◇結花◇
桜散り、初夏を抜け、梅雨も去り、暑い暑い夏がやってきた。四度目の合宿も、繰り返していけば慣れたもので、スムーズに進む……はずだったんだけど、複数人担当するための予習ということもあり大忙し。水分管理やタオルの準備、複数人似合わせたトレーニングや併走の設定、砂浜練習でのコツの伝授。加えて、まだ担当がいない子を怪我させるわけにはいかないので、慎重に慎重を重ねたスケジュール調整もあり、毎日ヘトヘトになっては泥のように布団で眠る日々だった。
癒しであるぬいぐるみも無ければ、クリークともすれ違うことが多く、ストレスは溜まるばかりで何度投げ出そうと思ったかわからない。けど、合宿前に約束した夏祭りデートが、ギリギリの所でわたしを繋ぎ止めていた。
それはもう、当日は鼻歌が漏れるくらいには楽しみで、これまで以上のパフォーマンスを発揮し、夜まで余裕を持って過ごすことができたのだ。
「お仕事お疲れ様です、トレーナーさん。……それじゃあ、行きましょうか?」
「うん。夏祭り楽しもうね、クリーク」
手を握って、二人で歩きながら、四回目の夏祭りデートが始まった。一夏の間違いが始まった。
◇
屋台は色々あって、チョコバナナや綿菓子、りんご飴などのお菓子系だったり。たこ焼きやお好み焼き、焼きそばなどのご飯系だったり、いくつもの屋台が並んで、射的や輪投げなんかもあった。
夕ご飯を抜いてきたからか、二人であっちこっち並んでは買って食べ歩いて、偶に遊んで時間が過ぎていく。
そうして、フラフラと次々お店を回っていると、射的の屋台に可愛らしいクマのぬいぐるみが見えた。右耳に小さな青いリボンがあしらわれたそのぬいぐるみは、どこかクリークのように思えて、自然と体が向かっていく。
「トレーナーさん? 射的……やりたいんですか?」
「……あぁ、ごめんね。上段にあるクマのぬいぐるみが可愛くてさ。欲しいなぁって思ったら、自然と足が……」
「リボンの子ですね……わかりました!」
「えっ? ちょっ、クリーク? 平気だよ、わたしこういうの苦手じゃないし──」
「私が取ってあげたいんです!」
ふん、と力強く言うクリークは可愛くて、それでいてその目には真剣な色があって、わたしには止めるなんてできなかった。多分、こんな些細なことでも一生懸命になってくれることが、嬉しかったんだと思う。普段、あんまりこういうゲームに慣れてない彼女は、何度も失敗しては再チャレンジして。二桁目の試行回数に突入してようやく、クマのぬいぐるみがぽとりと棚から落ちた。
きっと、その時の彼女の年相応の笑顔を──わたしは生涯忘れないだろう。
「やりました! 落としましたよ、トレーナーさん!」
「あはは、ありがとう、クリーク」
「はいよ、お嬢ちゃん。おめでとさん。いやぁ、久しぶりにここまで負けず嫌いな子を見たよ。はっはっは!」
「ありがとうございます! では、どうぞ。受け取ってください、トレーナーさん♪」
ニコニコと嬉しそうな表情でぬいぐるみを渡してくるクリークに、わたしも精一杯の笑顔で答え、また歩き始める。ぬいぐるみを見る度ににやけそうになるのを必死に我慢して、毎度花火を観る場所に向かった。
人通りも少なく、空を遮るものもないその場所にシートを敷いて、花が咲くその時まで他愛ない話をする。
とは言っても、結局はレースや練習の話題は切り離せず、やれ次のレースがとか、やれ明日のトレーニングはとか、走ることを考えてしまう。だって、今までずっと走り続けてきたから、それが当たり前で、普通のことになってしまったから。
クリークがこうしたいと言えば、それじゃあこういうやり方も試してみようとか、口から言葉が飛んでいく。
もっとも、そうした会話を切り裂くように、空に火の華が咲いた。
赤かったり、青かったり、緑だったり、様々な色彩の花が咲き乱れ一瞬の中で散っていく。綺麗だった。綺麗だったから、そんなことすら伝えたくて横を向けば、クリークもわたしと同じことを考えたのか、こっちに振り向いていた。
「綺麗だね」
「綺麗、ですね」
ギリギリ聞き取れる。そんな小さな声のやり取りの中で、ふと──魔が差してしまった。普段なら面と向かって言えない想いも、花火が遮って伝えられるんじゃないかって。身勝手で、わがままな願望が芽生えてしまった。
「好き」
「……………………」
「大好き」
「……………………」
「わたしだけのクリークで、いて欲しいな」
「……………………っ!」
忘れていたんだ。
想いが塗り潰して、忘れていた。
彼女は、わたしが思うより耳がいいことを。
ピクリと震えた耳に、徐々に赤くなっていく顔。全部、聞こえていたんだ。聞こえていたのに、聞こえないフリをして、関係を壊さないようにしてくれたんだ。──本当に、私はバカだ。
「ごめんなさい!」
「っ!? クリーク!」
「……来ないで!」
「ぁ……」
「少し、一人になりたいんです。ごめんなさい」
四度目の夏、わたしは一人、花火を見上げた。
心が押し潰されそうだった。
◇スーパークリーク◇
ズルい。ズルい、ズルい、ズルい。
ずっとずっとずっと、私は我慢していたのに。私は吐き出さないようにしていたのに、トレーナーさんはあんなにもあっさり言ってしまうんだもの。なんで、今なんだろう。やった収まった関係になれたのに。互いを大切だと思えるようになったのに。
私が恐れる一歩を、あなたはなんでそんなにも簡単に踏み出せるんですか?
「……苦しい」
息ができないくらい苦しくて、それなのに胸の高鳴りが止まらない。苦しいのに、好きと言われて嬉しくて、嬉しくて堪らなくて、それがまた苦しい。
夢見るだけで満たされていたのに、またあなたが穴を開けていく。愛しい穴が開いて、そこからまた新しい感情が埋め込まれる。
私の方が好きなのに。大好きなのに。
私の方がずっと一緒に居たいのに。
全部、あなたが言ってしまう。
言いたかったことも。全部全部、言ってしまう。
必死に押さえ込んだ感情が溢れ出しそうで、一線が掻き消えてしまいそうで、おかしくなる。もういっそ、ぐちゃぐちゃに壊してしまえばいいのに、それができないのは──
「あなたが、好きだから」
普通に告白して。
普通に付き合って。
普通に結ばれて。
そんなどこにでもある過程を壊したくない。きっとそれさえも忘れられない思い出になるから、壊したくない。
だから、トレーナーさんはズルい人だ。
本当に──
次回もお楽しみに!
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