小川が大河に至るまで   作:しぃ君

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 初めましての方は初めまして、しぃです。
 今回は全四話から五話くらいの構成でやる予定です。(伸びないとは言ってない)


秋の黄昏に、君と

 トレーナーの朝は早い。今日一日の練習メニューの確認から始まり、朝練、次のレースまでの計画作成や見直し、放課後からは本格的なトレーニング。目まぐるしく一日が過ぎれば、一人トレーナー室で明日の予定を作る。──が、もっとも、これは担当ウマ娘が居ればの話である。

 フリーのトレーナーは、同じくフリーのウマ娘の練習を見たり、模擬レースでスカウトに精を出したり、自分の知識を蓄えるのが主な仕事だ。

 

 

 今年の春から晴れて中央のトレーナーになったわたし──柏木(かしわぎ)結花(ゆか)も、かれこれ半年は変わらない日々を過ごしている。

 

 

「ハナ先輩……昨日でもう振られ続けて三十連敗です。たづなさんからも、そろそろ一人目をって遠回しに言われちゃいましたし……わたし、才能ないんでしょうか?」

 

「泣き言を吐き出せてるだけで及第点よ。そもそも、才能がなかったらここ(トウィンクルシリーズ)に来れないでしょう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「……安心なさい。ただ、あなたと波長が合うウマ娘にまだ会えてないだけ。きっとすぐ現れるわよ、目の前に」

 

 

 そう言って、大学時代のOBとして、わたしをなにかと気にかけてくれてる東条(とうじょう)ハナ先輩は肩を叩いた。グレーのパンツスーツを着こなし、一本にまとめた黒髪とシンプルな白縁メガネが似合うハナ先輩は、まさにクールビューティーという言葉がピッタリな女性である。

 悲しいことに、身長が百六十にも届かないわたしが彼女と同じかっこいいスーツを着ても、全くもって似合う気がしない。

 

 

 いや、今着ている紺のスーツが自分に合っているかと言われれば、何も言えないのだが……考えるだけ無駄だろう。せっかく先輩が励ましてくれたんだし、今日こそはわたしの愛バとなる子を見つけてみせる。

 

 

「わたし、がんばります! ハナ先輩!」

 

「はいはい、がんばりなさい」

 

 

 呆れ混じりに微笑んだハナ先輩に見送られつつ、わたしは昼過ぎの少し空いた食堂をあとにする。木枯らしが吹く秋の季節に、わたしは運命に出会った。

 

 ◇

 

 時間少しギリギリ。何度足を運んだか分からない模擬レース会場は、いつもより多くのトレーナーとウマ娘で賑わっていた。レースがよく観える場所を探してとぼとぼ歩いていると、ちらほら聞こえてくる噂話から今日の賑わいがある一人のウマ娘によるものだとわかってくる。

 名前は……スーパークリーク。わたしも、何度か聞いたことがある名前だった。最近メキメキ力を付け始めてきている期待のホープらしい。

 

 

 そんな子と契約できて、尚且つG1なんて取れた日には、今までの悩みも綺麗サッパリなくなるだろうが現実はそう甘くない。まずは堅実に、一人の担当としっかり向き合うことが大切だ。がんばって勝利をプレゼントできるように、自分と合う子を、勝たせたいと思える子を見つけるべきろう。

 

 

「さて、と。開始まで残り五分かぁ。……今日はどんな子が出るんだろ」

 

 

 今回は8ゲート3レース。今日のために仕上げてきた二十四人のウマ娘がいる。最初のレースの八人は既にゲート前につき、軽くストレッチを行っているところだ。あくまで模擬レースということもあり、そこまでピリついてはいないが、みんな少なからず肩に力が入っている。当たり前だ。このレースがきっかけで、自分のこれからの全てが決まると言っても過言ではないのだから。当然、余計な力が入ってしまう。

 

 

 だと言うのに、一人、一人だけ、ひどく落ち着いたウマ娘が居た。友人に笑いかける余裕があるのか、朗らかな笑顔を浮かべながら、わたしたちがいる客席側に手を振っている。三枠二番……先程貰ったレースの出バ表に書かれている名前は──スーパークリーク。鹿毛の子だ。腰まで届く三つ編みの茶髪は艶を帯び、バ体も他の子より頭一つ抜けており。彼女自身の穏やかな雰囲気とアクアブルーの瞳も相まって、少し大人っぽく見えるが顔付きはまだあどけない幼さを残している。

 

 

 本当に、不思議な子だった。

 

 

「スーパークリーク。大河っていうより、優しい小川みたいだけど……」

 

 

 だというのに、どうしてだろうか。その時のわたしには、彼女があの場にいるメンツに負ける未来が見えなかった。まだまだペーペーの自分に、トレーナーの勘なんてものがあるのかわからないが、本当にそう思えたのだ。

 

 

 そして、スーパークリークに目を奪われてる間に時間は過ぎ去り、選手全員がゲートインを果たした。誰もが好奇と期待の視線を送る中、静かな空気の中でゲートが開かれる音がレース場に響く。

 出遅れた子もいるがほぼ一斉に走り出した彼女たちは、各々が自分の走り易い位置に移動し、機を伺う。区分けするなら、逃げが一人、先行三人、差し三人、追込一人、といったところだろうか。

 

 

 スーパークリークは三番手に位置し、先頭との距離は約3バ身ほど。先行の体制で周囲を確認しつつ自分のペースを維持している。レース距離は1200mの芝。バ場は良好。

 

 

「……スーパークリーク、あなたはどう走るの?」

 

 

 純粋な想いが、あった。

 トレーナーを夢見たあの日。初めて味わった興奮が自分の中で甦ってくる。ずっと必死で忘れていた感覚が、戻ってくる。少し、また少しゴールへの距離が近づき300mを切った瞬間に、レースは動いた。

 三番手を維持していた彼女は、外から追い抜こうとするウマ娘と、内から突き破ろうとするウマ娘、正面を行くウマ娘を見据えながら、その僅かな隙間を縫うように一歩前へと踏み出した。

 

 

 安定したレース運びから見せる、流れるような綺麗な抜け出しで、先頭を走る子との差を埋めていく。三バ身差が二バ身差になり、二バ身差が一バ身差になり、そしてそこから切り裂いたあと──余裕の二バ身差を付けて彼女はゴールした。

 ダメなことかもしれないが、わたしの瞳にはスーパークリークだけが映っており。まだ余力を残しているのか、少し息を整えただけで朗らかな微笑みを魅せる彼女に、わたしは落ちていた。

 

 

 もっと、もっと近くで彼女の走りを見れたら。もっと近くで彼女に走りを教えられたら、そんなに幸せなことはこの世に他にないだろうと思えるくらい、落ちきっていた。

 

 

 けれど、契約できるかどうかはまた別の話。次のレースが始まる前だと言うのに、多くのトレーナーが彼女に駆け寄るのを遠目に眺めながら、わたしはその場から立とうとすらしなかった。

 結果がわかりきった勝負なんて、辛いだけだ。

 惨めに振られるくらいなら、もう少し耐えて、わたしのパートナーを探せばいい。たとえ、スーパークリークとの出会いが運命だとしても、手を取れるかなんて、わからないんだから。

 

 

 なんて、自分に言い聞かせて次のレースを見る。見るだけ。心はずっと彼女に奪われたままで、じっくりと観察することなんてできはしなかった。

 そうしてまた、誰に声をかけることもできず、夕日が照らす時間になる。

 

 

「……はぁ。ハナ先輩に謝らないとなぁ」

 

「落ち込んでるんですか? 私で良ければ、お話し相手になりますよ〜?」

 

 

 ゆったりとした優しい声が妙に心地好くて、重い頭を上げないまま、愚痴るように言葉を漏らした。

 

 

「いやぁ、わたしって、本当にダメなやつでさ。先輩に励まされて、さっきの模擬レースでこの子だ! ってウマ娘を見つけたのに、声すらかけられなかったんだよ……ホント、バカだよね」

 

「……どうして、諦めちゃったんですか?」

 

「だってさ、その子、すっごく人気で引く手あまただったし……。わたし、今年の春にここに来た新人トレーナーで、実績も実力も不確かなのに他のベテランさんたちに勝てるわけないよ。……うん、勝てるわけない。もし勝てたとしても、わたしじゃあの子の才能を活かしてあげられない」

 

「そう、ですか。もし、その子が、あなたみたいなトレーナーさんを望んでも?」

 

「そりゃ、嬉しいけどさ。わたしじゃ役不足だよ……うん」

 

「きっと、そんなことないと思います。レース中に感じた視線の中でも、あなただけが、純粋に……楽しそうに──私の走りを見てました。私はあなたみたいな人と、トレーナーさんと一緒に走っていきたいです!」

 

「……え?」

 

 

 強い意思が込められた言葉に動かされ、声のした方を振り返れば……そこにはスーパークリークが立っていた。先程までとは違い、年相応の少し不安そうな表情でこちらを見つめ、スーツの袖をちょこんと掴んでいる。間違いなく彼女の意思表示だった。

 振り絞った言葉だったのだろう。頭で考えるより心が先に動いて、わたしは彼女の手を取った。

 

 

「トレーナー契約、今からでも間に合うかな?」

 

「あなたが望んでくれるなら、私は応えます」

 

「……本当に?」

 

「本当です。トレーナーさん」

 

「……よ、よし! えっと……その……これからよろしくね、スーパークリーク!」

 

「はい! 二人三脚でがんばっていきましょう♪」

 

 

 夕暮れの模擬レース会場。

 わたしたち以外誰も居ない、そんな場所が──始まりになった。




 次回もお楽しみに!

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