01『過去』
「…ぞう…おい…こぞ…!」
「なんだよ五月蠅いな…」
まどろみの中、声が聞こえる。もっと寝ていたい…と、寝返りを打とうとした頭が何か硬いものにぶつかる。
その違和感に、レックスの微睡んでいた意識が徐々に覚醒を始める。
確かになってきた意識が周囲を認識し始める。改めて感じてみると頭の下も硬い。
「おい、起きろ小僧!」
「五月蠅いってば…」
耳に響く叫び声。あまりの大きさとしつこさにレックスは抗議しつ瞼を開く。
開かれた視界は、自身を見下ろすメツの顔で埋まっていた。
「何だよメツ…」
「そろそろ疲れてきたんだよ。さっさとどきやがれ」
「どくって何から…うわっ!?」
メツの言葉に視界を動かす。
自分を見下ろすメツ。体を横にしたままそれを見上げる自分。そして背中の地面の感触とは明らかに異なる自分の頭の下に敷かれた硬い何か。
それがメツの膝だということにレックスは遅れて気づいた。
そして膝枕に気づいたその瞬間意識が完全に覚醒。レックスは跳ねるようにメツの膝から飛びのいた。
「ご、ごめん!…あ、ありがとう」
「別に礼を言われるようなことじゃねえよ」
メツは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
背けられた顔を覗こうとするレックスだが、メツはレックスから顔を逸らし続ける。
「…で、ここがどこかわかるか小僧」
「え、どこって…」
メツの言葉で、レックスは改めて周囲を見渡す。
レックス達の周りは鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森林となっていた。空を確認しようと上を見上げてみたが、更に上の岩盤らしきものに遮られて見えない。
レックス達から少し離れた崖の傍に雲海が見えることから、どこか巨神獣の下層だということは予測できた。
「うーん…ここ自体には見覚えがないけど…グーラかな」
そこまでの情報をまとめて推測する。
先ほどまでいた船のサルベージポイントから近く、これほどの自然がある巨神獣。グーラ以外レックスには思いつかなかった。
「でもどうやってここに…」
「さあな。振り回されて気でも失ったのか、気づいたら俺もお前もここに倒れてたのさ」
「振り回されて…そうだ!じっちゃんは!?それにニアとビャッコも!!」
レックスは焦って周囲を確認するが、自分たち以外の姿は見当たらない。
ニアやビャッコはともかく、巨神獣であるじっちゃんの姿が見えないことに冷や汗が吹き出す。
「わからねえ。ただ俺達は雲海の傍に倒れてたわけじゃねえからな。雲海に落ちたってことはねえだろ」
「探そう!」
「あ、おい待てよ小僧!」
メツの言葉を食い気味に遮り、レックスは森の奥へと走り出す。
メツはそれを慌てて追いかけていった。
鬱蒼とした森は日の届かない環境ゆえか、湿原のようになっており、そういったところを好むモンスターが多数生息していた。幸い気性の荒いものは少ないらしく、レックスとメツは時折驚いて襲い掛かってくるものを適当にあしらいながら先を進んでいった。
暫く順調に進んでいった2人だったが、その道が突然途絶える。ある程度開けていた獣道を遮るように大きな壁が横たわっていた。
白く幅広な壁。近づくにつれて、それが壁ではなく「何か生物の皮膚」であることに気づく。
「…!まさか…!」
レックスは壁に沿って進む。
そしてその壁の終端。たどり着いたレックスの視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。
「じっちゃん!」
「…おお…レックス…無事、じゃったか」
レックスの声を聞いて、じっちゃんは伏せていた目を開く。しかしその表情に力はなく、声も今にも消え入りそうだった。
横たわっていたその体からは赤い液体が所々から流れ落ちていた。背にはいくつも穴が開き、細長い金属片が数本突き刺さっていた。
「こいつは…」
「怪我がひどい…待ってて!今薬を…」
「お前さん用の薬なんぞ効くわけなかろう…」
「そんな…!」
レックスは懐から取り出した軟膏を足元に落とす。手に収まるほどのその量は、じっちゃんについた傷の一つにすら足りない。
じっちゃんは疲れたように目を閉じる。荒々しかった息が徐々に落ち着いていき、体が息に合わせ膨らみ、しぼむ。
「そんな…」
「そう悲しい顔をするでない…最後にお前さんを守れただけ十分じゃ」
じっちゃんの体から光があふれる。
それはこの世を構成する粒子、エーテルの光だった。光の輝きと反比例して、じっちゃんの体が徐々に透けていく。
レックスはそれに見覚えがある。ブレイドや巨神獣がその命を終える時に世界に溶けていく光景だった。
「じーさん」
「…メツ。レックスのこと頼んだぞ」
「ああ」
一度目を開いて、メツの方を見るじっちゃん。返答を聞いてその目は柔らかに細められる。
そして今度はその瞳をレックスの方へ。暖かな視線がレックスを見つめる。
「お前さんと雲海を漂った日々。楽しかったぞ…レックス」
「じっちゃん!!!!」
その言葉と同時に、じっちゃんの体が消えていく。
光が溢れ、暗く鬱蒼とした森を明るく照らす。
「ではの」
「じっちゃーーーーーん!!!!」
じっちゃんの体は世界に溶けていった。
そしてレックスの叫びもまた、じっちゃんの消えた空に溶けていった。
「あぁ…じっちゃん…なんでどうして…」
「小僧…」
レックスは地面に拳を叩きつける。何度も、何度も叩きつける。
涙がこぼれ、湿った大地に落ちていく。
「俺があの時ちゃんと考えてれば…こんなことには…ッ!!」
「そう悲観するでないレックス」
「でも!」
慰めの声を聞いてもレックスの涙は止まらない。嗚咽の声と共に、何度も何度も地面を叩く。
肩にポンと手が置かれる。それでもレックスの拳は止まらない。
「ワシは別にそんなこと攻めとらんよ」
「だけど!じっちゃんが…じっちゃんがそんなこと言ったって!…え?じっちゃん?」
自分の言葉で一瞬我に返る。直前までの怒りや悲しみはどこへいったのか。頭が真っ白になる。
そして呆然とした意識のままゆっくりと声のした方へと振り返る。
「まったく…常に周りを見ろと言っとるじゃろうが」
小さな生き物がしゃべっていた。
羽の生えた
「え、じっちゃん…え?じっちゃん?」
「そうに決まっとろうが。こんなぷりちーな巨神獣、ワシ以外におらんわい」
「…え、いや元々のじっちゃんはぷりちー…って…え?」
冗談かどうかもよくわからない言葉に唖然とするレックス。後ろではメツが口元を抑え、肩を震わせていた。
その小さな生き物はまったく…と首を振る。
「…説明してくれよ」
「体内のエーテルをあれこれこうして体を退行させることに成功したんじゃ!どうじゃ凄いじゃろう!ワシ以外にはそうはできん芸当じゃぞ!」
えっへんと胸をはる生き物…じっちゃん。
それに対しレックスは呆れ気味に大きなため息を吐き出した。
「…あのセリフは何なんだよ。今生の別れみたいだったじゃないか」
「あれは体が小さくなるからお前さんをもう運べないから残念じゃなぁ…ということじゃ」
「なんだよそれ…わんわん泣いてた俺が馬鹿みたいじゃないか」
「ククク…実際バカみたいだったぜ小僧」
拗ねるレックスの後ろからメツが優しく肩を叩く。
振り返ってみると、その口は端が大きく釣り上がっていた。もしかしたらレックスが地面を叩いている時からずっとそうだったのかもしれない。
「…なんだよ気付いてたのかよメツ」
「ああ、俺達ブレイドはエーテルの流れに敏感だからな。気付けるやつは気付けるもんさ」
「教えてくれたってよかったのに」
レックスは口をとがらせながら、肩に置かれた手をバシっと叩く。
レックスから離れたメツはまだ楽し気に笑いをこぼしている。
「…で、退行てことは暫く戻れない?」
「そんなに長くはないぞ?そうじゃな…ざっと300年くらいかの?」
「はいはい…困ったなぁ。家が…」
レックスはまたため息をついて天を見上げ…たところで「あっ!」と大きく声を上げた。
「って今はそれどころじゃなかった!」
「どうした?」
「ニアとビャッコを探さないと!」
「誰じゃソレ」
「船で助けてくれたあの二人!」
「ああ…それなら、多分この先じゃろう。そのあたりで樹にぶつかってしまったからな」
じっちゃんはレックスたちが来た方向と反対方向を指さす。
そちらは登坂になっており、おそらく今見えている天板の上へと続いてる道だ。
「わかった。行こう!」
「ワシはここにお邪魔させてもらうぞ。ほほほ!立場が逆転じゃな?」
じっちゃんはレックスが背負っていたヘルメットに潜り込む。
レックスは呆れるような大きなため息をまた一つ。それから頬をパンと叩いてぬかるむ地面を駆けだした。
「ビャッコ大丈夫!?」
「ええ!お嬢様こそ」
「アイツ以外は問題な…っ!」
道を阻む木々を切り裂きながら、ニアは後方の相棒へと声をかける。
ニアとビャッコは森林を駆けていた。その通り道には大きな蛙が数匹転がっている。
じっちゃんから振り落とされ地面に衝突し気絶した二人は、目を覚ますと
「畜生…万全ならこんな奴ら!」
先の戦闘と衝突の時の怪我でニアは満足に動けていなかった。ビャッコが回復を得意とするブレイドでなければ今頃フロッグの餌食だっただろう。
何とか数体は退けることが出来たが、一匹がどうしても振り切れていなかった。回復を得意としてると言っても、全部が全部を即座に完治させられるわけではない。
「こうなったら…」
「お嬢様それは!」
ニアが立ち止まり、自身の胸に手を当てる…その時だった。
「バックスラッシュ!」
目の前のフロッグに、背後からエネルギーの刃が振り下ろされる。
背後から強烈な一撃に耐え切れず、断末魔とともにフロッグの体が地面に倒れる。
「大丈夫ニア?」
「レックス!?」
予想外の登場に目を丸くするニア。
レックスはモナドをしまってニアの傍に駆け寄ってくる。その後ろから遅れてきたメツの姿もある。
「無事みたいだね…よかった」
「そっちこそ…ていうかなんで…」
「詳しい話はあと!どこか休めるところを探そう」
レックスは周囲を見渡して、岩場の広場のようなものを見つける。
その陰にレックスは荷物を降ろし、手慣れた様子で簡易的なキャンプを作る。
ニアが傷をいやしている間にレックスは焚火をつけ、荷物から取り出した食材を焼き始める。日はすでに落ち切ったらしく、辺りは薄闇に包まれていた。
「へえー…このちっちゃいのがさっきの巨神獣?便利なもんだねー」
干し肉をかじりながら、横で焚火に当たるじっちゃんをしげしげと眺めるニア。
ニアの感心の言葉にじっちゃんはえっへんと胸をはる。
「もっと褒めても良いぞ?」
「で、そっちの男が…」
「メツだ」
「メツ…ふーん。あんたがもう一人の天の聖杯か…」
無視されて落ち込むじっちゃんを更に無視し、ニアは関心をメツに向ける。
ニアの言葉にメツは眉根を顰める。飲んでいたスープの皿を地面に置いてニアの方へと向き直る。
「なあ、その天の聖杯ってのはなんだ」
「え?いやアタシも詳しくは知らないけど。…なんか凄いブレイドだーってアイツらがよく言ってたよ。アンタのが詳しいんじゃないの?」
その言葉にメツは視線を逸らして鼻を鳴らす。
その様子に首を傾げたニアに次の言葉を投げたのはレックスだった。
「ああ、メツには記憶がないみたいなんだ」
「記憶が?ふーん。同じ天の聖杯でも全然違うんだね」
「同じ?…あのブレイドもそんなことを言ってたな…誰のことだ」
「ヒカリとホムラだよ」
「あの人…そうかあの人もブレイドだったんだ」
その言葉で、レックスは戦闘中に姿が変わった彼女のことを思い出す。
ホムラ…ヒカリ?はほぼ完全に人間の姿だった上、胸元を隠していたので今言われるまで気づかなかった。
「そ。なんかずーっと昔からいるみたいでさ。ドライバーも見たことないし、変身?するし。天の聖杯ってそんな特別なブレイドなのかなーって思ってたけど」
その言葉にメツは考え込む。
しかしそのポーズはすぐに終わった。メツは鼻で笑って首を振る。
「考えてもわからねえな。なんも思い出せねえ」
この話は終わりとばかりにメツは横に置いたスープを拾って煽るように飲みだした。
それを見て、ニアは視線をメツからレックスへと移す。
「あ、えっと…言い忘れてた。ありがと…ね。船の上で助けてくれて」
「え?ああいいよ。オレの方こそ助けてもらったしね。お互い様さ」
照れるようにレックスは笑う。
それを見て、ニアは軽く微笑んだ。
深夜の湖畔にメツが一人立っていた。
レックスとニアはすでに眠っている。薄暗い湖畔には、虫の鳴き声と風の音だけが響いていた。
「眠れぬのか」
「…アンタか」
じっちゃんが後ろから声をかける。
ふわふわと飛んできたじっちゃんはそのままメツの横にならび、湖畔の上のホタルを目で追い始めた。
「久しぶりじゃのう。随分印象が変わったが」
「…何のことだ。俺にはさっぱりわからねえ」
「本当に忘れておるのじゃな」
言葉を返してきたメツの横顔に視線を向けるじっちゃん。メツもそれを横目に見返す。
じっちゃんの目は悲しいような、安堵のような、複雑な感情の混じった色をしていた。
「アンタは俺の過去をしってるんだな」
「…知りたいか?」
じっちゃんはメツの方を向いて告げる。
今度は覚悟を問うような真剣な瞳。メツもそれをじっと見据えるが、少しして湖畔の方へと視線を戻す。
「…いや。今はいい。どうせいい過去じゃないんだろう?」
その言葉にじっちゃんはハッと目を見開く。
メツは変わらず湖畔を見つめていてその様子に気づいてはいない。
「わかっておったのか」
「ただのカンさ。…いや」
メツは自身の胸…コアクリスタルに手をあてる。
中央が×印に抜けたコアからは、今も絶え間なく紫の光が溢れ続けている。それは暗く重い光。人の道を照らすには不都合な深淵の光。
「記憶を失っちゃいるがなんとなくわかる。俺の中…俺のルーツには何か"黒い意思"がある。その意思が俺を動かそうとしやがる」
「メツ…」
「まあそれがなんなのかは全く分からねえが」
メツの伏せた目をじっちゃんの目が見つめる。
その様子を見て、じっちゃんの中にあった疑問と疑惑が確信に変わった。
この男は自分の知る『500年前の男』とは別人であると。
「…正直に言おう。お主が「記憶を失って、レックスを助けるようなブレイドとなった」。そのことをワシは嬉しく思える…そんな過去じゃ。ワシもできれば今のお主に教えたくはない」
「だろうな。俺も過去を知りたいわけじゃない。だが…」
「だが?」
「この『楽園に行かなきゃならない』って感情のルーツ。それだけは知らなきゃならねえ」
メツはコアクリスタルを強く握る。
その意思に合わせてか、指の隙間から漏れ出る光がより濃く、強くなる。
「そのために俺は小僧と楽園を目指す。小僧と行って、確かめる」
「その答えが辛いものであってもか」
「"契約"だからな」
「そうか…」
暫く無言が続く。
数えるほどだったホタルが、いつの間にか湖畔の上に群れを作っていた。
「もし…もし、俺が小僧の傍を離れたら」
「ん」
「俺の話をしてくれ。アンタが知ってることを」
「…いいじゃろう。そんなことがないのを、望むがな」
その言葉を最後に、二人はキャンプへと戻っていった。
続く