ラ・ベート 〜アレは本当に動物だったのか〜 作:川内かまぼこ
はたしてそうかな?
私がアレを初めて見たのは、私がまだ七歳の頃だった。私はその頃、三日ほど山で遭難したのだ。理由は私の母、厳密には母だった人に会うために山を越えようとした。母がいなくなった時、父は私に「お母さんはあの山の向こうにいる」と言ったのを間に受けた結果の行動である。私が山の中を彷徨ったのはたった数日だったが、幼い私には何ヶ月にも渡る苦行のように感じられた。そこで私は出会ったのである。巨大な、大木のような角を持つ四足獣に。私は、この日この時この瞬間に初めての感情を抱いた。こんなにも、こんなにも・・・
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「“美しい人を見たのは初めてだ。”それが東風が最初に僕を口説いた言葉かな」
ジンギスカン屋さんで、呑み食いをしている途中で自分と庵さんはタバコを吸いに喫煙ルームにきている。そこで、自分は東風先輩と庵さんの馴れ初め話を聞くことになった。
「あいつそれを僕が、泣いてる時に言うんだよ。最低だよね」
「それで先輩にコロッと落ちたんですか」
「僕はそんな安い女じゃないよ」
あははっと庵さんは爽やかに笑った。タバコを吸ってる姿も絵になるなこの人。
「じゃあ庵さんは、先輩のどこがよくて付き合ったんですか?」
「うーん、東風といると自然でいられることかな。あと、なんかほっとけないとか色々あるけど。多分、1番は同情」
「同情?」
「うん、捨てられた子犬をほっとけないみたいな」
まあ、確かに東風先輩は犬みたいな人だけど。もっとなんだかんだ愛してるから的なものを期待したのだが。そういえば、この人がオディールちゃん飼ってる理由も友達からの譲渡だったな。
「東風ってさ、一家離散してるじゃん」
「らしいですね」
「その理由知ってる?」
知らない。前にポロッと本人の口から出ただけで、その後は自分も触れていない話題だからだ。
「東風のお母さんの浮気が原因なんだよ」
「浮気?」
「そう、東風の家って地元では有名な特産物の海産を加工する会社だったらしいんだけど。東風のお母さんは漁師組合の棟梁の娘だったんだってさ」
それから、庵さんは東風先輩の過去を語った。加工会社と漁師組合との半強制的な政略結婚で父と母が結婚したこと。その当時、父は25歳で、母は18歳だったこと。母にはずっと付き合っていた幼馴染がいたこと。東風先輩が7歳の誕生日に母がその幼馴染と駆け落ちしたこと。幼馴染にも、すでに家庭があったこと。幼馴染の妻は東風先輩のお父さんの会社の親会社の令嬢だったこと。そのせいで、会社が潰れて地元にもいられなくなったこと。母は自分ではなく、幼馴染の子供を連れて一緒にいなくなったこと。
「東風の母親はとにかく自分のことが嫌いな人だったそうで、唯一の理解者がその浮気相手の幼馴染だったんだってさ。東風は母親似だったから、母親は自分に似ている東風のことも嫌ってたそうだよ」
「それで、東風先輩を置いて幼馴染とその子供と一緒に駆け落ちしたんですか?」
「東風の母親にとってはその幼馴染以外はどうでもよかったんだろう。自分に似ている子供より、自分にまったく似てない大好きな幼馴染に似ている子に愛情がいくのは当然なのかもしれないね」
東風先輩にそんな過去があったなんて知らなかった。なのに今はあんな感じなのだから、すごいとしか言えない。
「だから、東風先輩は人間が嫌いなんですね」
「うーん、東風の人間嫌いはそれとは関係ないよ」
「え?」
「那月ちゃんも東風もいい歳して人間嫌いとか厨二くさいこと言ってるけど。那月ちゃんの人間が嫌いと東風の人間が嫌いはベクトルが違うからね」
自分の長年の悩みを厨二くさいとか言われた。このアマどうしてやろうか。
「好きにいろいろあるように、嫌いにもいろいろある。僕が思うに那月ちゃんの人間が嫌いは、単純な野菜が嫌い、魚が嫌いとかの嫌悪感からだけじゃない。そこには嫉妬心が入り混じってる。なんで、自分を仲間に入れてくれないのっていう。当たってる?」
「・・・・・・・・・」
「おっと、気を悪くしないでくれよ。君とは仲良くしたいんだ」
庵さんはタバコを吸って、煙を口から出す。その姿が様になっていて、羨ましいと思う。
「でも、東風の人間が嫌いは犬とか猫が嫌いに当てはまる。そこの根底は恐怖心だよ。要するに東風は人間が恐いのさ。東風にとって人間は同種じゃなくて、自分に危害を加える猛獣に見えてるんだよ」
人間が恐い、だから嫌い。だから人間の機嫌を損ねないように必死に取り繕っている。にこやかに笑っているが、内心ではびくびく生まれたての子鹿のように震えている怪物。それが東風先輩だと庵さんはいう。そうか、この人はそんな怪物にも同情でき、受け入れることができる人なのか。東風先輩がなぜ庵さんを好きなのか少しわかったような気がする。
「自分は好きな人に同情されるなんてまっぴらごめんですけどね」
「まあ、それも人それぞれさ」
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その四足獣は私と確かに目が合ったのにも関わらず、私を無視して去っていった。私は救出された後、その話を父にしたところ、父には夢でも見たのではないかと言われてしまった。なぜなら、私の地元には鹿といった類の動物は生息していなかったからだ。私が、その四足獣がアレだということを知るのは、ずっと後のことになる。しかし、私は今でも気がかりなことがあった。人に悪意を向けるアレが私を無視したことだ。私が出会ったあれが本当にアレなのだとしたら、私は今頃この世にはいなかっただろう。しかし、あの四足獣からはまるで私には興味がないかのように感じられた。まるで、私を人間とは認識していないかのような。私がアレの研究を始め、執着するのも、その出来事があったからだ。私はこう見えて寂しがり屋な性格なのである。あの時、私はアレにとってどうでもいい存在だったのだ。好きの反対は嫌いではなく、無関心という。私は死ぬのはごめんだが、実のところ、あの時アレに食べて欲しかったのかもしれない。そして、私も人間の仲間だと証明して欲しかったのかもしれない。
『アレは本当に動物だったのか』
第十五章 初めて見たアレ 一部抜粋
著者 梅咲東風
誤字脱字があればお教えください。