~プロローグ~
「今日はどこに行くんじゃ? レックス」
竜は首を器用に動かし、背中の住人に問いかける。
「えーっと…今日はこことここと…あとここかな」
背中の住人は竜に向けて地図を広げ、いくつかの座標を指さす。
どこまでも世界を覆う白い波"雲海"。天を刺すように伸びる大樹"世界樹"。雲海を回遊する巨大生物"
ヒトは
"レックス"もそんなヒトの1人。パートナー兼住居の
「どれどれ…うん? ここは初めて行くポイントじゃのう?」
じっちゃんはレックスが指さした3つの座標のうち、北に外れた1つを鼻で指す。
それ以外の2つの座標はこれまで何度も行ったことがある馴染みの座標だった。
「この前アヴァリティアで掘り出し物市やってただろ? そこで昔の地図を買ったんだよ」
そう言ってレックスはじっちゃんの背に建てられた住居(と言っても、雨風をしのげる程度の簡易なものだが)の棚から一枚の紙を取り出す。
それは相当年季の入った紙だった。端はボロボロに破け、表面は大分黄みが掛かっている。書かれている内容も、大部分がかすれていてとても一目で読めたものではない。
「またずいぶん古ぼけた紙じゃのう…」
「ずいぶん大昔の地図みたいでさ。残ってるのが奇跡って言ってたよ。たしか…"500年前"のものって言ってたかな?」
「500年…」
「うん? どうかした?」
「…なんでもないわい。で、それがどうしたんじゃ?」
じっちゃんはレックスの言葉に一度うつむくも、首を振って続きを促す。
レックスは意味ありげなじっちゃんの様子に少しだけ首をかしげるが、それ以上は特に追及するでもなく、話を続ける。
「で、これを解読したらさっきの座標のあたりに昔沈んだ
「沈んだ
レックスの言葉にもう一度じっちゃんの表情が曇る。
そして続く言葉は、その顔を更に歪ませることになった。
「これはえーっと…"イーラ"だってさ」
「じゃあとりあえず下見してくるから!」
サルベージャースーツを着込んだレックスは、座標につくや否や、待ってられないとばかりに雲海の中に飛び込んだ。
行きなれた2座標でのサルベージを済ませ、レックスとじっちゃんは件のイーラと呼ばれる
座標の周囲には回遊する
(イーラ…か。まさか今更その単語を聞くことになるとはのう…)
レックスの潜っていった先を見つめながらじっちゃんは物思いにふける。
イーラ。その単語は彼にとって、とても因縁の深い名前だった。はるか昔、自らも渦中にあった壮大な物語。その舞台となった1体の
(シン、ヒカリ、メツ…いや…)
かつてのその舞台を駆け抜けた彼らの名を思い出す。
"もしかしたら"と思ったが、それはないと首を振る。"500年"という時の重み。それには
そう思いにふけること暫く。カラカラと規則的に回っていたリールの回転が徐々にゆっくりとなり、やがて逆回転を始めた。
それから数分後、雲海から見慣れたヘルメットが勢いよく飛び出してきた。
「じっちゃん! ちょっと!」
リールを手繰ってじっちゃんに乗り上げながら、レックスはヘルメットを脱ぐ。
「なんじゃ。なんもなかったのか?」
「逆! なんか今まで見たことないようなもの見つけた! ただ結構大きくてさ。俺と今ある装備だけじゃ持ち上げられそうにないんだ」
「…ワシに手伝えというのか?」
「ダメかな?」
レックスの頼みに、じっちゃんは大きなため息をつく。
「…しょうがないのう。ただし、わかっておるな?」
「今夜の料理はシュリブの香草焼き!」
「わかっとるではないか」
じっちゃんが満足げに頷くのを確認し、レックスはヘルメットを被りなおす。
「じゃあアンカーつけてくるから、合図したら引っ張ってくれ」
再びレックスは勢いよく雲海に飛び込む。
それからまた命綱が回ること数分。今度はじっちゃんにも取り付けられたアンカーが強く雲海に引っ張られる。
「ぬぅうううう!!」
じっちゃんは雲海に沈めていた翼を広げ、雲海から浮かびあがる。
アンカーの先に取り付けられたものは相当に重いらしい。全力を出しても中々高度が上がらない。
「これはまた…大物じゃのう…!!」
羽ばたき続けること数十分。おそらくレックスが雲海の中でサポートをしているのだろう。じっちゃんにかかる重さが弱まっていき、その高度が徐々に上がり始める。
そして雲海に透ける形でアンカーに取り付けらたものがあらわになってくる。
浮かび上がってくるその姿に、じっちゃんはとても見覚えがあった。
「あれは…」
それは、紫色の巨大なプレートだった。
「ありがとうじっちゃん!」
プレートが完全に浮上するのと同時に、ヘルメットをかぶったレックスもその横に浮上する。
じっちゃんはすでに羽ばたきをやめ、プレートのすぐそばの雲海に浮かんでいた。
「まったく…無茶をするわい。これはごちそうも期待せんとなあ?」
「分かってるよ。…まさかこんなに大きいなんて」
じっちゃんの背に上り、レックスもプレートを見下ろす。
中型の
「こんなもの見たことないなぁ…形も材質も…コアクリスタルに近いかな?」
「そうじゃのう…」
プレートを見て、じっちゃんは少し浮かない表情をする。しかし、横にいるレックスは目の前のお宝に興味津々でそれに気づく様子はない。
「とりあえずアヴァリティアに持っていくか!」
「…待てレックス、まさかお前はこれをワシに引っ張れと?」
「…そうなるかな」
「
「ちゃんとごちそうは弾むから…ん?」
「どうした?」
「じっちゃん! あそこ! 人が入ってる!」
レックスがプレートの中央を指さす。
目を凝らしてよく見て見ると、確かに人の姿のようなシルエットがあった。プレートの中、厚さ的にも中央付近に一際黒い影があった。
「助けないと!」
「待てレックス!」
じっちゃんの静止も聞かず、レックスはプレートの上に飛び乗り、影のところまで走る。
「やっぱり人だ! …これどうすれば……」
近づいて見た影は、大柄な男の姿だった。
プレートに阻まれてよく見えないが、ひどく傷だらけにも見える男の姿。
レックスは助け出そうと辺りを探るが、プレートには傷はおろか、継ぎ目の一つすらなく。勿論入り口のようなものも見つからない。
「くそ、どうすれば!」
レックスはプレートを勢いよく叩く。
すると、打ち付けた拳がプレートの表面に沈む。
「え!? …うわぁっ!!」
プレートが割れたわけではない。文字通り腕が沈んだ。
そしてそのまま、レックスの体は支えを失ってプレートの中へ沈んでいく。
「…う…ん…?」
それは不思議な感覚だった。
プレートの中、そこは何もない空間だった。球状に形どられた何もない空間。球の壁には発光するいくつもの模様。そして周囲の景色が映し出されていた。
息は出来る。ただ肌に雲海を思わせる感触がある。足場も何もない空間だったが、不思議と泳ぐことができた。
「…いた!」
不思議な空間の中央。レックスは男を見つけた。
外から感じた通り、いくつもの傷を負っており、ボロボロの状態で空間の中央に浮いていた。
「今助ける!」
レックスは泳ぐように男の下へ向かう。
男はその声に反応することもない。ただ、近づくとうめき声のようなものが聞こえてきた。
「おい、大丈夫か?」
男の下へたどり着き、その頬を叩く。
少しして男は呻きながら目を開ける。
「うーん…あぁ…」
「起きられるか? 名前は?」
レックスの言葉に男はたどたどしく答える。
「お…れ…は…俺の…なま…え」
「俺…の名前…は…メツ」
「ここは…どこだ…小僧」
序章「出逢い」 -完-