「…で?アンタたちこれからどうするのさ」
焚火の片づけをしながらニアが尋ねる。
レックスは「そりゃこの後は上に登って…」と口にしようとして思いとどまる。ニアもそれくらいは分かっているはずだ。
つまり彼女の言う「これから」は、おそらくもっと先の話。
「とりあえず楽園を目指す…からまずは世界樹にいかないとかな」
「どうやって行くのさ。あそこに行く船なんてどの巨神獣からも出てないよ?」
「だよなぁ…」
頭をかきながら、レックスは世界樹のあるだろう方向を見る。
世界樹への渡航は
「うーん…非公式の船に頼る?いや危険だよなぁ。なら自分で船を買う…お金がなぁ」
「じーさんがでかいままだったらよかったのにな」
「ワシだってちっちゃくなりたくてちっちゃくなったわけじゃないわい!」
ニアの視線にじっちゃんは抗議しながらとびかかる。ニアは「なんだとー!」とじっちゃんの突進を受け止め、そのままお互いがじゃれ合うようにパンチを繰り出す。レックスはそれを見ながら更に考える。
「アーケディアに許可をもらいに…いやもらえるか…?」
「小僧、そのアーケディアってのはなんだ」
後ろで樹の幹ににもたれかかっていたメツが急に話しかけてくる。
「え?あぁ…鳥型巨神獣にある国の名前。所謂宗教国家ってやつ。ブレイドのバランスとか巨神獣間の渡航とかの管理も全部取り仕切ってるんだ」
レックスの言葉にメツは「ふむ」と考え込む。
「どうかした?」
「いや…アーケディア…」
記憶がないから当たり前だが、メツはその言葉に聞き覚えはなかった。正確には記憶の楽園でレックスが一言発したのを聞いてはいるが、それだけだ。
しかし、その言葉を聞いてメツは心の中の『黒い何か』が大きくなるのを感じた。
「小僧、そこ行くことはできるのか?」
「えーどうだろ。色々と厳しいところだからなぁ…俺も行ったことないし」
「そうか」
「…でも何で?」
「俺のルーツ…みたいなものがそこにあるかもしれねえ」
「アーケディアに?」
レックスは首をかしげる。アーケディアは古い国なので、古そうな機械の中にいたメツに関連がありそう…な気はしないでもない。
だが、当の本人が纏う雰囲気とアーケディアに感じる雰囲気が全くの別物だった。
「…メツは聖職者って感じしないけど」
「舐めてんのか小僧」
鼻で笑うレックスにメツはにらみを返す。
レックスはその視線を避けるように横を向いて口笛を鳴らす。
「俺もそんな柄じゃないとは思うがな。ただ何かを感じるんだ」
「そっか。じゃあアーケディアと世界樹に行く方法を探さないと」
「
レックスの言葉にほっぺをじっちゃんに引っ張られてるニアが答える。ニアも負けじとじっちゃんのほっぺを伸ばしている。
「
「ぬおー!?」
そのまま掴んだほっぺごと思いっきりじっちゃんをぶん投げるニア。
きりもみ回転しながらも、じっちゃんは器用に空中にとどまってみせた。
「この先登ってしばらく行ったところにトリゴって街がある。そこまで行けばなんか手も見つかるだろ?」
「トリゴの街…そうかあそこに出れるのか。俺もそこなら行ったことあるよ!ありがとうニア!」
「…別に。ほらそうと決まったらさっさと行くよ!」
ニアはレックスから視線を逸らし、てきぱきと片付けと出発の準備を進めだす。
レックスも同じく片付けに戻ったが、後ろのメツとビャッコが妙にニヤニヤしてるのだけが気になった。
「うわぁ!!ホント広いなグーラは!!」
目の前に広がる大草原に、レックスは感嘆の声を漏らす。
その横に立っていたメツも声こそ上げないものの、「ほう」と感心した表情を見せる。
ニアの案内に従って坂を上り、蔦を伝い、樹の幹を歩くこと暫く。レックスたちはグーラの右背に広がる草原を一望できる高台へとたどり着いていた。
ニアの話では、レックス達が流れ着いていた場所はグーラの下層に当たるらしく、通常時は雲海に沈むため滅多に人が訪れない場所とのことだった。
「アタシの土地勘無かったら、いずれ雲海に飲まれてたかもね~?」とはニアの談だ。
「あれ?アンタグーラ来たことあるんじゃなかったの?」
「基本俺の用事は街の中で完結するからさ。街から見たことくらいはあるけど…こんな高いとこから一望したことはなかったな」
「ふーん…あ、向こうに見えるのがトリゴだよ」
ニアは草原の奥の方を指さす。ちょうど高台から草原を挟んだ反対方向に外壁らしき人工物が見えた。
その色合いは確かにレックスの記憶していたグーラの色味と一致していた。
「なるほど…遠いなぁ」
「簡単な道が整備されてるし、どんなにゆっくり歩いても明日にはつくよ。ささ行こ行こ!」
「あ、ちょっとニア!」
急かすように、ニアはレックスの手を引っ張って草原へ走って行った。
「レックスさぁ、サルベージで稼ぐの?お金?」
「え?」
ニアの言う通り、高台から少し降りたところに人工的な道(とは言っても整備されてるわけではなく、踏み鳴らされて自然できたものだろう)が、草原を横切っていた。
その道を辿る道中、雑談の中でニアが尋ねてきた。
「そのつもりだけど…なんで?」
「いや、時間かかるだろうなーと思ってさ」
ニアの指摘に苦い表情をするレックス。その指摘が的を射ていたからだ。
実はサルベージャーというのはそこまで稼げる職業ではない。
リターンが大きい仕事ではあるのだが…そのための準備に必要な資金も高いのだ。サルベージ場所の調査に、サルベージ用品の購入。サルベージ場所への移動方法や滞在の為の費用等々…。一応それらの費用を安くするために集団サルベージ等の方法もあるが、今度は自分の取り分が減ってしまう。
なので大きく稼ごうとすると余計に資金がかかり、じり貧となる。ある程度しっかりとした元手や技術、更に言えば運さえあれば継続的に大きく稼げる事業ではあるので、一攫千金を夢見る若者も多いが、そう簡単に上手くいかないのが現実だ。
しかも問題はサルベージにかかる資金だけではない。雲海に潜る以上、そこに住む生物という危険とも隣り合わせだ。そのリスクの計算と備えもしなければならない。実際レックスも「じっちゃんがいるお陰で住むところと移動手段に困らなかった」お陰でなんとか食えて行けていたというのが実情だ。
最もレックスには別件で実家への仕送りという出費があったので一概に稼げてなかったとは言えないのだが。
「だよなぁ…家財一式もなくなっちゃったし…世界樹に行く方法も考えなきゃだしなぁ…」
「案外ワシの成長を待つ方が早いかもしれんぞ?」
ナッハッハと笑うじっちゃんにレックスの苦笑いは更に歪む。300年は流石にかからない…とも言いづらい。
昨日の夜概算だけやってみたが、途中で見えた金額と時間の見積もりに考えることをやめてしまった。
「なんか別でやれること考えないとなぁ…」
「てかさ、ドライバーなんだからそれで稼げばいいじゃん。街の人の依頼聞くとかさ」
ニアの視界から突然横を歩いてたレックスが消えた。
どうした?と振り返ってみると、レックスはニアのなんてことない指摘に口をぽかんと開けていた。
「え?なにその表情」
「その発想はなかった!」
その顔が笑顔に変わり、駆け寄ってきた両手がニアの肩を掴む。
「え!?ちょ、レックス!?」
「そうだよ!その手があった!オレドライバーになったんだ!」
ニアの肩が前後に揺れる。振り回されながらもちょっと楽し気な表情を浮かべているニアだったが、レックスはそれに気づいていない。
ドライバーは基本的に一般人より強い。武器を持つブレイドの存在に加え、ブレイドからのエーテルの供給のおかげで身体能力が高いためだ。
なのでドライバーは軍人として採用される他、一般の人間では難しいモンスターの掃討や調査、更に危険地帯の素材収集といった依頼を受けて生活する傭兵のような形で生計を立てる者が多い。また、ブレイドの特殊な能力を頼って、インフラの整備などを請け負うものもいる。
基本的にはどれもリターンは安く一攫千金とはいかないが、その分リスクが低かったり、数が多かったり。そもそも基本が一般人複数でやるようなことを実質一人でできたりするなどのメリットから、堅実に稼ぐことができる。
ある意味でサルベージャーとは対極にあるような職業と言えた。
「ドライバーなりたてですっかり忘れてた!ありがとうニア!」
「わわわわかった!わかったからレックス!いったん落ち着いて!」
「あ、ごめん」
我に返り、ニアの肩から手を放す。
怒られるかと構えるが、ニアは口を尖らせているものの、何も言わず肩をさすっていた。
「そうだな…ドライバーとして稼いだお金を元手にサルベージすれば結構あっというまかもしれないな!」
「そりゃよかったね…でもメツ一人で稼ぐの?」
二人の視線が後ろを歩いていたメツを向く。
どうやら参加しないまでも話は聞いていたらしく、その視線にメツは不機嫌そうににらみを返す。
「なんだ小僧。俺だけじゃ不安か」
「いやそういうわけじゃないけど…」
「戦力が多いにこしたことはないんじゃない?」
ニアの指摘にメツは"ケッ"とそっぽを向く。
実際、メツの戦力は一般のブレイドより強いのは素人のレックスの目からしても明らかではあった。しかし
「色んな状況に対応出来た方が稼げるよなぁ…」
ドライバー…ひいてはブレイドへの依頼は先に述べたように戦力以外にもブレイド特有の能力を当てにしたものもある。ブレイドが多いというのはそれだけこなせる依頼が増える可能性が増えるということなのだ。
「でもコアクリスタルってアーケディアが管理してるんだろ?そう簡単に手に入らないんじゃないか?」
「一般にはね。でも例えば…モンスターが食べちゃったりとか、どっかの商隊の積み荷が落ちたりとかで拾えたりするんだよ。ホントたまに」
そう言ってニアは辺りを見回し、「あっ」という声と共に、前方の木の陰を指さす。
その方向を目を細めてみてみると、木の陰に何やら物が落ちている…ように見えた。ただレックスにはそれが何かはよくわからない。
「ん、あれは…」
「多分隊商が落としてった荷物かなんかだよ。…あー、でもあそこは」
「ホント!?よっしゃー!」
「あ、おいまて小僧!」
「レックス!?」
メツとニアの制止を無視し、レックスはその木陰に向けて一目散に走りだした。
追いかけたメツとニア、そしてビャッコがたどり着いた頃には、レックスはすでにそこに転がっていた箱や樽をひっくり返していた。
「おい小僧…」
「レックス!」
二人の呼びかけを気にする様子もなく、レックスは散乱した中身を物色する。
しかしお目当ての物は見つからなかったのか、二人の方を振り向いて肩をすくめて見せる。
「うーん…残念。コアクリスタルはないみたいだ」
「ないみたいだ…じゃないよレックス!いきなり走り出すなんて!」
「え?なんで?」
「だってここは…」
「待て」
ニアがレックスに詰め寄ろうとしたところを、メツが手で制す。
ニアは「何を…」とメツの顔を見て、それからその視線を追う。メツの視線はレックスの背後の崖に向けれられていた。
その視線を追ったニアの目が丸くなる。
「…話はあとだ小僧。走れ」
「メツ?…走れ…って!?」
レックスはニアと同じようにメツを見て、更にその視線の先を見る。
そしてその視線の先を見て、レックスはニアと同じように眼を丸くした。
そこには巨大な"ゴゴール"が立っていた。
「ゴゴール!?でもデカい…!?」
「走るよ!レックス!」
驚くレックスの体が横に強く引かれる。
走り出したニアに引っ張られるレックスの視界で、ゴゴールの拳が振り下ろされる。
地面が揺れると同時に、巨大なクレーターが出来上がる。ニアに引かれなければあそこにレックスの絨毯が敷かれていただろう。
「あ…あれは!?」
「縄張りバルバロッサ!この辺じゃ有名な
走りながらニアが答える。
縄張りを荒らされたと思ったのか、バルバロッサは雄叫びを上げながら追いかけてくる。
「あいつ逃がさない気か!?ビャッコ!」
「ワイルドロア!」
ニアと並走していたビャッコが振り向きつつ吠える。
吠え声にエーテルの衝撃が乗り、バルバロッサを襲う。…が、バルバロッサは少し首を振っただけで、ほとんど意にも介さず走り続ける。
「そんな!?」
「ダメです!レベルが違い過ぎます!」
ビャッコは踵を返して再び逃走を開始する。
大柄な体格故か、バルバロッサの走りはそこまで速くない。だがその体躯による一歩は大きく、レックス達の走りとそこまで差はつかない。体力的にも追いつかれるのは時間の問題だった。
だがすぐにその問題を考える必要はなくなった。地の利は確実に向こうに存在したらしい。
「ダメだニア行き止まりだ!」
「くっそぉ…こんなところで!」
逃げた先は大樹と岩壁に囲まれた袋小路だった。バルバロッサは自分の縄張りをよく理解していたらしい。
時間を掛ければ樹を登って逃げることもできるだろうが、そんな時間がないことを後方から響く足音が告げていた。
「…小僧。モナドを取れ」
「戦うのか!?でも!」
「違う!いいからモナドを開け!」
「…わかった!」
メツの言う通りモナドを取るレックス。エネルギーの刃が出現し、柄の部分のプレートが露出する。
刃をバルバロッサの方へと向けるが、唸る刃は相対する巨体に対して振るうには少し心もとない。
バルバロッサは追い込んだためか、足音を立てながらもゆっくりとこちらに迫っていた。
「これでどうするんだ!?」
「ビャッコ!ニアと小僧を乗せろ!」
「…承知しました!」
ニアとレックスがビャッコにまたがる。メツはその横に立ち、レックスの握るモナドを握る。
メツのエーテルがモナドに流れ込む。モナドの刃が更に大きな唸りを上げ、柄近くに丸く空いたプレートに光る"記号"が浮かび上がる
「これは!?」
「いいか…歯を食いしばれよ!」
モナドの刃からあふれ出した黒いエーテルがレックス達の周囲を渦巻く"風"となる。
プレートに浮かび上がる記号は『轟』。
「モナド
モナドから発生した豪風が竜巻となり、ビャッコとメツを上へと吹き飛ばす。
大きく揺さぶられながらも、レックス達の体は遥か頭上へと飛び上がり、袋小路の崖上にあった大樹の幹に叩きつけられる。
「う…ぐぅ…」
痛みをこらえ、レックスが立ち上がる。
這うように崖の縁まで行って下をのぞき込む。見ると、バルバロッサが悔しそうにこちらを見上げ雄たけびを上げていた。
「逃げ切った…のか…」
「うぐ…行くぞ小僧。まだ追いかけてくるかもしれねえ」
メツとニア、そしてビャッコもレックスに次いで立ち上がり、そのまま崖から離れるように走り出す。
逃げる間もバルバロッサの雄叫びやドラミングの音が聞こえていたが、レックス達は振り返ることなく必死に走り続けた。
「はぁ…なんとか逃げ切ったみたいだね…」
やがて音が聞こえなくなったところでニアがその場にドカッと座り込む。
レックス達もそれに倣うようにその場に倒れ込む。緊張が一気にほどけたのか、あるいは今までにないほど全力を出したのか。皆、膝が笑っていた。
「ごめん。オレが軽率な行動をとったばかりに…」
「ホントだよ。次から気を付けなよ?」
「まったく。反省するんじゃぞレックス」
頭を下げるレックスをからかうような口調で責める2つの声。
その口調には抗議したくなったが、流石に立場上するわけにはいかなかった。
「ま、急いだお陰で早く着いたってことで良しとしようか」
「え?」
ニアの言葉にレックスが頭を上げると、ニアは肩をすくめていた。
その言葉の意味が理解できなかったレックスは首をかしげ、その様子を見たニアは「ん」とレックスの隣を顎で指す。
ニアが指した先、そこにはレンガ造りの壁がそびえ立っていた。
レックスもようやく気付いた。レックス達が腰を下ろしたそこは、トリゴの街の外壁のすぐそばだった。
続く