東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
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ちなみに作者は女子を相手に横乗りをしたこともさせた事もありません。
地元じゃ一番モテない男でしたから……。
少し時は遡り、3台のFDがスタートしたのを見送った残りのメンバーたちも動こうとしていた。
慧音「FD三人衆も走り始めたことだし、そろそろ私たちも練習を始めようか」
妹紅「そうだね。私たちも走ろう。もしよければ君達もどうかな?」
そう言うと妹紅は視線を守と四郎と滋の3人に向ける。
まさか自分たちに話を振られると思わなかった3人は一瞬惚けてしまうがすぐに再起動する。
四郎「え?……で、でも……」
守「昨日のあの調子だと、俺たちと君達じゃあ……釣り合わないって言うか、その……」
はたて「ヤマメも言ってたけど、誰かと一緒にやった方が楽しいし、そもそもこれは親睦を深めるための交流会なのよ。そう固くならなくったっていいじゃない。確かに走り屋はタイムアタックになればお互い敵同士。でもそれはあくまでタイムアタックみたいなバトルの時だけ。練習くらいはもっとワイワイやってもいいと思うけどね」
滋「えーっと、それじゃあ俺らもその練習に参加させてもらってもいいかな?……まぁ、なんつーかさ……地元のくせに情けないし恥ずかしいってのは承知の上でなんだけどさ、良ければどうしたら速く走れるのか、コツとかあれば教えて欲しいかな」
気が引けてしまいまごまごとした態度の四郎と守だが、一方で滋は覚悟を決めて運転のコツを教えてくれないかと正直に切り出した。
妹紅「もちろん。私の方から誘ったんだから当たり前だよ」
はたて「うん。それにここには私たちの先生もいるからね」
四郎「先生?」
そう言うと今度ははたてが慧音を見る。
少し困ったような表情を一瞬見せるも、誰かに頼りにされること自体に嫌な気はしないのかすぐにそれも元に戻った。
はたて「そう、先生。……妹紅や私を含めたうちのチームのメンバーの何人かに走りの基礎を教えたのがこの人なの」
守と滋の2人は昨日の時点でレッドサンズとスピードスターズを圧倒する驚異的な速さを見せつけていたはたてと妹紅の2人に走りを教えたと言う言葉に、思わず固唾を呑む。
弟子のうち2人がこれなら、果たして師匠はどれだけトンデモないのかと。
慧音「まぁ、私としても異存はないよ。久しぶりに新しい生徒を迎えるのもいいだろう。上達しようというその志があるのなら、わざわざそれを無碍にしたりはしないさ」
はたて「それじゃあ決まりってことで。……先ずはどうするの?」
慧音「早速だが、妹紅とはたてにも手伝って貰おうか。両チームでちょうど3人ずつ居るんだ、あれをしよう。君たち2人はする側に回ってくれ」
妹紅「あれをやるのか。まぁ慧音の講習受ける奴はどこかで絶対にあれをするのが通過儀礼だからな。しかし初っ端からするのか」
はたて「でも私、あれをする側に回るの初めてなんだけど、私にできるかな?」
妹紅「私も多少のことは何とかなるとは言え、慧音みたいに理屈っぽい話が得意なわけじゃないが……」
慧音「今の妹紅とはたてなら特に問題はないだろう。もう少し自信を持つといい。それにな、ここに居るメンバーの車を見てみろ。綺麗に両チームのスバル乗りとトヨタ乗りと三菱乗りが揃っている。まさにおあつらえ向きの状況じゃないか?」
四郎「た、確かに……ところであれって……?」
滋「あの……その、慧音……先生、でいいんですよね?あれって一体なんなん……ですか?」
ファンタジア組の意味深なやり取りに早くも怖気付きそうになる3人。
それに対して慧音と妹紅は特になんでもない風にあっさりと答えてみせた。
妹紅「いや、少々もったいぶったような形にはなったけどね、別に大したことじゃない」
慧音「私たちが君たちの車を運転するだけさ。もちろん、助手席に君たちを乗せた状態でね」
● ● ● ●
若干の困惑を持ちながらもとりあえずその「あれ」と言う奴を受けてみることとなった3人だった。
搭乗する組み合わせは四郎のアルシオーネVRは慧音が、滋の61スターレットははたてが、守のA170ランサーEXは妹紅が運転する事となった。
もちろんオーナーである彼らはそれぞれの助手席に乗ることが確定している。
言われたままに自らの愛車の助手席に腰をかけ、しっかりとシートベルトを付ける。
いつも運転席にしか座らない彼らにとって、そうそう座ることのない助手席からの視点というのが少しの違和感を抱かせる。
ファミレスでちらりと話題になった「女の子の運転で自分が助手席に座る」と言うシチュエーションを(教える側と教えられる側が真逆とはいえ)その日のうちにさっそく自らも体感する事となるなど思わなかったなと四郎は1人考える。
慧音「それじゃあ失礼するよ」
そう言うと慧音は運転席に乗り込みさっそく純正シートを動かしてシートポジションを整えていた。
ポジションはやや前に詰め気味で、背もたれは90度までは行かないがそこそこ立てている。
それが終わるとすぐにミラーの位置合わせをして純正のステアリングやシフトノブの感触を数度握って入念に確かめている。
青いワンピースに覆われた彼女の足へと視線を落とせば少しスカスカと動いているのが見てとれた。
恐らくはペダルの踏みしろをチェックしているのだろうかと考える。
慧音「ふむ、こんなものかな?四郎くん、シートベルトはしたね。……よし、それじゃあそろそろ個人レッスンと行こうか」
四郎「あの……よ、よろしくお願いします。上白沢先生!(こ、こここ個人レッスン……!美人先生との個人レッスン!な、なんて……なんて魅力的な響きなんだ!)」
慧音「ははは!そう緊張する必要はないよ。長いだろうし私としても呼ばれ慣れていない。ただ普通に『先生』とだけ呼んでくれて構わないよ」
四郎は一応成人式を終えているもののまだまだ若い、言ってしまえば「そう言うお年頃の男」である。
当然、自らの愛車に女性を乗せる妄想などは人一倍にしてきた自覚はある。
しかし実際に相当な美人の女性が自分の車の運転席に乗っていることを意識すると、さすがに緊張せずにはいられなかった。
しかも彼女の口から出てきた「個人レッスン」という言葉に、なおさら変なことを考えてしまいそうになり思わず顔が熱くなる。
慧音がキーを回してエンジンを始動させた音でなんとか意識を妄想の世界から目の前の現実へと引き摺り戻した四郎は、ゆっくりと動き出した愛車の進む先へと視線を飛ばす。
駐車場脇の定番となっているスタートのポジションへと出ると一度止まり、後に続くランサーEXとスターレットを待つ。
慧音はミラーを見て背後に2台が並ぶのを確認する。
♪ IN YOUR CAR / Claudia Vip
慧音「いくぞ。君の車の限界は遥か先にあるということを見せてやろう」
彼女がアクセルを踏みつけると、エンジンの大きな唸り声と共に車はとてもノーマルエンジンとは思えない勢いで飛んでいく。
四郎は強烈な加速Gでシートに押さえ付けられるような感覚に息を詰まらせる。
いくらメーカーが同じとは言え使い勝手の違う他人の車である筈なのに1発でロケットスタートを成功させたのだとようやく理解すると、初手から見せつけられたその実力の高さに思わず舌を巻く。
1コーナーまで少し間があるため、四郎は「彼女の操作を見て技術を学ぼう。この横乗りの体験はきっとそのためのものだろう」と思うと彼女の手元や足元へと視線を運ぶ。
冗談でも何でもなく、走り屋というのはシートに座った瞬間にガラリと人格が変わる人なんかもいるもので、動作の一つ一つが激しかったり何かと粗野な振る舞いをする事もあるようだが、彼女は乗る前と何も変わらない。
ただ自然に座り、力まずにステアリングを握っている。
エンジンの回転数が上がる。
慧音はレッドゾーンまで回し切る前にさっさと1速から2速へ、何でもなさそうにストンと収めてシフトアップする。
初めてだと言うのに、ガクンというシフトショックも殆ど無くスムーズに変速して再びエンジンを引っ張る。
さらに加速して3速に入れるが、その時点で回転数がほぼピタリと合わせられるようになったのか、もうこの時点でシフトチェンジが自分よりも上手いんじゃないかと思うと、四郎はもはやただただ驚嘆するばかりだった。
四郎(嘘だろ!?俺の車をまるで自分の車みたいに!普通なんかこう……初めて運転する車だからこそのミスみたいなもんがあるだろう!?俺なんかお爺ちゃんのミニクーパーや親父のレガシィ借りた時に、どっちもエンストさせて笑われたってのに!)
そうこうしているうちにアルシオーネは後ろにランサーとスターレットを引き連れながら加速していく。
緩い曲がりを駆ける愛車の横Gを足を突っ張らせて受け止めた。
ふとメーターを見れば既に時速にして100キロ近くにまで針が動いていることに気がついた。
四郎(ひゃ、100キロ!?……って、とにかく、今は先生の走りに集中しないと。まずはこの先の1コー……ナー……?)
慧音「まずは1コーナー、よく見ておけ」
前方に視線を戻すと四郎の眼前にはガードレールが迫っていた。
四郎は反射的に自分の頭を庇おうとした瞬間、今度は突然襲いかかって来た減速Gにガツンと背中を蹴り飛ばされてシートベルトに胸を締め付けられて思わずむせる。
そして慧音がステアリングを切り込んだのだろう。
四郎の視界と共に車は急激にグルンと回転し、車内の四郎を激しくシェイクした。
四郎「ゲェ!ゲッホ!(え!?いや……え?今何が……)」
気がつくとアルシオーネはアクセルを開けてコーナーを抜け、既に2コーナーに向けて突き進んでいた。
助手席から後ろを振り返ればいつものパワースライドのドリフトもどきではない、見惚れるほどに綺麗な姿勢でリアを滑らせ車体を流しているランサーとスターレットが見えていた。
ドリフトの収め方も滑らかで、カウンターステアを当てすぎてお釣りをもらうなんてことも全く無い。
先生が先生なら教え子も教え子か、あっちの方もとても初見の車でする動きとは思えなかった。
四郎(なんつーか、やべぇ人たちに捕まったんじゃねぇのかな……俺たち)
慧音「うん……初めて乗るから少し荒っぽくなってしまったな。古さは確実にあるもののなかなか悪くない車だ。特に車重が重すぎる感じはしないし、この程度のエンジンパワーがあればまず問題はないな。上りを速く走るならモアパワーが欲しくなるかも知れないが、だが下りを走る分なら必要十分だ。インタークーラーがあるとは言え、他のエンジンと比較して重心の低い水平対向エンジンもコーナリングには特に大きなメリットとなるだろう。さて、この車は4WDモデルだが、この年代の4WDは最近のものと比べてまだまだ発展途上でな。特にこのアルシオーネのVRはパートタイム4WDで、DCCDの様な便利なものなど当然ない。だからコーナリング時に発生するタイトコーナーブレーキング現象が大きなネックとなるわけだが、これは……」
一度飛びかけてしまった意識をなんとか繋ぎ止めながら、四郎は内心後悔していた。
2コーナーを抜けさらにヘアピンに突っ込み、自分の車が出して良いものとは思えない激しい減速と旋回のGで再び体をシェイクされる。
先ほどよりも激しく突っ込んだ今度は目の裏がチカチカと明滅した様な感覚に陥り、一瞬意識が飛びかける。
まだスケートリンク前ストレートにすら届かない最序盤にして、四郎はドリフトしながら平然と喋り続ける慧音の話を聞く余裕を既に失いつつあった。
そして、それは他の2台も同様であった。
● ● ● ●
秋名の峠には数人のギャラリー目的の若者がとあるコーナーアウト側のガードレール脇に陣取っていた。
ここはスケートリンク前ストレートの終点に程近いコースの中間にあたる左右に、かつ小刻みにやや緩めなコーナーが連続する区間。
彼らは走り屋たちを目当てに集まるギャラリーたちの中でも特に耳のいい者たちの集まりで、昨日の今日で既に「秋名山にレッドサンズと正体不明の県外チーム現る」の情報を聞きつけていたのだ。
しかも、今さっきここを走る3台のFDを発見していて、そのうちの2台はレッドサンズステッカーが貼られているモンテゴブルーとブリリアントブラックの個体であったため、2人で一軍メンバーとして在籍しているチーム内屈指の実力派の杉本兄妹であるらしいことも確認済みだった。
そして今も近づいてくる走り屋らしい車のエキゾーストに耳を傾けていた。
ギャラリー1「さぁ、来るぞ来るぞまた来るぞ。まだ少し遠いがこの音は走り屋だな。今日の走り屋はやけに元気だなぁ」
ギャラリー2「少し前にレッドサンズの杉本兄妹に煽られて下っていった、普段見慣れない固定式ライトのFDがその正体不明のチームって奴なのかな?恐らくは今日も秋名に来てるって読みは当たりみてぇだな」
ギャラリー3「レッドサンズと県外チームらしい車はさっき見たし、今度は地元のスピードスターズか?」
ギャラリー1「昨日は下にいた奴が地元のチームとレッドサンズとその謎の県外チームが時間に差はあれど上に登って行くのが見えてたらしいし、上で何か一悶着あって三つ巴のバトルに発展したのかもな」
ギャラリー3「ありえるな。地元と余所者の走り屋チームが複数同じ山にいれば些細なあれこれで揉める事なんか珍しいことでもなんでもないからな。むしろ日常茶飯事だ。走り屋って高橋啓介みたいな暴走族出身者とか結構ゴロゴロいるし気性も荒いし……そしてその手のトラブルの解決手段となれば、タイムアタックバトルと相場が決まってる。今日はその練習走行ってところか」
ギャラリー2「お、来たぞ。コーナーの奥でヘッドライトの光が見える」
まるで絶叫のようなスキール音をかき鳴らしてドリフトしながらコーナーの先から飛び出して来たのは3台のやや古めのスポーツカー、KP61スターレットにA170ランサーEX、AX7アルシオーネVR。
そしてその3台のボディには地元の走り屋チームである『秋名スピードスターズ』のステッカーが貼られていた。
バタバタ忙しなくもありながら、かといって特段速い訳でもない、迫力に欠ける走りをする彼らとはうって変わり、そして3台は「まるで別人のような走りで」短いストレートを全開で駆け抜け彼らのいるコーナーへと刺さるような勢いで飛び込もうとしていた。
ギャラリー1「地元のスピードスターズだ!」
ギャラリー2「な、何してんだアイツら!なんつースピードだよ!無茶だやめろ!」
ギャラリー1「こ、こっちに突っ込んで来るぞ!」
ギャラリー3「まさかブレーキ壊れてんのか!?アイツら減速しねぇ!」
ギャラリー2「来るな!う、うわぁぁぁ!」
彼らの待ち構えるコーナーの入り口。
仲間が「事故る!」と思い背後の樹木や茂みに隠れようとする中、1人だけ足がすくんで動けなかったがために最後まで目を反らせなかった。
しかしそれ故に彼の目は見ていた。
見えてしまった。
まるでレーシングカー用のブレーキでも積んでいるのかと見紛うばかりの「ガッガンッ!」という、まるで止まったかと錯覚する様な一瞬の急減速。
そして荷重が抜けたリアをブレイクさせ、3台は思い思いのアングルをつけてドリフト状態に持って行き一瞬でコーナーの出口へ向けて姿勢を作ったかと思えば、あっという間にタイヤのグリップを復活させそのまま飛ぶように加速し次のコーナーへと突っ込んで消えていった。
ギャラリー1(何が……何が起きたんだ……。本当にアイツらなのか!?ランサーとスターレットの信じられねぇほど派手で、それでいて綺麗なドリフト……そしてあの先頭のアルシオーネはなんだ……?なんだあのコーナリングは……信じられない速度で、まるでレールの上を走っているみたいに……!)
● ● ● ●
一方その頃車内では……。
妹紅「お前のランサーEXはお世辞にも新しい車とも、ましてや特別飛び抜けて高性能な車とも言えない。だがな、かと言って走りのポテンシャルが低いわけでもないんだよ。こうやって旋回のための姿勢を作ってやればかなりの速度で曲がっていける。私がやっているようなドリフトはその解答の一つの形なんだ。……昨日後ろからお前の走りを見た時は、コーナーでの突っ込みの時に姿勢作りに失敗していたせいで、曲げるためにタイヤを使えてなかったし、何より旋回のために必要なヨーを作ることができていなかったから、あんなにアンダーと格闘するような苦しいコーナリングになっていたんだ。……これも慧音の受け売りにはなるんだけど、コーナリングにはコーナリングに適した姿勢というものがあってな、このランサーみたいな前寄りの前後重量バランスになるフロントエンジン車の場合なら、旋回時の遠心力に対抗するためにフロント側を……」
守(やばい!これはやばいって!全身の筋肉使って踏ん張ってねぇと旋回Gで体が持ってかれそうになる!景色が右に左にギュンギュン流れて何が何だか分からねぇ!妹紅さんはなんともなさそうなのになんで!?なんでケロっとした顔で普通に話してるの!?とにかく体がブレてねぇし足さばきもシフト操作もすげぇ速い!俺以上に俺の車を乗りこなしてる!……あとごめん!耐えるだけで精一杯で全然話してる内容頭に入ってこねぇわ!)
慧音「君のアルシオーネのような古い四輪駆動はよく「曲がらない」と言われるが、それの主な要因はタイトコーナーブレーキング現象によるものだというのは先ほど話した通りだ。残りのタイヤに駆動力が伝達されず惰性で回っているだけという二輪駆動には縁のない、四輪駆動特有の弱点という奴だな。これはセンターデフのない四輪駆動車特有のものだと勘違いしている人もたまにいるが、それは違う。ビスカスカップリング方式などの効きのマイルドなものでも、デフの効き具合それ自体に制限がある以上はこのタイトコーナーブレーキング現象が若干であるが発生しうるものだ。これが限界領域でのコーナリング時に邪魔をする。……だがそれはある程度乗り手の操作によって、今こうして私がやったみたいに打ち消すことができるんだ。これは私が考える四輪駆動車におけるコーナリングの……」
四郎(信じられねぇ!な、なんだよさっきから!どうなっちまったんだよ俺の車は!何よりこのブレーキングとコーナリング!何が起きたのか全く理解できねぇ!?前に放り出されそうになるほどの減速Gで一瞬意識が飛びかけたと思ったら車が滑り出して次の瞬間にはコーナーの出口が見えていた!?どんなトリックを使えば俺の古いアルシオーネでそんなことができるんだ!そもそもどうやってこんな一瞬のうちにブレーキの制動力をここまで立ち上げられるんだ!?なぜタイヤがロックしないんだ!それに今履いてるのは2年落ちの中古安物タイヤなんだぞ!なのになんだこりゃあ!なんで!なんでこんなに……まるでランエボみたいに強烈に曲がるんだ!?訳が分からねぇ!これ本当に俺の車なのか!?……あとすみません!きつすぎて怖すぎて速すぎて話を聞く余裕もないです先生!)
はたて「これはさっきも話した曲げるためのアクセルの話にも関わってくることなんだけど、タイヤって静止状態が最も高いグリップを持つと思われがちだけどそれは間違いらしいの。実はタイヤは静止状態よりもむしろ破綻して暴れ出す寸前の僅かにホイールスピンをしている時の方がより強くグリップが働くらしくてね、これを深く理解するにはタイヤの摩擦円や、タイヤグリップの非線形性の話なんかを知る必要があるんだけど、私はその辺の話を上手くできる自信が無くて、その辺は後で改めて慧音先生に……あれ?滋くん?」
滋「」
彼らが今まで出したことのないような速度で、彼らの愛車が慣れ親しんでいたはずの秋名の峠をスキール音をかき鳴らしながらまるでジェットコースターのように駆けていく。
今まで大したことのないと思っていたコーナーが、今だけは怪物のように恐ろしく感じていた。
妹紅の駆るランサーの中では守が、慧音の駆るアルシオーネの中では四郎が顔面蒼白で涙目になりつつもなんとか歯を食いしばって意識を保っている。
しかし、それはあくまで失神だけは免れている程度のことでしかなく、すでに隣で話している慧音たちの講義を聞く余裕は全く無かった。
イツキのようにタイヤのスキール音とほぼ同期した情けない悲鳴をあげていないのは走り屋としての最後の意地である。
そして、はたての駆るスターレットの中ではすでに限界を迎えた滋が白目を剥いて失神していた。
鈴仙の隣でスケートリンク前ストレート進入以前の段階で既に意識を手放していたイツキに比べれば、これでもよく頑張った方である。
慧音「この先はかなりタイトなヘアピンだったな。こういうところはグリップ云々を考えるよりも、さっきやって見せたように思い切ってドリフトさせて抜けた方が速いものだ。例えば……こんな風に」
そして彼ら彼女らは秋名中盤セクション最後の難所であり見せ場でもあるタイトなヘアピンへと差し掛かっていた。
2速へ叩き込んだことによる強力なエンジンブレーキとガツンと踏み込まれたフットブレーキによる急減速、そしてコーナーのイン側に向け一気にステアリングを切り込み荷重の抜けたリアを大きく振り回した。
容易くグリップが破綻してブレイクしたリアタイヤの悲鳴がスキール音となり周囲一帯を切り裂いた。
コーナーの出口に向けマシンを置くとそのままアクセルを踏み立ち上がる。
慧音「立ち上がりでアクセルを開けられるタイミングもドリフト走行とグリップ走行では違う。純粋なグリップ走行では踏めないようなタイミングでも、コーナー出口に先に車体を向けられるドリフトであれば先に踏み出せるし、何より僅かではあるが疑似的にストレート長を増やせるんだ。こうした小技はパワーの不利を背負ったバトルでは地味ながらも確実に効いてくる。モータースポーツの世界、特にサーキットのような環境では常識となっているグリップ走法によるアウトインアウトのコーナリングは、必ずしも正しいわけじゃない。コース、コーナー、マシン、タイヤ、そしてドライバー……『走り』を構成する全ての要素が複雑に絡み合うことでコーナリングの最適解というものは導き出されるんだ。かく言う私もまだまだだけどね」
だが、今までの自分たちの走りはなんだったのかと言うようなレベルの愛車の激走っぷりに、四郎は恐ろしさと同時に僅かに興奮も覚えていた。
慧音「……さて、どうやら1人脱落者が出てしまったようだからひとまずはこれまでにしようか。残りは下に降りてからだな」
慧音と妹紅の背後では、ハザードを点灯したスターレットがまるで誰かをいたわるかのようにペースを徐々に落としていた。
それを確認したランサーとアルシオーネもそれに合わせるように少しずつペースを落とす。
どうやら終わったらしいことを察した2人の生存者は深くため息をつくのだった。
守「ふぅ……(た、助かったのか……?あぁ、何度事故を覚悟して受け身を取ったことやら……。スピードスターズが危うく本当にお星様になるところだったぞ)」
四郎「はぁ……(生き残ったのか……お、俺たちは……。滋は……あ、スターレットがハザード焚いてるから多分ダメだったっぽいな)」
妹紅「1人ダウンしたらしいからここらで中断か。ちょっとやりすぎたみたいだ。ここから先はゆったり流しのペースでって感じかな」
そうは言うものの、妹紅やその先を走る慧音の運転は先ほどのような過激さはなりを潜めたものの依然として彼らの全力よりはなお数段速いものであった。
こうして言い出しっぺの滋の尊い(?)犠牲によりなんとか首の皮一枚繋がったスピードスターズだったが、慧音のセミナーは下に降りてからも続くのだった。
上手いドライバーに自分の車を運転させてオーナーがそれを横で直に見て体験するというのはそれなりにあることらしいです。
ちなみに、このスバルとトヨタと三菱の組み合わせ、特に考えたわけじゃなくて偶然気がついたんですよね。
それであれこれ筆が進んでいつの間にやら書いていたという、作者にしては珍しい書き方で書かれた話になります。
あと作者はリアルじゃローパワーMRなんかに乗ってるくせに、峠においてはラリーのテクニックや四駆の優位性を認めているタイプなので四駆優遇になる可能性があります。
実際の峠で速いのも、多くの場合は四駆ですし。
さらに余談にはなりますが、これより前の初日の時点でイツキが2連ヘアピンのあたりで鈴仙の180SXの助手席で失神して伸びていたのですが、そこはカウントしていません。
2023 / 01 / 16 13時37分 修正
2023 / 12 / 6 23時39分 誤字訂正