東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
そんなこんなで第二話です。
実は早速ですが第二話後半にちょっとした設定上のミスを見つけたので若干の手直しの方を施すこととなってしまい、本来の投稿予定日からは少しだけずれ込んでしまいました。
♪ SPEEDY RUNNER / KING & QUEEN
最初に準備終えたレッドサンズが動き出す。
高橋兄弟がまず先頭切って走りだし、そのあとに一軍のシルバーの前期型インプレッサWRXとシルビアたちが続き、さらにその後ろに二軍の180SXとS13シルビアが、そして最後尾には史浩のNAロードスターが続いて行く。
池谷「レッドサンズが出たぞ!俺たちも行こう!」
レッドサンズ最後尾の車が出るのを確認すると、後を追う様にスピードスターズが池谷を筆頭にアクセルを踏み抜きホイールスピンを発生させながら発進する。
池谷、健二、守、滋の順で次々に駐車場を飛び出した。
鈴仙「それじゃあ出るよ、イツキくん!シートベルトはしたよね!」
イツキ「あ、あぁ……って、うおわぁ!」
それを見届けたファンタジアの面々も順にエンジンを唸らせ飛び出した。
先頭は拓海を乗せたヤマメの黒いFDとそれに続いてイツキを乗せた鈴仙の180SXが、さらにその後ろからはたてのセリカ、妹紅のランエボ、妖夢のFCに幽々子のアリストが続いた。
駐車場から弾け飛ぶ様に躍り出たFDと180SXは全開で最初のコーナーに向けフル加速。
エンジンの回転数を示す針が跳ね上がるとともにターボが立ち上がり、パワーバンドへと乗った13BやSR20エンジンは驚異的な推進力を発揮し、マシンをより力強く前へと押し出した。
イツキ(ヤベェ!す、すげぇ加速……!)
馬力に勝るFDが180SXに若干の差をつけながら、ブレーキランプを光らせ一足先にコーナーへ飛び込んだ。
イツキ(へぁ!?き、消えた!?)
もちろんそんな事はない。
だがヤマメのFDの突っ込みがイツキの目には速すぎて消えたように見えただけだ。
鈴仙「速い……流石ヤマメね。それじゃあ、ちょっとだけ飛ばして行くよ!イツキくん!」
イツキ「えぇ!?と、飛ばし……!?」
FDに続いて鈴仙も1コーナーへ。
一度アウトへ振ってから思い切りステアリングを切り込みコーナーのインに向けて猛然と突っ込んだ。
甲高いスキール音を鳴らしドリフト状態に入った車体を、アクセルを煽って姿勢を整えつつ最小限の舵角のカウンターステアで巧みにコントロールしてみせた。
イツキ「ちょ、ちょっ……待って!速す、ぎっ……ヒィィィィィィ!!」(ちょっと!思ってたのとなんか違うって!何これドリフトしてるのかぁ!?こんなに可愛い女の子がぁ!?)
お手本のようなアウト・イン・アウトのライン。
美しく弧を描く180SXは、そのまま滑らかに立ち上がり再びアクセルを踏みしめて加速していく。
しかし鈴仙がコーナーの立ち上がりの時点でヤマメのFDはすでに少し前方にあった。
鈴仙よりもペースの速いヤマメは、すでに次のコーナー手前でスピードスターズのメンバーを射程に捉えているようだった。
秋名スピードスターズの最後尾を走る滋に、早くも土蜘蛛の毒牙が迫っていた。
● ● ● ●
拓海(なんだろう……この子、普通にめちゃくちゃ運転上手いな。さっき乗らせてもらった池谷先輩よかだいぶ上手ぇよ)
ヤマメ(初めての峠で攻めきれないとは言え、結構な勢いつけて突っ込んだのに平気な顔してる……。それに、いきなり車をドリフトさせてもそんなに驚いてない。……やっぱりこの子、何かが違う)
ヤマメの助手席にいる拓海は、コーナーに突っ込むたびに180SXの助手席でタイヤのスキール音とほぼ同じタイミングで悲鳴をあげるイツキとは違い割と平気な顔をしていた。
拓海(早速、先輩たちの車がもう目の前に来てる。次のカーブで抜くかも)
拓海の予想通り、次のコーナーでヤマメはスターレットのインのギリギリを刺し、脱出スピードの優位もあって立ち上がりでさらに前方のランサーEXも大外からあっさり仕留めてしまった。
その勢いは一切衰えず、前方には健二の180SXと池谷のS13がグイグイと近づいていた。
ヤマメ(ブレーキングが早すぎて逆にヒヤヒヤするわね。進入前の姿勢作りが上手く出来ていない状態でコーナーへ半ば強引に切り込んでるからトラクションが抜けちゃってタイヤの性能を十二分に生かせてない。S13は多少マシだけど他は正直目も当てられないわ。この調子じゃ変に気を使っての長居はかえって双方にとって危険ね。……早いところスピードスターズをパスしてレッドサンズと戦いたいかな)
ヤマメがちらりとバックミラーを見れば鈴仙の180SXがちょうどスピードスターズのスターレットをサクッと狩るところだった。
彼女の後ろには既に仲間の車が連なっているのが見えていた。
これなら最序盤で苦もなくスピードスターズは全車パスできる。
そう確信を持つとヤマメは意識を再び前へと戻した。
スタート直後、スケートリンク前ストレートまでまだ大小数カ所のコーナーを残した状態、それなのにスピードスターズは全てにおいて終始圧倒されていた。
滋「くそっ!速すぎる!」(レッドサンズには開幕から置き去りにされるし、ファンタジアにはブチ抜かれるし、あいつら全員揃いも揃ってレベル高すぎるだろ!)
守「じょ、冗談じゃねぇ!なんて速さだ!」(プロでも相手にしてるみたいだ!地元の俺らでも歯が立たない!?)
自分がコーナーのインベタを必死に攻めても走り屋の少女たちは大外からかぶせてあっという間に抜き去って行く。
アウトを抑えるためにあえて膨らんでブロックしようとすればまるで分かっていたかのように空いたインをするりと抜けて行く。
FDが、180SXが、ランエボが、FCが、セリカが、アリストが、圧倒的なまでの速度差で自分たちを楽々パスして行く。
それも、嫉妬という感情すら忘れてしまうほどに完璧で華麗なドリフトで。
もう自分にどうにか出来る相手ではないのだとこのわずかな攻防で思い知ってしまった。
滋の眼前では守のランサーも今しがた自分を抜かしたばかりのFCとアリストに捕まってあっという間に置き去りにされてしまう。
最初に飛びかかってきたFDと180SXに至っては、明らかにオーバースピードなんじゃないかと思えるほどに信じられない進入スピードでコーナーの先へと突っ込んでいき、もう自分の視界からはとっくに消えてなくなっていた。
健二「ちくしょう!この程度だったのかよ……俺たちの走りは!何が地元だ……情けねぇ!」
コーナー3つクリアする間に5台くらいにまとめて抜かされた時点で、既に彼らは心を折られていた。
地元のプライドとやらもズタズタだった。
気が付けば滋も守も、健二も、池谷も全員まとめてぶっちぎられて戦意を喪失していた。
スピードスターズのメンバーがスケートリンク前ストレートを通過し次の区間に入る頃には、もうとっくに彼女たちは遥か彼方に消えて行き、車のテールランプは1台も見えなくなっていた。
健二(地元の俺たちが、こんなにあっさりと負けた……?いや、これは勝ったとか負けたとかそういう次元の話じゃねぇ……勝負にすらならなかった。あいつら全員とんでもねぇよ!レッドサンズは一瞬見えたと思ったら食らいつく間も無く消えてくし、ファンタジアにはまるで手も足も出なかった……。地元の有利があってもこのザマかよ)
池谷(なんだよこりゃあ……。俺たちがこれじゃあ、これから先ずっと秋名の走り屋はレベルが低いと舐められっぱなしになるじゃねぇか。このままじゃダメだ!ゼロからやり直しだ……後で一度、みんなに相談してみるか)
● ● ● ●
少しだけ遡り、スケートリンク前ストレートの終点付近のレッドサンズ。
なんの障害もなく先頭を快走する高橋兄弟には置いていかれてしまったものの、後ろに付けていたスピードスターズの車を最序盤であっさり引き離した彼らは早速楽観ムードに包まれていた。
邪魔者のいなくなった彼らは追いつかれない程度にペースを落とし、コースを把握するべく軽く流し気味に走っていた。
スピードスターズは自分たちの二軍以下の大したことのない連中だし、その後ろに詰まりながら走っていると思われる例のレディースチームも、この最初の一本目を走り終えるまでは追いついてくることはないだろうと思っていた。
だがその空気も次の瞬間には一変する。
レッドサンズの走り屋(須崎)「最後尾の史浩が短く3回、パッシングの合図……後続車接近中?」
レッドサンズの走り屋(村田)「スピードスターズの連中だろ。ペース落としすぎたか?」
一軍のメンバーでS13を駆る須崎がそうこぼすと隣に乗せていた村田が反応する。
若干の違和感を持ちながらも車を加速させ流し気味にコーナーを抜けていく。
どうやら先頭を走る新田のインプレッサも異変に気がついたようでレッドサンズの隊列全体のペースを大きく上げるべく、より攻め方をハードに変えてきた。
ブレーキングのタイミングをより遅らせ、立ち上がりのアクセルを開けるタイミングもより早く。
一軍がペースを上げると二軍もそれに続く。
スケートリンク前ストレートを含む高速区間を脱しコーナーの連続になると一軍の集団と二軍の集団との間にわずかに車間ができる。
一軍の攻めるペースに二軍のメンバーがついて行くことができずに苦しくなってきているのだと感じるが、待つようなことはしない。
だがここまでペースを上げれば、後ろの集団もまた史浩のミラーから消えているだろうと思ったその矢先だった。
須崎(史浩が……二軍の奴らが明らかに動揺してるだと……?まさか差が詰まってんのか)
緩やかにS字を描くコーナーでもう一度ミラーを見る。
そこには確かにいた。
史浩のロードスターに仕掛ける車が一台。
須崎(あのとんでもなくキレた突っ込み……!絶対にスピードスターズの奴等じゃねぇ!見えにくいが……ありゃあFDか!)
アウトに振って史浩のロードスターを誘った後にインに潜り込み、それを見てインを引き締めようとした竹原の白いS13を反応の遅れた佐々木の黒い180SXごとアウトから被せて抜き去った。
須崎「見たか村田!なんだよ今の……!嘘だろ!?」
コーナー2つ抜ける間にあっという間に3台を捌いてしまった。
気がつけば後続の斉藤のS14の後ろには二軍のメンバーを差し置いてその黒いFDと白い180SXが……。
須崎(ん……待てよ?なんかおかしくねぇか?)
村田「なぁ、180……2台に増えてねぇか?佐々木の前に1台……白い180が増えてるぞ!」
今一度ミラーをみれば確かに仲間のS14の後ろに車が3台。
1台は今まさにそのS14の隙を狙いプレッシャーをかけている固定式ライトの黒いFD、そしてもう2台はそのFDに続く180SX……。
そのうちの黒い1台は仲間のものだからいいとしても、いつの間にやらもう1台増えていることに今更ながら気がついた。
須崎「いつから居たんだ……!どっから涌いて出てきたんだよこいつ!」
村田(さっき後ろを確認した時、確かにヘッドライトは1台分しか……まさか!?)
村田「仲間のFDにピッタリくっついて便乗してきたのか!?」
須崎(マジかよ……なんつー曲芸だ……!)
須崎はこの乱入してきた車たちの正体について考える。
とは言え思い当たるのは一つしかない。
例の異様なオーラを放つレディース軍団、『チーム・ファンタジア』の車だ。
特筆して速くはないとは言え、曲がりなりにも地元最速を名乗っている『秋名スピードスターズ』を彼女たちは全員綺麗に料理してからやってきたのだと確信した。
しかも、ようやくコースを半分ほど消化したかといったところで。
村田「まだ来てる!史浩の後ろにヘッドライトの光が見える!」
須崎「なんだよ!なんでこんなに早いタイミングで追いつけるんだよ!スピードスターズの奴ら、まともに張り合わずにこいつら全部素通りさせて来たのか!?地元のプライドはどうしたんだよ!」
村田「無理言うな。こいつら……とんでもなく速い!バチクソにうめぇ!車も当然金かけてるんだろうが、テクニックも凄まじい!」
村田(俺らレッドサンズでこれなんだ!よそ者の俺たちにあっさり千切られる程度のスピードスターズじゃあまるで話にならねぇ!こんだけ上手けりゃ赤城走らせても上位に食い込むだろうよ!……全く、コーナーの進入でも立ち上がりでも負けて詰められるなんて高橋兄弟とバトルしたとき以来だ)
須崎(クソ!中でゴタゴタ言ってても仕方ねぇ!前の新田が全開走行に入った。俺も本気で飛ばすか。……俺たちだって涼介さんから秋名や妙義を想定した敵地攻略の手ほどきはきちんと受けてんだ。そう簡単に譲ってやるもんかよ!)
レッドサンズの一軍メンバーがファンタジアの走り屋に狩られていく二軍を置き去りにしてさらに早さの段階を上げて今できる範囲での全開走行に移る。
コースも中盤を過ぎ、再び高速区間に差し掛かっていた。
人にもよるが、スケートリンク前ストレートに次ぐ第二のストレートと便宜上扱われる場合もあるものの、少し緩めにカーブしているその区間を、アクセルをほぼ緩めることなく無茶を承知で駆け抜ける。
レッドサンズの一軍はシルバーのGC8インプレッサWRX STI(バージョンⅢ)とシルバーのS13後期K’sシルビアと青いS14後期K’sシルビアの合計3台。
その後ろにはファンタジアのFDと180SX、さらに後ろにはランエボⅥまで見えていた。
ここでついて来ていると分かるのだけでもこれくらいは居る。
二軍とは言えレッドサンズのメンバーは高橋涼介が将来有望と見込んでスカウトした強豪揃い。
メンバーの中には峠だけではなく、サーキットやジムカーナも経験している強者だって少なくはない。
それをいとも簡単にあしらうだけの実力の持ち主が自分の背後にこれだけいるのだと言う事実に戦慄する。
須崎(腕もマシンも一級品かよ……!全員俺より若そうなのに大したもんだ!)
こうしている間にも差は詰まる。
確認できている5台の中でも、特に直線ではFDとエボⅥが抜きん出ていた。
エボⅥは180SXに並びやがて鼻先を突き出し前に出ようとする。
FDと共に、新田のインプレッサにやや遅れて続く須崎村田ペアと斉藤のシルビアの2台を射程距離に捉えてしまった。
すぐ目の前には高速セクションの終りを告げるタイトな左コーナーが待ち構えている。
ここが勝負どころになることは、この場にいる誰もが理解できていた。
村田(斉藤の奴……焦って2台とも抑えようとして走行ラインに無理が出てる!どうせテクがある奴の乗るランエボとFD相手にシルビア1台でやり合おうったって無茶だ)
斉藤はアウトに振って被せようとしてくるエボⅥを牽制するようにアウトを塞ぐ動きを見せたかと思えば、その隙に開けられたインへ入り込もうとしていたFDの動きに気がつくとそれを制するべく、突っ込みでイン側に強く切り込んでインを引き締めようとする。
しかしベストなラインから逸脱し、彼本来のリズムからもワンテンポ遅れてしまったブレーキングによりオーバースピードでの進入となり、また急にインへとステアリングを切ったことによって荷重が乱れ、横方向への強烈なGでタイヤのグリップが負けてしまい遠心力によって流されるままに外側へと滑る。
コーナーのクリップに付けずにガードレール目掛けて膨らんだ斉藤のシルビアは立て直しを余儀なくされ、なんとかクラッシュは免れたものの致命的と言っていいほどに大きく失速。
その隙を後続のFD、エボⅥ、180がほぼ連なるように抜き、そして一拍遅れてセリカにも抜かされてしまう。
さらに、早くも二軍を処理したFCとアリストがこの隙に距離を急激に詰めてきた。
あのFCなども二軍をいとも容易く処理してここまでやって来た猛者。
スピードスターズの様なその辺の新米走り屋に毛が生えた程度の奴らとはワケが違う。
それをリヤガラス越しやミラー越しですら動揺の見て取れる斉藤のシルビアが受けきれる筈もない。
斉藤は調子がいいときは他の一軍メンバーが感嘆するほどに速いが、逆に一度調子を崩すとズルズルそれに引っ張られてしまう悪い癖がある。
何より村田は見ていた。
斉藤を抜かした際に見せたエボⅥとFDと180の動きは尋常では無かった。
村田(あいつら……前を走るS14のミスを察知して、瞬時に自分のラインを修正して見せたのか!?……膨らむS14と、そのS14へのラインの干渉を回避するために仲間のランエボがアウト寄りからインに逃げるのを……まるで最初から分かっていたかのように……!)
斉藤のシルビアがアウトへ膨らむ直前、村田は3台の中で一番アウト側にいたためにシルビアの失速の影響を受けるラインを走行していたエボⅥが、イン側にラインを修正することを見越して、FDと180が車間を取りラインを側溝スレスレのインベタに修正するのを見ていた。
ほんの一瞬後にランエボ1台分、ギリギリ滑り込めるだけの空間をあの一瞬で確保してのけたのだ。
おそらくはステアリングの舵角とほんの僅かなアクセルワーク、そのさじ加減で。
イン側にFDとそれにブレーキングで追いついた180SXがいる以上、あのまま進めばコーナーのややアウト側にいたエボⅥは、インにいた2台とは違いアウトに膨らみながら大失速するシルビアとラインが重複してしまう。
イン側の2台がシルビアをパスし終わるのを待ってからインに寄せた上で再加速して抜かなければならなかった。
後ろから他のチームメンバーやレッドサンズの二軍が追いつこうとしているその最中で。
もし機会を逸してしまえばエボⅥは両チーム入り乱れる団子の中で、3ナンバーサイズの大柄な車体を振り回すことになり抜け出すのに苦労することになっただろうし、そしてそれは他の車にとっても同様に障害となったはずだ。全てはそれを回避するためのチームプレーだった。
ランエボをあの場に残してしまうことが、3ナンバーサイズの車同士が狭い峠道で競り合うような状況を作ってしまうことが、結果として団子状態を招く可能性があったことを、少なくともイン側にいた二台が把握していなければ起きなかったことだ。
ライバルのミスを機敏に感じ取り、その結果を正確に予測し、影響を受ける仲間の取りたい行動と意図をわずかな間に察知し、それを叶えるべく瞬時に動き、実現してみせる。
まさに以心伝心、まさに超絶技巧。
並みの走り屋チームが100回やって100回失敗する様なスーパーテクに鳥肌が立つ。
未来予知じみた状況判断に、考える前に体が動くレベルで染み付いたコントロールの精度。
まるで初めて高橋涼介を相手に戦った時の様な恐ろしさを全身で感じていた。
村田(シャレになんねぇぞ……何だこいつらッ!高橋兄弟クラスの大天才がこんなにゾロゾロいる様なチームなのかよ!?)
あまりの実力差に恐怖すら感じ始めた彼らの背に、狩人の眼光の様なヘッドライトが突き刺さる。
間も無く秋名の名物5連ヘアピン。
深夜の秋名、バトルの天秤はファンタジアに傾きつつあった。
● ● ● ●
5連ヘアピンに差し掛かる直前、拓海はFDの助手席で隣に座る彼女の運転について考えていた。
拓海(やっぱりこの人すごい。ガンガン飛ばして抜きまくってる……。自分がハンドル握ってるわけじゃないからよく分からないけど、タイヤの使い方がいいのかな?タイヤ4つ全部上手く使って綺麗に流しながらカーブ抜けていく感じ……。こんだけ飛ばしてても怖くもならないし気持ち悪くもならない……とにかくすげぇや)
ヤマメのドライビングに驚嘆しながら静かに思索に耽る拓海をよそに、ヤマメはこの1つ目のヘアピンの突っ込みでアウトに振ってからインに向かってハンドルを切り、そのフェイントモーションの反動を利用してサイドブレーキを用いないままうまくリアのトラクションを調整して流させてドリフトへと入り、そのままインに潜り込んで早くも前方のS13シルビアを余裕でもって仕留めると、さらに先を走るシルバーのインプレッサを見据えてFDを走らせる。
続く第二ヘアピン、改めてレッドサンズのそのインプレッサの走りを観察すると、ヤマメはそのわずかな時間の間にある特徴をつかんでいた。
ヤマメ(このGC8……何かがおかしい。一般的な4WDの挙動じゃない)
GC8をはじめとする古い4WDはその駆動方式の性質上、ややアンダーステアが強い傾向にありどうしてもFRやMRといった後輪駆動車に比べて直進安定性や悪路走破性、加速性に勝る反面、回頭性に劣るという弱点がある。
だから多くの4WDはブレーキングでしっかりと速度を落とし立ち上がりで強く踏み、その持ち味である加速性の良さを活かすという立ち上がり重視のドライビングが求められるし、実際にヤマメの知る四駆乗りも含め多くのドライバーがそうしたスタイルとなる。
その定番の走り方こそがほとんどの場合の最適解であるからだ。
しかし目の前のGC8はむしろヤマメたちをはじめとしたFR乗りの乗り方に近い突っ込み重視のスタイルを取っているように思われた。
しかもその乗り方がマシンとのミスマッチを起こして遅くなっているのかと思えば、そうではない。
さすが北関東有数の強豪というだけはあり、ヤマメ自身の基準から見てもそれなりに速い部類だった。
むしろどういうわけか、本来4WDであるはずの車でFRのような運転をしているにも関わらず、うまくはまっているようにさえ感じられた。
ヤマメ(まさか……FR化しているの?)
話にだけは聞いたことのある4WD車の二輪駆動化カスタム、その可能性が頭によぎる。
ヤマメ(でも、四駆の走りが抜けてないんじゃない?立ち上がりのアクセルワークが若干ラフで姿勢が少し乱れてる。これなら付け入る隙は大きい。このまま攻めて4コーナーで仕留める!)
ヤマメ(もし仮に4WDからFRにしたのなら、こういうコーナーワークの粗が出るのも分かるかな。4WDは280馬力近くか仕様によってはそれ以上の大馬力を4つのタイヤに振り分けているからタイヤ一つあたりにかかる力が少ない。でもそれをFR化してしまうと本来なら前輪へと分配されるはずだったパワーも纏めて二つのタイヤにすべての駆動力が伝達されるから、単純計算で今までの2倍のパワーを受け止めることになる。……元々は4WDとして設計されていたGC8だとそのパワーに対して後輪側の足周りやタイヤが負けちゃうんじゃない?)
3つ目のヘアピンでFDが追いつくが、インプレッサがインを取りわずかにリードしたまま立ち上がる。
馬力に大きな差異がないことでインプレッサが鼻先をわずかに押し出して先行する。
しかし4つ目のヘアピンではインとアウトが入れ替わり、FDがそのまま突っ込み勝負を制しインを押さえた上で前に出るとそのまま悠々と抜き去っていった。
立ち上がりでインプレッサが若干食いつくもそれ以降は差が広がる一方となってしまう。
ヤマメ(高橋兄弟は仕留め損なったけど、まぁ1本目ならまずはこんなもんかな。一軍はハンデがある状態でもサクッと千切れるって分かったし)
前方にテールランプの見えない夜の峠を、ヤマメとFDは駆け抜ける。
麓の旅館の駐車場が見える頃には、彼女の後ろの車はいつしかインプレッサからエボⅥや180SX、FC、セリカ、アリストの見知った車に入れ替わっていた。
● ● ● ●
麓の駐車場。
高橋兄弟がいの一番に入り、車を止めて運転席から降りたところで高橋涼介は峠を下りてくるマシンの排気音の違いを敏感に感じ取り、ため息をひとつついた。
涼介「随分と手酷くやられたな」
同じくFDから出てきた啓介に語りかける。
啓介「アニキ、この音……」
涼介の言おうとしていることを察した啓介は今しがた自分たちが走ってきた峠を睨みつける。
近づいて来る音はいつの間にはスバルの水平対向エンジンの音から慣れ親しんだ高音の効いたロータリーサウンドに変わっていた。
それは例の女走り屋集団の中に、今日連れてきた二軍や一軍のメンバーを全員綺麗に平らげてしまった凄腕のドライバーがいることを示していた。
それも、間にスピードスターズという障害物を挟んだ上でのハンデを覆して。
涼介「スピードスターズは大したことはないが、ファンタジアとか言うレディースチームの方は中々にやるようだな」
啓介「大したもんだぜ。ベストメンバーでは無いにしても、この場には一軍のメンバーも混じってるってのに……」
夜の暗闇の中から黒いFDが白い180SXと赤いエボⅥを引き連れ下りてくると、そのまま180SXと共にこの駐車場を素通りしてさらに麓の市街地方面に消えていった。
その一方で赤いエボⅥはと言うと、ワンテンポほど遅れてやって来たセリカ、FC、アリスト……そしてここでようやく登場した一軍のインプレッサと共に駐車場に入ってくる。
予想外の方向から鼻っ柱を叩き折られて何も言えなくなったレッドサンズのメンバーも、その空気を読み取った高橋兄弟も終始無言で、1本目からぼろ負けして既にお通夜のように意気消沈していたスピードスターズが降りてくるまでその沈黙が破られることは無かった。
● ● ● ●
秋名山の麓、とあるバス停。
そこに山を駆け下りてきた黒いFD型RX-7が一台。
拓海「その……今日はわざわざありがとうございました」
ヤマメ「いいのいいの。上でも言ったけど、困ったときはお互い様でしょ。……それでさ、どうだった?私の車」
唐突に車の感想を求められて一瞬困惑の表情を浮かべるも、拓海はなんとか言葉を捻りだそうとする。
拓海「うーん、うまく言葉が見つからないけど、よかったと思いますよ。結構飛ばしてたのに、気持ち悪くなったりはしなかったので」
ヤマメ「そう言ってくれると嬉しいわ。……きっとFDも喜んでる」
拓海「え?」
ヤマメ「いや、何でもないわ。……それじゃあ拓海くん、気をつけて帰ってね」
拓海はヤマメのFDが見えなくなるまで見送るとそのまま帰路へとついた。
拓海(何時もの慣れた道でも、自分で走るのとはちょっと違う感覚だったなぁ。……なんか、こういうのも案外悪くないのかな)
ただ走るということに対してどこか退屈さを感じていた拓海の心に、ほんの少しの変化が訪れようとしていた。
本作に登場する車種は全て2012年4月以前の車種に限定されています(新劇場版を含む原作書籍や映像作品などにおいて、作中に登場する最も年式の新しい車種が前期86 / BRZであるため)。
感想欄等にて「GRスープラを出して欲しい」「S660が見たい」等の要望を出されたとしても、作者としてはお受けすることができません(リクエストの受付に関しましては後日活動報告に専用ページの設置を検討しております)。
リクエスト専用ページを活動報告に設置いたしましたことを遅ればせながらお伝えいたします。
(2022年12月3日 13時03分)
また、レッドサンズモブメンバーのネームド化を見て察した方も多いかと思われますが、本作は若干オリキャラ多めです。
そしてネームド化された原作モブに関しましては今後ぼちぼち出番を用意することとなっています。
これ以外にも私の考案した『うちの子』的な立ち位置のキャラをモデルに、少し設定を変更したキャラクターも今後登場予定(あくまで予定)となっております。