◇結花◇
運命の出会いの翌日。契約のゴタゴタはあったが、なんとか昨日の内に面倒な書類の手続きを終え。晴れて、今日からスーパークリークの専属トレーナーとなったわたしは、理事長秘書である
たづなさんはなんというか、幅広くなんでもできる人だ。事務処理から掲示板の管理等々、そつなくこなす、緑のスカートスーツとベレー帽が似合う女性。
これでスタイルも良いんだから、天は二物を与えずなんて言葉、わたしは信じられない。
「お待たせしました。ここがトレーナーさんのお部屋になります!」
「わぁ……結構広いんですね?」
「これからスーパークリークさんと走っていくことで、トレーナーさんの腕が評価されれば次第に契約する子も増えていきますから。そのためですね」
「なるほど……」
薄々予想はしてたけど、現在進行形で借りてるトレーナー寮より広いのは悲しいものだ。でも、狭いよりはマシだろう。物を置く場所に困らなくて済むし、なにより仮眠用のスペースなんてものを作っても問題ない。……現実に、先輩トレーナーの殆どは初めて契約が取れてから二、三年は、自室よりこの部屋にいる時間が多いという。睡眠時間も、酷い時は一週間で二桁に届くかどうかなんて噂もある。
もっとも、好きでトレーナーをやってる人なら愛バのための一徹二徹は当たり前で、そこからウマ娘側に怒られるまでがセットらしい。支え合う関係とは、少し違うかもしれないけど。トレーナーになったからには、今ある全てもこれから学ぶ全てもスーパークリークに教えてあげたい。伸び代は十分にある。生かすも殺すもわたし次第なんだから。
「──では、説明は以上です。鍵とこの部屋までの地図はスーパークリークさんに渡してありますので安心してください。……なにか、ご質問はありますか?」
「大丈夫……だと思います!」
「よかったです。それでは、スーパークリークさんと一緒にがんばっていってください! 応援していますね!」
「は、はいっ! がんばります!」
期待が嬉しかったからか張り切って大声で返事をするわたしに、笑顔で手を振ってたづなさんは去っていく。この前までは、お互いに立場や現状のせいで顔を合わせずらかったが、ようやくそれからも解放されたと思うと心地がいい。申し訳なさは完全にはなくなってないが、それはこれからの問題だ。
スーパークリークと一緒に描く三年間。その中で、わたしは応え続けなければいけない。手を取ってくれた彼女の思いに。期待してくれた人たちに。ずっと、応え続けなければいけない。
苦しいかもしれないが、これはわたしが選んだ道だ。
転んでも、つまづいても、走りきってみせる。
◇
「……そろそろかな」
あらかた部屋の整理も終わり、放課後が近付いてきた頃。わたしは時計をチラチラと確認しながら、学園側から貰ったスーパークリークのデータに目を通していた。脚質から距離適性、体力テストの結果などなどが雑多に纏められたそれは、彼女の才能を如実に表している。
だが、データ上の彼女は特別すごいウマ娘ではない。秀でている部分はあるが、絶対的強者とは言えない。──しかし、レースを見ればわかる。彼女のレースセンスやスタミナは本物だ。
普段から周囲をよく見ているのか、とにかく目がいい。走っている現在の状況を、まるで観客側の視点で見ているように把握し、隙を見つけ出す。もっとも、それはコースの研究でも見つけ出せる点ではあるが、それを可能にするのは豊富なスタミナ故だろう。
スポーツにおいて体力の低下は、思考力の低下に繋がる。レースという、瞬間瞬間に判断を強いられる場面で、思考力の低下は敗北に直結する。けれど、スーパークリークはそれを起こさなかった。
長所であるその二つを確実に伸ばし、活かすのは──中長距離のレース。彼女はステイヤーの素質がある。独学で学んだであろう、ストライド走法もまだまだ磨けば光るダイヤの原石だ。
この子ならG1だって夢じゃない。
「──へへ、がんばるぞー!」
「はい、がんばりましょう♪」
「わっ!? す、スーパークリーク? き、来てたなら声かけてよ……」
「すみません。トレーナーさんが真剣に資料を見てましたから、お邪魔になってしまうかな、と」
「そ、そっか。……じゃ、じゃあ、改めて自己紹介から始めようか? 昨日は色々ドタバタしてて、お互いのことは話せなかったし」
「わかりました〜」
そう言って、にこにこと笑みを浮かべるスーパークリークに向かい合うよう、椅子から立ち上がり、わたしの方から簡単な自己紹介をする。
「わたしの名前は柏木結花。歳は二十二。大学在学中に中央のライセンスを取得して、卒業後にここに来たからまだトレーナー一年生。誕生日は十二月二十五日のクリスマスで、趣味はレース鑑賞と……ぬ、ぬいぐるみ収集、かな」
「……ふふっ、だからお部屋にも何個かぬいぐるみが並んでるんですね?」
「あはは……まぁね。他に質問とかあったりする?」
「じゃあ……お好きなものはなんですか?」
「好きなもの、ね。甘い厚焼き玉子とか好きだな。あとは、洋菓子とかも好きだよ」
「ふむふむ……」
どうしてだろう……何故、メモをとるんだろう。わざわざ記録なんてしなくてもいいのに、優しい子なんだな。人の好みを把握するって、コミュニケーションをとる上でも大事だしね。
わたしも、軽くスーパークリークのデータを見て、好きなものは把握してるし、お互い様……なのかな。
その後、スーパークリーク──いや、クリークからの自己紹介を聞いて、契約初日の重要仕事である測定に移った。受け取ったデータが基本最新版なのは当たり前だが、彼女たち年頃のウマ娘は毎日成長する。数日前のデータから大幅に変わる、なんてことはないが誤差は生じてしまう。
ハナ先輩曰く、最初の測定データが今後の指標であり、そこから計画を立てていく、らしい。新米トレーナーのわたしにとっても、データとは目に見える結果として可能な限り毎回とるのが、愛バとの関係性向上にも繋がってくるだろう。
こうして、最初の一日が終わった。
わたしと……クリークとの二人三脚の日々が始まった。
◇スーパークリーク◇
私のトレーナーさんは、優しい人だ。クリークと呼んで欲しい、なんていう私の小さなわがままも流さず聞いてくれる、優しい人。レース場で初めて会ったあの日も、他人に、私に遠慮して契約を諦めてしまう、そんな不器用な人。
でも、でも、彼女だけが──私の走りを純粋な気持ちで観ていた。打算とか、功績とか関係なく、本当に楽しそうに私の走りを見ていた。
その視線がどうしても忘れられなくて、彼女のもとに足を運んで、わがままを吐いた。トレーナーさんだったら、一緒に走れる気がした。トレーナーさんだったら、私の全てを預けてもいいと思った。
肩ほどまで伸びた艶のある黒髪に映える紺のスーツを着た彼女は、愛らしくて、それでいて綺麗で目が離せない。私より少し小さくて、それでも心は大きくて。向けられた藍色の瞳とキリッとしているようであどけない表情が、同性だと言うのに心奪われる。
多分、一目惚れだった。
この人がいいと、この人じゃないと嫌だが合わさって、私を動かしたんだ。
プレゼントしたい。初めてのパートナーとなる私が、初めての勝利を彼女に渡したい。隣を歩いていくあなたに、置いていかれないようにがんばるから、どうかどうか──私と共に走ってください。あなたの夢を叶えさせてください。期待に応えさせてください。
私は、トレーナーさんに喜んでもらえるだけで、十分幸せなんです。
次回もお楽しみに!
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