東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
そしてリクエストキャラの2人にちょっとしたご褒美もあります。
BNR34同士のバトルを終えた事が頂上側に伝わると、今回のバトルの主役である2台の車が準備を進めて行く。
司会進行は射命丸文が、カウントダウンは秋名スピードスターズの健二が担当する事が事前の打ち合わせで確定している。
文の位置から見て右手側に霊夢とその愛車であるS15シルビアが、左手側には水希とその愛車であるJZX100チェイサーがスタンバイしている。
水希「さて……もうそろそろ行こうか」
霊夢「そうね。行きましょう」
コースがクリアである事の確認が取れた旨の連絡を受け、2人はエンジンをかけて待機する。
そこで、水希がある提案を口にする。
水希「あ、そうだ。……光門くん、ここ、乗ってみる?」
光門「え?」
突然の話にキョトンとする光門を微笑ましげに見つめながら、水希は車の助手席を軽くトントンと叩く。
横乗りの誘いであった。
光門「……い、良いんですか?」
それを理解するまでに僅かばかりの時間を浪費しつつも再度聞き直す。
水希「いいよいいよ。将来有望な新人くんへの、ちょっとしたサプライズプレゼントって事で」
光門「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えて……」
水希「4点の付け方分かる?分からなければ普通に3点付けてもいいよ」
光門「大丈夫ですよ」
そんな訳で、光門は水希のチェイサーの助手席、RECAROのセミバケットシートに体を滑り込ませて備え付けられたサベルト製4点式ハーネスを装着していく。
まさか1日に二度も女の子の車に、しかもそれぞれ別の人の車に横乗りする日が来ようとは。
そんな事を考えているとどうやら隣のシルビアにも動きがあった様だった。
光門が水希の誘いを受けて助手席に乗り込む様子を見届けると、霊夢も近くにいた泊に声を掛ける。
霊夢「あっちが横乗りさせるみたいだし、あんたもどう?」
泊「いいの?」
霊夢「もちろんよ。その方が面白いでしょ?」
霊夢としては「隣の重たいチェイサーが横に人を乗せてウェイトハンデを背負うのなら、200キロ軽いこっちも同等のウェイトを貰わないとフェアじゃない」というなんて事のない理由からだったが、それを霊夢がわざわざ口にする事はなかった。
無論「その方が面白い」と言うのもあながち嘘でもない。
助手席の位置に鎮座する赤いBRIDEのフルバケットシートに体を落とし込むと、泊は慣れた手つきでシートと同色の赤いハーネスを装着する。
2組とも横乗りの人を乗せた状態でのバトルという珍しいものとなったが、当事者たちも、それを見守るギャラリーたちの多くも「これもまた一興」程度の事として受け入れていた。
イツキ「うぅ……羨ましいぜ!あんな美少女走り屋の横乗りなんて……!」
ギャラリー1「いいなぁ。俺もいつかは女の子と一緒に……」
中には羨む様な声も混じっていたがそんなものは些末なことであろう。
隆春「横乗りかぁ……。でもそうなると重くなるよなぁ。コーナリング、二人ともちょっとダルになるんじゃないかな?不慣れだと事故のリスクとかあるし……」
はたて「まぁ、大丈夫だと思うよ。もう1人の方は分からないけど、霊夢だけに限らず、うちのチームでは誰かを横乗りさせて走るなんてのはよくある事だから。あ、それと……横乗りによって車重の増加だけじゃなく、実はもう一つ走りに対してある影響が出るんだよ」
四郎「と、言いますと?」
妹紅「重量増のデメリットと引き換えに左右の重量バランスはむしろより均一化する傾向にあるから、その左右の重量バランスが、右コーナーと左コーナーにおけるコーナリング時の限界値とコントロールに影響を与えるんだよ」
健二「なるほどな。普段意識してなかったけど、1人で乗ってる時って車は運転席側に50キロから70キロくらい偏って荷重が掛かってるんだよな。そりゃあ右コーナーと左コーナーで使えるコーナリングフォースの限界値は変わるよな」
妹紅「そう言う事。これは感覚的な話になるんだけど、右コーナーと左コーナーの曲がり方が似ると言うか、ちょっと重くなって曲がらなくなる代わりに左右のスライドのコントロール自体はむしろしやすくなると言うか、そんな感じかな。……特にS字コーナーの左右の振り返し、私は個人的には隣に人乗せてた方がやりやすいんだよなぁ。人間が乗る場所ってのがホイールベースの内側で、重心に近い位置ってのも関係するんだろうけど」
そんな事を話している合間に、2組の準備の完了を察した文が先ほどのバトルに引き続き場を取り仕切って進行していく。
文「本来の予定にはなかった事ですが、何と2組とも知り合いを横乗りさせて走るようですね」
そう言いながら文は2組の助手席に目を配る。
それぞれがシートベルトを止めるのを見届けて、再び進行へと移る。
文「……ひとまず準備は終わった様ですのでもうそろそろカウント開始と行きましょうか!……それでは先ほどのバトルから引き続き、秋名スピードスターズから今度はチームナンバー2の実力者、高木健二さん!カウントダウンをよろしくお願いします!」
健二「お、呼ばれた!それじゃあ行ってくる」
妹紅「おう、行ってらっしゃい」
滋「おいおいナンバー2だってよ」
隆春「アイツ行く時ちょっとニヤついてたぞ」
池谷「あいつ、ちょっと持ち上げられた程度ですっかり浮かれやがって……」
健二が文からの指名を受けて発進待機中のシルビアとチェイサーの間に立つ。
NAのSR20とターボの1JZのアイドリング音が夏の秋名を流れる暖かい風に乗って健二の鼓膜を刺激する。
健二「カウントダウン、行くぞ!」
♪ GO BEAT GUN / MIKE SNAP
健二「5……4……」
数字が小さくなるにつれて、光門は自分の心拍が上がるのを感じていた。
緊張からか、興奮からか、あるいはその両方か。
無意識のうちに赤いハーネスの肩ベルトに手が伸びていることに気がついた。
親指を内側から引っ掛けて前へと押してベルトの張りを確認する。
それは泊も同様ではあったが彼は誰かの横に乗るというのは多少慣れていたためそこまで緊張している様には見えなかった。
特に仲のいい友人である秋永の車に横乗りをしてセッティングの相談をしあった事など一度や二度ではなかった。
健二「3……2……」
刻一刻とスタートの時が近づいて来る。
光門はドア内張りに左手を伸ばし、ウィドウスイッチを避ける様に指を這わせてアームレストを掴み、右肘は水希のシフト操作の妨げにならない様にとあえてセンターコンソール側のアームレストには置かずに右側のハーネスの肩ベルトを掴み肘をセンターコンソールに引っ掛けるという器用な踏ん張らせ方をしていた。
これは彼の座るフルバケがローポジションに固定化されていて、ノーマルシートよりもやや沈み込んだシートポジションであるが故に出来る芸当であった。
健二「1……」
シートにしっかりと背中を預け、足は伸ばして床へと突っ張らせると同時に側面に押し当てて体勢を整える。
光門には1秒後に何が起こるのか、理解出来ていた。
健二「GO!」
1JZとSR20の耳をつんざくほどの甲高いサウンドがギャラリーたちの鼓膜を激しく叩きながら2台は加速していく。
0キロからの発進加速で立ち上がりのほんの僅かに拮抗するも、一度ターボが正圧に入ればその差は歴然だった。
ターボというものは負圧の時はただの吸気抵抗にしかならないが、正圧に入れば話は別だ。
過給機がエンジンにさらなるパワーを与えて車体を大きく蹴り出させた。
光門「……っ!」
チェイサーの助手席で、想定以上の加速Gに思わず息を詰まらせた。
光門(は、速い!これが400馬力のパワー!加速は圧倒的だ!そりゃあ俺のデルタじゃ置いて行かれる訳だ。相当に弄ってあるぞ、このチェイサー!)
400馬力を発揮するターボ車であるチェイサーが猛烈な加速を見せ、NAエンジン仕様の霊夢のシルビアを置き去りにする。
水希(まずは前に出た。知り合いのあの子のオーテックバージョンよりもパワフルだけど、まぁシルビアのNAなら加速はこんな感じよね。でもミラー越しに見る感じ、ギアの繋ぎ方がかなり上手そう。まるでオートマみたいにスムーズに加速して追いかけて来る)
泊(チェイサー、凄い加速だな。……シルビアが置いていかれる。やっぱりパワーがあるってのは良いよな。2JZみたいなハイパワーターボに慣れてしまうと、SRエンジンのメカチューン仕様は物足りなく感じるぜ。でも高回転域でのパンチの効いた加速とエンジンサウンドは流石に4連スロットル仕様だな。2Jにも負けない快音に仕上がってる)
1コーナーのツッコミの手前で既にその差は1車身差以上付いていた。
だが当然、それで突き放されてはい終了とはならないのが、霊夢だった。
極短時間のフラッシュの様なブレーキングでコーナーに飛び込む2台。
1コーナーのツッコミから、既に二人のコーナリングには明らかな差が出ていた。
光門(殆ど減速せずに行った!序盤からすげぇ突っ込み!しかもサイドブレーキを使ってないブレーキングドリフトだ!めちゃくちゃ上手いじゃないか水希さん!)
泊(ほぼノーブレーキで突っ込んだ!?凄まじいスピードと横Gだ……!だが全然車体もドライバーもブレていない。完全にコントロールしているのか、このスピードレンジでの挙動を!?おいおい初っ端から随分と熱い走りをするじゃないか!)
コーナーアウト側からインに目掛けて突っ込む2台だったが、ここで僅かにシルビアが詰めて来た。
ここでストレートのチェイサー、コーナーのシルビアと言う図式が明確化された。
そのスタート時の加速勝負から1コーナーの突っ込みまでの様子はスタート地点からでも伺うことが出来ており、その様子にギャラリーたちは湧き立っていた。
ギャラリー2「うっひょー!すんげぇ加速!NAのシルビアが一瞬で置いてかれちまったぞ!」
ギャラリー3「超ど迫力!たまんねぇぜあのチェイサー!GT-Rにだって全然負けてねぇぞ!」
ギャラリー4「いくらメカチューンでターボと遜色ない馬力を絞り出してると言っても、所詮NAはNAだもんなぁ」
隆春「加速勝負じゃあ、やっぱりターボ車にゃどう足掻いたって勝てないよなぁ。あのチェイサー、あっという間に前に出ちまった」
翔一「でも軽さはシルビアの方が勝ってんだ。曲がりは絶対にシルビアの方に分がある筈だ!シルビアの有利なコーナー区間でどれだけ詰められるかが、勝負のカギなんだ」
四郎「さっきのGT-R同士のバトルとは違って400オーバーのチェイサーと280かその手前が精々のシルビアには100馬力以上の明確なパワー差があるからな」
池谷「相対的にビッグパワーなターボと、ローパワーな自然吸気か……。車重は後者の方が軽い。俺は拓海と高橋啓介のバトルに近い試合運びになると見た。同じFR同士のマッチだからな」
四郎「あぁ、パワーで劣るなら200キロの軽さのアドバンテージを活かしてコーナーで勝つんだ!」
翔一「あぁ!頑張ってくれよ霊夢ちゃん!世代は違えど俺だって同じシルビア乗りなんだ!応援してるからな!」
涼介「(なるほどな、スピードスターズのメンバーにしては中々に良い目の付け所だな。他のチームも順調に成長しつつあるという事か。……だがまだ幾分か甘いな。パワーと軽さの戦いだけが全てという訳ではない。そこに気付けるかどうか、今後に期待しておこうか)……しかし、流石に400馬力越えのビッグパワーは伊達ではない。やはりシルビアは遅れを取ったか。だがそのドッカンターボのハイパワーをテクニカルな秋名の峠、その後半区間でどこまで活かせるかの鍵になるのは前半の立ち回りだ。さらにマシン特性の違いによるコーナリングの不利をどれだけカバー出来るのかと言う点も、腕の見せ所だろうな。……後輪駆動はさっきのGT-Rの様な四輪駆動ほど簡単には行かない。特にコーナリング時におけるベストな踏み方、ベストなタイヤの使い方は、FRと4WDでは少し違うんだ。駆動方式やエンジンレイアウト、過給機の有無によって、走りの最適解は変わる」
そのパワーを活かして逃げる100系チェイサーと、驚異の追い上げを見せて喰らいつくS15シルビア。
バトルを演じる2台は前半2連ヘアピン手前の、くの字型コーナーに差し掛かる。
霊夢(神奈川から来て秋名を走るのが今日で2日目の走り屋とは思えない様なスムーズなライン取り。何も知らなければ地元の人だと勘違いしそうになる程に、走りに迷いがない。このドライバー、恐ろしく適応力が高いのかも。だとしたら早すぎる仕掛けは命取りになりかねない。序盤の今はまだ、耐えた方がいい……)
水希(やっぱり……気のせいじゃない!コーナーが速い!車重が重くてホイールベースの長いこっちはコーナリングやタイヤマネージメントでは不利な事くらいは百も承知。だからこそ腕を磨いてそんな不利を実力でひっくり返せるくらいにはなれたと思っていたけど……。それでもこの霊夢って子は格が違うみたい!2日かけて走ったおかげで少しずつ『走るべき道が視えてきた』のに突き放すこともままならないなんて……それに、この背中にビリビリと感じるプレッシャー、ハンパじゃない!……私には分かる。分かってしまう。油断一つ、ミス一つで負けるって。これはまるで、箱根の新しい皇帝……あの子たちとやり合った時に感じたあの感覚と似てる……!)
それぞれの思いを抱えつつも、バトルは進む。
続く2連ヘアピンの第一ヘアピン。
まるでスピンターンの様にインベタのタイトなラインをくるりとドリフトさせながら回って立ち上がるチェイサーと、その外側をワイドに通るシルビア。
ギャラリー5「おぉ!すっげぇスキール音!魅せてくれるぜあのチェイサー!やっぱり峠と言えばドリフトだぜ!」
ギャラリー6「見ろよあのチェイサー、後輪からちょっと白煙出てたぞ!D1みたいな走り方しやがるぜ!マジでカッケー!」
水希はチェイサーの苦手とする低速ヘアピンで仕掛けられる事を警戒して、あえてタイヤの負荷を承知で予めインで仕掛ける余地を潰す防衛策に出ていた。
横向きにコーナーに突っ込み派手にスキール音を立ててドリフトするチェイサーは大いにギャラリーたちを興奮させると共に、シルビアが付け入るだけの物理的な隙間を与えない。
前後長の長いセダンボディを使った鉄壁の防御。
それはまさしく峠のバリケードだ。
水希(かなりコーナーで詰めてきてるけど、ここで前に出す訳には行かない。コーナーで相手が優る以上、こっちが勝負すべきはストレート!スケートリンク前ストレートまで守り切って、一気にフルスロット!レブまで当てるつもりで踏みちぎってやる!そこで大きくマージンを稼いで連続ヘアピンまで耐え切る。そこまで出来ればまた短いストレートと中高速コーナーがやって来る。そこでまた稼ぎ直して終盤を耐える!これでようやく勝ちが狙えるはず!私の勝ち筋はそこしかない!)
光門(やっぱりやるよな、ヘアピンと来ればドリフトだもんな!それにしても、凄まじい横Gだ!かなり攻めてる走りだ!インベタ目掛けて一気に突っ込んだ!立ち上がりも上手い!これまでお釣りを一度も貰わず完璧にコントロールして完璧に立ち上がってる。操作の精度がかなり高い!やっぱりこの人、めちゃくちゃ上手い!マシンとの一体感さえ感じさせてくれる。これが、峠の走り屋……!)
だが霊夢はまだ仕掛けるつもりはなかった。
単純な話ではあるが、それだけの余裕が無いからだ。
秋名の前半は下り勾配が緩くローパワーな車にはやや厳しい。
その上、この先に待つのは秋名最大の高速区間、スケートリンク前ストレート。
無理を承知で仕掛けたところで400馬力のマシンをコーナー立ち上がりで押さえつけねばならず、さしもの霊夢でも馬力の差を逆転させる魔法までは使えない。
ましてやその辺の走り屋小僧未満のズブの素人ならいざ知らず、六甲や箱根といった東西の聖地で揉まれて来た腕利きで知られる走り屋相手ともなれば、オーバーテイクの成功率は低いと言わざるを得なかったし、こっちの仕掛けを警戒している相手にその通りの動きで応じても相手の思う壺。
強引に差し込んでインをこじ開けようものならダブルクラッシュになりかねない危険すぎる賭けとなる。
何より仮に成功したとしても後が続かない事が霊夢には分かりきっている。
タイヤを酷使してストレートで必死にブロッキングしたとしても、双方の消耗を招くだけで、終盤お互いズルズルのまま勝負がもつれ、最悪の場合はパワーで押し切られて負ける可能性すら想定された。
今無理をしても霊夢の側が負うリスクやコストに対して、得られるメリットは少ないのだ。
出来る事なら自らは最小限の消耗で、相手は最大限の消耗で後半を戦えればそれがベストとなる。
そこに付け入る隙が生じるのだから。
さらに霊夢はこの時点でうっすらと勘づいていた。
彼女が自分の同類、独自の感覚とセンスで走るドライバーである事に。
そういう相手に焦って早すぎるタイミングで仕掛けても勝負がいい方向に転ぶことなど霊夢の経験則上、全くなかった。
霊夢(ここで無理に抜くよりも、ストレートでマージンを稼がせないための策を打った方がいい。前に出る事に対して執着しすぎても、かえってそれが裏目に出る事もある。仕掛けるタイミングは今じゃない。……でも、その布石を打つ事は出来る!)
更にRのキツい第二ヘアピンを抜ける頃には両者の車間はほぼなくビタビタとなる。
そして次の緩いRを描く右を抜ければストレート。
水希は軽いブレーキングでインに向けて車を突っ込ませようとするが……。
泊(シルビアがアウトに振った……!まさか、行くのかよ……そこで!)
水希の第六感が突然警鐘をガンガンに鳴らす。
だが、遅かった。
水希(嘘でしょ!?ここで来るの!?……しかもアウトから!この先はストレートなのに、どうして!)
光門(後ろのシルビアが動いた……!来るのか!?)
ガードレールに接触することも厭わないアウト側ギリギリを攻めたラインで突っ込んだ霊夢のシルビアは大外からノーブレーキで突っ込み、緩いそのコーナーのアウト側のラインから覆い被さる様にチェイサーに鼻先を捩じ込んで並ぼうとしてくる。
アウト・イン・アウトのラインを通るはずだったチェイサーのラインを内側に修正すべく水希はアクセルを抜いてステアリングをこじるが、その瞬間に水希は霊夢の意図に気づく。
水希(しまった!……完全にやられた!アウトからの仕掛けは私が接触を恐れてアクセルを抜く様に仕向けるためだったんだ!負圧に入ったタービンはアクセルを踏み直した瞬間にすぐに正圧に戻る訳じゃない。負圧から正圧に戻るには必ず一定のタイムラグが生じる。……でも今はそのタイムラグが致命傷になる。ターボ車はその立ち上がりのレスポンスにおいては、絶対にNAには勝てない!そこを突かれると痛い)
アクセルを抜いた事でターボの恩恵の消えたチェイサーは失速。
その一方でシルビアは立ち上がりで僅かにチェイサーを上回る速度で立ち上がり横並びのままストレートに突入。
正圧に戻ったタービンがチェイサーを再び蹴り出して失速した分を取り戻し、そして上回る。
横に並びかけていた状態から再びリードを取り戻すが、そこで霊夢のシルビアはその後ろにすっぽりと収まり、空気の壁を無視して加速する事で、僅かに離されつつもチェイサーとの車間をある程度維持しながらストレートをクリアして行く。
ギャラリー7「おぉ!競り合いながら抜けてくぜ!」
ギャラリー8「あの2台、すっげぇ上手いぞ!神業みたいなドリフトだ!」
ギャラリー9「でもおかしいぜ。NAのシルビアが何でターボ車のチューンドチェイサーについて行けてるんだ?ロングストレートの終点、秋名の最速区間だぜここは。NAに勝ち目はねぇだろ」
秋名の走り屋1「多分スリップストリームを使ったんじゃねぇのか?」
ギャラリー9「スリップストリーム?」
秋名の走り屋2「あぁ、前を走る車が空気を弾き出した事で生まれる真後ろのエアーポケットに収まる事で、空気の壁に遮られる事なく走れるんだ。だからパワーの劣る車でも前を走るハイパワーな車についていける。モータースポーツの世界では結構頻繁に使われるテクニックなんだぜ」
ターボの負圧時に生じるトルクの谷とターボラグ、そしてNAエンジンのレスポンスの良さと言う両者の違いを活かして立ち上がりを制し、スリップストリームを活用してチェイサーのマージンを潰した霊夢の作戦勝ちだ。
だが一方で、ストレートでマージンを稼ぐと言う戦略を完膚なきまでに叩き潰された水希はここで一気に苦しくなる。
水希(今夜が雨であればまだ挽回のしようもあったのに、よりにもよってドライだもんなぁ……。ドライは食いつきがいい反面、タイヤの摩耗も加熱もまた激しい。後半では確実に私のチェイサーの方が早くタイヤが垂れてしまう。特にさっきの前半二連ヘアピンでのブロック、あれは判断ミスだったかな。序盤で無理をして仕掛けてくるほどクレイジーなドライバーじゃなさそうだし、あそこまで積極的な防御に出る必要はなかったかも。……あのドリフトはタイヤに対する負荷が大きい。あれは確実に後半に響く。……今回はライフ性能の高いトーヨーを履いてきたから良かったけど、もしハイレベルなグリップと引き換えに減りも早いネオバを選択してたらさらに不味かったかな)
続くS字区間で差を詰められ続けている事に焦りを覚える水希。
ステアリングを握る腕には余計な力が籠り、その手にはうっすらと汗が滲み出ていた。
だが焦ったところでどうにもならない。
秋名の峠のダウンヒル後半セクションは、前半よりもコースの勾配がよりキツくなる傾向にある。
その勾配と重力はよりシルビアに対して有利に働いていた。
車重200キロの差は車それ自体に働く慣性力の差だ。
それはほぼイコールでブレーキング時の制動力の差として現れており、シルビアの方がより少ないブレーキの負担で曲がれるため、突っ込みで大きく差が詰まってしまう。
また、ブレーキを強く、長く踏み続ければ当然熱が蓄積していくためブレーキが高温を帯びてしまいさらに制動力は落ちてしまう。
制動力が落ちてしまえばさらにハードに、かつ長時間踏まねばならず熱はより蓄積されていくという悪循環に陥ってしまう。
そして水希のチェイサーのブレーキは、エンドレス製のスリットローターとスポーツパッドに交換され強化されているが、先ほど走った2台のBNR34 GT-Rの様に純正よりも格段に高性能なものに換装してある訳でもない。
その限界は刻一刻と近づいてきていた。
水希(タイヤもブレーキも熱を帯びてきた様な感じが伝わってくる。今はまだ、タイヤはグリップの美味しい領域にいてくれてるけどこれ以上は少し怪しい。昨日と今日で、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな。……だけど一番問題なのはブレーキ。勾配がキツい後半最終盤まで持つかどうかは分からない!でも……せめて、あの連続ヘアピンまでは耐えてくれなきゃ困る!少し走り方を変えてみるか)
対戦相手の想定外の実力と自身の戦略ミスに追い詰められた水希。
その焦りからか、ステアリングを握る手には先ほどよりもさらに多くの汗が滲む。
背後からは赤いシルビアが虎視眈々と隙を狙い続けていた。
ここからは背後に迫るライバルだけではなく、自分自身との戦いにもなる。
S字区間の左右にうねるコーナーを抜けてヘアピンを突破。
もう一度高速区間に出るものの僅かにRがかかっており完全な直線はスケートリンク前に比べて少ない。
そしてチェイサーはGT-Rの様な四駆ではなくFRであり、横Gのかかる区間では四駆ほど踏むことはできない。
ましてや、タイヤのグリップがピークを過ぎて熱ダレの兆候を見せているチェイサーはそのパワーを十全に活かしきれていなかった。
同じ400馬力級のパワーを持っていても、駆動方式の違いはどうにもならない。
そこがハイパワーターボFRの辛いところであった。
光門(少しだけチェイサーの挙動が怪しくなってきた。タイヤの熱ダレが近いのか?リアが少し乱れてしまっている様な気がする)
泊(すげぇな、霊夢は。本当にいい腕してるな。あの上手いチェイサーをこうも手玉に取って追い詰めてるなんて。向こうは既にタイヤのグリップが怪しくなってきてるんだろうな。僅かに立ち上がりの挙動が乱れているし、この高速コーナー区間で踏めていない。俺もハイパワーな重量級の車を使うから分かる。この踏みたいのに踏めないと言う苦しさが、もどかしさが、焦りが。……もし俺がこのバトルで追われる立場だったとしても、最後まで逃げ切れるかは、少し自信がないな。とにかく自分が組んだマシンの力を信じてどうにか……ってところか。俺にとっても、このバトルは他人事じゃ無い。……だからこそ、見届けなきゃ)
次のヘアピンで再びのフルブレーキング。
だが水希のチェイサーはやはり徐々に、少しずつ制動距離が伸びてしまっている様な気がしてならなかった。
過熱状態へと近づくブレーキが、本来のパフォーマンスを徐々に発揮できなくなっているのだ。
水希(やっぱりブレーキが厳しくなってきてる。普段の高いコントロール性がハードブレーキングの熱の蓄積せいで陰り出してきた。でもこの緩いS字の先には連続ヘアピン!最もタイヤとブレーキを酷使するあの区間を抜ければゴールはすぐそこ!……可愛い後輩の前で情けない走りは出来ない!全力で逃げてやる!)
バックミラーに視線をやればすぐそこにシルビアのヘッドライトが見えていた。
本来ならば稼げていたはずのマージンなどとうに消えて無くなっていた。
右、左、そしてまた右とコーナーを抜ければ目の前にはギャラリーが詰めかける秋名名物連続ヘアピンが顔を覗かせていた。
♪ My destiny / NJK Record
中里「来たな」
中里がそう呟くと同時にガードレールがヘッドライトに照らされ、そして爆音を轟かせながら2頭の猛獣の様に飛び出して来るチェイサーとシルビア。
ギャラリー10「チェイサーが頭だ!」
ギャラリー11「真後ろにシルビアがくっ付いてる!速いぞ!」
ギャラリー12「すんげぇドリフトだぜこのチェイサー!」
ギャラリー13「タイヤから白煙出てんじゃねぇか!超迫力満点だ!たまんねぇ!!」
第一ヘアピンの突っ込み。
先行するチェイサーに対してビタビタに張り付いたまま駆け抜けるシルビアに、ギャラリーたちは大いに湧き立った。
耳を貫くエンジンの快音とタイヤのスキール音に興奮するギャラリーたちをよそに、中里はつとめて冷静にこの状況を見守り、走りの観察とバトルの結末の予測に徹していた。
そして、とある結論に至る。
中里(勝負あったな。あのチェイサーのドライバーの腕が悪い訳じゃ無い。むしろ高橋啓介と同程度……いや、少し強い程度のオーラが見えるくらいにはいい腕をしているが、それでもあの痺れる様なヤバいオーラを放つ赤いS15には絶対に勝てない。……ギャラリーの1人として改めて客観視する事の出来た今だからこそ、俺には分かるんだ。きっとあのチェイサーは昨日の俺と殆ど大差ない負け方をするはずだ。リヤタイヤが垂れていてグリップがかなり怪しいし、ブレーキも赤熱化するほどの熱を持っている。他のギャラリーの連中は無邪気にはしゃいでるが、あのタイヤの白煙はホイールスピンの証。ドライバーがどれだけ苦しい状況に置かれているかの現れだ。……秋名のダウンヒルは下れば下るほどに勾配がキツくなっていって、事前の想像を遥かに上回るほどに消耗するのは、俺もつい昨日に身をもって知った事だ。……前半に飛ばしすぎた奴はほぼ確実に後半でタイヤかブレーキを垂れさせて失速する。そして「分かってる奴」はそこを絶対に見逃しはしない。あの赤いS15のドライバーはそんなに甘い奴じゃない筈だぜ!)
その中里の予測を裏付ける様に、水希のチェイサーは第二ヘアピン、第三ヘアピン、そして第四ヘアピンと過ぎるごとにどんどん苦しくなって行く。
背後を走るシルビアの姿は着々と大きくなりついにはビタビタに背中に付けられてしまい、第五ヘアピンを通過する頃にはまるで高橋兄弟のパラレルドリフトの様な曲芸走行じみた様相となる。
第六ヘアピン後の短い直線加速でギリギリ耐えているがそれももはや長くは続きそうに無い。
それは水希が一番分かっていた。
勝利を掴むにはここが正念場となる。
だが……。
光門(横Gがコーナー立ち上がりで残っている。ちょっと苦しそうだな、水希さん。多分タイヤが少し厳しくなってるのかな?……特にチェイサーは後輪駆動のセダンの中じゃそこそこ重い。32のGT-Rよりも少し軽いくらいだ。熱ダレを起こしたタイヤでは確実に終盤は耐えられない。最終コーナーに差し掛かる頃には完全にタイヤは死んでる筈だ。下手すりゃ内部のワイヤーが出てるかもな)
霊夢(タイヤが厳しいと見れば即座に走りを切り替えてくる。……やっぱり、この人はかなり戦い慣れてる。特にパワーオーバーを起こして曲がらない車体を強引にインに向けるなんて中々に頭のいい走りをするのね。でもその派手なドリフト走行は余計にタイヤを痛める苦肉の策)
泊(追い詰められてるチェイサーとは違って……こっちのシルビアのタイヤはまだ元気っぽいな。車重の違いか、ドライバーの違いか……。この局面、いくらなんでもチェイサーとそのドライバーにとっては厳しいもんがあるぜ)
水希(く……っ!外に膨らむ!……ちょっと厳しいかな、今回のバトル。……出来れば後輩の前でかっこいいところ見せておきたかったんだけどなぁ……)
水希は共に車を並べて走った相手の実力を理解する脳がない程に愚かなドライバーではない。
愚かではないからこそ、自身が追い詰められている非情な現実を受け入れていた。
次のタイトな左コーナーでついに水希の経験と技術を持ってしてもアンダーステアを消しきれずにラインが意図せずアウト側に膨らんでしまう。
立ち上がりのラインと過剰なスライド量を修正するために失速したのを見逃さず、そこでついに霊夢が仕掛けに行った。
今度はミスを誘うためのハッタリではなく、本気であると水希は察していた。
光門(まずい!あのシルビアがもう一度仕掛けてくる!抜かされちまうのか!?)
水希(遂に来た!本命が!……でも、もうタイヤが言う事を聞かない!望む通りのラインに修正しきれない!……抜かれる!)
アウトに膨らむ水希のチェイサーに対して、霊夢はイン側からラインをクロスさせる事でこれまでの接戦が嘘の様にあっさりとオーバーテイク。
水希(タイヤが完全に垂れた……。相手が上手いのもあるけど、私もちょっと張り切りすぎて空回りしちゃったかも。プレッシャーを与えられてメンタル面を刺激されると弱いって、灯理ちゃんからも苗ちゃんからも言われてたのに……)
直後のストレートで横並びにまで立て直すも熱ダレを起こしたタイヤで軽量級を相手に突っ込み勝負をしても勝ち目は無い。
次の後半セクション最終ヘアピンの突っ込みで霊夢のシルビアに前を奪い返される。
泊「すげぇ、本当に抜かしちまった……」
霊夢「馬力のある車の相手は慣れてるから、こんなものね」
泊(そうか……そうだよな。同じチームメイト同士でもバトルするって言ってたっけ。それなら魔理沙のGT-Rやアリスさんのスープラとも戦った事もあるんだよな)
次の大きな弧を描く左コーナーで水希は後追いの立場として霊夢の走りを見ていた。
自分をオーバーテイクした走り屋がどんな走りをするのか、その目で観察することにしたのだ。
水希(後ろから見てると分かる。あのシルビアにはまだタイヤの余裕がある。これはもう追い越せないなぁ。パワーがあっても踏めないんじゃあ、もう勝負にもならない。でも……)
それでも、水希は最後の最後まで踏むのをやめない。
タイヤが垂れようが勝てなかろうが、そんな物は関係無かった。
とにかく走る。
走りきる。
アクセルを踏む理由は、それだけだった。
光門(……あのシルビアも上手い。ターンインの姿勢作りが素早く正確。そして立ち上がりのアクセルワークも完璧だ。どれだけ踏めば破綻するか、逆に破綻しないかの加減が絶妙。無駄なホイールスピンもスライドもなく、滑らかに、そして鋭く伸びていく。寸分も姿勢が乱れてない殆どゼロカウンターに近い四輪ドリフト。何なんだ……こんなにレベルが高いのか、峠の走り屋は……。俺もこの世界に、2人のいる領域に、いつか辿り着ける日が来るのかな)
そして2台は、最終コーナーへと突っ込んでいった。
麓の駐車場にて。
ギャラリー14「来た!シルビアが頭だ!」
ギャラリー15「すげぇ!立ち上がりのスピードハンパねぇ!」
奥多摩の走り屋「チェイサーが後ろだ!」
大垂水の走り屋「嘘だろ!?神奈川の腕利きでも勝てねぇのか!」
長尾の走り屋「マジか……。あのチェイサーのドライバー、箱根とかヤビツとかの神奈川エリアじゃあ最速とまでは言わないまでも有名な奴で、腕は確かなんだぜ?そんな奴が負けるなんてあのシルビアのドライバー、何モンだぁ?」
魔理沙「な?言っただろ?絶対に霊夢が勝つって」
最終コーナーを抜けて立ち上がる赤いシルビア、そして一拍遅れてやってくる黒いチェイサー。
魔理沙は秋永を横目に見ながらそう言った。
この2台がダウンヒルバトルを繰り広げていた間に、魔理沙たちは秋永や他のギャラリーたちを巻き込んで結果を予想をしあっていたのだ。
秋永「本当に凄いんだな、マジで」
魔理沙「あぁ、大マジだぜ。霊夢の才能と実力はチームの中でもトップクラスだからな」
秋永(流石だよ。さっき魔理沙が峠で黒星付けられた事があるって言ってたのも、あながち嘘じゃなさそうだな)
霊夢と水希の順でゴールイン。
4速から3速、3速から2速へとゆっくり、しかし軽やかにブリッピングのリズムを刻みながら2台が連なり旅館側の駐車場へと入って行く。
エンジンブレーキにより下がる車速とエンジンの回転数。
落ち着きを取り戻していくそのサウンドが、この熱狂を齎した2日間の終焉を告げているようだった。
ちなみにこの2台にスピードスターズのメンバーのいずれかが横乗りしていた場合は、例外なく失神してました。
そのぐらいのペースで走ってました。
追伸
余裕が出て来たのでこれから少しずつメッセージや感想への返信をしていこうと思います。
2025 / 9 / 27 12時25分 誤植部分の修正。