヘタクソお断りで有名な、特に県内でもレベルの高い碓氷でだって、地元相手にピッタリ追走してたぞあの2人」

 

ギャラリー3「あいつら昨日も来てたけど、結構凄かったんだぜ。フリー走行中にナイトキッズのシルビアぶち抜いたり、あそこに居るファンタジアのR34のケツ追っかけて走ってたからなぁ。……R34GT-Rが2台続けて突っ込んできてさぁ、大迫力のサウンドが今でも耳に残ってるぜ」

 

日本では中々見ることのないホールデンのピックアップトラックであるVUユートと、ベイサイドブルーのBNR34スカイラインGT-Rの2人組、泊と秋永だった。

そしてざわめくギャラリーたちをよそに、この2人の登場に反応したのは文だった。

 

文「お、来ましたね」

 

さとり「お知り合いですか?」

 

文「えぇ、まぁそんな感じです」

 

霊夢「今朝、喫茶店で高橋涼介に動画渡した後に入れ違いで来たのよね」

 

事情を知らないさとりに文と霊夢がそう返す。

さとりは紫たちのサポートもあり、外の世界では能力を一時的に弱体化させている事で、この人混みの中でも勝手に人の思念や思考が流れ込んでくる事はほぼ無くなっていた。

 

文「その時にギャラリーに誘ったんですよ。面白い事するから見に来ませんか?って」

 

魔理沙「ほんと、顔が広いよなお前は(そうだ……そう言やアイツは私と同じGT-R乗りだったな。ここはひとつ、霊夢のバトルの前座としていっちょ付き合ってもらうかな)」

 

魔理沙がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。

それを横目に見る文と霊夢は、この時点で何やらよからぬ事を魔理沙が考えているのを察するのだった。

 

 

 

件の2人は文たちの車を見つけると、その近くの空き枠にその大柄な車体をスルリと収めて文のところまで歩み寄って来る。

 

文「こんばんは!やっぱり来てくれたんですね」

 

魔理沙「おう、昨日ぶりだな」

 

文と魔理沙が進んで声をかけて迎え入れた。

昨日、魔理沙たちは文の紹介で泊と秋永の2人とはすでに顔を合わせており自己紹介も済ませている。

マシンの派手さとは打って変わって、2人の穏和な人柄もありファンタジアのメンバーともすぐに打ち解けていた。

 

昨日、魔理沙はR34オーナーと言うこともあり、同じマシンを並べた仲という事で特に秋永とはすぐに仲良くなっていた。

ちなみに今日は幻想郷に帰っていて秋名には来ていないものの、アリスとは(片やスワップとは言え)同じ2JZエンジン車のオーナーという繋がりで泊の方はアリスの方と話すことが多かった様だ。

 

初対面となる古明地さとりの紹介を終えると、話は早速今日のバトルに対する話題に移る。

 

泊「今日は霊夢への挑戦者が来るんだっけ?」

 

文「えぇ、そうですね。厳密には私たちのチームに対してで、お相手さん曰く誰が相手でも構わないとの事だったのですが……」

 

秋永「じゃあ、何でこれまで出して来なかったエースの霊夢を今回出したの?」

 

泊「あ、それは確かに気になるな」

 

秋永「霊夢しか立候補者がいなかったとか?それとも、相手の走り屋がヤバい奴なのか?」

 

さとり「いいえ、むしろ立候補者は霊夢以外にも沢山いましたよ。それで人選に苦労したと聞いています。……しかし、いくら交流目的とは言え相手が相手なので下手は打てません」

 

文「ヤバい奴……という訳ではありませんが、いくら親善目的とは言え人選を誤って大負けしたらチームの看板に傷が付きますし、たった一つの黒星が後の運営に悪影響を残す事もまた否定できません。それが勝負の世界というものです」

 

はたて「要するに、せっかくのバトルなんだから勝てる勝負は勝ちにいかないとって感じかな」

 

魔理沙「そうそう。負けていい勝負なんかない、捨てていい勝ちなんてない。それに、やるからには勝ちたいだろ?ましてや相手は箱根のレディース四天王とか言われてる強豪の一角らしい。勝てば箔が付くじゃないか。……ま、そう言う訳で色々あってそこで白羽の矢が立ったのが霊夢なんだ。まぁ私にとっちゃ、やや不本意ではあるが」

 

秋永「そうなのか?」

 

魔理沙「本当は私が走りたかったんだよ」

 

泊「あぁ、なるほど」

 

言葉は無くとも秋永も納得が行った様に頷く。

だがそこで今さっき見せて不適な笑みを魔理沙が覗かせる。

 

魔理沙「そこで、だ」

 

秋永「?」

 

魔理沙「霊夢のバトルの前に、私と一本付き合って欲しいんだ」

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

山頂にて、まさかの2本目のバトルが決まったその頃、ある一台の車が秋名山の峠に辿り着く。

白いランチアデルタ、光門の車だ。

伊香保温泉の石段街側から登りスタート地点の旅館前を通過し山頂方面へと抜けて行く道、その手前の信号が青になるとゆっくりとアクセルを入れでタイヤを転がしていく。

既にこの時間から周囲には人が集まりコインパーキングや旅館とその付近の駐車場には走り屋やギャラリーたちのものと思われるスポーツカーなどが並んでいる。

 

光門(すげぇ、今日の秋名もスポーツカーばっかりだ。定番のレビトレやシルビアに新旧MR2から、レオーネにブルーバード……しかもあのバッジはSSSじゃないか!ギャランVR-4、ファミリアのGTセダンまでいるぞ。……本当に色んな車が集まってるなぁ)

 

旅館前の駐車場を過ぎて峠に差し掛かると、自然とアクセルを踏む足に力が入る。

時速にして40キロを超えた程度、1コーナーをセンターラインを割らない範囲でやや外に振ってからインに寄せる、基本通りのアウト・イン・アウトのラインを通って抜けていく。

 

想像以上に扱いやすく、勾配のあるコーナーにおいてもマシンのスタビリティは高い。

ラリーを戦えるだけの戦闘力を有したこのデルタのエンジンと4WDはやはり伊達ではない。

秋名の峠は麓の方が勾配がキツい傾向があるが、それを苦とも感じないだけの必要十分なパワーとトラクションがデルタにはあった。

ヒルクライムに対する適性の高さはその後に数個のコーナーを抜けただけでも伝わってくる。

 

まだまだ本気で攻めていけるほど車にも峠にも慣れてはいなかったがそれでもこの車の良さを実際の運転を通して知ることができただけでも光門は嬉しかった。

 

普段、父の足車で遊びに来る昼間とは違う、走り屋の時間である夜に、しかも自分の初めての愛車で。

だからこそ今日の秋名の思い出はこれまでに経験した何よりも鮮烈に残り続けるだろうとの確信を胸に抱いていた。

特にゲームのものとは違う、本物のデルタのステアリングを握って走れることの喜びというのは、それだけ格別だったのだ。

 

そんな光門の背後から、一筋の光が飛び込んでくる。

後続車のヘッドライトだ。

 

 

 

 

 

♪ Good Energy Flow / A-One

 

 

 

 

 

光門「ん?(後ろから何か来る。しかもかなり速い!……地元の走り屋かな?)」

 

光門は急速に接近してくるその影を、コーナーに進入する際の自らのブレーキランプの光で照らされた瞬間に判別する。

特徴的な弓をモチーフにしたエンブレム。

トヨタの誇るハイパワーなスポーツセダン、JZX100チェイサーだった。

 

光門「100系チェイサー、しかも黒の箱根ナンバー……まさか昨日走ってたチェイサーか!?」

 

親父と共にギャラリーをしていた昨日の交流会、そのフリー走行の時に見た車であった様に思われた。

 

このままバトルをするかそれとも大人しく引くかを、そのチェイサーが背後に張り付くまでの僅かな時間のうちに考える。

記憶が正しければあといくつかコーナーを抜ければ上り勾配の長いストレートが現れる。

勝てそうになければそこで譲ればいいと判断し、一気にアクセルを踏み締めた。

 

走り屋を目指す1人の男として、何もせずに譲るという選択肢は既に無かった。

ほんの1キロもない様な短いバトルが始まる。

 

 

 

水希「お、いいねぇ。デルタがやる気になった」

 

一方でデルタの後方にピッタリと張り付くチェイサーのドライバー、大凪水希は加速していくデルタの姿に確かな闘志を見出して口角を上げる。

 

水希(ランチア黄金時代を支えた四駆ターボ、デルタエボか……。今日のバトルの前哨戦としては上出来じゃん!それじゃあ、こっちもちょっとだけ本気出しちゃおうか!70%くらいの速さで行くよ!)

 

水希はファンタジアとの勝負を前に、ドライバー自身やマシンのウォームアップのために本番に支障が出ない程度に走り込んでいたが、自分に対して絡んでくる走り屋たちがほぼ相手にならないレベルばかりだったので少しばかり不完全燃焼を起こしていたのだ。

 

対戦相手であるファンタジアの走り屋もちらほらと走ってはいるのだが、彼女たちはバトル前ということもあり、水希を後ろから煽ってバトルに誘ってくることも、水希が追い越した後に急加速して追いかけてくることもなく、随分と大人しくしている。

 

あえて手を出さず、余計な干渉をしない。

 

これは「本番前に絡みに行って相手の消耗を誘った」などの外野や対戦相手からの余計な言いがかりを防ぐための、ある種の自衛の一種だ。

 

水希(……さっき下って来た時に追いかけて来た白いゼロクラの走り屋はコーナー3つで消えちゃったから消化不良だったけど……このデルタの子はどうかな?)

 

前を行くデルタの加速に合わせて、チェイサーの1Jも唸りを上げて加速していく。

上り勾配では四駆に比べてトラクションを稼ぎにくいという二駆の弱点をものともせずにデルタとの間合いを縮める。

 

まずは目の前のヘアピンコーナー。

ガードレールを照らす光の存在から対向車の存在を察知するとお互いインベタをなぞる様にグリップで抜けていく。

旋回性能に劣るロングホイールベースのチェイサーにはやや厳しいラインとなる。

だが、それは水希とチェイサーにとっては大した問題ではなかった。

 

水希(さすがデルタ!コーナーが速いね。チェイサーよりも軽い車重は低速コーナーで効く。立ち上がりもトラクションの稼げる四駆は二駆の私よりも有利!だけど……)

 

このヘアピンの様な低速コーナーの立ち上がりにこそデルタに分があるものの、直後に400馬力オーバーのハイパワーを解放したチェイサーはデルタとの距離をあっという間に縮めてしまう。

 

光門は無理をする事がない様にある程度アクセルをセーブしてマージンを取った走りをしているとはいえ、それは相手のチェイサーもまた同じこと。

 

お互い、本気にはならない。

 

とは言えこの僅かな時間と距離のやり取りの中でも、随所に差と言うものは出てくる。

主にマシンの性能の差、乗り手のキャリアやマシンに対する習熟度の差だ。

特にチェイサーよりも軽い車重に短いホイールベースと言うデルタの強みが生きる低速コーナーならばまだしも、中高速コーナーにおいてはそのツッコミと立ち上がりは互角以上。

 

さらに免許取得時から今に至るまで、10万キロ以上の道のりをチェイサーと共にし続けてきた水希はまるで自分の半身であるかの様にチェイサーを操るのに対し、光門はカートなどのキャリアがありながらもこのデルタの運転自体は今日が初めてだ。

運転のキャリア自体もそうだが、走り屋としての経験値が根本から違う。

 

バトル中と思われる対向車のK12マーチと31スイスポとHB11Sアルトワークスの走り屋とすれ違いつつ、次の緩く左右にうねるコーナーを抜け、さらにその先のややタイトな右コーナーに備える。

これがスケートリンク前ストレートの手前にある、最後のコーナーらしいコーナーだ。

 

対向車無し。

最初で最後、ここで初めて光門はセンターラインをオーバーしての本気の突っ込みをする事にした。

 

光門(エンジンも暖まってるしタイヤにも熱が入ってきた。ダンパーもいい動きしてるしデルタは絶好調だ。……ロングストレートまでの最後のコーナー、ほんの一瞬だけ本気を出す。……頼むぞ、デルタ!)

 

その静かな気迫の発露は後ろを走る水希にも伝わる。

野生的とすら言われる水希の驚異的な直感力が目の前を走るデルタの何かが一瞬にして切り替わるのを感じ取っていた。

 

水希(何かが変わった。この感じ……次のコーナー、私ももうちょっと深く突っ込んでも良さそうかな)

 

ここが最初で最後の攻め時と判断した光門のステアリングを握る手に力が入る。

目を見開いてコーナーを見据え、そして……。

 

光門(ここだ!)

 

ガツンと叩き込む様な短いながらもハードなブレーキングで突っ込む。

あえて2速には落とさない。

減速を今の自分の力量で出来る限り最小限に抑えつつ3速のまま踏ん張らせる。

コーナーのエイペックスを通過した直後からアクセルを踏む足の力を強めていき、姿勢が安定するとともにフル加速。

立ち上がりでレブリミット近くまで引っ張っていく。

 

光門「やっぱり、厳しいか……」

 

だが、後ろを走るチェイサーは引き剥がせない。

まるで分かっていたかの様にチェイサーは鋭いブレーキングでデルタに追従して来ており、渾身の立ち上がりも思う様には差がつかない。

 

コーナーで突き放せないローパワーでは勝ち目がない。

スケートリンク前のロングストレートに出た瞬間に光門は、ハザードを点灯させながらアクセルをやや緩めて左に寄せる。

 

そしてその脇をアクセルを踏み抜き全開にしたチェイサーが快音を轟かせながら飛び抜けていった。

 

光門「やっぱり、すごいパワーだ(今のチェイサー……。軽く400馬力はありそうだ。コーナーも上手くて隙がない。多分地元の走り屋と比較しても遜色無いんじゃないか?例え追いかけて行っても抜かせないだろう)

 

ようやくバトルの緊張から解放されたためか、光門は一度深呼吸を挟んだ。

バトルからクルージングに心のギアを切り替えた。

 

光門(……それにしても、これが峠の走り屋のバトルなんだ。……何つーか、スッゲェ楽しかった。……それに今日、これまで走ってきて俺は確信した。……デルタは信頼できる一級品の良い車だ。本気で突っ込んだ最後のコーナーでも、絶対に俺の期待を裏切らなかった。親父が組んだ足もいい仕事をしてる。……本当に、買ってよかった。最高だよこの車は)」

 

水希(ラインが不安定で突っ込みでふらついてたさっき絡んで来た走り屋よりもよっぽど上手い。そこそこ走りのキャリアがあるのかな?特に低速コーナーの突っ込みにはなかなか光るものがあった。……とは言え、向こうも本気じゃなさそうだし、私にとってもあくまでこれはウォームアップであり前菜。メインディッシュがまだ控えてる。お互いこのくらいにしておこうかな。……それにしても、この上手いデルタのドライバーの本気の走り、いつの日か引き出してみたいな)

 

2人それぞれの感想を抱きながらも、この短いバトルは幕引きとなった。

 

 

 




走り屋がワイワイやってるシーンは書いてて楽しいです。

【告知】
活動報告にも記載しましたが、キャラクター・車両・エピソードのリクエストに関して、誠に勝手ながら2024年12月31日を持ちまして募集締め切りとさせていただきます。
理由といたしましては、採用可能と判断されたリクエストキャラがほぼ一定数に到達した事によるものです。

もしリクエストをご希望の方がいましたら、12月31日までに活動報告のページか、またはメッセージにてご連絡ください。

2024 / 12 / 5 20:38
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