ラ・ベート 〜アレは本当に動物だったのか〜   作:川内かまぼこ

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ジンギスカン食べたことない。


羊の話

 スケープゴートという言葉を知っているだろうか。所謂生け贄のことだ。キリスト教にとって羊とは神聖な生き物であり、それはその発祥が遊牧民族に由来するからである。遊牧民族は、農耕民族を毛嫌いするきらいがあり、実際に旧約聖書ではカインとアベルの話が有名だ。羊を生贄に捧げた弟と農作物を生け贄に捧げた兄。神は羊のみを受け取っている。結果、兄は弟に怨嗟を抱き、人類初めての殺人が起きた。まあ、農耕民族も遊牧民族を野蛮な民族と蔑む事があるため、お互い様な話だ。私の唯一敬愛する先輩は、自身を忌み嫌われた一族の末裔と話しており、大層な呪いをその身に宿して産まれてきたという。何度もいうように呪いとは汚れだ。汚れは積み重ねるごとに、濃く深く広がっていく。ならば自分ほど穢れた存在はいないと先輩は語った。「なにせ、日本がまだ神代と呼ばれていた頃からの呪いだからな」と。

 

******

 

「先輩に何をしたんだ」

 

そう尋ねるも微笑みだけを返す美鈴に苛立ちを隠せないでいる。それに気付いたのか、美鈴の顔つきも険しくなった。

 

「あんなに優しくて!頼りになって!かっこいい!僕の大好きな先輩をどこへやったんだ!」

 

「そう、その先輩はいったいどこに…?」

 

いや、東風先輩は別に優しくも頼りになる訳でも大好きでもないのだが。声のした方へと視線を向けると東風先輩が普通にいた。

 

「もっと言ってやれ!スイカちゃん!」

 

「西瓜です。ていうか、何してんですか先輩」

 

先輩は普通に五体満足でいた。普通に無事だった。何だったんだよ今までのシリアスは。

 

「そんな馬鹿な。たしかにドラム缶にコンクリートで固めて海に沈めたはずなのに」

 

こっちはこっちで、ヤクザみたいなこと言ってる。

 

「だめだよイチゴちゃん。殺したい相手はちゃんと死んだかどうか確認しないと」

 

「イチゴじゃないです。美鈴です」

 

「さらにいうと俺には、ここぞとばかりに助けに来てくれる少女漫画ヒーローみたいな彼女がいるんだから。ねぇ、アンちゃん」

 

「あはは、アンちゃんって呼ぶなっつってんだろ」

 

いつのまにか、庵さんもいる。相変わらずイケメンだな庵さん。

 

「やあ、君が僕のしょうもない彼氏を殺そうとしてくれたお姫さま?お陰でしょうもない仕事が増えたからお礼を言いにきたよ」

 

「またまた〜アンちゃんは相変わらずツンデレのツンが強いなぁ。俺を助けた時はなきそウッ‼︎」

 

「アンちゃんというなと言ってるだろう?」

 

庵さんの見事な回し蹴りが先輩の溝内に食い込んだ。これは果たしてツンデレというのだろうか。庵さんの表情には照れ隠しなどなく、嫌悪感しかないように見える。この二人、なんで付き合ってるのか前から疑問だったのだが、庵さんなんか先輩に弱みでも握られてるのかな。

 

「いや〜スイカちゃんも迷惑かけてごめんね」

 

「西瓜です。別に好きで先輩のこと心配したわけじゃないです。自分のせいで先輩が死んだら目覚めが悪いんからであって勘違いしないでください」

 

なんか自分の方がツンデレみたいなセリフを吐いてしまった。

 

「美鈴に仕返しにきたの?」

 

忘れそうになってたが、いま初対面の女の子に猟奇殺人鬼と間違われて崇拝されてる途中だった。

 

「いや、スマホ返してもらいにきた」

 

「・・・海に捨てた」

 

「あっそう、じゃあいいや。そろそろ買い替えどきだったし、今からアンちゃんにお礼として高級なジンギスカン屋さんに連れて行かされるんだけど。二人ともくる?悲しいことに俺の奢りだよ」

 

普通、自分を殺しかけた人間を食事に誘って奢るとかしないだろう。先輩のそういうところが、なんとも恐ろしい。

 

「あんた、なんか・・・気持ち悪い」

 

「よく言われる。大事にしなよ、イチゴちゃんみたいな“普通の子”はそういう感覚がいざというときに役に立つから」

 

と言って先輩はじゃあねと言って帰路に着く。庵さんも美鈴に「次はないよ」と言って先輩の後に続いた。自分も追いかけようと席を立つ。

 

「ラ・ベートさま!あんな奴のところに行くんですか!羊を、生命を食べることに罪悪感も覚えない奴らのところに行くんですか!」

 

案の定、美鈴に呼び止められた。

 

「君の間違えを三つ正す。一つ、自分はラ・ベートじゃない、ただの虫です。二つ、自分はヴィーガンじゃないので、肉も魚も食べることに罪悪感は感じません。三つ、自分はあなたに対して怒ってます。自分のことで他人が巻き込まれることに不快感しか感じません。そして、忠告します。先輩をこれ以上巻き込むのはやめた方がいい。あの人は、君が思っている以上に怖い人だ。庵さんの言う通り次はないと思ってください」

 

そう言って立ち去ろうとする自分を、美鈴は尚いっそう声を荒げて呼び止める。

 

「美鈴じゃだめなんですか!どうして美鈴を選んでくれないんですか!美鈴はあなたがいないとダメなんです!」

 

これからどうすればいいんですか!と鳴き叫ぶようにいう美鈴に自分は溜め息がでる。

 

「何かに縋りたいとか、何かに憧れる気持ちは自分も痛いほどわかる。けれどそれを自分に、一端の人間にもなれていない自分に押しつけないでください。その重みで自分は簡単に潰れます」

 

「・・・美鈴をお兄ちゃんみたいに食べてくれないんですか?」

 

「自分は・・・綺麗なものは食べないってきめてますから」

 

自分はそう言い残すと今度こそ、先輩を追ってカフェテラスを後にした。

 

「それでもあなたが、あの日から美鈴のラ・ベートさまです」

 

******

 

昔々のお話、とある朝廷に負けたまつろわぬ一族がいた。生き残った四十九人は荒地に追いやられ、とある呪いを受けたという。“汝らのゆくさきに安息はない、野に放たれし獣たちよ。その末代まで汝らの権威が畜生をこえることはない。廃れ、衰え、滅びよ。残り一人になりしとき、傍に立つは屍肉を喰らう虫だけの野獣どもよ”とかつて神とまで呼ばれた者たちは人間以下、獣以下の烙印を押されたのだ。しかし、この一族もただでは転ばなかった。“怨敵が我らを獣以下と呼ぶのなら、我らはそれを育てよう。餌を与え、飼い慣らし、肥太らせ、いつか怨敵に差し出そう。それまで膿み、増え、栄えるがいい。我らの子孫が必ずや怨敵を狩りとるだろう”と。一族がおこなったことは実にシンプルだ。四十九人から一人を選び出し、その一人に残りの四十八人の呪いを押しつけた。一人を生贄の子羊にしたのだ。こうして、一族は永らえたという。代を重ねるごとに呪いを積み重ね、膿み肥えた呪いを現代まで受け継いだのだ。「人は恩を簡単に忘れるけど、怨みはいつまでも忘れない。しかし、その怨みもときには濁りすぎて見当違いな方向に行くときがある」と先輩はいう。月日が経つと呪いはあらぬ方向へと変化する。一族を獣以下にして殺す呪い、一族を一人を生贄にしてでも生き残る呪い。そして、押し付けられた一人の呪い。先輩の代にはより複雑な呪いへと変わっているとう。先輩が呪いを研究するのも、いつか自身にかけられた呪いを解くためだそうだ。私は、先輩の一族とアレはなんらかの関係があるのではないかと考えた。故に、私は先輩との交友を今でも続けている。

 

  『アレは本当に動物だったのか』

  外伝2 生け贄とアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風




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