◇結花◇
年末年始を開けて開催を迎えた、URAファイナルズ。今日、わたしはその決勝の会場であり、因縁の場所である中山競馬場にやってきていた。……理由は、クリークの成績が認められ補欠ウマ娘から繰り上げで、この舞台まで勝ち抜いたから。
本当に、奇跡だと思った。
出られないと諦めていたからこそ衝撃も大きく、夢かと錯覚してしまう。
けど、違う。
これは、わたしとあの子の努力の結晶。その成果が目に止まった故の結果だ。まだまだ三年目の若輩者として、こんな大舞台に立つのは緊張で心臓が爆発しそうだが、わたしがやるべきことはまだ残っている。
それは──
「……遅かったね、クリーク」
「すみません。少し、ゆっくりしたくて」
クリークのラストケア。
走る前の彼女の心を最大限軽くして、のびのびと走れる体を作る最後の工程。先の敗北から二勝し、ここまできたクリークだが、今回のレースにはイナリワンやオグリキャップ、タマモクロスなどなど……顔見知りであり、彼女に泥をつけた相手が大勢いる。
だからだろうか、見るだけでわかった。体が強ばって、いつもの朗らかな笑顔も少しぎこちない。
ベテランのトレーナーなら、こういう時の解決法は頭に入っているだろうが、わたしは未だ手探りで。それとなく、レースに向かう彼女を引き留め会話を続ける。
「ううん、いいの。それより、体調はどう? 力は出し切れそう?」
「──わかりません」
「そっか……じゃあ、クリークはさ、走る理由って意識したことある?」
「……走る、理由?」
困惑するのも無理はない。
走る理由なんて心の底にあるもので、普段から意識でもしてない限り、レース中に強く認識できるものでもないだろう。だとしても、この日まで勝ち上がってきたウマ娘の多くはそれをものにし、自力で
だから、問いかけるんだ。
「うん。前、クリークはわたしに一着をプレゼントしたいとか、応援してくれる人の期待に応えたいとか、色々言ってくれてたでしょ? レース中、そういうの意識したことある?」
「ある、と思います。でも、
「……じゃあ、今日は作戦なんて忘れて走りたいように走って。心配しなくても、ステイヤーであるあなたなら途中で体力がなくなる心配もない。自分の心に従うの。自分の想いに応えるの。あなたが最高の走りをした時、きっと目の前には誰一人いないから」
いつかと同じように、クリークの体を抱きしめて、ポンポンと背中を叩く。大丈夫と教えるように、ゆっくり優しく、その背を叩く。
クリーク。スーパークリーク。わたしの愛バ。わたしの初めてのパートナー。あなたなら、大丈夫。あなたならきっとできる。あなたはわたしの、シンデレラだから。
「トレーナー、さん」
「よし! 行っておいで、わたしのクリーク! ゴールの先であなたを待ってるから!!」
「……はいっ! スーパークリーク、行ってきます!」
レース場に駆けるクリークを見送り、わたしも観客席の方に戻っていく。
URAファイナルズ決勝。長距離の初代チャンピオンを決める戦いが、始まった。
◇スーパークリーク◇
中山競馬場。芝の距離3600m。六番人気で、十枠七番。それが今日の舞台での、私の立ち位置。ターフに立つのは、誰もが一度は見た強者ばかりで、ステージでセンターになる子ばかり。
敗色濃厚な最高峰のレース。
けど、それ故にリベンジの絶好の機会でもある。
トレーナーさんに入れてもらった勇気と気合いは胸にあって、オグリちゃんたちとの軽い会話の中でも、私が研ぎ澄まされていく。
勝ちたい。
応援してくれる人の期待に応えるために。
勝ちたい。
今まで一緒にやってきたトレーナーさんに、一着をプレゼントするために。
勝ちたい。
あなたの笑顔を見るために。
誰よりも早くターフを駆け抜けて、掲示板に私の名前を刻みつける。それが、勝利の証明。軌跡の証。
自信なんてない。
足だって、震えてる。
それでも、トレーナーさんが待っていると言ったゴールまで、行きたい。
「……ふぅ」
ゲートに入り、体勢を整える。一着以外眼中にない。
ただ、想うままに走る。
組み上げたコース選択は捨て、レースの予想も捨て、余計な思考は省いていく。考えることが、邪魔だ。熱い想いに胸が応える限り、前に行く足を止めなければ私は勝てる。そうやって、自分で自分の背中を叩き、負けないための楔を打つ。穏やかに流れる時の中で、レース開始の合図として──ゲートは開かれた。
染み付いた習慣は自然と体を動かし、コースを縫っていく。走りやすい位置につき、3600mの長距離を仕掛けを誤らないよう、脚を溜める。五着目から七着目辺りをウロウロしつつ、風をかわしながら先を見た。一着までの距離は遠くない。これから離れていくだろうが、追いつける距離ではある。
問題は後方で団子になってる集団だ。
差し、追込の子たちに呑み込まれたら抜け出せなくなるのは必須。
だからこそ、絶対に仕掛けられないタイミングで、打って出る。
そう、それは例えば、まだ残り1000mはあるであろう後半頭。徐々に迫ってくる後方勢に牽制を仕掛けるように、ただがむしゃらに前に出た。セオリーなんてぶち壊して、自分のウマ娘としての勘と想いを信じる。
負けたくない意地と、勝って一着を届けることだけを胸に──前へ前へ、進む。
「……つぅ、はぁ……はぁ……!」
他の長距離レースなら終わってるであろう場所からの仕掛け。当然、呼吸は苦しくなり、溜めていた脚もどんどん弱っていく。更には、私に流れを渡さないようオグリちゃんたちも上がってきた。
肌で感じる、ピリピリとした感覚。
なんとなく、わかる。
少なくとも、後ろにいる子たちの半数は自力で領域へと踏み込んだんだど。
襲いかかるプレッシャー。重圧。ある意味目立ってしまった私に、射殺さんばかりの視線が降りかかり、余計に脚が重くなる……はずだった。
「いっけー!!! スーパークリーク!!!」
たった一人、埋もれてもおかしくないのに。
その人の声は、やけに耳に響いて。
初めて会った時のような綺麗な瞳と、目が合った。
こんな大舞台だというのに、いざレースになったらトレーナーさんは大抵、楽しそうに私を応援する。でも、私はそんなトレーナーさんだからこそ、傍に居たくて、隣を歩きたくて。
私は彼女の愛バとして──勝ちたいんだ!
「うぅ! ああぁぁぁぁぁ────!!!」
大きく、強く、私は吠えた。
初めて、腹の底から大声を出して、吠えた。
結局、何がトリガーだったのかわからないけれど、私は領域に踏み込み全てを薙ぎ払った。
作った流れを起点に、レースの全てを飲み込み──掲示板に私の名前が記される。スーパークリーク、いずれ大河になるようにと付けられた、私の名前。大切な人が呼んでくれた名前が、掲示板に載る。
未来永劫。忘れられない日が、また増えた。
トレーナーさんと出会ってから、また増えた。
次回もお楽しみに!
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