小川が大河に至るまで   作:しぃ君

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 オリトレーナーの容姿をピクルーで作ろうか検討中。
 オリトレ設定はまとめられる時にまとめて置いておきます。


思い合い、メイクデビュー

 ◇結花◇

 契約から時間が流れ、春。半年近くの準備を終えて、今日がデビュー戦となった。──正直、昨日からまともに寝れてない。クリークを信じてはいるし、やれることはやったと理解しているけど、心配は拭えない。これが、このレースがわたしとあの子の第一歩になる。

 

 

 ジュニア級メイクデビュー。場所は阪神競バ場の芝2000m。内回りコースの右回りで、天気は快晴。バ場状態は良。クリークにとってもってこいの舞台だ。練習中に見つけた懸念点である足元の不安感も、なんとか和らげることができたし、あとは本番環境でどれだけ力を発揮できるかの問題。

 レースの内容も欠場者なしの9人フルゲートで、あの子は6枠3番の一番人気。きっと、ほとんどの子がクリークをマークに来るだろう。

 

 

 最悪、進路妨害とはいかずともブロックされて、余計な体力を使わされる可能性は高い。だけど、それでも勝たせるのがわたしの仕事だ。

 だから──

 

 

「……クリーク、入るよ?」

 

「トレーナーさんですか? どうぞ〜」

 

「お邪魔します」

 

 

 控え室の彼女を訪ねた。

 相変わらず、と言うべきか。クリークは見慣れた微笑を浮かべて、わたしに小さく手を振ってくる。もう少しでレースだというのに、目の前にいる彼女はどこまでいっても自然体で……ちょっとだけ羨ましい。

 きっと、この調子なら変に気負わず走りきってくれるだろう、なんて。そんな安心感がクリークにはあった。

 

 

「体の具合はどう? 問題なさそう?」

 

「はい♪ この日のために仕上げてきましたから」

 

「……よかった。大丈夫だよ、クリークなら勝てるから! 心配かもしれないけど、わたしを信じて走ってきて」

 

 

 嘘だ。

 ずっと、ずっと心配してるのはわたしで、クリークはわたしの言葉を疑ったことなんてない。ただ、わたしがわたしを信じられてないだけ。でも、今だけは虚勢でもなんでも張らなくちゃいけない。トレーナーとして、愛バを憂いなく送り出すのも勤めだから。だから、震えるな、わたしの体。笑顔で、強く、この子に夢へ向かって飛ぶ翼を授けるために。

 

 

 心を殺して、クリークの背中を押すんだ。

 

 

「──わかりました。私、絶対に一着で帰ってきます。ですから、トレーナーさんだけでがんばろうとしないでください」

 

「クリーク……」

 

「私が一番側で見てきました。あなたのがんばりも、強さも弱さも、全部。夜、私が帰ったあともトレーナー室で遅くまで勉強しているのを知っています。朝、隈を私に気付かせないようにメイクで誤魔化してるのも知っています。……隠さなくていいんです、トレーナーさん。あなたの弱さを、私が支えますから。私の弱さを、あなたが支えてくれれば、それでいいんです」

 

「でも、わたし、トレーナーだから。先輩だったらこれくらい一人で──」

 

 

 そう言って返そうとするわたしの口を、クリークはそっと人差し指で抑えて、言葉を続けた。怒っているだろうに優しさを忘れない、彼女らしいお説教だった。

 

 

「ダメですよ、自分を自分で否定するのは。一番やっちゃいけないことです。困ったら隣を見てください。私が居ますから、私を頼ってください。役割とか、立場とか関係なく、寄りかかってください。私、簡単に倒れたりしませんから!」

 

「いいの? わたし、新人だよ? いっぱい迷惑かけるかもなのに……」

 

「一緒に乗り越えればいいじゃないですか。私とトレーナーさんは、一蓮托生のパートナーなんですよ?」

 

「……そう、だね。じゃあ──勝ってきて、クリーク。わたしたちの未来のために」

 

「任せてください! 私はあなたが育てた、ウマ娘ですから♪」

 

 

 よくできましたと言わんばかりの笑顔でわたしの頭を撫でてから、クリークは横を抜けてレース場の方へと駆けていく。

 本当に、わたしはダメダメなトレーナーだ。励ますつもりが励まされて、これじゃあ、どっちがどっちか間違えてしまう。

 

 

 あぁ、でも、これからは間違えないようにすればいいんだ。

 二人で一緒に、誰にも負けないシンデレラ(主役)になってみせる。

 

 ◇スーパークリーク◇

 誰かが言っていた。誰よりも早くターフを駆ければ、自ずと一着になれると。もっとも、私にそんな脚力はない。驚異的な末脚なんてのも、持ってない。私が持っているのは、よく見える目と競り負けない体力だけ。

 だったら、それを使って勝てばいい話。

 

 

 だが、どうしてだろうか。焦ってはいない。勝たなきゃいけないのに、私の心と頭は冷静で、ゲートインしていく他の子たちを見定める。残念なことに、前評判もあってか、みんながみんな私を警戒して牽制の視線を送ってくるが、痛くはない。どこまでも冴えた思考回路が不必要なものを消し払って、私の頭の中にはレースの予想が組み立てられていく。

 

 

 彼女たちが私を知っているように、私も彼女たちを知っている。トレーナーさんから貰ったデータに漏れはなく、どの子がどんな風に走るのか、どんな相手を苦手とするのか。仮想敵の構築も抜かりはない。

 目とスタミナしかないなら、頭を働かせる。

 疲れても思考力を保ち、チャンスは絶対逃さない。

 

 

『6枠3番、本日一番人気のウマ娘、スーパークリークが今ゲートイン。間もなく、レースが始まります』

 

『彼女は今期注目のウマ娘ですからね。どんな走りを見せてくれるのか、期待してます』

 

 

 実況の声が遠くに聞こえ、視界内の映像がスローになっていく。ゲートが開くその瞬間を見逃さないために極限まで凝らした目は、しっかりと私のスタートダッシュを成功させてくれた。

 

 

 出だしは好調。

 六枠で少し外よりだったこともあったが、問題なく四着目に付き。前は一バ身、後ろは二分の一バ身差。先頭との距離は三バ身ないくらい。切り進む道に余裕はあるし、順調だ。後ろが少し団子になっているようだが、概ね予想の範囲内。

 あとは、ここからの追い上げだが……400だ。400まで来たら仕掛ける。それくらいじゃないと、逃げを選んだ先頭の子との差が埋まらない。

 

 

 そんな、予想を覆さないための計画を立てている時に限って、イレギュラーが発生する。

 ゴールまであと800mはあるというのに、七着目に位置する子が仕掛け始めたのだ。たった一人、されど一人。誰かが仕掛け始めたら乗り遅れるわけにはいかないと、団子だった子たちが無理やりに上がってくる。外からの追い上げのせいで完全に外抜けが禁止され、残るは内。それも、後ろにいた子が縫い合わせるように入ろうともがいてくる。

 

 

 自慢の体力も、ここから仕掛けるには少し遠い。かといって、無視したらバ群に飲み込まれて抜け出すことすらできなくなるだろう。

 取れる選択肢は二つのようで、一つしかない。トレーナーさんに一着をプレゼントするためには──『今』、『ここで』流れを作るしか……ないんだ! 

 

 

「っ……! ここっ!!」

 

 

 蛇行するような内から外への抜け。前を陣取っていた子を内から抜かし、遮られる前の外に出る。そこからは残った体力の暴力で差を詰めて、ゴール。穴だらけで作戦とも言えないが、現状を打ち破るには必須な行動。前を横切る時は一瞬、進路妨害と見なされないようにスピードは最高な状態を維持したまま、駆け抜ける。

 

 

 ゴールへの距離も200を切り、あと少し。

 ギリギリの進行とバ群の脱出で脚の疲労は酷いが、まだ溜まりは残っている。

 

 

 トレーナーさんが自分を信じられるように。

 トレーナーさんが私を信じられるように。

 最初の一着がどうしても必要なんだ。

 

 

 だから、だから! 

 負けられない!! 

 

 

「……あぁ!!」

 

 

 私なりの叫びは誰に届くこともなく。けれど、私は誰よりも早くターフを駆けた。産まれて始めて、浴びるような歓声を聞いた──春の日。出会いから半年経ったその日が、二度目の始まりになった。




 次回もお楽しみに!

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