メツブレイド   作:ヤケイ

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02『渦潮』

1

 

 

「…というわけだからさ。行ってくるよ。二、三日で帰ってくるから心配しないで!」

「『といわけだからさ!』…じゃないわい!」

 

バーンの部屋を後にしたレックスは、港で待っていたじっちゃんの下へと戻っていた。

バーンからの仕事についてを報告し、そのまま支度を始めよう…と、踵を返した背中に、 責の声が飛んでくる。

 

「そんなわけのわからん仕事を引き受けおって!依頼主の素性もわからんのじゃろ?」

「会長直々の仕事だよ?大丈夫だって!」

 

心配そうなじっちゃんとは裏腹に、レックスは楽観的な口調で諭す。

はた目から見ても、レックスは明らかに浮かれていた。口には隠し切れない笑みが浮かび、興奮が抑えきれないのか、足取りは軽く弾んでいる。

 

「そもそもお前…メツはどうするんじゃ」

「それなら、何かあったらじっちゃんに言うように言っといたからさ。じゃあ行ってくる!じっちゃんはここでのんびりしててよ!」

「あ、おい!待つんじゃレックス!レックス!」

 

じっちゃんの静止をレックスは一方的に話を打ち切り、そそくさとその場を後にする。

その場から動くわけにいかないじっちゃんはその後姿をじっと見送ることしかできなかった。

 

 

2

 

 

翌日。レックス達一行はバーンの用意した巨神獣船、ウズシオに乗り込み、依頼のサルベージ座標へと向かっていた。

船にはレックス以外にもスタッフのノポンが数人と、サルベージャーらしき人たちが十数名乗船していた。そのうち何人かはレックスも顔なじみなサルベージャーだった。しかし、レックスの知りうる限り同郷の人間はいない。そもそもリベラリタス出身のサルベージャーなど10人いるかも疑わしいのだ。わざわざレックス一人に対してバーン会長からの説明があったところも見るに、リベラリタス出身のサルベージャーは自分一人なのだろうとレックスは考えた。

船上でサルベージャーたちには基本的にやることがない。装備の点検はすぐに終わるし、操船は専門の技師がいる。なので暇を持て余したレックスは特に何を考えるでもなく甲板へでることにした。

甲板に出てすぐ、端の方で雲海を見ている赤い髪の少女へと視線が行った。バーン会長の部屋でホムラと呼ばれていた少女だった。

 

「よお。ヒカリが気になるのか?」

「うわぁ!?」

 

突如後ろから聞こえた声にレックスは飛び上がった。

振り向くと、虫のような顔が振り向いたレックスの顔を覗いていた。その男?はレックスのその様子を見て「クックック」と笑う。

レックスはその顔がこの仕事の説明を受けた時に見た顔だったことを思い出す。ホムラの後ろに立っていたブレイドだ。

 

「ビックリしたぁ…えっと…」

「へっへっへ…ザンテツだ。お前、ドライバーでもないのにヒカリの攻撃を躱すとは中々だな。この先楽しみだ」

「(褒めてくれてるのかな…)そりゃどうも…ヒカリ?ホムラじゃなくて?」

 

レックスは首をかしげる。彼女はバーン会長の部屋で間違いなくそう呼ばれていた。決して物覚えの悪い方ではない。聞き間違える…ような語感でもない。

指摘を受けたザンテツは、困ったように頭をかく。その瞳は言葉を探すかのように中空を泳ぐ。

 

「あー…えっとな…」

「あだ名。みたいなものですよ」

 

再びレックスの後ろからの声。スッと差し込まれた言葉に、今度は飛び上がるとまではいかずとも、肩がビクンと跳ねる。

振り向くと、向こうを見ていたはずのホムラがいつの間にかレックスの目の前まで来ていた。

 

「あだ名?」

「そう。ね?ザンテツ?」

「ああ…そう。あだ名だ」

 

笑顔でいうホムラに、ザンテツは顔をそむける。

逸らしたザンテツの視線と変わるように、ホムラの視線がレックスの方へと向けられる。

その髪や服装と同じくらい紅い視線がレックスを見つめる。すでに空は暗くなっていたが、その瞳は炎のように輝いているように見えた。

 

「えっとあなたは確か…」

「レックスって言うんだ。よろしくな」

「そう、レックス。レックス…」

 

口になじませるように、ホムラは何度かレックスの名を呟く。

何度目かの呟きでようやくなじんだのか、ホムラはにっこりと頷く。

 

「レックスさん、よろしくお願いしますね」

 

その言葉と共にレックスの目の前にホムラの手が差し出される。

ホムラが自分の名を呟く姿をじっと見ていたレックスは、その手が何かわからず一瞬硬直する。目の前のホムラが首をかしげるのを見て、ようやくそれが握手の為の手だと気づく。

手をズボンでごしごしと擦ってから、レックスはその手を握り返す。ブレイドの手も暖かいんだなとレックスにどうでもいい感想が沸く。

 

「それで…私に何か御用ですか?」

「いやそういうわけじゃないんだけど…あ、そうだ。今回の依頼って何を探してんの?」

 

レックスはホムラの言葉に少しうろたえて、咄嗟に見つけた疑問を口にする。

ウズシオが出発する前には特に説明はなく、出発以降も一度今後のスケジュールを説明されただけで、目的の情報はサルベージャーたちには何も知らされていなかった。周囲の話を聞いていた限りでも、どうやらサルベージャー、スタッフのノポンの誰も知らされていないようだった。

その疑問を聞いたホムラは少し考えてから、人差し指を口元に立てた。

 

「ふふふ…残念ですがそれは秘密。内緒です。気になりますか?」

「まあね…でも、教えてもらえなくても仕事はきっちりこなすよ」

「ありがとうございます。サルベージャーの腕前に期待してますね?」

 

そう言って、ホムラは甲板から降りて行った。ザンテツもそれに続いて船内へと消えていく。

甲板に一人残ったレックスは、ホムラの手を握った自分の右手を少し見つめ、ホムラの消えていった方向に視線を向けた。

 

「ヒカリ…不思議なあだ名だなぁ」

 

 

3

 

 

「うーん…」

 

日が落ち切ったウズシオ甲板。その上に伸びる見晴台でレックスは大きく伸びをする。

ホムラと別れた後、レックスの足は見晴台の方へと向かっていった。

先に見張り役をしていたサルベージャーと2,3言交わして見張り役を買って出た。もうそろそろ誰かが持ち込んでるだろう酒瓶が見つかる頃合いだ。

見張り役とは言っても、周辺には雲海と、遥かそびえる世界樹しか見えない。この辺で巨神獣を見たという情報もないから本当に飾りだけの見張り役だ。一応飾りなりに仕事をしようと、双眼鏡を手に取り、辺りをぐるっと見渡す。

何もないだろう…と視線を流すと、レックスの予想に反してウズシオ後方に一つの黒い影を見つけた。

 

「アレは…船?」

 

見たことないタイプの船だった。

巨神獣で吊っているタイプではないが、ぱっと見巨神獣に装甲をかぶせているようにも見えない。表面は帝国スペルビアで使われているような装甲にも見えるが、サイズが妙に小さい。

 

「うーん…報告…すべきかな」

「アレはウチの船だよ」

 

後ろからかけられた声に肩が跳ねる。

双眼鏡から目を離して振り向くと、頭に獣の耳を立てた少女が見晴台の梯子を登ってきていた。ニアだ。

「う~…寒っ」と二の腕をさすりながら、ニアはレックスの横まで歩いてくる。レックスは後ろを覗いてみるが、どうやらビャッコはついてきていないらしい。

 

「えっと…アンタ達の巨神獣船?」

「アンタじゃない。ニアって名前がある」

「…ニア達の巨神獣船?」

 

口をとがらせて言い直すと、「それで良し」とニアがにやりと笑う。

 

「そ、色々と入用でね」

「ふーん…」

 

もう一度双眼鏡でその船を覗く。船はウズシオから一定の距離を保ってついてきているらしく、しばらく見ていても距離が変わる様子はなかった。

どんな船なのかもっと細部を確認しようとつまみを弄…ろうとしたところで、急に視界が開ける。

見ると、ニアがレックスの手元から双眼鏡を取り上げていた。

 

「おい、なにすん…」

「アンタ、下のに行かなくていいの?」

「下?」

「なんか宴会始まっちゃってさ」

 

ニアがクイっとコップを煽るジェスチャーをする。どうやらレックスの読みは正確だったらしい。

おそらくニアはその雰囲気が苦手なのだろう。そこに浮かぶ苦笑いに、レックスは肩をすくめる。

 

「オレはほら、飲めないからさ」

「あー、そっか。そりゃそうだ」

「ニアもだよな」

「いや?ただアタシは酔っ払いが嫌いなの」

「そうか。じゃあサルベージャーにはなれないな」

「なんで?」

「船には酔うな。酔うなら酒だ」

 

レックスが人差し指をくるくる回しながら諳んじる。

何かの説教のようなジェスチャーにニアが眉根をしかめる。

 

「何それ」

「サルベージャーの合言葉さ。これを守れなきゃサルベージャーじゃないってね」

「なる気もないよ…そういうアンタは」

「レックスでいいよ。オレが?」

「レックスは酔えないのにサルベージャーやってるじゃんか」

「…確かに」

 

二人で見合わせて、どちらともなく小さく吹き出す。

二人分の笑い声が、雲の海に響いていく。

 

「…で、なんでレックスはサルベージャーに?」

「ああ、あれさ」

 

レックスは視線でウズシオの進行方向を指す。

そこには翠に輝く巨木がそびえ立っていた。

 

「世界樹?」

「サルベージャーをやってるとさ。いろんなものを拾うんだ」

「いろんな…」

「誰かが落としたモノだったり、誰かが遺したモノだったり…誰かと共に沈んでいったモノ」

 

レックスは雲海を見つめる。

広くどこまでも続く雲の海。その上に今浮かんでいるのはこのウズシオと、ニア達の船だけ。こんなに広く見渡せても、その視界に人の住める場所はない。

 

「ここ最近巨神獣は減る一方だろ?こないだも国家級の巨神獣が沈んでいくところを見た。このままだとアルストは…」

「…」

「けど、サルベージで拾うものはそれだけじゃないんだ」

 

そう言って、レックスは腰のポーチから小さな機械を取り出す。

手のひらに収まるサイズの機械。明らかな人工物だが、そこに書かれてる文字や記号はこのアルストのどの国のものでもなく、一体何に使う機械なのかレックスにはわからない。

 

「なにこれ」

「わからない。ただこのアルストの物じゃないことはわかってるんだ。それってさつまり」

 

レックスは視線を上げる。

あげた先には遥か高くそびえる世界樹。レックスの視線はその更に上へと向けられていた。

暗い夜空に溶けていくその先端。その見えないほど遥か彼方にあると信じられてる場所がある。

 

「きっとこれは楽園の」

「…ップ。あ、アハハハハハ!」

 

ニアがこらえきれないとばかりに笑いだす。

レックスが振り向くと、ニアは信じられないモノを見たと言った表情で笑っていた。

 

「あんた、楽園伝説本気で信じてんの!?」

「…本気だよ。実際にこういうものだって見つかってるんだ。あの先に何かある」

「ないよ。アレはただのデッカイ樹だよ」

 

笑いながら、ニアも世界樹を見上げる。

 


楽園。それは世界樹の先にあると言われている伝説の土地。

かつて、ヒトが神と共に住んでいたとされる土地。

天候も時間も自由自在。今のアルストに住まう人々全てが住んでも使いきれないほど広大な土地。

しかし、ヒトはその楽園を追放された。

巨神獣は追放されたヒトのため神が遣わせた大地とされている。


 

2人が見上げた先に楽園は見えない。

望遠鏡などを使えば、世界樹の葉の先が見えるという噂は聞いたことあるが、肉眼では翠に光る葉が茂ってる様子しか見えない。

 

「いいじゃんか夢くらい見たって」

「夢…」

「楽園があれば、いつ巨神獣が沈むかなんておびえなくて済む。戦争なんてする必要もなくなる。みんなが安心して暮らせるんだ」

「ふーん…」

 

顔は世界樹に向けたまま、ニアは視線をレックスに向ける。

レックスはいつの間にかニアに視線を向けていた。熱の籠った強い視線。流石のニアにもこの視線が楽観主義とか、遊び半分とは思えなかった。

 

「アンタたちはもうちょっと自分勝手だと思ってたよ」

「へ?」

「ん、なんでもない。ま、夢見るくらいはいいんじゃない」

 

ニアが小声でつぶやいた言葉は、レックスには届かなかった。

ニアは小さく一度首を振って、今度は体ごとレックスの方を向く。

 

「で、サルベージで世界樹を登る方法でも探してるってこと?」

「うん。じっちゃんと一緒にね」

「じっちゃん?…ああ、アーツを教えてくれたとかっていう?」

「そう。巨神獣なのに喋る変な巨神獣でさ。俺の親代わりだったんだ」

「親代わり…」

 

ニアが胸元に手を当てる。ニアの表情に少しだけ影が落ちる。

レックスはじっちゃんとの思い出にでも思いを馳せてるのか、特にその様子を気にかけることはない。

 

「思えば世界樹の話をしてくれたのもじっちゃんだったな…500年前がどうとか言ってさ」

「悪くないよアンタ」

「へ?」

 

ニアはそう言って、見晴台の床に腰を下ろした。

言葉の意味をうまくつかみ切れず固まるレックスに、ニアは「何してんの」と自分の隣の床を叩く。

 

「サルベージャーの話興味出てきた。じっちゃんの話とかも合わせて少し聞かせてよ。どうせ見張りなんてしなくていいだろ?」

「え?あ、ああ…」

 

レックスは戸惑いながらも、ニアの横に腰を下ろす。

 

「アタシと同じ…かもな」

 

レックスとは反対の床に、ニアの呟きが零れ落ちた。


続く

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