小川が大河に至るまで   作:しぃ君

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 まだちょっとだけ続くのです……!


終わらないエピローグ

 ◇結花◇

 URAファイナルズ決勝での勝利から早一ヶ月、二月も中旬に入った頃。わたしとクリークは忙しなく日常を過していた。

 取材、CMやテレビ企画のオファー、その他諸々。仕事が一気に増えたのだ。前々からちょこちょこそういう話はあったが、ここ最近は特に多い。クリーク自身も嫌がってないから、できるだけ断らず依頼を受けているけど、お陰でわたしの疲労はマックスだ。

 

 

 今日も今日とて、直近に控えたレースの調整やらスケジュールの調整やらをしながら、インスタントコーヒーを啜る日々。眠気を誤魔化したり、化粧で隈を隠すのも辛くなってきた。

 

 

「あの子もあんまり調子良くなさそうだし、息抜きの時間作ったり、仕事の制限も考えないと……」

 

 

 支え合いがモットーなわたしとクリークだけど、あの子は自然と無理をするタイプで、近頃はため息が増えてきている。体力は人一倍ある彼女も、限界を感じつつあるんだろう。トレーナーとして、なんとか言いくるめて余裕のあるペースを作らないと、次のレースで事故が起こる可能性も低くない。

 

 

「確か……前行った喫茶店の新メニューでジャンボパフェが始まったんだっけ。クリーク、あそこのデザートどれも美味しそうに食べてたし、喜んでくれるかな?」

 

 

 わたしも、久しぶりにクリークとゆっくり話したいし、なんて。ちょっとだけ自分勝手な想いを胸に、彼女のスマホに連絡を入れる。

 この時間なら、そろそろ写真撮影の仕事も終わる頃合いだろう。余裕があれば、撮った写真を貰うのが毎度の流れだったが、今回は雑誌の献本やでお預けだ。

 

 

『もしもし、クリーク? この後の予定なんだけど──』

 

 

 いつもと変わらないトーンで、それでいて彼女を流すように、お出かけに誘う。明日からがんばればいいから。そんな言い訳を重ねて、椅子から腰を上げる。

 三年間で培った、くだらないようでトレーナーとして必須なスキル。担当を休ませること。まだまだ新米のわたしの唯一の得意技だ。

 

 ◇スーパークリーク◇

 一人、雑誌の撮影会の帰り道。トレーナーさんから貰った連絡を頼りに、何度も通った喫茶店に向かって歩いていく。あの人は私をよく見てて、調子が悪そうだったり、疲れが溜まってる時は決まってお出かけに誘ってくれる。もっとも、余裕がある時という限定的なタイミングではあるけれど。こうして、二人の時間を作ってくれるトレーナーさんのことが、私は好きだ。

 

 

 本当は自分も辛いのに、そういうのを押し殺して私も向き合うあの人はとても綺麗で、少しだけ申し訳なくなる。

 ほら、今だって。寒いから、中に入って待ってればいいのに、店の外で私を待っている。紺のスーツの上から白のコートを羽織って、プレゼントした手編みのマフラーを巻いて、待っている。

 

 

 ふーっと、寒そうな手に息を当てて温めるトレーナーさんの姿は可愛らしくて、愛おしくて、見惚れてしまう。歳も離れているのに、同性だと言うのに、心奪われる魅力がトレーナーさんにはある。

 放っておいてしまったら、誰かに奪われてしまうんじゃないかと心配するくらいに、私は──()()さんが好きだ。

 

 

 だから、私は待っている結花さんのもとに小走りで向かって。震えるその手を、自分の手で包み込む。

 

 

「お待たせしてしまってすみません、トレーナーさん。寒かったですよね? 早く中に入りましょう」

 

「心配しなくても平気だよ」

 

「鼻が赤い人の言葉は信じません。ほら、中は暖かいですよ」

 

 

 そう行って、トレーナーさんの手を引いて、お店の中に入る。頻繁に、というほどではないけど、よく来る顔を出すからか。店員さんは、私たちが他のお客さんに囲まれないように、奥の目立たない位置のテーブルに案内してくれる。私は、そんな優しい店員さんに軽く会釈をして、席に着く。

 

 

「……うーん、わたしはコーヒーだけでいいかな。お腹も、そんなに空いてないし。クリークはどうする? やっぱりジャンボパフェにいっちゃう?」

 

「はい♪ 以前から楽しみにしていたので。トレーナーさんも、少しいかがですか?」

 

「あはは。じゃあ、一口か二口くらい貰おうかな」

 

「ふふっ、わかりました。それじゃあ、注文しちゃいますね!」

 

 

 ピンポーンと音が鳴り、やってきた店員さんにさっきまとめた注文を伝えると、店員さんは「かしこまりました」と言って去っていき、私と結花さんの二人の時間が始まる。

 忙しくても顔を合わせる機会は多いからか、話題は少ないけど、偶に挟まる無言の間さえ私は心地よく感じてしまう。

 

 

 些細なこと、これからのレースのこと、他愛のないこと。尽きそうで尽きない会話は、お仕事での疲れも癒してくれる。これが、私だけじゃなくて結花さんもそうだったらいいな、なんて。わがままが過ぎるのだろうか? 

 

 

「……おぉ、想像してたより大っきいね、そのパフェ。クリークの顔が見えなくなっちゃったよ」

 

「そうですね〜。でも、これなら分けっこしても全然大丈夫ですよ?」

 

「だね。お先にどうぞ、クリーク。わたしはあとでちょっと貰えれば十分だから」

 

「はーい♪」

 

 

 届いたパフェは、トレセン学園の食堂で買えるパフェと遜色なく、味もこの店特有の癖のない甘さ控えめの飽きないものだ。いつも量を食べてしまう私たちの体からしたら、飽きない味付けというのは嬉しいもので、結花さんが初めてここを教えてくれた時も「ここは何回来ても飽きないんだよね」と、言っていたのを憶えている。

 

 

 今、目の前に座る彼女の表情が見れないのは残念だけど、きっと前と同じように、優しそうな笑顔で私を見ているんだろうなって、わかってしまう。

 色々なことがあって、挫折して、起き上がって、いつだって二人で歩いてきた。もし、こんな毎日が続いてくれたら、それ以上なんてないんだろう。そう思えるくらい、現状に満たされている。

 

 

 けど、一歩くらい関係を先に進ませたい私がいて、イタズラするように結花さんの方にスプーンを持っていく。

 

 

「トレーナーさん。あーん♪」

 

「さ、流石にここではちょっと……」

 

「遠慮しないでください。とっても美味しいですよ?」

 

「……あ、あーん」

 

 

 ほっぺたを赤くして、あーんをされた結花さんはチラチラと周囲を確認しつつ、小声で「美味しいね」と呟く。

 なんてことはない。

 こんな何気ないやり取りが、ちょっとだけズルい間接キスが、私と彼女の距離を縮めてくれる。

 

 

 温かい時間だ。

 

 ◇

 

 喫茶店をあとにし、帰りの電車の中。

 退勤ラッシュから少しズレた時間だったからか、人混みはなく、私と結花さんは並んで座席に座っていた。ガタンゴトンと揺られ、一駅、また一駅と過ぎていく。

 あと、もう二、三駅でトレセン近くの駅に着く頃、肩にトンと温かい重みを感じた。

 

 

「トレーナー、さん?」

 

「ん……んぅ……」

 

「……最近は忙しかったですもんね。お疲れ様です」

 

 

 大人なのに、どこか子供のような寝顔で眠る彼女の髪を優しく撫でて、体を自分の方に引き寄せる。

 仄かに香るシャンプーの匂いと、不思議と苦痛に感じない重さが、私の心を溶かしていく。もうちょっと。あとちょっとだけなら、間違ってもいいような。そんな風に、心を動かしていく。

 

 

 だけど、私と結花さんはあくまでトレーナーと担当ウマ娘でしかなくて。友達や恋人の所までは届かない、ベクトルの違う絆を結んできた。

 故に、それ以上はなくて。ただ、ここまでが限界で。そっと彼女を抱きしめて、名前を呼ぶ。

 

 

「おやすみなさい、結花さん。良い夢を」

 

 

 どうか──今が終わらない夢を。私にも。




 次回もお楽しみに!

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