メツブレイド   作:ヤケイ

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第3話「戦」
01『蛇』


 

 

日光も届かない暗き雲海の底。そこは生きる命一つすらない、深き闇黒の底。

その暗闇の中を、巨大な塊が泳いでいく。

勿論命ではない。それは巨大な鉄の塊。巨神獣を使わない巨大な船だった。

やがてその船は、その全長より更に巨大な壁の元へとたどり着く。

船が近づくと、その壁は低い音を立てながら横に割れた。幾何学的な断面は、それが人工物であることを物語っていた。

船がその裂け目の中に入っていく。船尾までが壁の中の闇に潜ったところで、壁は再び音と共にその裂け目を閉じていく。閉じた壁の中は船がすっぽりと収まるほどこれまた巨大な空間であった。

扉が閉じたと同時にそこを満たしていた雲海が徐々に引いていき、やがて船の天井部まで覆っていた雲海は船を浮かべる雲海面を構成するに至る。

その船、ニアがレックスに"モノケロス"と伝えた船が、空間内の桟橋にその体を横づけ、中から2人分の人影が降りてくる。

 

「お帰りなさい。シン、ヒカリ」

 

モノケロスから降りてきたシンとヒカリを出迎えたのは、赤い渕のメガネをかけた青い鎧の男だった。男の後ろにはもう一人、蝶のような翼を持った1体のブレイドがふわふわと飛んでいる。

 

「ヨシツネ」

「回収は無事終わったんですか?」

「ええ。この通り」

 

ヨシツネと呼ばれた男の言葉に答えるように、ヒカリは腰に下げた剣を突き出す。

それは白いヒカリの姿とは対照的な、真っ赤な炎のような剣。レックスがサルベージした船で触れた赤い剣だった。

それを突き出すと同時に、ヒカリの姿が剣に呼応するように真っ赤な姿へと変わる。

ヒカリが姿をかえたホムラは、突き出した剣を優しく撫で、再び腰へと戻す。

 

「それは何より。ま、僕の脚本には最初から…」

「書かれてたにゃ?ソレ、何言われても言おうと思ってたにゃ?」

「煩いよカムイ」

 

「チッ」と後ろから茶化してきたブレイド、カムイをにらみつけるヨシツネ。

カムイはにゃははーと笑いながらヨシツネから離れるように飛んでいく。

 

「…ゴホン。とりあえず、これで目的達成ですかね?」

「ええ。これでようやく"あの力"に手が届きます」

「ではこのまま?」

「いえ。その前に一つやらなければならないことがあります」

 

ホムラはヨシツネの言葉に首を振って、自分の手のひらを見つめる。

手のひらに炎が灯る。赤いエーテルの炎。その揺らめきは、色こそ違うが、サルベージ船の上で相対した男が灯した揺らめきによく似ていた。あの紫の揺らめきに。

 

「それは古代船に現れた、あなたに似た反応と何か関係が?」

「ええ。アレは…私と同じ天の聖杯です」

「同じ…つまりメツとかいう?」

 

ヨシツネの問いにホムラが頷く。

少しの間続く無言。ヨシツネはかける言葉に迷い、ホムラは炎を見つめながら何かに思いをはせる。

 

「ヨシツネ。二人は?」

 

意外にも、その間を遮ったのはシンだった。

シンの言葉に「え?」と間の抜けた返事を返したヨシツネは、次いで「ああ」とメガネを指で押し上げる。

 

「サタヒコは"ここ"の整備中。我が妹は例の交渉ですよ」

「サタヒコに今のことは?」

「今の…ホムラと似た反応のことですか?言ってませんけど…言ってきましょうか?」

「…いや。俺から言おう」

 

ヨシツネの言葉にシンは首を振りながらそう答える。

返事の前に少しあった間で何を考えていたのか、シンが付けている仮面の所為でヨシツネにはそれはうかがい知れなかった。

 

「ヨシツネさん。その…メツの居場所ってわかりますか?」

「あ、はい。カムイ!」

「はいにゃー!」

 

ようやく口を開いたホムラに、またしても少し間の抜けた返事を返したヨシツネは、後ろに振り向いて、飛んで行った相棒を呼び寄せる。

ふわ~っと戻って来たカムイは手元に黄色いエーテルの光を集め、それを空中へとばら撒く。

ばら撒かれた黄色の粒子は、空中を漂いながら徐々に集まりだし、やがてそこに四足動物のシルエットが浮かび上がる。

それはグーラの巨神獣のシルエットだった。そしてその背中の上、光の中でひときわ目立つ黒いエーテルの粒子がそこに集まって点滅していた。

 

「特異な反応だったのでもしもの為にマーキングしておきました。今はグーラにいるようですね」

「そうですか。ではそのまま反応を追って下さい」

「行くのか?」

 

黒い点を見つめるホムラにシンが聞く。

ホムラはその黒い点を睨み続け、シンの方へは見向きもしない。

 

「…ええ。まだ余裕はありますから」

「そうか」

 

言葉だけを返したホムラに対し、シンも小さく一言だけを返す。

そのままシンはヨシツネの方へと向き直る。ヨシツネの目に映る瞳は、いつもと変わらない冷たく鋭い視線だった。

 

「ヨシツネ、同行してやれ。モノケロスを使っていい」

「構いませんが…シンは?」

「例の定期船、すでに出ているんだろう?」

「ええ、こちらに」

 

ヨシツネはグーラのシルエットから大きく離れた虚空を指さす。そこには青い光の粒子が数多く集まっていた。

 

「こっちは俺に任せてくれ。そのままテンペランティアの偵察に向かう」

「了解しました」

「…シン」

 

これで話は終わりだとばかりに歩き去ろうとするシンをホムラが呼び止める。

シンは足を止め、振り向くことなく続く言葉を待つ。

 

「なんだ」

「無理はしないでくださいね。ヒカリちゃんもそういってます」

「…分かっている」

 

小さくその言葉だけを返して、シンは桟橋の奥へと歩いて行った。

 

 

 

 

中型の巨神獣が一体すっぽりと収まりそうな広大な空間。その隅の壁で、金髪の男が配線を弄っていた。

男は、あーでもないこーでもないと一心不乱に作業をしていたが、暫くして、自分の方へ近づいてくる足音に気付いた。

いつも自分を呼びに来る"彼女"のことを思い浮かべ、満面の笑みと供に振り向くが、そこに立っていた無表情な仮面を確認して、すぐにその表情から笑顔を消した。

 

「なんだシンか。どうした?ここにお前が見て面白いものはないと思うぜ?」

「サタヒコ、話がある」

 

言葉を返しながら、サタヒコは配線との格闘に手を戻していたが、シンの言葉に手を止める。

シンの言葉は常に冷たい印象を相手に感じさせる。話す言葉すべてが真剣味がを帯びていて、不真面目な話は一つもない。

 

「なんだ?もしかしてメシの話…」

 

それでもサタヒコは茶化すように半笑いの言葉を返す。

それが長い間、シンと供にいたサタヒコなりの彼への気遣いだった。

 

「メツが復活した」

 

その言葉に再びサタヒコの笑みが消えた。

 

「…そうか」

 

サタヒコは小さな言葉一つだけを返して、再び配線を弄りだす。

無言が続く。辺りには外の雲海が波打つ音と、時折配線から走るスパークのバチッという環境音だけが響く。

 

「お前は、追おうとは思わないのか」

 

先に口を開いたのはシンだった。

その言葉に一瞬だけ、サタヒコの手は止まるが、すぐにカチャカチャと音が鳴りだす。シンに背を向けているため、その表情は見えない。

 

「別に。もう500年も前の…いや、こういう言い方は…無いな」

「別にかまわない」

 

サタヒコは「すまない」と後ろ手に頭を下げた。

その背中からちらりと覗いた手をよく見ると、工具を握った手が赤くなっていた。

 

「…まあ一度見てはおきたいかもな」

 

その言葉と共に振り返ったサタヒコの顔には、シンも見慣れたすましたような笑顔が張り付いていた。

 

「今ヒカリとヨシツネに追わせている。…どうする?」

「俺には"こいつ”を仕上げるって役目があるからな。ヒカリが始末した後にでも拝ませてもらいますよ」

 

そう言ってサタヒコは後ろの壁を拳でコツンと叩く。

そしてそのまま、シンと話している間に作業が終わったのか、配線の詰まった壁の蓋をバンっと閉め、サタヒコはシンが来たのとは反対方向に歩き出した。

また別の壁を開け、工具を取り出すサタヒコ。シンはその後ろ姿を暫く見つめていた。

 

 

 

 


『船なら、トラに任せるも!』

 

楽園、並びに世界樹への行き方を考えていたレックス達はグーラからの移動手段を探していた。

その話し合いのさなか、トラが突然そう声高に叫んだ。

 

『任せるも!って、アンタ船持ってるの?』

『持ってないも!』

『じゃあどっかから買うの?』

『そんなお金ないも!そもそもトラたち、グーラに戻ったらきっと捕まるも?』

『じゃあどうすんのさ』

『決まってるも!"借りる"も!』

 

トラに案内されるままに、レックス達が向かったのはグーラの後方。左半身から行けるお尻にある崖だった。

人っ子一人いない辺境の地、そんな場所だったが、トラの案内した先には一軒だけポツンと小屋が立っていた。崖際から雲海にせり出すように作られたその小屋、それはトラの知り合いである巨神獣船技師、ウモンの住む家だった。

 

『ウモンのおっちゃん!船を貸してほしいんだも!』

『もも?船なんてグーラで借りればいいも?なんでこんなとこまで来たも』

『ももも…トラたちお金がないんだも。ウモンのおっちゃん、トーチャンに借金してたも?だからそのよしみで貸して欲しいんだも!』

『もっ!?何でトラお前、そのこと知ってるも!?』


 

「なんか強引じゃなかった?」

「いいじゃねえか。お陰でこうやって借りれたんだしな」

 

そんな紆余曲折を経て、レックス達は小型クジラ巨神獣船をウモンから拝借することができた。

今レックス達がいるのはグーラから遥か離れた雲海の上。見渡す限り巨神獣の姿もない、広い広い雲海のど真ん中だった。

 

「あとどれくらいで着くのー?」

 

床に寝っ転がっているニアが尋ねる。操船担当はレックス、周囲の警戒担当はハナ。それ以外のメンバーは有事の際に備えて休憩兼交代役。

つまるところ、レックスとハナの二人以外はかなり暇を持て余していた。

 

「明日には着くんじゃないか」

「もう2日は移動してるよな…遠くない!?あそこに見えるじゃん!」

「世界樹は大きいからなぁ」

 

そう言って、レックスは前方にそびえる巨大な大樹を見上げる。確かにこうやって見上げてみれば、ニアの言う通りすぐにつきそうに見える。

だが、そこから視線を降ろして雲海面まで目を向ければ、その根にたどり着くまで遥か雲海が横たわっているのが分かる。巨大すぎて、遠近感が狂ってしまうのだ。

レックスは昔聞いた、世界樹をよじ登ったという男の話を思い出す。その時は世界樹近傍に行ったことがなかったこともあり、いつかは自分も…と子供心に思ったことも有った。だが、こうやって見るとにわかには信じがたい話だ。きっと都市伝説か何かなのだろう。

 

「ハナー!周囲はどうだー?」

「視界良好感度良好。異常なしですも。しいて言えばご主人があまあまうぃんなをこっそり食べてるくらいですも」

「もも!?食べてないも!!」

 

さっと腕を後ろに回すトラ。

口元から零れた食べかすが、何よりも雄弁に事実を物語っていた。

 

 

 

 

「おーい。もうすぐ着くぞー」

 

レックスは床で寝ていたニアをゆすって起こす。

ニアはその声に「んあ…」返事を返してから目を覚まし、うーんと伸びをする。

そしてレックスに連れられるまま、船の縁へと足を向ける。

 

「どれどれ…うわでっか!」

 

起き抜けのニアの視界に映った世界樹、それを世界樹と理解するのに、ほんの少し時間がかかった。

なにせ、見上げたニアの視界全てが世界樹だったのだ。視界の端から端まで。下に雲海が見えなければ、自分の眼がおかしくなった可能性の方を疑っただろう。

 

「こ、こんなん登んの!?てか入り口はどこに…」

「近づけばどこかあるだろ」

「レックス、ストップですも」

「っ!」

 

操舵に戻っていたレックスに、ハナの声が届く。

レックスは舵輪横に備え付けられたブレーキレバーを思いっきり引く。唐突な操作に驚いたらしい巨神獣が、ムォーと鳴き声を響かせる。

 

「どうしたハナ!?敵か!?」

「違いますも。少し先の雲海を見て欲しいですも」

「雲海って…うわ!?」

 

ハナの言う通り、ずっと上ばかり見ていた視線を下に向けたレックスは、驚きのあまりその場で後ずさった。

ニアもレックスに続いて雲海を見て「なんだこれ…」と困惑の声を漏らす。

世界樹の根元の雲海、レックス達の巨神獣船から少し先の雲海が、滝のように下に流れ落ちていた。

世界樹の根を囲うように流れ落ちる大瀑布。反対側に渡れるような場所は、少なくともここからは見えない。

そしてその滝の下。流れ落ちる先は深く暗い闇が広がっており、どこに向かって落ちていっているのか全く分からなかった。

 

「なるほど…アーケディアが監視を置かないわけですね。そもそも渡航禁止ではなく、渡航不可だったと」

 

ビャッコの言葉にレックスは頷く。

世界樹はアーケディアによって渡航禁止令が出ている。それはアーケディアの広める教義では世界樹が重要な物と位置されており、侵すべきでない聖地として定められているから…だと、レックスは今まで思っていた。反応を見る限りニアやビャッコもそう思っていたのだろう。

その為、アーケディアの監視などがあるだろうと、レックスはハナに周囲を監視してもらっていた。レックスの後ろでメツがハナに「無駄だったな」と口角を吊り上げる。対するハナは「も」と首をかしげるのみだ。

 

「どうする…これ」

「どうするもこうするもないだろ」

「飛べる巨神獣を借りるってのはできねえのか?」

「あ、そうか。その手が…」

 

メツの提案にレックスは自分の背中に目を向ける。

正確には、そこに背負ったヘルメットの中で一緒に雲海を見下ろしていた小さな巨神獣に対してだ。

 

「なんじゃ。今のワシにお主らを抱えて飛べというのか」

 

レックスの背から飛び出したじっちゃんが「正気か?」と目を開く。

今のじっちゃんのサイズを見て、「レックスを運べる」と思う人間はいないだろう。比較的小柄なトラですら、持ち上げられるかどうか怪しいほどだ。

勿論、レックスにそんな気はさらさらなく、レックスは笑いながら首を振る。

 

「違うよ。実際飛べるのかなって。結構距離ありそうだし」

「なるほどな。ふーむ…どれどれ」

 

パタパタと羽を羽ばたかせながら、じっちゃんは船から離れて世界樹の方へと向かっていく。

レックス達の視界の中で米粒程のサイズになるまで遠くまで行ったじっちゃんは、ふと動きを止めて足元に広がる奈落に視線を向ける。

突如、その体がビクンと跳ね、じっちゃんは大急ぎで船の方へと戻ってくる。

 

「どうしたじっちゃん…」

「戻るんじゃレックス!急げ!」

 

船にたどり着くよりも前にじっちゃんはそう叫ぶ。

いったい何が…とレックスが聞きなおそうとしたその瞬間だった。

巨神獣船がグワンと揺れた。

 

「な…なんだ!?」

 

突然のことに、船にいた全員が転んで尻もちをつく。

レックスは手すりにつかまりながら、船から身を乗り出す。

船が揺れるとしたら巨神獣に何かあったから…と、船を取り付けられた巨神獣を見ようとしてレックスはようやく気付いた。

揺れているのは巨神獣船ではない。それが浮かぶ雲海そのものだ。

 

「何が…」

「急がんか!来るぞ!」

「だから何が!」

 

船に戻ったじっちゃんに声を荒げるが、その質問はすぐに無意味なものとなった。

船がもう一度大きく揺れる。そして今度はその揺れと同時に、レックス達の周囲が暗くなる。

突然の現象に空を見上げるレックス。そしてその光景に思わず「は?」と声が漏れる。

世界樹一色だったその視界。それが紫に変わっていた。

金属の光沢でギラギラの光る紫色の壁。それが空を覆っていた。

 

「な、なんだこれ!?」

「もも!?巨大な蛇だも!」

 

トラは頭上ではなく、世界樹の方を指さす。

トラの言葉に視線を向けると、そこにいたのはトラの言う通り見上げるほど巨大な紫の蛇のような何か。それがレックス達と滝の間に広がった雲海に浮かび上がっていた。

雲海面に現れたそのサイズは国土を担う巨神獣と言われても違和感がないほど。全身が出ているわけでないことも踏まえれば、本当にそれくらいのサイズがあるのだろう。

だが、こんな見た目の国土巨神獣をレックスは知らなかった。蛇型の巨神獣というのは勿論、こんな紫の表皮を持つ巨神獣など、見たことも聞いたこともない。

紫の蛇はこちらに顔を向ける。開いた口には無数の牙が連なっていた。

 

「こりゃあの時の…」

「"サーペント"…っ!?」

 

じっちゃんが小さく呟き、その横でメツがその言葉を口にした。

その単語にメツの方へと振り向くじっちゃん。メツは頭を抑えながら、うめき声をあげている。

 

「お主…今何と…!?」

「に、逃げないと!」

 

じっちゃんがメツに駆け寄るそのそばで、レックスは這いながらなんとか巨神獣船の操舵輪へとたどり着く。

操舵輪を勢いよく回し、巨神獣に急速反転を指示。巨神獣はまたしても突然の指示にムオーと鳴き声を上げながら、即座にその船首を180度反転させる。

 

「また来るも!皆何かに捕まるも!」

 

トラの言葉に見上げてみれば、紫の蛇が遠くで尻尾らしき影を雲海の上に振り上げていた。

そしてトラの予想通り、その尻尾が雲海面へと勢いよく叩きつけられる。激しい音と共に、雲海面が大きく波打ち、その波に揺られて巨神獣船が大きく空へと打ち上げられる。

 

「きゃぁああ!」

「うぉおおお!」

 

皆、なんとか手すりやへりに掴まることはできたが、その衝撃に体そのものが大きく浮かび上がってしまう。

 

「くっ…急げ…!」

 

衝撃音を立てながら、船は雲海に再び着水。巨神獣も自身の命の危機を察したのか、最大船速で世界樹の範囲多方向へ向かいだす。

舵を握りながら、レックスは後ろを振り向いてみるが、紫の蛇はどうやらここちらを追ってくる気はないらしい。ただこちらに顔を向けながら、何度も尻尾を雲海に叩きつけている。

何度も揺れる船。更にその蛇の巨大さ故に、どれだけ経っても逃げれている気がしない。レックスは蛇を「急げ、急げ」と焦るように操舵輪を何度も叩く。

 

「!?レックス!前!前!」

「今度はな…にッ!?」

 

ニアの叫び声に前を見るレックス。向けた視界に映ったその姿を見て、またしても言葉を失う。

レックス達の目の前で、雲海が波打っていた。紫の蛇が起こす波とはまた違う波。その特異な波の現れ方。レックスは何度か見たことがあった。

それは国土級巨神獣が浮上するときに現れる雲海波紋。

 

――オォォォォォォ!

 

遠く響く鳴き声と共に、雲海から巨大な巨神獣が浮上する。

それは後ろの蛇とは相対的な、真っ白で有機的な皮膚を持った、白い鯨。

 

「コイツは…インヴィディア!?」

 

雲海内に沈んで周回する国土巨神獣。

レックスはその姿を見て「しまった」と心の中で舌を打つ。頭の中の地図を照らしてみれば、今インヴィディアの周回軌道はちょうどこの辺りだ。

 

「マズい!アイツ"食べる気"だ!」

 

ニアの目の前で、インヴィディアの巨神獣が巨大な口を開く。

巨神獣の正面すべてを呑まんとするが如く開かれたその口に、周辺の雲海そのものが勢いよ飲み込まれて行き、更に巨神獣の吸う暴風が周囲のものまでもを逃さんとその中へと引きずり込む。

 

「くっそぉおおお!」

 

レックスは再度舵を取る。巨神獣船も自身の生存本能からか、今度は鳴き声も上げず船首を動かす。

レックス達が取った進路は、ちょうど蛇とインヴィディアを結ぶ線に対して直角になる進路。

一瞬とも悠久とも思える脱出劇。何度も襲い掛かる揺れと、暴風の轟音に世界の終わりすら感じたレックス達だったが、ついに巨神獣船はインヴィディアの起こす暴風圏から離脱する。

 

「に、逃げ切っ…た…」

 

直後襲ってきた疲労感に、レックス達はどさりとその場に座り込んだ。

揺れも暴風も収まった静かな雲海を、巨神獣船はその安全を味わうかのようにゆっくりと漂い、

 

その瞬間。紫の蛇の尻尾が、雲海を全力で叩いた。

 

「きゃぁああ!?」

「うぉおお!?」

「もももぉおおお!?」

 

爆発音のような轟音と共に、レックス達の体は船ごと空へと飛びあがる。

安心しきって油断していたのもあるが、空中で巨神獣船がひっくり返るほどの衝撃。レックス達の体は船から大きく投げ出され、せっかく逃げ切ったばかりの暴風圏へと、逆戻りしてしまう。

 

「メツーーーーーーーー!」

「小僧ォーーーーーーー!」

 

暴風に体が操られる中、必死に相棒の名を叫ぶレックス。投げ出されながらも、何とかお互いの手を握り、互いの体にしがみつく。

そしてレックス達は、巨大な白鯨の口の中へと飲み込まれて行った。


続く

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