モンスターが死んだときに残るのは塵のみである。肉体のほとんどがCommon粒子からなる地上の生物と異なり、モンスターは骨が残ることはないため、先史時代のモンスターに関して調べることは難しい。彼らを探る上で手がかりとなるのは、過去のモンスターが作った物品や住居の残骸や、残留した塵の化石などが主である。これらは地上の人類によって研究がなされており、我々は彼らの研究を地下に落ちてきた物品から断片的に知ることができるが、彼らがモンスターの遺物を人間の部族のものであると勘違いしている事例が多い都合上、その精度はあまり高くない。
組成の違いからも明らかなように、モンスターはCommon粒子からなる生物とは生物学的に全く異なる種族である。しかし、モンスターの起源を語る上で、ヒトの解説を避けて通ることはできない。ヒトは、カタツムリや植物のように肉体の大部分がCommon粒子からなる生物の中で、唯一、モンスターと同等の知性を有している。同じ言語を使用しており、表情や思考、知性も我々とほぼ等しい、文化的に非常にモンスターと近い存在であると言える。
モンスターの発生時期および、具体的な発生の経緯については諸説あるが、ヒトが関わっていることはほぼ確実であるとされている。魂の定量的な観測が可能になった1900年代には「砕けたヒトの魂のかけらが最初のモンスターの魂になった」とする説と、「未成熟なヒトの魂が最初のモンスターの魂となった」とする説の二つが代表的な仮説であった。特に前者はモンスター全ての魂の総量が人間一人分の魂とほぼ等しいことから支持されてきたが、モンスターの人口の増減に対してモンスター一人あたりの魂のエネルギーに変化がなかったため、否定されつつある。
代わりに現代で主流となっていのは、「モンスターの魂は大気中に飽和した人間の魂が再結晶したものが起源である」という主張である。以下ではこの説に基づき、ヒトの生物学的な歴史と共にモンスターの発生について解説する。
2.1. 水体生物の進化とヒトの魂
Common粒子からなる生物は水を多く含むことから、一般に水体生物と呼ばれる。地下世界に生息する代表的な水体生物として、蜘蛛やカタツムリ、植物が挙げられる。蜘蛛と植物は全く異なる形状の生物であるが、元を辿れば彼らは同一の起源を有している。このことは、細胞*1などの生物としての基礎的なつくりが共通していることが根拠となっている。最初の水体生物が誕生したのは海*2であり、初期の水体生物の体は非常に単純な構造をしていた。
水体生物は体内に遺伝情報を有しており、この遺伝情報をもとに肉体が構成される。親の遺伝情報をもとに子供が作られるため、水体生物の親子は非常によく似た形質*3を有する。これらの水体生物は、代を重ねる中で遺伝情報、すなわち形質が変異し、生存に有利な形の個体が生き残ることで知られている。これが進化である。最初の水体生物は単純な形の生き物であったが、徐々に様々な形へと分かれていき、現在見られるような蜘蛛や植物へと進化した。水体生物と同様に、モンスターも親から子へ遺伝情報を受け継いでいるため、親子の形質が似通っている。ただし、水体生物の遺伝情報は体内の細胞に記録されているのに対し、モンスターの遺伝情報は魂に記録されており、子の魂の生成と共に親の魂から情報が転写されるという違いがある。
具体的な進化の例を挙げる。最もわかりやすい例の一つは、身体能力の変化であろう。例えば、より速く駆ける個体は狩猟や逃走に有利であるため、野生下では、足の遅い個体よりも、足の速い個体が生き延び、より多くの子孫を残す。この傾向が何代にも重なることによって、種族全体としてより足が速くなる。このように、有利な形質が世代を越えて自然選択され、適応していくことで進化が起こる。
生物の足の速さは体重や筋肉のつき方など、目で見てわかりやすい体の形状に依存するものであるが、進化はこのような生物の外型のみならず、内部の構造にも及ぶ。例を挙げると、一部の植物は他の動物や昆虫に食べられないようにするために、体内で毒を生成できるように進化した。その多くは地上に生息しているが、この地下世界にも、キンポウゲ*4などの数種類の毒草が存在している。
ヒトの魂も、植物の毒と同様に、体の内部構造の進化によって、他の水体生物とは一線を画す強度になっている。ヒトの魂が発達した理由については諸説あるが、魔力波を利用した個体間の非言語コミュニケーションのために魂をより大きく進化させたという説が有力である。Common粒子と異なり、魂を構成するPsyche粒子は魔荷を含んでいるため、魔力波を発することが可能である。古代のヒト(またはヒトの祖先にあたる猿人)は、この魂から発せられる魔力波を利用して仲間との情報伝達を行なっていたとされる。この魔力波による交信は、ヒト(やモンスター)のような強力な魂を持つ生物にしか行えないため、ヒトの集団が狩猟をする上で大きな武器となっていたと考えられている。現代のヒトは言語機能が発達したために、魔力波による交信能力はほぼ喪失している。感情によって魂の状態が変化する現象はモンスターだけでなく、ヒトにも見られるが、これが古代の魔力波コミュニケーションの名残(なごり)である。
2.2. モンスターの発生
よく知られているように、ヒトの魂はモンスターの魂よりも非常に強力である。このため、モンスターと異なり、ヒトは肉体が死亡しても魂が壊れることはない。しかし、ヒトの魂も不滅ではない。もしヒトの魂が不滅であるならば、地上はヒトの魂で埋め尽くされているはずであるが、現実にはそうなっていないことからも明らかである。地上で行われた実験記録によると、直接太陽光にさらされたヒトの魂は徐々に粒子間の結合が解け崩壊し、崩壊後の魂はPsyche粒子のガスとしてその場に残存する。この現象により、人口の多いヒトの都市部では農村地域よりも空気中のPsyche粒子濃度が高くなっている。
ここで着目すべきは、どの時代でも、出生数(または死亡数)と大気中のPsyche粒子濃度の比は一定となっていることである。地上の考古学分野で行われたPsyche粒子含有率測定からも、ヒトの人口の増加とともに空気中のPsyche粒子濃度が急速に高まったことが確認されている。
原始的なヒト族は他の野生動物と近く、狩猟と採集によって食糧を得ていた。この時代は食糧の供給が安定していなかったため人口が少なかったことが知られている。約一万年前から、ヒトが世界各地で農耕または動物の家畜化を行い、食糧の生産を始めた。これによりヒトの人口は急速に増加し、出生数および死亡数の増加に伴って大気中のPsyche粒子濃度は爆発的に増加した。
高濃度のPsyche粒子ガスが滞留している環境下で、偶然、何らかのきっかけを得てPsyche粒子ガスが収縮し、再結晶化したことで原始的なモンスターの魂が生成された。原始魂は周囲のPsyche粒子やShadow粒子を取り込みながら成長を続け、また、ヒトの魂から発せられる魔力波を浴び続けることで形質情報を手に入れた。
この仮説では、モンスターの魂とヒトの魂の原子組成比が異なる理由も説明できる。Psyche粒子グループにはもっとも簡単な構造のpneuma原子を始めとして、多数の原子、無数の分子構造が存在しているが、ヒトの魂からガス化、再結晶化した過程で原子質量の重い成分が分離されたため、モンスターの祖先である原始魂は大元となったヒトの魂と異なる性質を有しているのである。
この原始魂は単体では不安定であるため、原始魂は発生・成長の最初期の段階でShadow粒子による霊殻を生成する機能を得たと考えられる。この魂の不安定性も現代のモンスターへ受け継がれており、霊殻は今のようなモンスターの体へと進化した。
また、ヒト族は地球上のすべての大陸に生息しており、複数の大陸で同時多発的に農耕が始まっていたが、モンスターの分布がイビト山周辺に限られていたことから、Psyche粒子ガスからモンスターが発生する現象は極めて稀なものであったのだと推測される。
第1章で述べたとおり、Shadow粒子を構成する素粒子は魔荷を持つが電荷を持たないため、電場・磁場の波である光(電磁波)と相互作用しない。このため、魔法で生み出されたShadow粒子単体からなる物体(純Shadow体)はCommon粒子からなる機械で観測することはできない。モンスターがCommon粒子からなる物品を触ったり、機械でモンスターを撮影したりすることができるのは、モンスターがShadow粒子のみからなる純Shadow体ではなく、Psyche粒子やCommon粒子が混ざった複合体であるためである。
初期の霊殻は魔法と同じく純Shadow体であったと思われるが、原始魂の進化に伴い、地球内の物質中のPsyche粒子も取り込むようになった。その際にPsyche粒子に付随してCommon粒子も体の中に組み込み、これに適応して進化を続けたため、モンスターの体は地球内で他に類を見ない特殊な組成比になった。このように、モンスターの体はShadow粒子だけでなく、Psyche粒子や微量のCommon粒子からなるため、光を見たり、Common粒子からなる物質(地面や金属など)に触れたりすることができるのである。また、モンスターが死んだときに発生する塵は、体内に含まれる微量のCommon粒子である。
2.3. モンスターとヒト
地球のほとんどの物質および、人間を含む生物は、およそ99.7%のCommon粒子と0.31%のPsyche粒子で構成され、Shadow粒子はほぼ含まない。対して、モンスター族は97%のShadow粒子、2%のPsyche粒子、1%のCommon粒子で構成される。魂の構成はモンスターとヒトで大きく異なるが、Psyche粒子が主成分となっているのは共通している。
前述の通り、Common粒子は魔荷を持たないため魔力波が素通りし、同様に、Shadow粒子は電荷を持たないため電磁波(光)が素通りする。Psyche粒子はどちらの荷も持つため、3種の粒子の複合体を作るとき、Common粒子とShadow粒子を結びつける繋ぎの役目を果たす。これらの荷による性質がこの世の全ての物体の振る舞いを決定し、同時に魔法の特徴的な性質も説明する。
モンスターの魔法は、空間内に豊富に存在するShadow粒子を魂から発する魔力波で操る技術である。魔力波を介して、エネルギーと物体の情報を空間中のShadow粒子に投影している。モンスターの体も同じ原理で生成・維持されている。魔法によってできているモンスターの体と、魔法の根源となるモンスターの魂は、互いを安定させる関係にある。このため、魂または体のどちらかが重度の損傷を受けると、連鎖的にもう片方も不安定になり、死亡してしまう。
モンスターの体の大部分はShadow粒子でできているため、同じくShadow粒子で構成される魔法に触れることができる。Shadow粒子を主成分とする体に魔法があたると、魔力波や魔法による構造物はモンスターの体に吸収され、主に熱エネルギーに変換される。こめられた魔力の多寡にもよるが、一般に、術者に攻撃の意思がない限り、魔法がモンスターの体を傷つけることはない。意図してモンスターの体を分解するためのエネルギーを込めていなければ、モンスターには無害である。これに対し、Common粒子で構成される地下の物質や生物は、魔荷を持つ素粒子をほとんど持たないため、魔法が素通りしてしまう。ヒトはCommon粒子を主成分とする肉体と、Psyche粒子を主成分とする魂を持っているため、魔法は肉体を素通りし、魂に直撃する。モンスターの魔法がヒトにとって致命的なのはこのためである。
逆に、ヒトからモンスターへの影響を考える。ヒトの魂はモンスターをはるかに超える量のPsyche粒子を含んでいるため、ヒトはモンスターを大きく上回る強度の魔力波を発することができる。また、前述したように、ヒトの魂から発せられる魔力波は、感情によって変化することがわかっている。暴力的なほど「モンスターの体の結合を壊す」のに必要なエネルギーが含まれるようになるため、LOVEの高いヒトはモンスターの天敵となる。ヒトの殺意はモンスターにとって致命的な毒である。ヒト族の多くよりも魔法を高い精度で扱うことができた我々が戦争に負けたのは、ヒトの魂の強度に起因する。
2.4. ヒトの魂の利用
パンの伝説*5で知られるように、モンスターはヒトの魂を吸収することで莫大なエネルギーを得ることができる。
モンスターがヒトの魂を吸収した場合、Psyche粒子の均衡が崩れ、魂の中心部で核融合という現象が起こり、大量のエネルギーを放出する。これが「ヒトの魂は莫大なエネルギーを有する」と言われる所以である。この節ではモンスターの体内で起こる核融合のメカニズムについて解説する。
原子は原子核に含まれる荷子の数で分類される。これは、原子間の化学的な結合が最外殻衛子の数によって支配されているためである。このような、化学反応のエネルギースケールでは原子同士の結合の変化は起こるが、原子そのものは不変である。しかし、より高エネルギーの世界では、原子も不変のものではなくなり、代わりに素粒子が不変な最小単位となる。原子核自体が変わる反応を核反応、または原子核反応という。
核反応は「原子核同士が合体し、より質量数の大きい原子核ができる現象」と「原子核が分裂し、質量数の少ない複数の原子核に分裂するもの」の二種類に大別することができる。前者を核融合と呼び、後者を核分裂と呼ぶ。ヒトの魂を取り込んだモンスターの体内で起こるのは、前者の核融合である。
原子核の質量は、それを構成する核子の質量の総和よりも小さい。原子核の質量と、核子の質量の総和の差を質量欠損という。核子の数をA、核子の質量をm_p、原子核の質量をm_0と表すと、質量欠損は次の式で書き表せる。
$$ \Delta m = A m_p - m_0 $$
この質量欠損は、質量とエネルギーの等価性の式
$$ E = mc^2 $$
で理解することができる(E:エネルギー[J]、m:質量[kg]、c:真空中の光速[m/s])。この式は、エネルギーを持つ物体は質量を得て、逆にエネルギーが低く安定した状態にある物体は質量が軽くなることを表している。つまり、質量欠損は、バラバラの核子で存在しているよりも原子核としてまとまっていた方が低エネルギーであり、安定しているということを意味している。
図5.質量欠損
原子核の安定性は原子番号・質量数によって異なっている。Psyche粒子グループの中で最も安定した原子は原子番号26、質量数56のastral原子である。よって、この原子に近づく方向への核反応ではエネルギーを取り出すことができる。ヒトの魂を燃料とした核融合も、このエネルギーを取り出す方向での反応である。
ヒトの肉体は魂を安定化させるための装置として非常に優秀な性能を有しており、ヒト体内にあるときは魂がエネルギー源となることはない。体内で大きなエネルギーが発されるのはヒトの肉体にとって非常に危険なことであるため、ヒトの体はポテンシャルの壁を越えるような魔力波を発せられない構造をしている。これに対し、モンスターの体は魔法の取り扱いに特化しており、自在に魔力波を発する機能を備えている。この機能により、取り込んだ人間の魂に魔力波を当てることで、ポテンシャルの壁を越えてPsyche粒子の原子核同士が接近し、核融合が引き起こされる 。
質量欠損と同様に、エネルギーを失うと質量も減少する関係性を利用して、反応の前後の質量差Δm'から放出されたエネルギーを算出することができる。
モンスターの体内で起こるのは、正魂子一つの原子核を持つpneuma原子4つから、正魂子二つと中性子二つの原子核を持つanima原子を生成する反応である 。よって、反応前後の質量差は
$$ \Delta m ^{\prime} = 4 \times m_{pneuma} - m_{anima} $$
で得られる。
<講義課題>
4つのpneuma原子からanima原子を生成する核反応で得られるエネルギーEを求めよ。ここで、pneuma原子とanima原子の質量をそれぞれ$m_{pneuma} = 1.0073u$, $ m_{anima}=4.0015u $、真空中の光の速さを$c = 3.00 \times 10^8 m/s$、電気素量を$1C=1.60 \times 10^{-19} C $、$1u=1.66 \times 10^{-27} kg$とする。
ヒトの魂一つから得られる全エネルギー$E_{all}$を計算せよ。ここで、ヒトの魂の質量を21.0g、質量の96%をpneuma原子とし、全てのpneuma原子が核融合するものとする 。
出席票に名前、学年、学籍番号、計算結果を記入して、教卓上の箱に提出せよ。
サンズの計算ノート