襲い掛かるスペルビア兵をいなしつつ、レックス達は格納庫甲板へと向かう。
道中、ニア達を捕らえたエーテル遮断ネットに注意していたが、その心配は杞憂に終わった。
大砲から打ち出す都合、室内では使いづらいのかもしれない。
「見えた!出口だ!」
数十名のスペルビア兵を倒すこと暫く。レックスたちは自分たちが入ってきた入り口、巨神獣船と軍港をつなぐ桟橋へとたどり着いた。
レックス達が侵入したのは夕方だったが、すでに日は落ち、外の軍港を星空が照らしていた。
桟橋を渡り、軍港を走り抜ける。軍港にしてはやけに人の姿が見えなかったが、焦るレックス達にそれを気にする余裕はない。
「よし!門を抜ければ…」
「あぶねえ小僧!」
「!?」
メツの声にレックスは足を止める。トリゴの村と、この軍港をつなぐ門をまたぐ一歩手前。
急停止したレックスの目の前で、青い炎が燃え上がる。レックスの背を遥か超え、門のアーチまで届くほどの高い炎。
「これはあのブレイドの…ッ!」
「緊急だと来てみれば…なるほど君たちか」
炎に包まれた門から、二つの影がレックスたちの方に歩いてきた。
二つの影は、炎の熱さを気にも留めず、悠々とレックスたちの前に立ちふさがる。
一人はトリゴの街でレックス達と戦っていたブレイド、カグツチ。
そしてもう一人は軍服に身を包んだ軍人。ただし、軍服と言ってもスペルビア兵が着ているようなソレではなく、装飾で飾られた一目で上級兵のものだとわかるソレ。
「警報内容は脱獄と敵襲だったが…侵入はなかったな。まったく。辺境とはいえ、これは厳しく言わないといけないな」
軍人はそう言って小さくため息をつく。だがそんな様子でも微塵も隙を感じない。
経験の少ないレックスですら一目でわかる、強者の佇まい。
「今度はドライバーと一緒ってわけか」
軍人は腰にサーベルを二本下げていた。
それはトリゴの村で相対した時、カグツチが使っていたサーベル。彼女が手渡した以上、それはつまりその者こそ、真の使い手であるということ。
「アイツ、確かメレフって呼ばれてた」
「メレフ!?ということはやはり!」
「ビャッコ知ってんの!?」
「ええ。有名です。スペルビア帝国特別執権官…人呼んで炎の輝公子メレフ!」
ビャッコは2人の方を睨み、小さく唸る。
メレフは、その言葉を聞いても特に反応を返すわけでもなく、ただ両の手をサーベルの柄に添える。
「特別執権官?」
「帝国最強のドライバーにして、帝国最強のブレイド…スペルビアの宝珠カグツチの使い手」
「最強×最強でチョー最強ってわけか」
レックスはモナドを構える。
メレフはそのモナドを一瞥し、視線だけをカグツチに向ける。
「なるほど。アレが天の聖杯だな?」
「ええ、後ろに控える大男、アレがメツです」
カグツチの言葉に今度はメツの方を睨むメレフ。
二人に視線を向けられ、メツは不機嫌そうな睨み返す。
「ああ?お前も俺を知ってるのか?」
「天の聖杯の話は有名だ。昔のことを調べればすぐに名前が出るくらいにはな」
「何だと?」
メツの怪訝そうな視線に答えるように、メレフは腰に提げた二本のサーベルを抜く。
その内の一本の切っ先は鋭い視線と共にメツへと向けられる。
「かつて世界を混乱に陥れ、その力で3体もの国家巨神獣を雲海に沈めた最強最悪のブレイド。よもや自覚がないとは言うまい?」
「…さてな」
「メツ…」
はぐらかすメツだが、視線が正面を向いていない。
メツは無くした記憶を求めているわけじゃない。だがそれでも、目の前に現れる過去の自分の残滓。それに戸惑っていることが、レックスの目には明らかだった。
「スペルビア帝国として…否。一人間としてその者の力を野放しにするわけにはいかない」
メレフはサーベルを振るう。その刃は鞭のようにしなり、地面に炎を叩きつける。
門を塞ぐ青い炎。それがサーベルを起点にうねりをあげる。
「剣を下ろせ少年。そうすれば君には危害を加えないことを約束する」
「…てことは、メツやニアには危害を加えるかもしれないんだな?」
「…レックス」
レックスはモナドを握る手に力を込める。
「アンタたちはニアの話も聞かずに牢屋に閉じ込めた…そんな奴ら信用できるかっ!」
「…青いな」
その言葉を受けて、メレフは小さくフっと笑う。
だがそれも一瞬。走り出したレックス合わせ、その視線が鋭い敵意を帯びる。
「ならばその意思、力でもって見せてみろ!」
「うぉおおおおお!」
レックスはモナドを下段に構え、メレフに向かって飛び込む。
モナドを握る力を強めると、その分だけエネルギーの刀身が伸びる。伸びた刃先が届くギリギリの距離でレックスはモナドを振り上げる。
「甘いッ!」
メレフは右手に構えたサーベルで、その切っ先を受け止める。
刃と刃の衝突で、メレフとレックスの間に青紫の火花が散る。
「このっ!」
「馬鹿野郎!離れろ小僧!」
防がれてなお、力任せに押し込もうとするレックスに後方からメツの怒号が飛ぶ。
その声に反応したレックスが後ろに飛ぶ。次の瞬間、メレフが左手に構えたサーベルをしならせ、伸びた刃が後ろに引いたレックスの腕を掠める。
「ぐっ!」
掠めただけだったが、その刃はレックスの服と肌を切り裂き、そこに青い炎が着火する。
レックスは肌を焼く痛みに危うくモナドを落としかける。下がりながら炎をはたいて消化を試みるも、その間にメレフが距離を詰めてくる。
「させないも!」
レックスに向けて振りかぶられたサーベルは、間に差し込まれた盾に阻まれる。
ハナに担がれ、そのジェットで飛び込んできたトラが、勢いそのままにサーベルを弾き飛ばす。
トラが扱う武器は盾。トラの体を完全に覆い隠す大きさの丸い盾で、メカメカしい見た目通り、いくつかのギミックが仕込まれているらしい。
「ヒーリングハイロー!」
いつの間にかレックスの隣まで来ていたビャッコ、そしてそこにまたがったニアが回復エーテルを展開。レックスの炎と痛みが、たちどころに消えていく。
「大丈夫か小僧」
「あ…ありがとう…」
二人と共に追い付いたメツがレックスを支える。
レックスは、その支える力が、心なしか弱い気がしたが、それを口には出さなかった。
「レックス!あたしは後ろから行く!アンタはトラと一緒に正面から!」
「…わかった!」
ニアはレックスに指示を出し、ビャッコと共に近くの倉庫らしき建物へと走り出す。
立地的に、倉庫の裏手に伸びる通路が、メレフ達の横へと通じる道となっていると見越しての行動だ。
「カグツチ!任せる!」
「了解ですメレフ様!」
それを察知したメレフが、サーベルの一本をカグツチへと投げ渡す。
カグツチは走りながらそれを手に取り、ビャッコが道へ入るより早く、その眼前に立ちふさがる。
「そこをどけえ!」
ニアはビャッコから飛び降り、手にしたリングを振り下ろす。
ビャッコの走っていた勢いも合わせた鋭い一撃。しかし、そのリングがカグツチの肌に刺さるより早く、カグツチはそのリングの中央にサーベルを差し込んだ。
伸びたサーベルが、リングとニアの腕に巻きつき、その体を捕らえる。
「な!?」
「飛んでいきなさい!」
身動きの取れなくなったニアの体を、カグツチは大きく振りかぶって投げ飛ばす。
その体は、カグツチを挟んだビャッコと反対側の地面に強く叩きつけられ、ガフッと息を吐きだす。
その衝撃に意識がとんだのか、ニアの腕がだらりと力なく垂れる。。
「お嬢様!」
ビャッコはニアの方に駆け寄ろうとするが、その間にカグツチが立ちはだかる。鞭のようにしなるサーベルがビャッコに次々と襲い掛かる。ビャッコはそれを跳躍でかわしていくが、その飛ぶ方向は完全にニアとは逆方向だ。
カグツチの操る炎は、水を操るブレイドであるビャッコには効きづらく、サーベルの動き自体も躱し続けることはそこまで難しくない。しかし、カグツチの巧みなポジションコントロールは、ビャッコをニアに近づけさせてはくれない。
「くっ…ニア!」
「何処を見ている!」
ビャッコの方へと振り向いたレックスへ、その一瞬を突いたメレフのサーベルが振り下ろされる。
レックスはそれをなんとかモナドで防ぐが、無理矢理突き出した刃は衝撃を受けきれず、そのまま膝立ちまで押し込まれる。
「ぐぅ…」
「そのままだも!」
その横から、盾の中央にドリルを展開させたトラがメレフにとびかかる。
メレフはそれを横目に目の前のレックスを蹴り飛ばし、振り向きながらサーベルを振るう。鞭のように伸びた刃が、トラを盾ごと横薙ぎに吹き飛ばす。
「ももー!」
「もっ。危ないですも」
空中を飛ぶトラをハナがキャッチ。そのまま地面を滑り、地面との衝突は免れるが、再びメレフと距離ができる。
盾役が離れたのを好機と、メレフは蹴り飛ばしたレックスに迫る。しかし、振るったサーベルの前に、紫のエーテルが差し込まれる。
「っ!」
メレフはそれを直感で危険と判断し、無理矢理体を後退させる。
その間に紫のエーテルを掌に宿したメツが、レックスの横に立つ。
「ぐ…強い」
レックスは体を起こし、眼前で構えるメレフを見据える。
サーベル一本でレックス達4人を相手取るほどの実力。ビャッコの言っていた帝国最強のドライバーという肩書。それが伊達ではないということが、ほんの少しの時間で実感できた。
「でも倒さないと…ッ!」
「見誤るな小僧。俺たちの目的は"撤退"だ」
焦るレックスに対してメツが小さく告げる。その言葉にレックスが見上げると、メツは視線を前方にやった。
視線の先はメレフではなく、その後方。未だ青き炎で閉ざされた軍港の門だった。
「そのためにはアレを何とかしなきゃならねえ」
「ああ…でもどうやって」
門の前にはメレフが常に立ちふさがっている。その上、青い炎の勢いは衰えていない。おそらくカグツチが制御しているのだ。
物理的に閉じられてるわけではない。なので無理矢理突破できる可能性はあるが、炎に焼かれる痛み耐えながら逃げ切れるとは到底思えない。
そもそもその無理矢理すら、目の前の帝国最強がそう簡単に許してくれるとは思えない。
「俺に考えがある」
そう言ってメツはモナドを握る。モナドのエーテルラインが唸りを上げ、その中央に光る記号が浮かび上がる。
それを見て、レックスは強く頷いた。
「…分かった。そのためにはニアを助けないとだな!」
「よくわかってるじゃねえか小僧!」
モナドをメツから受け取り、今度はメツとともにニアの方へ向けて走り出す。
「させるか…」
「それはこっちのセリフなんだも!」
「くっ!」
レックスを追いかけようとするメレフに、トラ特性の小型ミサイル…ロケットカムカムが飛来する。
メレフはそれを地面を転がりながら避けつつ砲弾の来た方向に視界を向けるが、そこにトラの影はない。
急ぎ周囲を見渡し、レックスの傍へハナに抱えられながら降り立つトラの姿を発見する。
「くっ…ならば!」
メレフは腰から機械を取り出して荒げた声をそちらに向けるが、距離を取っていたレックス達には何を言っているかは届かない。
メレフに背を向けたレックス達は、そのままカグツチと戦うビャッコの加勢に入る。
トラとハナ、そしてメツがカグツチのサーベルを防いでいる間に、レックスはニアの傍へと駆け寄り、その体を抱きかかえる。
「ニア!」
「う…うん…」
レックスはニアの頬を数回叩く。
もう少し強く…と、力を入れようとしたところでようやくニアの意識が戻り、瞼がゆっくりと開く。
「レックス…」
「立てる?」
「…うん。大丈夫」
少し赤くなった自分の頬をさすってから、一度パンッと叩く。
周囲に視線を回し、首を横に振るう。
「ごめんちょっと寝てたみたいだね…ありがと」
「いいって。…俺が合図したら、あの炎に向かってビャッコの水のアーツを出してくれる?」
レックスはモナドで門を指す。
炎で閉じられたその門を一瞥して、ニアは首をかしげながらレックスに視線を戻す。
「え?でもあれは水を掛けた程度じゃ…」
「大丈夫。俺とメツを信じて」
それだけ言って、レックスはカグツチと戦うトラの元へ走り出す。
少しポカンとしていたニアだったが、もう一度頬を叩いてからレックスに続く。
「ビャッコ!」
「お嬢様!」
ニアの声にビャッコはいち早く反応し、戦線から少し下がる。
逃がさないように追ってきた炎のサーベルは、トラの盾で遮られる。
「ご無事で何よりです」
「あんがと…ビャッコ、
「は…私はあまり疲弊しておりませんので。いつでも、何回でも」
「流石アタシの相棒!」
その言葉と共に、ニアはビャッコの背にまたがる。
その様子を横目にしたカグツチの顔が明らかに焦りが浮かぶ。メツとトラ、そしてハナの猛攻にカグツチは既に防戦一方だった。そこにニアとレックスの参戦。ちらりとレックス達が走ってきた方向…メレフの方を見ようとするが、その視界にメツの曲が飛び込んでくる。
「くっ…邪魔を…」
「今だ小僧!」
メツが叫ぶ。
レックスはカグツチから少し離れたところで、握ったモナドに力を込める。モナドのエーテルが唸りを上げ、エーテルラインに黒い光が流れ出す。
メツの声から遅れて、その様子に気づいたカグツチは、直感で危険を悟る。
「何を…」
「カグツチ!」
止めようと動き出そうとしたその時、戦場に自分を呼ぶ声がする。
自らのドライバーが呼ぶ声だ。
「ッ!メレフ様!…どきなさい!」
一瞬メレフの方を見て、カグツチは即座に思考を切り替える。
伸ばしたサーベルの柄を頭上に上げて、その場で一回転。刃が纏った炎がカグツチの周囲に撒かれ、否応なしにメツ達はカグツチから距離を取らされる。
その隙にカグツチは大きく跳躍。前線から抜け出して、メレフの傍へと急ぐ。
「な、逃がすか…」
「小僧そのままだ!」
レックスが走りだそうとするが、メツはそれを言葉で制す。
メツはそのまま手で合図を出し、トラとニアを連れてメレフへと走り出す。
エーテルを纏う手を振りかぶるその前で、メレフはカグツチから受け取ったサーベルも合わせた二刀を構え
「メツ!上だ!」
後方から突如差し込まれる声。
レックスからのその声に、思考よりも早くメツは回避行動をとる。
走っていた方向から斜め後方に飛んだメツの視界に飛び込んできたのは、上空から勢いよく落ちてきた黄色く光る網。
「エーテル遮断ネットッ!!」
「まだ来るぞ!」
レックスの言葉に、メツはネットの落ちてきた方向を見上げる。
メレフ達が立っている方向とは少しずれた場所に立っている倉庫らしき建物、その上から、十数門の砲口が、メツ達に向けられていた
「チィッ!」
視認直後発射される黄色い弾丸。弾丸は空中で広がり、メツ達を捕らえんと次々に襲い掛かってくる。
なんとか網をかいくぐっていくメツ達だったが、その絶え間ない攻撃に疲弊したのか、突然メツの足が滑る。
「うおっ!?」
「メツ!?」
「させないですも」
体勢を崩したメツの頭上に、エーテル遮断ネットが覆いかぶさる。
…が、それがメツの体を覆うその直前、横からジェットで飛び込んできたハナがその体を強く突き飛ばした。
「ハナ!」
「先ずは一人!」
メツは突き飛ばされた勢いで地面を転がり、その横でハナがネットに包まれる。
そしてその瞬間を好機とみたメレフが、倒れたメツの元へ飛び込んでくる。メツは舌打ちをしながら不格好な体勢でエーテルを纏った拳を突き出し、
「フルパワーですもー」
「何!?」
その横で、ネットにくるまれていたはずのハナが立ち上がる。
ハナは蒸気を噴き上げながら、全身に力を込める。その膂力に、ネットがギチギチと音を立てながらちぎれ始め、間もなくハナはネットから完全に抜け出した。
目の前の状況に困惑したのか、メレフの動きが一瞬止まる。そしてその隙をメツは逃さなかった。
「もらったっ!」
「…ッ!」
メツの振りかぶった攻撃を、メレフは寸前で気づいて躱す。
だが今度はメレフが無理な体勢で攻撃を躱すことになった。その崩れたところに、横からハナが突っ込んでくる。
ハナの勢いに押され、メレフの体が地面に叩きつけられる。馬乗りになったハナに抑えらたメレフは、なんとか抜け出そうと試みるが、ハナに押さえつけられた腕はびくともしない。
「くっ馬鹿な!エーテルを遮断されながらアレを破るほどの怪力…並みのブレイドでは!」
「残念だったも!ハナはただのブレイドではないんだも!」
「人工ブレイドですも」
「人工ブレイド…!?」
困惑するメレフを横目に、メツはレックスを探す。
レックスはメレフが動けなくなったのを見て、既に走り出していた。
「うぉおおおおお!」
レックスの手には強い輝きを放つモナドが。誰の目に見ても何かしらのエネルギーが溢れているのが明らかなほどに。
しかし、走るレックスの足が向かう先はメレフではなかった。振り返ったメツの横を通り過ぎ、そのままメレフが走って来た道をたどるように、後方でメレフに力を送っていたカグツチの元へ。
「くっ!」
カグツチは応対しようと構えるが、その手にサーベルはない。確実に仕留めるため、メレフに手渡していたのが裏目に出た。
なんとか青い炎のエーテルを手に纏い、振るわれるモナドを受け止めようとするが、レックスはカグツチの予想より少し遠くで走りを止める。
体を捻る形で構えたモナド、その柄部のプレートには”封”の記号が光り輝く。
「モナド
レックスがモナドを横薙ぎに振るう。振るわれた刃から、エーテルの斬撃がカグツチに飛来する。
予想していなかった攻撃に、虚を突かれたカグツチ。咄嗟にエーテルのシールドを展開するも、間一髪間に合わず、斬撃をモロに喰らって後ろに大きく後退する。
「ぐ…これは!?」
「今だ、ニア!」
「あいよ!ビャッコ!」
「ワイルドロア―!」
困惑するカグツチから少し離れたところから、ビャッコが水のエーテルを帯びた波動を、門の炎へ叩き込む。
水のエーテルが炎エーテルの勢いを抑制し、門を覆うほど高く昇っていた炎が、レックス達の腰程度の高さまで弱まる。
「く…そんな程度…な!?」
カグツチはレックスの方へ眼もくれず、門の方へと手を伸ばす…が、門を覆う炎の勢いが上がることはない。
驚きのあまり手を引き戻し、力を込めるが、そこから炎のエーテルが昇ることはなく、その代わり自らの腕から黒いエーテルがあふれ出してくる。
それは闇のエーテルの力。カグツチのエーテルに栓をするように、力の放出を阻害する封印の呪い。
「まさか…ブレイド封鎖!?」
「皆!逃げるぞ!」
カグツチ、メレフの双方の動きが止まったそのタイミングで、レックス達は門の方へと走り出す。
メレフ達に当てまいと止んでいたエーテル遮断ネットの雨が、二人の行動不能を見て再びレックス達に降り注ぐが、逃げる為全力で走るレックス達を捕らえることはできない。
そしてついに、軍港の門へとたどり着いたレックスがそこに登っていた炎を飛び越える。低くなった炎は、少し掠る程度でレックスたちの走りを止めることはできない。
続いてメツ、ビャッコ、ニア、トラが軍港を飛び出し、全員の脱出を確認したハナが最後にメレフの高速を解いてジェットで脱出する。
「くっ!何をしているのです!追いなさい!」
カグツチは門を覆っていた炎を完全に鎮火させ、大砲を抱えていた兵士達に指示を出す。
しかし、既にレックスたちの姿はグーラの草原の方へと消えていた。いくら地の利があると言えど、グーラの草原は広い。スペルビア兵の人海戦術もその広大なフィールドの前にはあまりにも無力だ。
「逃げ切ったか…」
あけ放たれた門を睨み、メレフは握った拳を地面にたたきつけた。
「メレフ様…」
膝をついたメレフに、カグツチは声を掛けながら手を差し出す。メレフは「助かる」と一言告げてその手を取る。
ブレイド封印の効果はすで切れたのか、黒いエーテルが溢れる様子は見られなかった。ただ、攻撃が当たった時の衝撃が残っているのか、カグツチはもう片方の手で肌を何度かさすっていた。
「大丈夫か?」
「ええなんとか。…逃げられてしまいましたね」
「そうだな」
メレフはレックスたちが逃げた草原の方へ視線を向ける。
ちょうど朝日が昇り始めたらしく、夜の闇に黒く染められていた草原が、赤い光に照らし出されている。
「天の聖杯。確かに強いブレイドだった。だが…」
「メレフ様?」
メレフは先の戦闘、その最後の流れを思い出す。
あの時、レックス達は刺そうと思えばメレフとカグツチにトドメをさせたはずだ。なにせメレフはハナに抑えられて動きが取れず、カグツチは武器もないままエーテル制御能力を封印されたのだ。
勿論、ただでトドメを刺される気などさらさらなかったし、周りに兵士もいた都合、その余裕がなかったとも取れるが、少なくとも暫く追うのが難しいほどの痛手を与えることくらいはできたはずだ。
だが、レックス達はそう行動しなかった。それがメレフの中に一つの困惑を残していた。
「どうもお前に聞いたのとは、イメージが違うな」
「そうですね。私もここに書かれたイメージと違って、少々驚いてます」
カグツチは腰のポーチから古い本を取り出す。それはカグツチの日記だった。
しかしそれはただの日記ではない。スペルビア帝国の宝珠として代々受け継がれているカグツチ。その代々が書き記し、受け継いで来た記憶の束。
それはつまり過去の歴史を紡いだ歴史書と言っても過言ではない。
そこに記されていたのだ。紫色のコアクリスタルを持つ天の聖杯、メツというブレイドが。
「黒き天の聖杯。アレは間違いなくあの男だと思うのですが…あまりにも"弱い"』」
「我々のあずかり知らぬところで何かが起きているようだな」
メレフは一つため息をつく。
すでに朝日は昇りきっており、青々とした草原がグーラの広い背に広がっていた。
「天の聖杯。野放しにはできない…が、少し慎重に動くべきだろうな」
その草原を背にして、メレフは巨神獣船の方へと歩いてった。
『この先にアタシが昔使ってた隠れ家がある。そこで休もう』
軍港から走り逃げること暫く、息も絶え絶えになったレックス達に、ニアはそう提案した。
夜が明ける頃から逃げ続けていて、今は夕方。トリゴの村から1日走り続けると、グーラの草原はほぼ縦断できるらしい。レックス達の前には、グーラで最初にたどり着いた森が広がっていた。
『昔使ってた隠れ家?』
『あ、えっと…昔だよ昔!アタシだってたまには家を抜け出してさ?』
そう言って案内された場所は、周囲を高い木々と、岩壁で囲まれた場所。
見つかりづらく、それでいて焚火をする程度の広さはある。更に焚火の煙も木々にさえぎられて目立たないと、休憩を取るには絶好のポイントだった。
「ぐぁ!!痛い!痛いってニア!」
「暴れんなよ!これよく効くんだぞ~?」
「いったッ!?わざと強くしてるだろ!?」
ニシシと笑いながらニアはレックスの傷口に薬を強く塗り込む。
レックスは少し大げさなくらいの反応を返すが、その反応がニアには面白いらしく、更にぐりぐりと強く塗り込まれる悪循環が生まれていた。
「ビャッコのエーテルで治療すればいいじゃないか!」
「ダメダメ。アレは緊急手段。こうやって自然に治した方が治りがいいんだから。ホラホラ男の子なんだから我慢しろ~?」
「なんだよそれ関係な…いたい!」
治療という名の刑の執行にぎゃー!っと騒ぐレックスに更にニヤニヤと笑うニア。なお、焚火の横でぐったりと倒れているトラには既に執行済みだ。
そんなこんなで薬を塗り終え、包帯を巻かれたレックスは、そこをさすりながら横になる。90度傾いた視界に、壁にもたれかかっているメツの姿が入ってくる。
その顔を見て、レックスは「おや?」と首をかしげる。平然としている様子だったが、何故だか妙に、顔色が悪いように見えたのだ。
「メツ、大丈夫?」
「…大丈夫だ。なんでもねえ」
メツは首を振ってそうつぶやく。
言葉にいつもの迫力がないように思えたが…おそらく疲れているのだろう。レックスはそう考えて、「さて!」と体を起こして伸びをする。伸ばした瞬間に傷口が痛んで少しだけ苦笑い。
「…っ…よし、次はニアの番だな?」
「え?…いやいいよアタシは。
「…」
「ちょっとレックス?なんか顔がこわい…」
「嫌がるんじゃありません!問答無用―!」
「ちょっ!止め…」
「…あれ?」
レックスはニヤニヤ笑いながらニアの袖をまくるが、そこには傷一つない綺麗な肌しかなかった。
カグツチに地面に叩きつけられていたし、そうでなくても戦闘中に擦り傷のいくつかはしててもおかしくないはずだ。いくらニアが露出の少ない服をしていたとしても、その肌はあまりにも綺麗すぎる気がした。
「…なんだよ。じろじろ見んなよ」
「え?ああ、ごめん!」
ずっと眺められていたのが恥ずかしくなったのだろう、その言葉に顔をあげると、そっぽを向いたニアの顔が真っ赤だった。
レックスが咄嗟に手を放すと、ニアはさっと手を引いて袖で肌を隠してしまう。
「あ、えっと…傷!大丈夫だったのか?」
「…うん。アタシは回復ロールのビャッコのドライバーだからね。傷の治りが早いんだよ」
そうレックスに話す間、ニアはレックスに背を向けていた。
レックスはニアの話にそういうものなのかと納得する。ブレイドとドライバーの在り方についてレックスは詳しくない。
後ろで聞いていたメツが、胸元をさするニアの様子をじっと見ていた。
「ニア、ビャッコ、トラ、ハナ。聞いてくれ」
夕食を取り終え、片付けも終わったころ合い。レックスがそう口を開いた。
既に日は落ちていて、辺りを焚火の火だけが照らしていた。
「なにさかしこまって」
「どうしたも?も!まさかアニキ…あんなに食べたのに、お腹ぐーぐーなのかも!?」
「ご主人、違いますも。きっと食後のおやつが欲しいんですも」
トラとハナの見当違いの言葉にレックスは「ハハ…」と小さく苦笑い。
改めてコホンと咳払いをして、姿勢を正す。
「俺とメツは楽園に行く」
そう言って、レックスは視線を木々の外へと向ける。
その隙間からはグーラの外に広がる雲海が見え、丁度その雲海の遠くに、星空に照らされた空に伸びた大樹が見える。
世界の中心、世界樹。そのはるか上、夜の闇に消えていったその先に、レックス達の目指す楽園はある。
「だからそのためには何でもする」
「…」
「だけど、皆はそんなことする必要ない。今回のことは巻き込んじゃって本当にごめん!」
レックスさっと立ち上がって、そのままバッと頭を下げる。
それを見てメツは「何やってんだ」と鼻を鳴らし、ニアとトラは慌てて立ち上がる。
「いやいやいや!なんでレックスが頭下げんの!?今回はアタシの所為じゃん!?」
「ももも!トラはアニキについていっただけだも!?アニキが謝る必要ないも!」
「二人とも…」
二人の言葉に頭を上げるレックス。
本当に慌てたらしく、二人は汗をかいてあわわとしていた。
「でも、この先はもっと危険なこともあるかもしれないからさ。やっぱりここで…」
「もも?てことはアニキが一人だともっと危険だも?」
「へ?」
「さっきの戦い、皆が一緒でも危なかったも!あれ以上ならアニキ死んじゃうかもしれないも!?だったらやっぱりトラとハナがいた方がきっといいも!」
「ハナは勿論ご主人についていきますも。イチレンタクショーですも」
「トラ…ハナ…」
「アンタたち、いいやつだね」
「そうも?」
ニアはトラを抱きかかえて、そのまま頭をなでる。トラは「もふー!」と満足げだ。
ひとしきりモフモフとなでててから、ニアはトラを降ろしてうんっと背を伸ばす。
「…ならアタシもついていかなきゃ、かな!」
「ニア…?」
「アンタとトラだけじゃ頼りないしね?…それにアタシもイーラに帰れるとは思えないし」
ニアは「アハハ…」と自嘲気味に笑う。
レックスはその言葉に「あっ」と気づいて、小さく頭を下げる
「ごめん…」
「そんな顔すんなって!元々そんな長いこといたわけじゃないしね」
「そうなのか」
「うん、そう。だから別に帰ってやる義理なんかない…それに、アンタとメツだけだったら、いつかメツがアンタを喰っちゃうかしれないし」
ニアはニヤッと口角を吊り上げる。
勿論その笑みを向けた先は少し離れたところに立っていたメツの方。メツは鼻をフンっとならした。
「しっかり火を通さねえと腹下すな」
「いや喰うのかよ!?」
まさかの乗りボケに鋭い突込み一閃。それを受けて、メツも返すように口角を吊り上げる。
「だから…さ!アタシも行くよ。…アタシだって見れるもんなら見てみたいしね、楽園。ビャッコもそれでいいよね?」
「勿論です。私は何があろうともお嬢様についていきますとも」
「…だってさ」
「…ありがとう」
レックスはズズッと鼻をすすり、目じりをぬぐう。感謝とともに笑顔を向ける。
そして再び視線を木々の外へ。習うようにニア、ビャッコ、トラ、ハナ、そしてメツも夜闇の先、遥かそびえる世界樹を、そしてその先にある希望を遠く見上げる。
「行こう!楽園へ!」
風が吹いた。
風はレックス達の焚火の炎を巻き上げて、赤い炎が黒い夜空を彩った。
第2話「ブレイド」-完-