小川が大河に至るまで   作:しぃ君

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 完結……らしいですよ?


離さない手、離したくない手

 ◇スーパークリーク◇

 恋が実った、ハロウィンの夜。寮の部屋に戻ると、タイシンちゃんが寝間着を着てベッドに転がりながらスマホを弄っていた。いつもはスマホがゲーム機だったりするが、それが彼女のオフのスタイル。

 

 

「ただいま帰りました〜」

 

「ん、おかえりなさい……って、なんかあったの? クリークさん」

 

「えっ……そう、みえますか?」

 

「……泣き跡残ってるのに、声と顔は嬉しそうだし……なんかあったって思う方が普通でしょ」

 

「わかりやすかった、ですかね?」

 

「……かもね」

 

 

 どこかぶっきらぼうに返すタイシンちゃんは、私と違って普段と変わらない。変わらないけど、声音は少し優しくて、根っこにある善性が感じ取れる。もうちょっと、表情が柔らかければ後輩からも接しやすいと言われるだろうが、それが彼女らしさなんだと思う。

 だから、私は何を隠すこともなく話した。

 

 

 恋人……とはいかずとも、トレーナーさんとの距離が縮まったこと。

 トレーナーさんの想いが知れたこと。

 私の想いを吐露したこと。

 そうして、全部話し終えると、タイシンちゃんは「そっか」と一言呟いて、スマホに視線を落とした。

 

 

 寄り添うでもなく、突き放すでもなく、彼女は頷いた。

 そんな相部屋の距離が、心地良かった。

 

 

「……で、誘うの? 温泉旅行」

 

 

 ──ズバッと聞いてくるところは、少し怖いけれど。

 

 

「誘って、いいんでしょうか?」

 

「迷惑とか、嫌なんじゃとか。今更考えることでもないでしょ。三年間って、そんなに軽くないし」

 

 

 こちらを一瞥することもなく、彼女はそう言う。

 一人、商店街に出かけた時に引いたくじで当てた、温泉旅行のペアチケット。トレーナーさんに伝えられず、かと言って同期の子たちも誘えず、今も机の引き出しに眠っている。知っているのはタイシンちゃんだけで、二人で旅行に行くという間柄でもないので、相手はいないままだ。

 

 

 本当に、誘っていいんだろうか。今までも、二人でお出かけしたことはあるが、泊まりなんて初めてだ。遠征に行っても、夜には帰ってきていたし、トレーナーさんがそういう風に調整してくれていたけど、これは違う。

 踏み込み過ぎじゃないかな、なんて思う自分がいて。

 思い出を作りたい、と叫ぶ自分がいて。

 

 

 きっと二人なら、どこに行っても楽しいだろうなと納得する自分がいた。

 

 

「……決めました! 誘ってみます!」

 

「そっ。まぁ、楽しんできたら」

 

「お土産、いっぱい買ってきますね♪」

 

「……待ってる」

 

 

 冬の予定が、埋まった。

 十二月三十一日、トレーナーさんと温泉旅行。

 

 ◇結花◇

 冬。雪が降り、今年が終わる大晦日のその日、わたしはクリークに誘われてやってきた温泉旅行で、仕事疲れを癒すように寛いでいた。景色のいい露天風呂に浸かって、美味しい料理とお酒を楽しんで。今は二人、紅白をBGMに外の景色を椅子に座ってのんびりと眺める。

 良い時間だった。

 

 

「降ってるねぇ、雪。ホワイトクリスマスならぬ、ホワイト大晦日だ」

 

「露天風呂の方にも少し、入ってきてましたね〜」

 

「うん、本当に綺麗だった。この時期に来れてよかったかも」

 

「ふふっ、お誘いしてよかったです♪」

 

「だね。誘ってくれてありがとね、クリーク」

 

 

 白い景色を眺めながら語らう時間は、少し、また少しと過ぎていき、終わりが近づく。ちょっぴり大人っぽいクリークも、まだ子供だ。重たそうなまぶたを閉じないようにがんばってる姿は微笑ましくて、愛おしくて、「もう寝よっか」と言えば、あと少しとねだってくる。

 あと少しだけね、という優しさと。

 まだ話せる、という嬉しさが同時に込み上げて、温かい気持ちになる。

 

 

 温泉に入っただけでは得られない温かさだった。

 

 

「────」

 

「そうだねぇ」

 

「────」

 

「わかるわかる」

 

 

 むにゃむにゃと眠気を我慢して喋るクリークの話はふわふわとしていて、掴みどころがなく、矛盾していながらも可愛らしい。わたしはそれを壊さないように、適当な相槌を返してにっこりと笑う。

 今年が終わる瞬間が刻一刻と迫り、それに合わせるように彼女のまぶたが落ちていく。そして、除夜の鐘の最後の一回が来る前に、クリークはこっくりこっくりと眠り始めた。

 

 

 可愛らしい、寝顔だった。

 レースの時の彼女とは違う表情を少しばかり眺めて、椅子に座ったままじゃ可哀想だと思い、布団に運ぶ。ふわりと香るシャンプーの匂いと、布越しに当たる胸の感触にドキドキしてしまったのは、クリークには秘密だ。

 

 

「……どんな夢、見てるのかな」

 

 

 健やかな寝息を立てて、幸せそうな表情で眠り彼女の髪を撫でる。綺麗な鹿毛色の髪を梳いて、見つめる。ふと思い出せば、初めて見たレースで憧れた「あの人」もクリークと同じ鹿毛色だったっけ。

 

 

 もしかしたら、これも運命だったのかな? 

 

 

「……ううん、違う。わたしは──クリークだったから、惹かれたんだ」

 

 

 妹のようで、そうではなくて。

 恋人のようで、けど違くて。

 曖昧な距離感が、わたしの心を溶かしていく。

 

 

 近過ぎず、遠過ぎず。

 気付いた時には、いつも隣に居てくれる。そんな関係。

 

 

 幸せだな、と思って。

 これからもこうしたいな、と願って。

 そっと、おでこに口付けをした。親愛であり、深愛。唇までは遠くて、おでこが限界だった。

 

 

「いつか、もう少し大人になったら、クリークの方からしてね?」

 

 

 眠るクリークにそう言って、わたしも自分の布団に戻る。テレビも電気も消して、目を閉じたその時。ギュッと手を握られた気がして、無意識に離さないよう強く……握り返した。

 

 

「離さないで、くださいね」

 

 

 一言、そんな呟きが聞こえてしまったから。

 寒い寒い夜。新しい一年が始まった夜。隣に感じる温もりを、離さないと心に誓った。




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