メツブレイド   作:ヤケイ

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04『楽園』

 

 

「う…ん?」

 

気付くとレックスは草原に寝転がっていた。

擦った視界一杯に青い空が広がる。

 

「あれ…?さっきまで俺何してたんだっけ…」

 

体を起こして周囲を見渡す。少し遠くに林が見える広い草原だった。ゴーン、ゴーンと一定の感覚で音が響いている。鐘の音だろうかと探してみるが、建物らしきものは見えない。

その景色に見覚えは無かった。だが、こんな広く青々とした草原がある巨神獣は、レックスの知識の中でも数えるほどしか思いつかなかった。

 

「グーラ…かな。とりあえず町に…ん?」

 

より広く見渡せる場所を探そうと首を振ったレックスは、草原が少し坂になっていることに気づく。

見ると、小高い丘のようになっていて、その頂上に一本の樹が生えているのが遠目に見えた。

 

「あそこまで行ってみるか」

 

少し駆け足で木の下へと進む。青々と茂る草以外に比較物がない草原。思ってたよりそこまでの距離は遠かった。

そして近づいて見てようやく気付いた。木の傍に誰かが立っていた。

 

「人だ…あ!あの…」

 

人影が見え始めた辺りで速度を上げる。

人影は男だった。その男の傍で声をかける。男はレックスに背を向けて、丘の反対側を見ていた。

丘の反対側には湖があった。

 

「すみません、ここがどこか教えて…」

「悲しい音だ」

「え?」

 

男はレックスに視線を向けないままで呟く。

その声色は悲しみを帯びていた。

 

「止まねえんだ。なんなんだろうな…」

「止まないってあの鐘のこと?法王庁(アーケディア)も近く来てるのかな…」

 

たまにサルベージ中に聞こえてきていた大聖堂の鐘の音を思い浮かべる。

最もその音とは微妙に違う感じがしたし、空を見渡してみても、空を飛ぶ巨神獣の姿は見えなかった。

 

「あの、それで…」

「ここは…"楽園"だ」

「え!?嘘!?ここが!?」

 

その言葉に目を見開く。男を追い越して、丘のその先の景色を見渡す。

そこにあったのは湖だけじゃない。湖の更に先に白い壁の家が小さく並んでいた。その中央には教会らしき建物も見える。

そして何より、この丘から見渡しても途切れない、どこまでの続く大地がそこにあった。

 

「ずっと昔に人と神とが一緒に住んでた場所。そして…"俺達"の故郷」

「ここが…楽園…」

「小僧」

 

突然こちらに向けられた言葉に、レックスは振り向く。

先ほどまで伺えなかった男の顔がレックスの視界に映る。その顔を見てレックスは眼を丸くした。

 

「メツ!?なんで…!?」

 

その顔は紛れもなく、自分が助けたブレイド。アヴァリティアで寝ているはずの顔だった。

そしてその顔を見て思考が回りだす。これまで自分がいったい何をしてきたのかをゆっくりと脳が認識し始める。

 

「なんでここに…ていうか楽園って…あれ?そういえばオレ何でこんな所に…」

「お前は死んだ。あの刀の男に胸を刺し貫かれてな」

「刀?胸を?」

 

その言葉を聞いて、自分の胸元に視線を落とす。

勿論刃はない。だが確かにその光景を見た記憶がある。

そしてその記憶と同時に蘇ってくる。脳裏に映像が浮かぶ。円形の部屋、赤い剣、後ろからの声、鋭い痛みと自身の胸から飛び出る刃。

 

「…!!思い出した…!オレはあいつに…!!」

 

何故今まで忘れていたのか。レックスの目が見開かれる。

そしてそれと同時にはっきりと思い出す、胸を貫かれた感触。その不快な感覚に思わずえずき、口元を抑える。

 

「…いや、それなら大変だ!皆が!このままじゃ商会の皆が!」

 

えずきを飲み込んで、踵を返す。元いた場所へと向けて、丘を勢いよく駆け下りる

 

「ダメだー!オレ死んでるんだった!」

 

…その勢いは膝で殺された。

膝から崩れ落ちてスライディングしたレックスは、そのままの勢いで地面に倒れ込む。

 

「くっそぉ!死んでさえいなけりゃあんな奴!」

 

頓珍漢なことを言いながら地面を殴る。

叩くたび、拳に痛みを感じるが、気にすることなく何度も何度もたたく。

そんなレックスの耳に、自分の方へ近づく足音が届く。

 

「小僧…頼みがある」

 

振り返ると、メツがレックスのことをじっと見ていた。

レックスは起き上がり、再びメツの傍へと歩み寄る。自分の頭一つ分より高いその顔を見上げる。

 

「俺を、楽園に連れていけ」

「楽園…って、ここじゃないのか?」

「ここは記憶の世界。遠い遠い俺の記憶の世界…らしい」

「らしい?」

「俺には"記憶"がねえ」

「記憶が…!?」

 

メツはそう言ってレックスから視線を逸らす。

逸らした先は湖の向こう側。遥か広がる楽園の大地。

逸らされた視線が、レックスにはどういう感情を持っているのかはわからない。だがレックスには少し、それが悲しそうに見えた。

 

「ああ…だが、いくつかはっきりと覚えてることがある。俺は"メツ"であること。そしてなんとしても"楽園"に行かなくちゃならねえこと。それだけは覚えてる」

 

そう言ってメツは空を仰ぎ見る。

青く広がる空。そこには世界樹も巨神獣もいない。ただ遠い青だけが広がっている。

 

「本当の楽園はお前たちの世界、世界樹の上にある」

「本当にあるのか…!?」

 

目を輝かせてメツを見るレックス。

視線だけ戻したメツは、その様子を見てこくりと小さくうなずく。

「なら!」とレックスは一歩前に出るが、はっと気づいてその足を戻す。

胸元に手を当てる。するとすぐに不快な感触が蘇ってくる。

 

「…でも無理だよ。オレ死んじゃったんだろ?メツの手助けはできそうもない」

「契約だ小僧」

「契約?」

「俺の命を半分くれてやる。そうすればお前は俺のドライバーとして生き返る」

 

メツは胸元に手を当てる。

その胸元にはひび割れたコアクリスタルがある。コアクリスタルは紫色に明滅し、メツの手の隙間からその光が漏れる。

 

「メツのドライバー?それって…」

「どうする小僧。二者択一だ」

「二者択一」

「生か。死か」

 

メツは言葉を切り、レックスに回答を促す。

レックスは一度周囲を見渡す。その目に移るのは豊饒な大地。どこまでも広がる空と山々。

探し、追い求めていた遥か遠き楽園の姿がそこにあった。

 

「ここがメツの故郷…なら、本当にあるんだよな?」

「ああ。それも覚えてることの一つだ。楽園は必ずある」

「なら…ここに来られれば、もう、アルストの未来に怯えなくて済む」

 

もう一度楽園の景色を見渡して、レックスは大きくうなずく。

 

「なら、答えは決まってる!」

 

メツの方へと向き直り、傍まで駆け寄る。メツの顔を見上げ、自身の胸をトンと叩く。

 

「いいよ。行こう、楽園へ!俺がメツを連れて行ってやる!」

「契約成立だ。小僧」

 

メツはそこで初めてにやりと笑った。

メツは胸元に当ててたいた手を放し、レックスへと向ける。

 

「小僧、俺の胸に手を」

 

その言葉に呼応するかのように、メツの胸元のコアクリスタルの点滅が強くなる。

それはまるで心臓が鼓動するかのように、一つのリズムで光を刻む。

 

「…分かった」

 

頷いてコアクリスタルに手を伸ばす。その指先がクリスタルに触れる。

レックスが振れると同時に光が強くなり、周囲に紫色の光が満ちる。コアクリスタルからヒビが消え、光の粒子が、欠けていた隙間を埋め、形を取り戻す。

その形は、色は。レックスがサルベージしたプレートと瓜二つだった。

 

「う…うわぁ!?」

 

次いでレックスは自身に流れ込んでくる何かを感じる。

強い熱を感じる、何らかのエネルギーの奔流。それは指先から腕を伝い、自身の胸の奥でより強くなる。

レックスの目の前で、メツの胸元のコアクリスタルの中央が×の字に欠けていき、今度はレックスの胸元に現れた光の粒子が×の字を描く。

そして

 

 

 

 

少年が倒れている。

周囲には血が広がっている。

少年は息をしていない。鼓動もない。

 

すでに死んだ少年だった。

 

だが、突如その心臓が動き出す。

全身に血が巡り、息が始まり、指先が動く。

 

少年が立ち上がる。

 

周囲に紫色の光の粒子が広がる。

光は少年の胸元の"クリスタル"から放たれていた。

そしてその光は少年へと収束していく。そしてその粒子はやがて少年の手元へ。

光が集まり結晶を作り、そして結晶が"剣"を作る。

 

 

 

 

サルベージ船の甲板。船内で目的を果たしたホムラが入り口から出てくる。

後にザンテツ、シンと続き、最後にうつむいたニアがビャッコを連れてとぼとぼと歩いてくる。

 

「ニア、お願いできますか」

 

前を行くホムラがニアの方も見ずに告げる。

一瞬自分への言葉と理解できなかったニアは、ワンテンポ遅れて「へ?」と言葉を返す、

 

「二度も言わせないでください」

「…えっと…」

「この人たちの分のお金は払ってあります。私たちがここにいたという話を知ってる人がいると困りますから」

 

ホムラは淡々と告げる。

何度か脳内で繰り返し、ニアはようやくその言葉の意味を理解する。

その理解と同時に、ニアの顔には戸惑いが浮かぶ。

 

「で、できないよ!この人達、関係ないじゃん!」

「…おかしなこと言いますね。ニア、何のためにここにいるのか忘れたんですか?」

 

足を止めてようやくホムラはニアへと振り返る。

ニアに向けていたその目はいつも通りの目をしていた。いつも通りのどこか優しい雰囲気を感じる柔らかな目。

だがその印象は今の言葉とかみ合わない。そのちぐはぐさにニアの全身に怖気が走る。

 

「け、けどさ…」

「…しょうがないですね。私がやります。ザンテツ!」

 

後ずさるニアにホムラはため息を一つ。そのまま腰に掛けていたザンテツの剣を抜く。

左手に灯した炎を右手の剣に纏わせ、それを大きく振り上げる。

 

 

 

「させるかよ!」

ホムラの横の床を"紫の炎"が突き抜けた。

 

 

「!?」

 

咄嗟に後ろに避けるホムラ。それを追うように紫の炎が床をえぐっていく。

なんとか躱しながらホムラは炎の始点、自らの直上を見上げる。

 

「セイリュウ…さん」

 

竜の巨神獣が空を飛んでいた。ホムラの記憶に500年前の景色が浮かぶ。

しかし炎を放っているのは彼ではなかった。彼の口は開かれていない。

紫の炎の出どころはその巨神獣の背。ホムラはその姿を確認しようと走る速度を速めようとする。

が、その踏み出した一歩が大きくぐらつく。炎の衝撃とは別の揺れが甲板を襲う。

 

「今度は何ですか!?」

 

体勢を戻し、揺れに耐える。

周囲を見渡しても振動源は見当たらない。それは一つの事実を示していた。

ホムラは先とは逆に自らの足元に視線を落とす。

揺れが大きくなると同時に、甲板に大きなヒビが走り出す。

 

「うぉおおおおおおお!!!!」

 

甲板に響く叫び声。

それと同時に甲板の床が大きく跳ねる。

跳ね上げたのは、上空から降り注いだと同じ"紫の炎"の柱。

 

「これは…」

 

ホムラの見開いた視界に、一人分の人影が飛び出してくる。

炎の柱が空けた穴から飛び出してきたのは一人の少年だった。

少年は手にした剣をホムラに向ける。その剣の刃もまた、紫の炎で出来ている。

 

「レックス!?」

 

ニアが声を上げる。

レックスはその声でニアを一瞥してから、更にその奥に視線を向ける。

見据えた白い男…シンに向けてレックスは切っ先を動かす。

 

「後ろからとは卑怯じゃないか…それが大人のすることかよ!」

「あなた…それにその剣…まさか…!?」

 

シンはその姿を見ても驚かない。むしろ反応を返したのは切っ先を逸らされたホムラの方だった。

ホムラが言い終わるとほぼ同時、もう一つの人影が上空から甲板へと降り立つ。

竜の巨神獣の背から飛び降りてきた男。手に紫の炎を宿した黒い男がレックスの横に立つ。

 

「なんとかなった…みたいだな。小僧」

 

メツがそこに立っていた。

 

「モナド…そしてメツ…ッ!!!!」

 

ホムラの顔に、先ほどのまでの微笑みは残っていなかった。

 

 

 

 

「メツ、行くぞ!」

「後ろは任せな!」

 

レックスが剣を構えて走り出す。向かう先は自らの胸を刺し貫いた男の方。

それを見てシンは背にした刀に手をかけるが、それをホムラが手で制止する。

 

「大丈夫です。私…いえ、"彼女"がやります」

 

シンとレックスの間にホムラが割り込む。

レックスは走る勢いそのままに剣を振り下ろすが、ホムラはそれをザンテツの剣で受け止める。

 

「すみません。シンの力をそう簡単に使わせるわけにはいかないんです。だから…」

 

剣を振るいレックスを弾き飛ばす。レックスの身体が跳ね、否応なく距離を取らされる。

 

「私が…いえ、"私たち"が相手をします」

 

ホムラの体が光に包まれる。

甲板を強い光が照らし、見る者全ての視界がくらむ。

 

「メツ…私は!!」

「小僧!」

 

ホムラが立っていた場所に、全く別の少女が立っていた。

肩まで伸びていた燃えるような赤い髪が腰まで伸びた光輝く金髪へと変わり、服装も赤を基調としたものから、白く輝くものへと変わる。

その姿を見たメツが走り出す。何故かわからないが、その姿に怖気が走った。だからレックスに攻撃が来る前に…とその拳が少女へ到達する前に、横から手刀が差し込まれる。

走る勢いを殺すように体を捻って手刀を交わし、そのままバックステップで距離を取る。手刀の主は虫のような姿をしたブレイド、ザンテツ。

 

「こいよ!天の聖杯!このザンテツ様が相手だ!」

「天の聖杯?なんのことだ」

 

ホムラに当てようとした拳に宿した紫の炎、自らの体内を流れる"闇のエーテル"を強める。

メツのその言葉に、ザンテツはギザギザの歯を見せつけるようにニィと笑う。

 

「"お前ら"のことだよォ!」

 

ザンテツが手刀に纏っていたエーテルを飛ばす。

それは風の刃。直撃は避けようと回避をするが、その所為で余計にレックス、そしてホムラから距離を取らされる。

 

「っ!なんかよくわかんないけど…っ!そこをどけぇっ!」

 

メツがザンテツを相手している後ろで、レックスは剣を構え白くなったホムラへと突撃する。

レックスの構える剣。ホムラが「モナド」と呼んだそれは、刃がメツの闇のエーテルと同じもので構成される独特な武器だったが、まるで昔から慣れ親しんでいたかのようにレックスの手になじんでいた。

じっちゃん仕込みのアーツを放ちながら、ホムラへと接敵する。ホムラはザンテツの剣をトンファーのように構え、斜めにいなして躱していく。

 

「止めなよヒカリ!相手は子供じゃないか!」

 

横からニアの制止の声が響く。

ヒカリと呼ばれた白い少女は、レックスの攻撃を的確に捌きながら、視線だけをニアに向ける。

 

「子供?何言ってるのニア!彼は…とっくに天の聖杯のドライバーよ!」

 

いなす角度を変えて、モナドの刃を受けたヒカリは、力を込めてレックスを弾き飛ばす。受けに回ったレックスに対し、今度はヒカリがアーツによる連撃をかける。

レックスには戦闘経験が圧倒的に足りない。だから先のヒカリのように受け流すことはできない。だが、レックスは感じていた。手にしたモナドから力が流れ込んでくる。かつてないほど手に、足に力が入る。

レックスはヒカリの攻撃をいなさず、真正面からはじくように防ぐ。そして怯んだ隙を見て攻撃に転じる。だがヒカリも決定的な隙は見せない。

目まぐるしく攻守が逆転していくも、お互いに有効打を与えない状況が続く。

 

「天の聖杯のドライバー?レックスが?」

 

ヒカリの言葉に、ニアは戦いを止めることも忘れ茫然とする。

この船を探索していた時、彼は間違いなくドライバーではなかった。ただのサルベージャーの少年。そうだったはずだ。自分が見間違えるわけがない

だが、確かにレックスは今、目の前でブレイドを握り、あろうことかあの"ヒカリ"と剣を切り結んでいる。その混乱が、ニアに次の言葉を継がせない。

レックスとヒカリmお互いの攻撃が重なり鍔ぜり合う。瞬間、ヒカリがレックスのモナドを上に弾き、がら空きとなった胴に向けて右手の拳を叩きこむ。

鈍い痛みが腹に走り、レックスはえずく。ヒカリはそのままレックスの服を掴み、レックスを大きく投げ飛ばす。

レックスと大きく距離が出来た。そのタイミングでヒカリは手にしたザンテツの剣を投げ上げる。

 

「ザンテツ!」

「応よ!くらえっ!」

 

いつのまにかヒカリの頭上に跳躍していたザンテツがその剣を握る。ザンテツのエーテルが込められ、剣に風のエーテルが纏われる。

そのまま振りぬき一線。手刀に込められたものと合わせ、十字となった斬撃がレックスに迫る。

 

「レックス!?」

「っ!小僧!」

 

エーテルが直撃する寸前。ザンテツとレックスの間にメツが走り込む。衝撃音と同時に煙が舞う。

煙が晴れたそこに立っていたのは切り刻まれたメツ…ではなく、黄色い半透明の壁の内に立つメツとその後ろで起き上がるレックスの姿。

それはブレイドが使うエーテルのシールド。寸でのところで展開されたそれが、ザンテツの斬撃をはじいていた。

 

「大丈夫か小僧!」

「ありがとうメツ!」

「油断すんな…次行くぞ!」

 

起き上がったレックスはモナドを構えなおし、今度はメツと並走してヒカリに迫る。

ザンテツがそれを迎え撃つように斬撃を飛ばすが、メツが今度は走りながらシールドを展開して受け止める。

十分接近したところでレックスがシールドの影から飛びあがる。ザンテツに剣を手渡していて素手のヒカリは、振り下ろされたモナドを大きく下がって躱す。

 

「皆!今のうちに早く!」

 

ヒカリが離れたすきに、レックスが周囲の人間に退避を促す。

レックスとヒカリの戦いを茫然と見ていたサルベージャーたちがその声で我に返り、我先にとウズシオへと走り出す。

 

「ッ!ザンテツ!!」

「受け取れ!」

 

それを見てヒカリは更に大きく後ろに跳躍。ザンテツがそこへ向けて剣を放る。

空中でヒカリの握った剣はナイフの形に変形し、ヒカリの込めたエーテルが刃に集まる。その切っ先はウズシオと船をつなぐ桟橋へと向けられる。

 

「逃がさな…」

「お前の相手は俺達だ!」

「っ!」

 

瞬間ヒカリを襲う黒い斬撃。寸でのところで気づいたヒカリは舌打ちしながらそれを切り払う。

それは闇のエーテルが凝縮された斬撃。モナドから放たれたそれと、ヒカリが剣に溜めていたエーテルが衝突し、巨大な爆発となる。エーテルの奔流でヒカリの視界がふさがれる。

奔流を払うように剣を再度横薙ぎ一閃。開けた視界に飛び込んできたのはモナドを構えたレックスとメツの姿。

 

「「モナドォ…バスター!!!」」

 

二人が握ったモナドがヒカリに向けて振り下ろされる。巨大なエーテルが爆発し、その余波で船が大きく揺れる。周囲にエーテルが飛び散り、甲板が燃える。

振り下ろされたモナドはヒカリの剣に止められていた。お互いの剣のエーテルが干渉し、バチバチと火花を散らす。

 

「何でキミがメツを…いえ、その瞳の色…」

「この目がどうした!!」

「思い出すのよ…色々とッ!!!」

 

ヒカリは剣を握るのとは逆の手のひらにエーテルを込め、それを大きく振るう。

レックスとメツは、モナドを強く相手の剣に叩きつけ、その反動で後ろに避ける。

お互いが着地するとほぼ同時に、レックスの後ろでウズシオが船から離れだす。

 

「…やるわね。天の聖杯をそこまで扱えるなんて」

 

着地した足をそのまま蹴りだすようにレックスが飛び込む。

そのまま勢いを活かして大きく跳躍。モナドをヒカリに向けて振り下ろす。

 

「…だけど!」

 

ヒカリはモナドをエーテルを込めた"片手"でモナドを受け止め、浮いた腹に膝を入れる。「ゴハッ」と息を吐くレックスの首を掴み、後ろの床へ投げおろす。

レックスの身体が跳ね、転がっていく。落ちた衝撃でレックスの手からモナドが跳ねる。

 

「小僧!」

 

少し出遅れたメツが、レックスの傍へ駆け寄ろうとするが、ザンテツがそれを阻むように攻撃を差し込んでくる。

 

「調子に乗らないでよねッ!!!」

 

ヒカリが吐き捨てるように叫び、追撃の為に走りだす。

 

「ビャッコ!」

「承知!」

 

その様子を見て、あっけに取られていたニアが動き出していた。

走るヒカリの横から、ビャッコの咆哮に乗せたエーテルが迫る。

 

「ニア!?」

「ヒカリィ!」

 

エーテルの咆哮がヒカリに届く寸前に、ザンテツが割り込みシールドを展開。

ビャッコはヒカリの方へとは向かわず、倒れるレックスの正面に降り立つ。

その様子を見てヒカリはいら立ちを露わにする。

 

「ニア…あなたどうかしてるんじゃないの!?」

「どうかしてんのはそっちだろ!?子供相手に!」

「あなた…自分の立ち位置わかってるの?」

「わかってるよ!けどね…」

「めんどくさいわよニア!」

 

お互いがにらみ合う形で戦闘が止まる。

その一瞬の硬直に、メツが動く。

走りながら落ちたモナドを拾い上げ、勢いそのままにヒカリの方へと突っ込む。

 

「うぉおおおお!!!」

 

またしても止めに入って来たザンテツを今度は大ジャンプで躱し、ヒカリにモナドを真上から振り下ろす。

 

「ッ!」

 

ヒカリは身体を反らし、無理やりそれを受け止める。

防がれたメツは無理に追わず、受けられた反動で後方に跳躍。ヒカリがそれを追ってアーツの連撃を仕掛けるが、メツは後退しながらそれを弾く。

ヒカリは膝をつく無理な体勢になりながらも、回転切りで追いすがる。

 

「逃がさないわよ!」

 

膝をついた体勢で床をけり、跳ぶように前進。メツはモナドからエーテルを射出し応戦。迫りくるエーテルをヒカリは次々に切り捨てる。

闇のもやがヒカリの視界を覆い、その陰からメツが切り上げるようにモナドを振るう。ヒカリはそれを後方に反りながらも、正面から剣で受け止める。

 

「…メツ…あなたは500年前に沈んだ!何で今になって!」

「500年前…?なんのことだ!」

「あなた…どういうつもり!?それで私を動揺させると…」

「何言ってるか分かんねえな!俺は"楽園を目指す"!それだけだ!」

「…ッ!!なら…させるわけにはいかないわねッ!!!」

 

ヒカリはモナドを弾き、片手のエーテルで追撃。

メツはそれを跳んで躱す。二人の間に距離が生まれ、お互いに武器を構えなおす。

 

「メツ!後ろだ!」

「ぐお!?」

 

突然響いたレックスの言葉にメツが振り向く。

が、それと同時に腰に鈍い衝撃が走る。

振り向いたその視界に映り込んできたのは、一隻の船。メツは知らなかったが、それはニア達が所有している船だった。

その船に備え付けられた砲の黒い穴がメツの方へと向けられていた。

 

「くそッ…がぁっ!」

 

息をつく間もなく、砲弾がメツに向け放たれる。

メツはなんとかシールドを展開しようとするが、間に合わず目の前に着弾した衝撃で体が大きく吹き飛ばされる。

 

「メツ!大丈夫か!?」

「…ああ、なんとかな」

 

吹き飛ばされたメツにレックスは駆け寄って体を起こす。

その間にも、数多の砲口がメツを狙い定める。

 

「止めろぉ!!」

 

しかし次ぐ砲撃はメツには届かない。

砲門とメツの間にビャッコとニアが降り立ち、さらなる砲弾にシールドを展開する。

 

「きゃあ!」

「ニア!」

 

しかし、シールドから少し離れた地点に着弾した衝撃が、シールドの裏からニアを襲う。

ニアが大きく弾き飛ばされ、その軌道が船外へ落ちる弧を描く。

その姿を見るや否や、レックスはとっさに甲板から飛び降り、空中でニアの手を掴む。

 

「っ!いっけぇ!」

 

左手からロープ式アンカーを射出。

先端の鉤爪が船の船体にへりに引っ掛かり、間一髪踏みとどまる。

 

「しぶといわね…でもここまでよ!」

 

甲板から見下ろしながら、ヒカリが叫ぶ。

船の砲門が、今度は吊るされたレックスに向けて口を開ける。

 

「くっそぉ…」

 

砲弾の雨を覚悟し、せめてとばかりにニアの細身を抱き寄せる。。

…が、砲撃の衝撃より先に、レックスの耳に爆発音が届く。次いで感じるのは暖かな熱風。

 

「何!?」

 

驚くヒカリ声にレックスは視界を上げる。

その視界の真ん中を、メツを運んできた竜の巨神獣が突き抜ける。

 

「じっちゃん!」

 

レックスの前を通り抜けたじっちゃんはそのまま上空を飛び、甲板の上に立つその姿を見据える。

見間違えるわけがない。500年前から変わらぬその白い姿を。

 

(シンよ…お前はまだ…)

 

シンとじっちゃんの視線が交差する。

お互いがその目に感情を浮かべる。だが、隔たれた距離がその感情を読み取らせない。

次いでじっちゃんの視線が、もう一つの白い姿。金の髪をなびかせた少女に停まる。

 

(アレは…ヒカリじゃと!?)

 

その姿にじっちゃんの目が見開かれる。

その姿もまた、500年前と変わらぬ姿。だがしかし、その姿はメツと同じ…あるいはそれ以上にあり得ない姿。今あるはずのない景色。

 

「セイリュウ…」

 

シンは誰に聞こえるでもない小さな呟きと共に、刀に手をかける。

その目の前でじっちゃんの口から赤い炎が吐き出される。

シンはそれを難なく刀で切り捨てるが、広がる黒煙を隠れ蓑にじっちゃんがレックスの元へと向かう。

 

「乗るんじゃレックス!」

 

その声を聞いたメツが横にいたビャッコに合図。ビャッコは小さく頷いてその背を降ろし、メツを上にまたがらせる。

そのまま駆け出したビャッコが甲板から飛び出し、船体の横を駆け抜ける。

 

「レックス!」

「分かった!」

 

ビャッコはレックスに掴まれたニアを口に加え、レックスの方は背中のメツが拾い上げる。

そのままビャッコが船から跳躍。じっちゃんがそれを掬うように飛び、ビャッコをその背に乗せる。

 

「行くぞ!落ちるなよ!」

「逃がさないわ!撃て!」

 

じっちゃんは大きく飛翔。掴まっていても吹き飛ばされかねないほどの慣性がレックス達を襲う。

そして更に襲い掛かる船からの砲弾。その槍のような弾丸がじっちゃんの背に次々と突き刺さる。

しかしそれでも、じっちゃんの飛行速度は落ちない。そのままの勢いで、じっちゃんの体が雲へと突っ込む。

 

「船首回頭!主砲用意!」

「…無駄だ。射程外だ」

 

ヒカリが叫ぶが、その言葉はシンに制される。

ヒカリが舌打ちを一つ。じっちゃんの姿は分厚い雲に阻まれ、見えなくなっていた。

 

「逃げ切るなんて…」

「戻るぞ」

「何言ってるの!追うわよ!メツは貴方にとっても…」

「…存在がわかった。それで十分だ。あとはヨシツネに探らせる」

「…わかったわよ。しょうがないわね」

 

シンは何もなかったかのように、踵を返して彼らの船…モノケロスへと戻っていく。

ヒカリは暫く、レックスたちの逃げた先を睨んでいた。


第1話「契約」-完-


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