音楽の皇帝   作:スココLU

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すんごい遅くなりました。
リアルでいろいろあったのと、モチベの低下、ストーリー展開の難航が原因です。



ONE PIECE FILM MUSIC

「U・T・A!U・T・A!U・T・A!」

 

歓声が聞こえる。それは熱狂的な、またどこか狂気を感じる声だった。

彼らは呼ぶ、鮮やかな歌声を奏でる少女を。

彼らは叫ぶ、人々に希望を与える世界の歌姫を。

彼らは求める、自分たちを苦しみから救い出してくれる救世主を。

人々は皆、ウタを待ち望んでいた。

 

「わかってる。わかってるよ、みんな。みんなが幸せになる“新時代”を—私が、作って見せる」

 

ウタは手に持ったキノコをかじり、机の上にある電伝虫を取る。相手は全ての楽器を演奏できる、【音楽の皇帝】と呼ばれている男だった。

 

「そろそろいい、ヴェン?」

『あぁもちろんだ。さぁ始めようぜ!俺たちの最高のライブを!』

「…うん、始めよう。みんなのためのライブを…」

 

通話を切り、顔を俯かせるウタ。寒さのせいか、彼女の体が少し震えている。

 

「私はやるよ…見ててね…」

 

左手のマークを一瞥し、覚悟を決めた表情でステージへと向かう。みんなのため、誓い合った夢のため、好きだった家族が言ったことを叶えるため、ウタは足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

空はどんよりとした雲に覆われ、濃い霧に周囲が覆われている。反対に海は穏やかで、少し先まで見えるほど透き通っていた。

ここエレジアのライブ会場は今、人々の熱気に覆われていた。老若男女問わず、多くの人が並び、ライブ会場へと歩を進める。丸々と太った人や長いマフラーをまいた男、機械の左腕を持った怖そうな男など、様々な人がいた。

そんな彼らに混ざり、とある海賊もライブ会場へと向かっていた。

 

「うおぉぉ!生で見れるなんて夢見たいだ!」

「本当、運が良かったわよね。ギリギリでキャンセルになった席ができて、しかも私たちと同じ人数何て」

「明日、死人が出そうね」

「いや、こえーよ」

 

麦わらの一味のチョッパー、ナミ、ロビン、ウソップが前方に集まって話し合う。彼らがいる席はライブ会場全体が見渡せる特等席で、入手がとても難しいプレミアムシートだった。

そんな彼らにブルックとフランキーがゆっくりと彼らに近づく。

 

「こいつが熱心に手紙送ってなかったら無理だったな」

「ヨホホホ、彼と音楽の話をしたくて始めたものですが、皆さんの役に立てて胸が温まります。私、胸ないんですけど!ヨホホホ!」

「人魚たちも喜んでおるようじゃし。それにしてもそんなにすごいのかその二人は」

 

ジンベエは自身と同じ魚人たちが海を上機嫌に泳いでいるのを見て笑みを浮かべると、顔を上げ、ウソップたちの方を見る。

 

「ええ。ソウルキングである私が言うのもなんですが、彼女の歌と彼の演奏は別次元です」

「俺、ウタを生で見れるなんて…おれ…おれぇー!」

「ふふふ、嬉しそうねチョッパー。でもわかるかも。私も【音楽の皇帝】と呼ばれる彼、ヴェンの演奏は楽しみにだわ」

 

チョッパーは体全体で嬉しさを表現し、ロビンは落ち着いていながらも頬が緩んでいた。

“ウタ”、“ヴェン”。それが今日、この会場でライブをする一組の男女の名だ。正確にはウタがメインで、ヴェンは伴奏だが。

それでも皆が二人のライブを楽しみにしていた。

ウタは三年前から特殊な映像電伝虫を使用して世界中に自身の歌を届けてきた。一方、ヴェンは十年以上前から世界を旅する音楽家であり、長い間人々の前で演奏してきた。

そんな二人が今回、しかも共同でライブをするのだ。二人とも世界中にその名が知れ渡っているため、誰もが今日を楽しみにしていた。

 

「U・T・A!ウタちゃーん!」

 

サンジが全身をウタのグッズで固めて、体をくねらせる。生でウタに会えるのが楽しみで仕方ないらしい。

その態度にゾロは苦虫を噛み潰したような表情で「くだらねぇ」とぼやいた。

ゾロとサンジが額を合わせて睨み合っているの見て、ウソップは呆れ、ため息を吐く。

 

「はぁ~プリンセス・ウタのグッズを纏うのはいいけど、もう一人のグッズも身に着けてやれよ…俺も人のこと言えないけど」

 

ウソップはサンジを一瞥すると、視線を下へと向ける。視界にはウタのマークが描かれたバッジと端に少しだけある双頭の鷲が記されたシールが映っていた。

周囲を見渡すと霧ではっきりと見えないが、皆ウタの色であるピンクのリングを腕に嵌めており、ヴェンの色である黒のリングを嵌めた人はほとんどいなかった。

みんなウタが目的なんだな、と思いながら自分の船長へとウソップは視線を向けると、ルフィは目の前のお肉に夢中だった。口からは涎がぽたぽたと垂れている。

ルフィは美味しそうな焼き目と匂いがするお肉を手に取ると、かぶりつく。すると、突如ピアノの演奏が聞こえてきた。

 

「うん?なんだこれ?」

 

肉を咀嚼しながら首を傾げ仲間たちを見ると、皆が同じ方向を見ていた。聞こえてくる演奏にどこか心地よさを感じながら、仲間たちと同じ場所を見ると、フードを被った少女がゆったりとステージへと歩いている。

 

「ウタだ!」

 

誰かが少女の名を叫ぶ。

それを皮切りに、息を吸う音をマイクが拾い、観客たちに聞こえてくる。そして、歌声が響き始めた。

<新時代>。ウタの代表曲で、苦しむ人々が幸せになれるような時代を作ってみせると、そんな思いが込められた歌だった。

観客たちは恍惚とした表情でウタを見ており、世界中の人が歌声に耳を傾けていた。

いつの間にか雲に覆われていた空が晴れ渡っている。

 

 

 

 

 

 

エレジアの学校のどこか、そこにヴェンはいた。

 

(苦節29年+α…今まで大変だった)

 

目をつむりながら顔を天井へと向ける。

前世はしがない一般人として暮らし、つまらない日々だったが、何の因果かワンピースの世界に転生。理不尽な世界で生きていくために鍛錬をしてみるが、何の成果も得られない。偶々音楽の才能があることに気づき、生まれた国エレジアで音楽を学ぶが、数年後に追放。

その後は、四皇をはじめとした海賊や海軍、天竜人と関わることになり、その間に故郷が滅びる。ようやく有名になったかと思えばポッとでの少女にあっさりと世間の目を奪われてしまう。

そんな波乱万丈な人生を送ってきたヴェンは今、ライブの直前にいる。

 

(さて、そろそろ始めるか)

 

目を開け、視線を少し下に向ける。

目の前には立派なグランドピアノがあり、両手は鍵盤の上に置いている。ピアノの上には一体の電伝虫がこっちを見ていた。

 

(さぁ、ウタ。お前のライブ、せいぜい利用させてもらうぜ)

 

邪心を抱きながらピアノを弾く。ピアノから壮大な、それでいて落ち着いた音が聞こえてくる。音は電伝虫を介してライブ会場へと響き渡っていた。

ヴェンが演奏をして数秒すると、近くに置いてあった電伝虫から歌声が聞こえてきた。その歌声を聞くと視界が反転し、意識が現実世界から離される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、やっと会えたね!ウタだよ!」

 

<新時代>を歌い終えたウタは観客たちに向かって笑顔で呼びかけた。その声に会場が歓声に包みこまれる。

ウタはその光景に少し涙ぐみ、目を拭うと顔を引き締めた。そのまなざしにはファンたちに対する決意がこもっていた。

観客たちは生のウタに会えて感動しているのか、大歓声を上げていた。どこからかは「最高でありんす!」などと変な掛け声が聞こえる。

しかし、中には不敵な笑みを浮かべるものもいた。観客に紛れ込んだクラゲ海賊団の連中だ。

皆が好意悪意問わず、ウタに注目していると、一人の男がウタの前に現れた。突然の男に一部を除いた皆が騒ぎ始め、野次が聞こえてくる。

だが男、ルフィはそれらに目もくれずウタをまっすぐ見る。

 

「ん~?あ、やっぱりそうだ。ウタ!お前、あのウタだろ?」

 

ルフィは大きな声でウタの名前を呼ぶ。ウタは目の前の人物がまだ誰か分かっておらず、首を傾げていた。

 

「おれだよ!おれ!」

「おれ?」

 

ウタはきょとんとしてルフィを見つめ、その見覚えのある面影に気づき、ハッと見開いた。

 

「もしかして…ルフィ!?」

「久しぶりだな!ウタ!」

「ルフィ~~‼」

 

ウタは両手を広げ、ルフィへと抱き着く。ルフィもウタの腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。

その光景に観客たちは目を開いて驚き、空気が震えるほどの声を張り上げる。ルフィの仲間たちも衝撃の事実に大口を開けたまま固まっていた。

観客たちはウタが抱き着いているのが誰か分かったのか、ざわつき始める。そんな中、ウソップとチョッパー、サンジはルフィとウタの関係性について問いただしていた。

彼らの質問にルフィはあっけらかんと答える。

 

「だってこいつ、シャンクスの娘だもん」

「あっ」

 

ウタがルフィの言葉に固まっている中、海上は静まり返った。

四皇、赤髪海賊団の大頭である赤髪シャンクス。世界で知らぬものがいないほどの大物に全員が先程よりも驚きの声を上げた。

観客たちはシャンクスとウタが親子であることやライブ会場があるエレジアを滅ぼした張本人であることについて話し、不安そうな顔をしていた。

観客たちのざわめきが収まることはなく、完全にライブが中断されてしまう中、クラゲ海賊団の連中が動き、ステージ上へと上がった。

彼らはウタを攫おうと、ウタとルフィを囲み、武器を向ける。ルフィはウタを守るように前へと立ちはだかる。

クラゲ海賊団の船長がウタへと手を伸ばそうとしたその瞬間…

 

「ウル頭銃!」

 

突如その声と共に土埃が立ち、クラゲ海賊団たちを吹き飛ばした。

土埃が消え、徐々にその姿が露になっていく。そこには青い髪に頭上から角を生やし、ピンクのマスクをした少女だった。

さらに白と緑の帽子をした、こちらも角が生えた男とボールみたいに太り、金髪を一束にまとめた男が現れた。

 

「おい姉貴!勝手に突っ込むなよ!」

「あぁ!?突っ込むなだとォ!こいつらはあたしの楽しみを妨害したんだぞ!」

「ムハハハ!相変わらずだなうるティ!」

 

ルフィはウタを庇いながら新たに現れた乱入者を睨みつける。

 

「なんだお前らは!」

「あぁ?俺らが誰だと?ムハハハ!なら教えてやろう!俺は四皇カイドウさん率いる百獣海賊団の大看板!疫災のクイーン様だ!」

「…」「…」

「おい!?なんか言えよ!?」

 

クイーンは自分だけが名乗り、名乗りを上げない他の二人にツッコむ。二人はクイーンを一瞥すると、しぶしぶ名を名乗った。

 

「あちしは飛び六胞のうるティでありんす」

「同じく飛び六胞、ページワン」

「カイドウ…」

 

ルフィは次の標的であるカイドウの名を聞き、より一層目を細める。すると、さらに乱入者が現れた。

 

「斬・切・餅!」

「ん?ぶべら!?」

 

突然の攻撃にクイーンは防御が間に合わず、吹き飛ばされ壁へと激突する。その衝撃でパネルが一つ倒れ、クイーンへと覆い被さる。

 

「お前は!」

 

ルフィは以前戦った人物の登場に目を見開く。

現れたのは四皇ビッグ・マム海賊団の一員、カタクリだった。カタクリの傍に鏡が現れ、彼の妹が登場する。

 

「ウィッウィッウィ、その子はアタシたちの獲物だよ」

「お前は…枝!」

「枝?」

「ブリュレだよ!」

「俺はシャーロット家次男、カタクリだ」

 

ブリュレは名前を間違えられたことに怒りながら、手に鏡を作り部下たちを呼ぶ。その間にカタクリもウタへと自己紹介をした。

 

「お前らもウタが狙いか!」

「あぁ、ママへの手土産にする。まさか赤髪の娘だとは思わなかったが」

 

ルフィはウタを攫おうとするカタクリたちを睨みつけると、カタクリが吹き飛ばしたクイーンが立ち上がった。

 

「うおぉ、いてぇじゃねぇかカタクリィ」

「チッ…」

 

動物系の覚醒者であるクイーンはのっそりと歩き、カタクリへと近づく。その傍ではうるティとページワンがビッグ・マム海賊団を睨んでいた。

 

「悪いがガキは俺たち百獣海賊団がもらっていくぜ。赤髪にはいろいろと借りがあるんだ」

「お前らはあちしがぶっ飛ばすでありんす!」

 

続々と現れる海賊、それも大物海賊に観客たちはざわつき始める。

ウタが窮地の状況に晒されていることに観客に紛れ込んだヘルメッポが動き出そうとするが、コビーに制止される。コビーは信じているのだ、麦わらの一味がどうにかしてくれることを。

その期待通りに麦わらの一味は動き出した。彼らは続々と雑兵たちを蹴散らしていく。ゾロやサンジ、ジンベエといった強者はルフィと共にクイーンやカタクリの相手をしていた。

ウソップがスリングショットを引き、ホップグリーンを放とうとした瞬間。

 

ガシャーン!

 

という、ルフィたちの戦闘音より大きな音が周囲へと響いた。その音にルフィたちは戦闘を止め、観客たちと同様に音の出所へと視線を向ける。

そこにはドラムを叩いているヴェンがいた。

 

「おいおい、いったい何が起きてんだよ」

 

ヴェンはスティックを置くと、ルフィたちの下へと足を進める。彼はウタの傍…ではなく、カタクリやクイーンに近づいていった。

 

「ちょっとちょっと、困るよ二人とも。あれだけ戦闘は避けてと言ったじゃないか」

「ちょっとまって。あなた彼らと知り合いなの?」

 

気安そうに四皇の海賊団の幹部たちへと話しかけるヴェンにナミが尋ねる。その疑問はルフィたちだけでなく、ウタも同じだった。

ヴェンはそれに答えづらそうに頬をかき始める。

 

「あー…こいつら呼んだの俺です…」

「…は?」

 

ウタの低い声が響く。二年間一緒に暮らしてきたヴェンも幼いころに遊んできたルフィでさえも聞いたことないがない声音に背筋を冷や汗が伝う。

ウタの冷たい視線に顔をそらし、下手糞な口笛を吹くヴェン。ウタは侮蔑を込めた目で彼を見て呆れ、その場をまとめた。

 

「…はーい、皆そこまで。ルフィと皆!守ってくれてありがとう!でも、喧嘩はもうおしまい!」

「喧嘩だとぉ!ふざけんじゃねぇぞ!」

 

海賊同士の戦いを喧嘩と言われ、うるティは怒りの声を上げる。

 

「みんな私のファンなんだから仲良くライブを楽しんで!」

 

ウタは皆に元の場所へと戻るように伝えるが、麦わらの一味以外誰も聞こうとしない。あまつさえ奪うのが海賊だという始末。

ウタが海賊を辞めてみんなが平和な世界で暮らそう、と言っても耳を傾けることはなく、ウタへ脅し始める。その後ろではこっそりとヴェンが移動していた。

 

「みんな、私の歌を楽しみにしてきたんじゃないの?」

「ムハハハ!確かにお前の歌は楽しみにしてたが、それはここじゃなくてもいいだろ?俺たちの島で歌い続ければいい。毎日が楽しいぜ!」

「待て。そいつは俺たち、ビッグ・マム海賊団の獲物だ」

「俺たち海賊は歌より大事なものがあんだよ」

 

クラゲ海賊団の船長は剣先をウタに突きつけ笑う。

彼ら海賊にとって、ウタの願いなどくだらないものだった。彼らは奪うことを楽しみに海賊をしているのだ。そんな彼らが海賊をやめることを、みんなで平和な世界など望んでいない。

ウタをあざ笑う海賊たちに観客たちは眉をひそめる。ライブを、自分たちのために歌ってくれるウタを邪魔する彼らに嫌悪感を抱いていた。

ウタは長いまつげを伏せ、視線を落とす。心の中が黒いもやで覆われるのを感じていた。

 

「…残念。なら!歌にしてあげる」

 

ウタは腕を上げ、二本の指をたてる。その行動に皆が呆然としていると、別の場所から音が聞こえてきた。

ルフィたちが音の聞こえる方向を見ると、いつの間にか自分たちの下から離れていたヴェンがいた。彼はギターを担ぎ、重低音を響き渡せる。軽快なリズムが聴く者の心を奮い立たせる。

ヴェンのリズムにウタは自信に満ちた歌声を乗せる。

<私は最強>。聴いたものの気分を盛り上げる歌。

五線譜がウタを覆い、その姿を黄金の鎧へと変化させる。頭には王冠と手には槍と盾が握られていた。

 

「おいおい俺たちに勝とうっていうのかぁ?ムハハハ!グベラッ⁉」

 

ウタの変化を嘲笑っていると音符にふき飛ばされるクイーン。そのまま何度も音符に弾き飛ばされ、上空に打ち上げられると五線譜に拘束されてしまう。

その光景にうるティとページワンは獣型に変化し、ウタに襲いかかる。ブリュレたちビッグ・マム海賊団も警戒し、戦闘態勢をとる。ただ、未来視で起こる事象を知っていたカタクリだけはその場から離れようと行動していた。

 

「ブリュレ!ここから離れろ!」

「ど、どうしたのカタクリお兄ちゃん?」

 

ブリュレを守ろうと駆け寄るカタクリだったが、ウタによって妨害されてしまう。目の前にはいくつもの音符が立ちはだかっていた。

その隙にウタはブリュレを拘束しようと五線譜で覆い始める。すでに周囲に敵は存在せず、残りはカタクリとブリュレだけだった。

ブリュレは何とかカタクリだけでも逃がそうと鏡を作り出す。

 

「お兄ちゃん!逃げて!」

「だが!」

「あとで…助けに来てね」

「ッ!…すまんっ、必ず助けてやる」

 

顔を歪めて鏡へと逃げるカタクリ。笑顔でカタクリを見送ったブリュレは五線譜に囚われてしまう。

全ての海賊を捕まえたウタは観客たちを安心させるために笑いかける。それと同時にヴェンの演奏も終わり、海水が高く噴き上がって水しぶきがキラキラと光を反射させる。

ルフィは強くなったウタに驚きながら、元の席へと戻っていく。ルフィに続いて仲間たちも升席へと歩いていく。

離れていくルフィを目で追い、ワンピース姿に戻ったウタは高台からステージへと降り、観客たちの方へ向き直る。

 

「ここで!皆さんに嬉しいお知らせがあります!いつもは私が疲れてすぐ終わっちゃうけど、今回のライブはエンドレス!永遠に続けちゃうよ!」

 

ウタの言葉に観客たちはきょとんとし、互いの顔を見合わせると驚愕の表情へと変わっていく。

ウタは彼らにより分かりやすく伝えた。

 

「そう!ずーと一緒に居られるということ!ここにいるみんなも、配信を見てる世界中のみんなも!もっともっと楽しんじゃおう!」

 

ウタが声高に宣言すると、会場にどよめきが走り、歓喜の声が上がる。それはウソップやチョッパーたちも同じだった。ウソップたちも観客たちと共に彼女の名を呼んだ。

観客たちの声援にウタは微笑みを浮かべると、前方へと進み出る。視線は電伝虫の方を向いていた。

 

「それと…海賊、海軍、世界政府も。みんなのライブを邪魔しないで。もし邪魔をするなら覚悟してもらうから」

 

ウタは一度目を閉じると、覚悟を決めた表情をし、力強く言い放った。

 

「私は新時代を作る女、ウタ!私の歌でみんなを幸せにするの‼」

 

ウタの声に空気が震えるほどの歓声を上げる観客たち。電伝虫の向こうからもファンの声が聞こえてくるようだ。

皆が笑顔で盛り上がっている中、一人だけ違う雰囲気を醸し出している男がいた。

 

(え?エンドレスってマジ?…俺の単独ライブないんか?)

 

ヴェンの思い描いていた希望が消え、ウタに付き合わせられるという絶望だけがヴェンの心を占めていた。

ライブはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

(あ~早く終わんねぇかな~、このライブ)

 

ライブ直前とは打って変わりヴェンのやる気は奈落の底へと落ちていた。

ウタがライブをやると聞き、能力のせいですぐ終わると思い、その後に自分のワンマンライブができると思い込んでいた。この日のためにようやく完成した世界最高の曲を演奏しようと企んでいたが、先程のウタの宣言によってすべてが無駄になった。

現在は小休憩であり、次の曲のための楽器を準備している。一方のウタは幼馴染と思われる麦わらのルフィの下にいた。

 

(そういえば初めて主人公に会ったな。いろいろありすぎて忘れてたけどもう原作始まってたのか…まぁ俺には関係ないな)

 

呑気に椅子に座りながら空を見る。上空には雲一つない晴天が広がっていて、五線譜に囚われた海賊たちがいる。

五線譜を見てヴェンはあることを思い出した。

 

(そういえば以前ウタに作詞作曲について聞かれたな~。もうすでにできるはずだったのに聞くのは不思議だったけど…結局あれはなんだったんだ?)

 

昔の異様なウタの行動を思い出しながら上を眺めていると、肩がちょんちょんと叩かれているのに気づく。

その方向を見ると音符が自分の肩を叩いており、前の方を指していた。指す方を見るとウタが音符に乗って3本の指を立てている。

 

(お?もう始めるのか…ライブはライブだし、乗ったからには最後まで付き合ってやるか)

 

ウタのリクエストに応えるため、ドラムスティックを構えるヴェン。ウタが望むのは海賊を嫌い、何かに怒っている歌、<逆光>。

 

「この曲あんまり好きじゃねぇが…楽しいからいいか」

 

愚痴を言いながらもヴェンはドラムを叩く。周囲に激しく強烈な音が響きわたっていく。会場はステージライトで血のように真っ赤に染められていた。

 

 

 

 

 

 

ウタは逃げたルフィを追いかけて水道橋にいた。後ろには大勢のファンたちが腕を上げて行進している。その中にはCP0のブルーノとSWORDのコビーとヘルメッポが話していた。

 

「これからどうする?」

「とりあえず戦力を集めましょう。今はそれしか…」

 

そんな彼らに後ろから二人の男が近づいてくる。

 

「おいおい、面白そうな話をしてるじゃねぇか!俺たちも混ぜろよ」

「あなたは…“キャプテン”キッド」

 

コビーに近づいたのはルフィたちの同じ“最悪の世代”の一人、ユースタス・キッドだった。その隣には覆面をした彼の右腕、キラーがいる。

ブルーノとヘルメッポは話題の海賊の登場に警戒の視線を向けるが、コビーだけは別だった。

 

「ちょうどよかった。ルフィさんの友達であるあなた方に協力してほしいことがあるんです」

「あぁ!?あいつとは友達じゃねぇよ!」

 

コビーの友達発言に怒声を上げるキッド。そんな彼を差し置いてキラーが代わりにコビーへと聞く。

 

「何か…あるんだろう?」

「…実は—」

 

キッドとキラーはコビーから話を聞くと真剣な表情になり、コビーたち海軍と協力することを決める。彼らはライブ会場の上空で囚われている海賊たちを眺めた。

 

「まずはあいつらだな」

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

仲間を捕らわれ、逃げた先でゴードンにウタの過去について聞いていたルフィ。しかし、ウタに見つかってしまい、ローの能力でバルトロメオを含め、聖堂から消え去った。

ルフィたちが消えた聖堂にはゴードンとウタの二人きりのみ。

 

「ねぇゴードン怒ってる?相談したようなライブじゃないことを」

「…それだけじゃないんだろ?」

「気づいてたんだ。なら応援してくれるよね」

 

悪びれることなく聞き、ゴードンに近づくウタ。ゴードンは言葉を詰まらせ、顔を俯かせる。

ウタははっきりとしないゴードンに苛立ち、不満げな表情を浮かべる。

 

「そうやって逃げるんだ…」

「私はお前にこんなことをしてほしくない!以前みたいに彼と暮らしたような日々に戻ってほしい!だが、楽しそうなお前を止められない!まだ間に合う、今からでもほかの方法を—」

 

最後まで言い切ることなく、ゴードンは五線譜に体を拘束され、壁に貼り付けられた。

ウタはゴードンを置いて聖堂を出ようとする。そんなウタを呼び止めるゴードン。しかし、ウタはあるものを取り出し、ゴードンに見せる。それは数枚の古びた楽譜と1枚の真新しい五線紙だった。骸骨などがあしらわれ、全体からは美しくも禍々しい雰囲気を感じる。

 

「それは…トットムジカ…」

「私、知ってたんだ。お城の地下にあることをね。これがあれば誰もみんなのための新時代を邪魔されることは無くなる」

 

ウタは楽譜を小さくするとヘッドフォンに収納する。ゴードンは楽譜の危険性を訴えるが、ウタは耳を傾けることもなく、聖堂の外へと出てどこかへと旅立った。

 

「ウター!…」

 

聖堂にはゴードンの叫び声が響き渡る。

ウタの姿が見えなくなるころ、小さくなったベポがゴードンの前に現れた。すべてを聞いていたベポは困ったように呟いた。ベポの声が聖堂を反響する。

 

 

 

 

 

 

「「「うおぉぉぉ!!!」」」

 

ウタが海賊を追いかけ、幾人かの観客がいなくなったライブ会場では歓声の声が聞こえてくる。ステージではヴェンがトランペットを吹き、軽快な音色が周囲へと響き渡っていた。

彼らはヴェンの演奏を聴き、ウタの時と同じような高揚感を得ていた。ウタと同じく世界中にその名が広まっており、ウタの登場前は救世主として崇められてもいた彼の演奏は人々の心を動かす力を持っていた。

 

(ウタがいない今がチャンスだぜ!グヘヘヘお前のファン全員俺の虜にしてやるよ…うん?)

 

音楽がサビの段階に入ったため、上空を向きながらトランペットを吹いていると、五線譜から解放されている海賊たちが目に入った。そこには知り合いのカタクリの姿もある。

海賊は五線譜から離れるとブルーノの能力で空中にできたドアの中へと入っていく。しかし、そのことを知らないヴェンは空中で突如海賊たちが消えたように見えた。

 

(なんだありゃ?)

 

遠すぎて海賊がどこに逃げているのかよく見えないヴェン。本来なら今すぐに演奏を止めて観客たちやウタに連絡するのが良いのだが…

 

(ま、いっか。逃げてもウタの責任だし)

 

その光景を無視し、演奏を続けた。海賊が逃げることよりもファンを増やし、名声を手に入れることの方が彼にとって重要だったのだ。

それからも何度か楽器を変え、演奏をしていると、ウタが突如ステージに降り立ってきた。ウタは四本の指をたて、観客たちの方を向いている。

 

(げっ…もう帰ってきたのか。一旦演奏は終いだな)

 

ヴェンは戻ってきたウタに嫌な表情をしながらも彼女の行動の意味を理解し、演奏を始めた。ヴェンが吹くフルートの音と同時にウタの歌声がライブ会場に響く。

<ウタカタララバイ>。独特なリズムと何かに追い詰められ、焦燥感が込められた歌詞が人々に中毒性を与える歌。

世界中のファンがウタの歌声にくぎ付けとなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界。

聖地マリージョアではCP0のロブ・ルッチが五老星に状況を報告していた。

 

「ライブが始まって六時間が経過しました。犠牲者の数は加速度的に増加中。あと一時間この状況が続けば全世界の九割がウタワールドの住人となります」

 

ルッチの報告に五老星はうろたえ、額に冷や汗を流す。

 

「九割!?なぜそこまで増えている!?」

「世界滅亡まで目前ではないか」

「…今回のライブはウタだけでなくヴェンもいます。彼は各地を回っており、活動期間もウタより長い。また各地の王貴族や天竜人とも繋がりがあり、ライブを聞く人が大幅に増えています」

「なんとかしなければ…」

 

五老星たちはしきりに顔を合わせ、ライブを…ウタを止める方法がないか話し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウタのライブが再開して数十分が過ぎた。

その間にルフィたちはコビーたちと合流し現在の状況を共有し、ルフィの仲間たちはエレジアの地下の書庫でウタウタの実について調査し始めた。

ライブ会場では一切の疲れを見せないウタが歌い踊り続け、ヴェンも同じく楽器を演奏し、観客たちも声援を響かせている。そんな中、太った男が黒い服を着た者たちを引き連れ、ステージへと上がってきた。

 

「だえ~。気に入ったえ~、うちに来るんだえ~」

 

天竜人のチャルロス聖がウタに向かってそう言い放つ。その後ろにはもう二人の天竜人がいた。

 

「全くチャルロス。お前は無駄使いしすぎだえ」

「兄上様ちょっと待ってほしいアマス。わちしもほしいアマス」

 

ロズワード聖にシャルリア宮だ。観客たちは天竜人の登場に恐れ、膝をつき、頭を垂れた。

ヴェンも天竜人の登場には驚いていた。しかし、流石にウタも天竜人にはうかつなことはしないだろうと思っていた。奴隷にされそうになっても自分が出れば何とかなるだろうと楽観視していた。

だが、彼はもっとウタを疑うべきだった。彼女が外の世界を全く知らない幼き少女であることを。

 

「もしかして!あんたたちが天竜人っていうやつ!?世界一の嫌われ者でしょ?」

 

ウタの物言いに観客たちは顔色を失い、言われた張本人は目元をピクピクと震わせ、不機嫌な表情となっていた。ヴェンはあまりの光景に意識を失い、白目をむいている。

その間にもチャルロス聖たちへと無礼ともとれる言葉を放つウタ。チャルロス聖たちはウタを殺そうと護衛や海兵に命令するが、全て無意味となり、上空へと縛られてしまう。

 

「さぁ!これで怖い天竜人はいなくなったよ!」

 

ウタは観客たちに満面の笑みを浮かべる。しかし、観客たちは浮かないままであり、天竜人に手を出したウタを心配していた。

そんな中ライブから退場しようとするファンが現れた。彼は仕事のために帰りたいとウタに言う。

 

「なんで?ここなら仕事をしなくてもいいだよ?苦しいことが無くなって、皆がしたいことを自由にできるんだよ」

 

ウタは彼の言葉の意味が分からなかった。海賊たちから襲われることも、病気や戦争に出くわすことも、仕事などに追われることも、全ての苦しみから逃げられる楽しいライブから逃げ出そうとする彼らを。

ウタは彼らの日常を知らない。

 

「そこまでです、ウタさん」

 

突如ステージにドアが現れ、中からコビーが出てくる。彼は観客たちをウタワールドから解放するよう説得する。

だが、ウタは従わない。彼女はファンが苦しんでいることを知っている。配信のたびに救世主として崇められていたウタはファンの皆から日々の辛さを聴いていた。

コビーは彼女に反論できない。彼も現実世界の残酷さを知っているのだから。

その時、

 

「コビー大佐!」「コビーさーん!」「ロッキーポートの英雄!」

 

観客たちがコビーを見つけ、歓声を上げる。コビーはその声に少し困惑し、ウタは彼がどうしてここまでファンに知られているのか分からず首を傾げていた。

そんな中、観客たちの喧騒で一人の男が目を覚ました。

 

 

 

 

(あー、めんどくさいことになった…)

 

頭を搔きながら周囲を見渡す。

ステージにはウタと突如現れた二人の男、観客席には熱い声を上げるファンがいた。

そんな現状を見て完全にライブが中断されたことを悟った。

 

(当分出番はなさそうだな…話しが終わるまで外にいるか)

 

コビー、と観客たちから好意的に呼ばれている男がステージの前方へと歩くのを見てそう思うヴェン。

音楽…演奏する以外興味がない彼にとってこれから起こることなどどうでもよかった。

彼は自由に生き、楽しむことができればそれでいい。少なくとも何かめんどくさいことが起きそうな現状は彼にとって、ここにいる意味を失わせていた。

ヴェンは立ち上がり、ウタがライブ前に通ってきた道を歩く。背後ではコビーがウタの計画を観客たちへと伝えている。しかし、ヴェンの耳には何も届かない。

 

 

 

「それにしても…ウタワールドとはいえここまで精巧にエレジアを再現できるとは。悪魔の実って本当に何でもありだな」

 

外に出てエレジアを…偽物の世界を見る。十年以上前とは違い廃墟だらけの島が現実世界のそれと何一つ変わることなく目の前に広がっていた。

前世と現世で得た知識から悪魔の実が凄いことは知っていたが、こんなことまでできるとは思っていなかった。

 

「俺も悪魔の実食べればよかったかな~。でもカナヅチになるのはな~」

 

世界を旅する中、何度か悪魔の実に出会うことはあった。本で見たことがあるやつもあれば、見たことのない実もあった。

食べようと思えば食すこともできた。しかし、食べなかった。何の能力者になることなく、世界中で演奏してきた。

なぜならば—

 

「売るといい金になるんだよなぁ。そのおかげでいい楽器も買えたし、いい女や飯も味わえるし…食べるなんてもったいない」

 

過去に浸りながら上空を見る。空は現実世界と何一つ変わらないようで、しかし何も感じることのできない空虚な空だった。

 

「さてと、そろそろ戻るか」

 

腰を上げ、元来た道を戻る。

あれほど歓声が上がっていたはずのライブ会場からは手を叩く音すら聞こえなくなっていた。さらにはステージへとつながる扉も向こうに何かあるのか開くことができない。

そのことに疑問を覚えながらも仕方なく屋上へと続く螺旋階段を上る。

 

「…なんだこれ?」

 

屋上に着いたヴェンは目の前の光景に困惑する。

あれほど盛り上がっていたライブ会場は見る影もなく、海に沈み、水面下にはぬいぐるみやお菓子などが漂っていた。

中央ではウタが水面に波紋を作っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルフィとロー、バルトロメオ、そしてコビーたちと一緒にいたキッドやキラーは崩壊した民家に身を潜め、ウタを説得しに行ったコビーたちが戻ってくるのを待っていた。

 

「それにしても…まさかお前らもいたとはな。なんだ、ウタのファンだったのか?」

「違う、付き添いだ」

「お前もウタが好きだったのか!にししし」

「お前と一緒にすんじゃねぇ!俺はあの男の演奏を聴きに来ただけだ!」

 

ルフィとロー、キッドが仲良さそうに?していると、コビーたちが帰ってきた。一緒にいたブルーノはウタによって小さくなっていた。

ルフィはウタの説得についてコビーに尋ねるが、コビーは首を横に振るだけだった。

二人の会話が終わると民家の外からウタに捕らわれていた海賊たちが続々と出てくる。

 

「ムハハハ!やべぇやつらばっかいんな!」

「お前もその中に入ってるぞクイーン」

 

百獣海賊団の幹部クイーンとビッグ・マム海賊団のカタクリを筆頭に彼らの部下たちが現れる。

ローは今後倒す予定であるカイドウの部下に、ルフィは一度戦ったことのあるカタクリへと意味ありげに視線を向ける。

そんな中、カタクリの傍にいたブリュレが突如声を上げた。

 

「お兄ちゃん、麦わらの奴らが助けを求めてるんだけど」

「…なるほど。鏡の世界か」

 

カタクリは妹の言葉から内容を理解し、腕を組む。ブリュレの言葉が聞こえたのか、ルフィは彼女の傍に駆け寄った。

 

「あいつらに何かあったのか!?」

 

仲間がピンチに陥っていると思ったルフィはブリュレの腕を掴み、声を張り上げる。カタクリはルフィに前後に揺らされているブリュレを助け、口をはさむ。

 

「ブリュレ、麦わらの一味を助けてやれ。何か掴んだのかもしれん」

「わ、わかったわお兄ちゃん」

 

そう言うとブリュレは鏡を作り、鏡の世界へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~」

 

鼻歌を口ずさむウタ。一歩、また一歩と足を進め、水上に波を作る。波は途中で止まることなく、どこまでも広がっていった。

その光景にウタは口角を上げ、淡い光を宿した目で水面下を見る。下にはウタの好きなものであふれていた。

そんな中別の場所から来た波がウタの作る波をかき消していった。波が来た方向を見て、そこにいる人物に驚く。

 

「ヴェン…どうしてここに」

 

視界に入ったのはファンたち同様ぬいぐるみたちに変わったと思っていた相棒、ヴェンがいた。

彼は手にヴァイオリンを持ってウタの方へと歩いてくる。ウタは目を細め、近づいてくるヴェンを見る。

 

「何しに来たの。あなたも邪魔するなら容赦しないよ」

 

ウタは自身でも驚くほど低い声でヴェンを威嚇した。だがヴェンはウタの態度など気にしていないのか呑気に答える。

 

「何って、ライブの続きだろ?観客たちがどこ行ったか知らないがこの世界が消えていないってことはライブはまだ続いてるんだろ。なら伴奏は必要だろ」

「…何も聞かないの?」

 

ウタはまだライブが続いていると思い、演奏の準備を始めるヴェンを訝し気な目で見る。会場が海に沈み、観客たちの姿が消えた今、普通であればもうライブはないと思うはずだ。しかも誰もいなくなった会場に主催者のウタがいる。何があったかぐらいは聞いてもいいだろう。

だがヴェンは何も聞かない。

 

「観客がどうなったかは聞かないぞ。そこまで興味ないしな。まぁ、全員いなくなったら俺を褒める奴がいなくなるから困るが…だけどこの世界はお前の思い通り。なら観客たちは少なくとも死んでいないだろ。お前は人を殺せるような奴じゃないからな」

 

ヴァイオリンの弦を何度か引っ張り、音の響きや張りを調べるヴェン。彼の目はヴァイオリンに釘付けであり、ウタなど眼中にもなかった。

 

「お前が何を目的にライブを始めたかは知らないし、興味もない。なぜまだ歌い続けられるのかも追求しない。ウタワールドが消えるまでお前の歌を支えると約束したからな。なら最後まで付き合うさ」

 

ようやく納得のいく調整ができたのかヴァイオリンから目を離し、ウタへと顔を向けるヴェン。ウタはその鋭い目に一歩後ずさった。

 

「俺は演奏ができればそれでいい。お前と違って俺にはそれしかない。それに…久しぶりの共演だからな」

 

ヴェンには戦う才能もなければ、家族も故郷もすでに無い。友人もおらず、何をやっても失敗ばかり。そんな彼に唯一残ったのは音楽の才能のみ。

世界へとその才能を遺憾なく発揮し、誰よりも自由に演奏する。だが、彼と同等の存在はおらず、本当の意味で共演できたことは一度もない。

そんな彼の前に現れたのが自身と同等以上の存在、ウタ。それ故彼女が現れたことがとても憎く、そして嬉しかった。彼はウタと並べられるように努力してきた。

 

「ま、俺の方がお前より凄いけどな!お前なんか俺の足元にも及ばねぇぜ!ガハハハ!」

「…」

「ハハハグヘッ!?」

 

突如現れた音符によって吹き飛ばされるヴェン。彼が持っていたヴァイオリンは壊れないよう丁寧に扱われたため傷一つなかった。

ウタは頬を膨らませつつ尻もちをつくヴェンに声をかける。

 

「ほら早く立って…ライブを続けるよ」

 

ウタはヘッドフォンからマイクを出現させるとクルリと体を反転させ、背をヴェンへと向ける。頭を掻きながら起き上がり、その背中を見るヴェン。音符から渡されたヴァイオリンを手に取り構える。

 

「♪~♬~」

 

ウタの喉からそよ風のような穏やかな歌声が周囲へと解き放たれる。その歌声は何かから解放してくれるようで、何かに縛られているようなどこか息苦しそうなものだった。

ヴェンの楽器から豪風のような荒々しい音色が周囲へと響き渡る。その音は全てを覆いつくすようで、何物も規制しない豪快で自由なものであった。

相反する二つの音は反発し合うことなく、螺旋のようにねじれて混ざり合い、世界中へと響き渡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、えれぇ奴らが集まってるじゃねぇか」

 

鏡の世界から出てきたルフィの仲間たちはその場に集まっているメンバーに驚きの声を上げる。チョッパーは小さくなったサニーに激突し、二人同時に地面へと倒れていた。

カタクリはその状況を一瞥すると、ニコ・ロビンへと声をかけた。

 

「それでニコ・ロビン。何かわかったか?」

「えぇ。ウタウタの世界に捕らわれた者は自力で抜け出すことはできない、絶対に」

「ムハハハ…マジ?」

「おいおい!じゃあどうすんだよ!適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

ロビンの言葉にクイーンは絶望し、うるティは苛立ちの声を響かせる。ページワンは怒り狂う姉を宥めていた。

そんな彼らを余所にローが続きをロビンに促す。

 

「解決方法はないのか?」

「一つだけ…ウタウタの実の能力者がトットムジカを使えばチャンスは訪れる」

 

ロビンはその場にいた皆へと詳細を伝えた。

“トットムジカ”。古来から伝わる魔王、滅びの歌。その魔王を夢と現実から同時に叩き倒せば、ウタワールドから解放される。

一つの希望に皆が喜びの声を上げるが、キッドの言葉に絶望へと変わる。

 

「で?誰が現実世界から攻撃するんだ?」

「…ユースタス屋。空気読んだ方がいいぞ」

「あ゛?…すまん」

 

キッドはローに反論しようとするが、周囲の空気の重さを感じ取り、素直に謝った。あまりにも皆の顔が暗いため、流石のキッドでもこれ以上場をかき回そうとは思わなかった。

 

「海軍も一般市民がいるので手出しできません。現実世界に誰かいなきゃ…」

「一人いる」

 

コビーが打開策を考えていると聞きなれない声が聞こえてきた。

皆がそちらの方を振り向くと小さくなったベポを連れたゴードンがいた。バルトロメオが皆にゴードンの紹介をしていく。

 

「シャンクスがいる。彼が来ればウタを止めてくれるはずだ」

「やっぱりシャンクスとウタに何かあったのか?」

 

ルフィは二人の間に何かあったのではないかと疑問を抱いていた。それを払拭しようとゴードンに尋ねるが、ゴードンは「それは…」と呟くと押し黙る。

その沈黙を肯定と受け取ったルフィは息を深く吸うとゴードンの横をすり抜け、森へと走っていった。ルフィが駆けだした方にはライブ会場がある。

 

「ルフィ先輩!?まだウタ様には勝てねーのに!」

「行かせとけ。あいつはどんな状況でも諦めない奴だ」

 

狼狽えるバルトロメオに対して、カタクリは腕を組み平然としていた。一度拳をぶつけ合った者としてライバルである相手のことは理解しているのだ。

そんなカタクリと同様に麦わらの一味も慣れたような行動をとる。

 

「さて俺たちも行ってカタをつけるか」

「でもどうするんだよ。こっちの攻撃は全部防がれてしまうんだろ?」

「そんなの簡単じゃねぇか。攻撃しまくればいい。そうすりゃあいつかこっちとタイミングがあうだろ」

 

ゾロはバンダナを頭に強く巻き、さらっと言う。その言葉にバルトロメオは感涙していた。

ゾロに続き、皆もやる気の声を上げる。その目はウタワールドから絶対抜け出すという強い思いが込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演者であるウタとヴェン以外がいなくなった会場で二人の音楽だけがその場に響き続けていた。

彼らはころころ曲を変え、様々なジャンルの曲を演奏していた。その時の曲によって空模様が変わり、彼らの足元にいるぬいぐるみたちの動きが荒々しくなっていく。

そんな中ヴェンはヴァイオリンを弾きながら歌を歌うウタを見ていた。

 

(さて最後まで付き合うとは言ったが…いつまで続くんだろうな。このままだとせっかく作った曲を演奏できないな)

 

この日のために寝る間も惜しんで作曲を行ってきたヴェン。

以前から自身の曲を作ることは考えていたが、中々上手くいかず、完成したとしても納得いくようなものではなかった。もちろん、その曲でも演奏すれば誰もが褒めたたえるようなものであるのは彼自身分かっていた。

だが、なまじ世界最高の音楽の才能がある故かヴェン自身はそれらの曲を認めるわけにはいかなかった。自分ならもっといい曲が作れるはずだと、そう思っていた。

 

そんな中ウタと出会った。

自身と同等以上の才能を持った存在と共に暮らしたことで、それまで止まっていた足が嘘のように前へと進み始めた。

そして、つい先日にようやく完成した。しかし、ウタが眠る様子がなく、ライブが終わらず、演奏する暇が無くなっていた。

 

(あ~早く終わんねぇ~かな~…今すぐ誰か乱入してウタを眠らせてくれ~)

 

頭の中は別のことを考えながらもその手は止まることなく、一寸の狂いもない演奏をする。すると、後方からピタピタと水たまりを歩くような足音が聞こえ、それと同時に足元で幾重の波が形成されていた。

 

「♪~…何しに来たのルフィ。何度やっても私には勝てないよ」

 

ウタは歌うのを止めると振り向いてヴェン…正確にはその後ろにいる麦わらのルフィをまっすぐと見つめる。ウタがしゃべり終わると同時に、後方の空気が鋭くなるのを感じ取った。

 

「俺はまだ負けてねぇ」

「でた!負け惜しみィ!…じゃあ、昔みたいに喧嘩で勝負するしかないね」

 

目の前でウタが指をパチンと鳴らすと槍を持った戦士が登場する。戦士は横を猛スピードで通り抜けると、数秒後に再び視界へと現れ、姿を音符へと変え消えていく。

その光景に思わず現実逃避をし、目をつぶってしまう。

 

(おいおい…何で俺を挟んで戦ってんだよ!?痴話喧嘩は余所でやれ!)

 

文句を言おうとウタの方を見ると何体もの戦士が視界に広がっていた。まぁガキに言ったところで聞かないもんな、と自分に言い訳をしながら後ろの主人公に止めてもらおうと振り向く。

そして振り向いた先には決意のこもった顔でこちらを見つめるルフィ。その表情に首がねじ切れるほどの速度で顔をそむける。

 

(いや怖すぎるだろ!?ルフィってあんな顔すんの!?)

 

前門の虎、後門の狼。話を全く聞かなさそうな二人を交互に見て、数秒考える。

そして—

 

「逃げるんだよー!」

 

戦士とルフィが駆けだすのと同時に横へと走り出す。少しでも戦場という名の犬も食わない痴話喧嘩に巻き込まれないように。手に持つヴァイオリンを大事そうに抱えながら遠ざかる。

後方では何やらウタとルフィの悲痛な声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「そういや何で四皇のビッグ・マム海賊団と百獣海賊団の幹部どもがライブに来てんだ?お前ら暇なのかよ」

 

ウタを止めるため、ルフィの後を追いかけ、キッドを含めた全員が二人の下へと向かっていた。

キッドはゾロやロー、コビーを横目で見ながら後ろからついてくるカタクリやクイーンに話しかける。

 

「ムハハハ!そりゃおめぇ招待されたからに決まってんだろ!俺はあいつのマブダチだからな!ムハハハ!」

「…あいつには借りがある。それに妹の付き添いでもあるからな」

 

クイーンは自慢げに、カタクリはただ事実を述べるかのように答える。

新聞や噂でキッドの性格を知っていたローや麦わらの一味などは二人の反応にまた一悶着置きそうだと顔を顰める。しかし、いくら待ってもキッドの怒声は聞こえてこない。なんなら息づかいすらしない。

皆が不思議に思い、キッドの方へと顔を向ける。するとそこにはあんぐりと口を開け、驚愕の表情をしているキッドがいた。その近くではキラーも仮面で表情は分からないが、似たような雰囲気を醸し出している。

 

「友達だと!?てめぇらごときが!?」

「な、なんでそんなに驚いているのよ」

「これが驚かずにいられるか!」

 

ナミが皆を代表して尋ねると、語尾を強くして返すキッド。彼はカタクリとクイーンを睨みつけていた。

 

何故ここまで彼が怒っているのかと言えば、単に彼の趣味が原因だった。

キッドの趣味は音楽鑑賞。様々なCDや音貝を収集して、その音楽を聴いているキッド。今まで多くのアーティストの音楽を聴いた彼だったが、その中で最も好きなアーティストが【音楽の皇帝】と呼ばれているヴェンだった。

CDなどに残さない彼の演奏はファンによって非公式に音貝へと録音されており、密かに売られている。それを偶然手に入れたキッドはその演奏を聴き、すっかりファンとなってしまったのだ。それも重度の…。

ちなみにキラーは配信でドラムの演奏を見てファンとなった。

 

そんな彼らにとってプライベートの仲であるカタクリとクイーンは羨ましく、嫉妬の対象であった。

一方的に恨まれて、なし崩し的にいがみ合うカタクリたちとキッドにローや麦わらの一味が呆れていると、前方から誰かが走ってきているのに気づいた。

徐々にその姿がはっきりと分かるとローがその男の名を呟く。

 

「あいつは—音楽屋か」

「ハッ、ハッ、ハッ…ふう、ここまでくれば大丈夫か。ん?お前らは確か…ウタの幼馴染の仲間たち、だったか?」

 

ローたちの前で息をつくヴェン。目の前に誰かがいることに気づき、ゾロたちがステージ上にいた奴らだと思い出す。

彼らの後ろに顔見知りであるカタクリやクイーン、師匠のゴードンがいることに少し疑問を抱いていた。

 

「えぇそうよ、私はナミ。航海士をやっているわ。ところで…どうしてここに?ウタはどうしたの?」

 

いち早く反応したのは交渉に長け、常識人のナミだった。ナミはウタ…彼女の下に向かったはずのルフィの状況を知るためにヴェンへと尋ねる。

 

「あぁウタは…なんか幼馴染と痴話喧嘩してるな。俺はそれから逃げるために走ってここまで来た」

 

ヴェンは先程起こったことを噛み砕いてナミたちへと伝える。痴話喧嘩という言葉に一部のメンバーは首を傾げるが、それを無視してローが聞く。

 

「それで、あいつらは今どこに?」

「二人なら後ろをまっすぐ行けばいいよ。まだ戦闘中だと思うけど」

 

後ろを指さすヴェン。彼はこれ以上関わる気はないといった態度だった。コビーたちはそんな彼の意志を尊重しようと横をすり抜ける。

しかし、キッドとキラーだけは違った。彼らはヴェンの横に並ぶと腕を組んで引っ張っていく。

 

「おいおい!俺は必要ないだろ!」

「あぁ!?グダグダ言ってねぇでついてきやがれ!お前にはあとでやってもらうことがあるんだよ!」

「ファッファッ、諦めな。おれ達はお前のファンだからな」

「ファンならこんなことすんなよ!?助けてくれぇパイナポォ!」

 

厄介なファンに引きずられるヴェン。彼の叫びがウタワールドに木霊していく。

 

 

 

 

(うわー、一人の少女を寄ってたかっていじめてやがる…)

 

あれから強制的にウタとルフィの下へと戻されたヴェンは、目の前の光景に引いていた。

コビーたちはルフィたちの近くに来るとすぐに加勢するのではなく、ウタが何か動揺した瞬間同時に畳み掛け始めた。

最初は音符の戦士などを使い対応していたウタだったが、空中に突然現れたドアに驚き、中から出てきたマスコットみたいなサニーたちに意表を突かれ、バリアの中へと閉じ込められてしまった。そんなウタの周りをカタクリやクイーン、ゾロたちが囲い、警戒している。

 

(しかしトットムジカね~。そんなものがこの国にあったとは…一度演奏してみてぇな)

 

ここに来る途中に彼らの目的…歌の魔王と呼ばれるトットムジカの討伐を聞かされたヴェン。彼らはそれを解き放ち、この世界と現実世界から同時に攻撃を仕掛け、倒すことでこの世界から脱出を図ろうとしていた。

ヴェンは生まれ故郷で十年以上過ごした国にそんな楽譜があるとは知らず、またその曲を恐れるのではなく弾いてみようという、かなりずれた思考をしていた。

そうしていると突如ウタがバリアを叩き始めるなどといった行動をとり始めた。その行動を見て、麦わらの一味のコック…サンジが喋り始める。

 

「やはりネズキノコを食べていたか。あれを食べると眠れなくなるだけじゃなく、性格が狂暴化し、感情のコントロールができなくなる」

「ん?…それって傘がピンク色のネズミのような形をしたものか?」

「あぁ、そうだが…何か知っているのか」

「いや、知っているというか…」

(あれかー!危ねぇ!また死ぬとこだったじゃねぇか!そんな危ないモノ集めてたのか…どうりでライブがいつまで経っても終わらないわけだ)

 

キノコという単語を聞き、数日前にウタの部屋で見つけたモノの特徴を伝える。それがネズキノコと知り、表情は平静を保っていたが、心の中では焦り散らかしていた。そして、ライブが終わらない仕組みをようやく理解する。

 

「しかし、何でそこまでしてライブを続けたがるんだ?…ハッ!もしや全人類を虜にして俺のファンを奪おうという魂胆か!なんて姑息な…」

 

危険なキノコを食べてまでもライブを続けようとするウタに遠からずも近からずの解答を導き出すヴェン。すると、突如ウタがヘッドフォンから幾枚の楽譜を取り出した。それらからは禍々しい雰囲気があふれ出している。

その楽譜を見てロビンが周囲へと警告し、ゴードンがポツリと漏らす。

 

「気を付けて!おそらくアレが‼」

「…トットムジカ」

 

ロビンの警告にルフィを除いた全員がウタを警戒し、戦闘態勢を取る。そんな中、ヴェンはルフィと同様にただウタを…楽譜を見つめていた。

 

(あれがトットムジカ…あれ?あの楽譜どこかで見たことがある気が…)

 

どこかで見覚えのある楽譜に頭を捻っているとウタが楽譜を強く握りしめ、力強く歌い始めた。すると、ウタを閉じ込めていたバリアに皹が入り、粉々に砕け散った。それと同時にヴェンの視界が暗転する。

 

そして、目が覚めるとライブが始まる前の場所、エレジアの学校にいた。

 

「…え?」

 

何故か現実世界に戻れたことに驚くヴェン。目の前では未だ電伝虫が眠りについている。

突如外から爆発音が聞こえ、ふと窓を見ると人のような形をした楽譜と同じ雰囲気を感じる化け物がライブ会場で暴れていた。

 

「えー、なんだこれ…」

 

怒涛の展開に頭の整理が追い付かず、彼の間延びした声が部屋へと反響していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウタワールドと現実世界にトットムジカが現れ、数分が経過した。現実世界では海軍が観客たちの避難を行い、ウタワールドではコビーの指示の下観客たちを避難させていた。

その間に、ウタワールドではルフィたちが、現実世界ではシャンクスたちがトットムジカへと攻撃している。しかし、同時攻撃でない彼らの攻撃は姿を変え、強くなったトットムジカへの有効打とはならなかった。

 

「ふん!」

 

仲間の援護を受けつつ、覇気を纏った愛刀をトットムジカへと振りかぶるシャンクス。

しかし、見えないバリアに弾き返されてしまう。吹き飛ばされたシャンクスに槍を構えた音符の戦士が迫る。その時、一人の人物が飛び出し、音符の戦士を殴り飛ばした。

 

「せっかくの休暇にと誘われたライブに来てみれば…いったい何事じゃ赤髪」

「モンキー・D・ガープ…海軍の英雄がなぜここに」

 

音符の戦士を吹き飛ばしたのは海軍の英雄であり、ルフィの祖父ガープであった。彼はアロハシャツを着ており、どう見ても仕事としてきたようには見えない。

しかし、シャンクスは警戒を解かなかった。いかにやばい状況だろうと海賊と海軍。二人は相いれない敵同士。だからこそ体はトットムジカを向いても視線はガープへと向いていた。そしてそれはガープも同じだった。

そうしていると再び音符の戦士がやってくる。一度警戒を解き、撃退しようとするが、青い炎が音符の戦士を覆い、消滅させる。

 

「今はいがみ合っている場合じゃねぇだろうがよい、赤髪」

「その声は…マルコか!」

「白ひげのとこの一番隊隊長か」

 

両腕を青い翼に変え、空中で留まるマルコ。彼は敵視し合うシャンクスとガープを一瞥し、今行うべきことを伝える。

マルコの言葉にシャンクスは一度考えると、ガープへと話しかける。

 

「…すまないが、俺たちに協力してくれないか。あんたんとこの兵は救助で手一杯で人手が足りないんだ」

「…無理じゃ。休暇中と言っても、わしとて海兵。海賊と手を組んだと知れれば世間に示しがつかん」

「だがこのままでは…」

「じゃが、世界の危機というなら別。それなら誰も文句は言わんじゃろ」

「…感謝する」

 

ガープは二度も海賊と手を組むとはな、腕を組んで過去を思い出す。その言葉を聞き、シャンクスはお礼を言うが、ガープは何のことだかと知らないふりをする。

その行動に軽く笑みを浮かべると、顔を引き締めてトットムジカを睨みつけるシャンクス。彼はガープとマルコにもトットムジカを倒す方法を伝える。

 

「なるほど。同時攻撃をすればよいわけか」

「向こうとは連携は取れているのかよい」

「いや、まだだ。今はヤソップの息子がこちらに気づいてくれるのを待っている段階だ」

 

ウタワールドのメンバー任せな作戦に唸るガープとマルコ。しかし、ガープはすぐに顔を上げ、余裕の表情を浮かべる。

 

「まぁ何とかなるじゃろ。向こうにはわしの孫もおるしな」

「あぁ、ルフィに任せれば大丈夫だ。あいつの仲間たちも頼りになる」

 

そう言うとシャンクスは再び愛刀に覇気を纏わせてトットムジカへと体を向ける。その隣ではガープが拳を鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべる。二人の上空ではマルコがその姿を不死鳥へと変えていた。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうするか。ニコ・ロビンの話だとウタワールドに閉じ込められるという話だったが」

 

ルフィやシャンクスたちがトットムジカと戦っている間、ヴェンは窓に手を着きながら何をするべきか考えていた。

突如ウタワールドから現実世界へと帰還し、それと同時に現れた化け物。化け物はライブ会場の周囲を破壊し、荒廃したエレジアをより一層無残な姿へと変えていく。

 

(ここから逃げるべきかどうか。だが、どこに逃げればいいんだ。ニコ・ロビンの話だと世界を覆いつくすらしいし)

 

この場から逃げようとするが、ウタワールドで聞いたトットムジカの話を思い出し、その行動が無意味だと察する。暴れるトットムジカを見て、現実世界に戻る前に考えていたことを思い出す。

 

「そういえばあの楽譜、どこかで見たことあると思えばエレジアを追放される前に歌った楽譜じゃねぇか…待てよ」

(もしかして俺が現実世界に戻ったのとトットムジカは関係あるのか?)

 

ふと、二つの事柄に何か関係があるのではないかと思い始めた。自分だけがなぜ現実世界に戻れたのかを思考していく。

 

(ニコ・ロビンの話だとトットムジカは人の集合体。以前俺のとこに突然現れて消えたことから多分楽譜自体に意思があるとして…俺がここに戻ってきたのはウタがあの楽譜を歌った後。ウタが歌い始めた瞬間ウタワールドがトットムジカの支配下になったとすると…)

 

そこまで考えてヴェンは一つの解答を導き出した。

 

「あいつ…俺だけ弾き飛ばしやがったな!?…許せねぇ。あの野郎目に物を言わせてやる!」

 

なぜトットムジカが自分だけを現実世界に戻したのかまでは考えていないが、自分だけを現実世界に戻したことに怒りを覚えるヴェン。

本来なら自分だけを戻してくれることに喜び、感謝するべきなのであろう。もしかしたら善意でウタワールドから解放してくれたのかもしれない。

しかし、彼は直感していた。そんなことはないと。あいつは俺だけを悪意でウタワールドから出したのだと。

 

「だが、どうすればいいんだ。あの化け物、俺じゃどうにもできねぇぞ」

 

絶対に仕返しをしてやると覚悟を決めたはいいものの、その方法が思いつかない。戦闘なんて全くできず、悪魔の実の能力もない彼に取れる手段はないと言っても過言ではなかった。

しかし、一つの可能性が脳裏に流れた。

 

「いや、所詮あいつも曲の一つだ。なら俺が支配すればいい。ウタとあの曲を上回る演奏をすればいいだけだ」

 

実際にできるかどうかは分からない手段だが、彼には確信があった。俺ならやれる、と。

そうと決まれば行動を開始するヴェン。雨に濡れないように楽譜とピアノを袋で覆い、近くにある台車を持ってきて、幼少期の鍛錬と世界中を旅したおかげでついた身体能力で楽々と乗せる。

 

「待ってろよトットムジカ。お前ごときが俺を支配できると思うなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トットムジカの手足を止める!指示に従って動いてくれ!」

 

現実世界でヤソップが周囲の仲間たちへと叫ぶ。ウタワールドでは彼の息子、ウソップが同様のことを行っている。

ウソップが冷静になったことで見聞色の覇気による視界の共有が行われ、現実世界とウタワールドで連携が取れ、勝機が訪れた。

二人の合図によってそれぞれの世界で同時に攻撃が行われる。

 

「まずは右足!」

 

ベックマンの銃から火が噴き、武装色の覇気を纏った銃弾が放たれる。銃弾はゾロとコビーの攻撃と同時に右足へ命中し、粉砕する。

 

「左腕!」

 

ホンゴウが丸まったルゥを蹴り飛ばし、蹴られたルゥは猛烈な勢いでトットムジカへと迫る。同時にジンベエとうるティ、ページワンが左腕を破壊した。

 

「左足!」

 

マルコが青い炎を纏った右手で円を作ると円から青い炎が飛び出し、右足を消滅させる。サンジは赤く染まった右足を、クイーンはブラキオサウルスへと変身し、頭部をトットムジカへとお見舞いする。

 

「真ん中・右!」

 

ボンク・パンチとモンスターが飛び出し、見事な連撃を決める。キッドは巨大な闘牛を右腕に纏い、ローは刀へとK・ROOMを纏わせて腕を粉砕する。

 

「真ん中・左!」

 

ヤソップとウソップの声がぴたりと揃う。

ガープが武装色を纏った右腕を勢いよく振り下ろす。カタクリは右腕を“斬・切・餅”に変えて粉砕した。

 

「右腕!」

 

ヤソップの銃弾とウソップの弾が右腕へと向かう。途中ウソップの弾はフランキーの炎とナミの雷を受け、雷火鳥へと姿を変える。

全ての手足を失ったトットムジカはバランスを大きく崩した。その隙を縫ってシャンクスとルフィが止めを刺そうと迫る。

しかし、満身創痍のトットムジカから歌が聞こえ始める。

 

「■■ッ!■■■!」

「この歌声は…ウタ」

「上だお頭!」

「っ!」

 

突如聞こえてきたウタの声にシャンクスは動きを止める。同様にルフィも空中に留まったままトットムジカを睨みつけていた。

すると上空から音符の戦士が現れシャンクスたちへと襲い掛かる。

 

「一体何が…」

「赤髪ィ!どうなってんだよい!」

「いきなり歌が聞こえたかと思えば…強くなりよったぞ」

 

マルコとガープがシャンクスのところへと集まり、トットムジカを見つめる。

手足を失ったトットムジカはどこからか出現した五線譜に包まれ、その姿を隠している。そこからウタの歌声は聞こえていた。

三人の下にベックマンがやってくる。

 

「前回はこんな歌詞なかった…おそらく新しい方の楽譜だろ」

「あれか…」

 

シャンクスはベックマンの言葉にウタがトットムジカの楽譜を取り出した時を思い出す。確かにあの時、ウタの手には古い楽譜のほかに真新しい楽譜があった。

いつからあの楽譜が増えたのか二人が考えていると、見知らぬ気配が彼らの下に近づいてくる。

 

「ほげー。まーた、姿変わってんじゃん」

「お前は…ヴェンか」

「うん?うげっ!何で赤髪海賊団がいるんだよ…」

 

シャンクスを確認するとげんなりとした顔をするヴェン。しかし、シャンクスの横にいるガープとマルコを視界に入れると喜びの表情へと変えた。

 

「あっ、ガープさんにマルコ!来てくれたのか!」

「遅くなって悪かったの。サカズキのやつが中々承諾してくれなくてな」

「友人が初めてライブをやるんだ。当然見に来るよい」

 

仲良さげに話す三人。それを見てシャンクスはベックマンに愚痴をこぼす。

 

「なぁ、対応おかしくないか?何で俺たちだけ塩対応なんだ」

「…知らん」

 

いじけ始めた船長を呆れた表情で見るベックマン。場の緊張が無くなったのを感じると、何故かこの場にいるヴェンへと声をかける。

 

「それで、何故お前がここにいる。ウタワールドに閉じ込められていたんじゃなかったのか」

「あー、それがトットムジカって奴に追い出されてな。何か現実世界に戻ってきた。で、その仕返しをしようとここに来たわけ」

「そんなことあるのか?…」

 

ベックマンは少し理解しがたい内容に困惑する。だが、何とか飲み込み、仕返しというものを聞く。

 

「どうやってトットムジカを倒すんだ?」

「トットムジカと言っても所詮は歌だろ?なら音楽の皇帝である俺に勝てるわけがない。曲が俺を選ぶんじゃない、俺が曲を選ぶんだ」

「ほぉ、言うじゃないか…で、どうする?演奏でもするのか?」

 

シャンクスがヴェンの言葉を受け挑発する。普段のヴェンならその挑発に乗ってすぐさま行動をするが、その時は違かった。

 

「そう思ってたが…やっぱりやーめた。俺は今回のことに関わらねぇ」

「なに?どういうことだ」

「だってよ、ウタは望んでこの歌を歌ってるんだ。ならそれを邪魔するのは無粋ってもんだろ?現に、ほれ」

 

唐突に指を指し始めたヴェン。その方向を見ると、トットムジカを覆っていた五線譜に皹が入り始め、砕け散った。そして、大きく姿を変えたトットムジカが現れる。

その姿にシャンクスたちだけでなく、観客たちを避難させていた海兵たちも驚愕する。一部のものは絶望の表情を浮かべていた。

シャンクスたちによって手足を失ったはずのトットムジカは全快しており、かつ手と足が六本から十本へと増えていた。さらに黒き翼と白き翼が一対ずつ生え、ちょうど真ん中から左が黒、右が白に塗られた一つの顔がシャンクスたちを睨んでいる。トットムジカの新楽章の姿だ。

 

「何じゃありゃ…さっきよりも格段に強くなっておる」

「こりゃあ、本格的にやべぇよい」

「おい。ウタが望んで歌っているとはどういうことだ」

「…昔、俺もこの歌を歌ったことがある。まぁ、何も起こらなかったがな。その時この歌詞はなかった。あの時見落としたはずがないし、曲自体はあれで完成していた。ということは今歌っているのは新しくできた歌詞というわけだ。それをウタが作ったかは知らないが」

 

ヴェンは顎を掴みながら自身の考えを話す。その姿は事件の真相を考えている探偵のようにも、曲の出来を評価する審査員のようでもあった。

 

「だがお前なら何とかできるんだろ?」

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってる」

「なら—」

「だが手は貸せねぇぞ。言ったろ、ウタ自身が望んで歌ってるんだ。だからウタの邪魔はしねぇ」

 

ヴェンは演奏するとき、自身がしたい時、したい曲を選んでいる。どんなにファンから望まれようと自身が乗り気じゃなければ彼は演奏しない。その行動にファンも思うものがないわけではなかったが、自由に演奏するヴェンに世界中の人々は惹かれていったのだ。

そんなヴェンだからこそ、どんな思いを抱えているかは知らないが、ウタ自身が進んで歌っている今の状況を邪魔することはできなかった。ヴェンは今、演奏する気になれない。

ヴェンの強い意志を…ウタの想いを感じ取ったシャンクスはそれ以上何も言わなかった。彼を一瞥すると踵を返し、トットムジカへと向かう。自身の娘を救うために。シャンクスにベックマンも続く。ガープとマルコは何か言いたげな表情だったが、トットムジカの方へと向かった。

そんな彼らを…自身の思いを隠すシャンクスを蔑んだ目で見ていた。

 

「やっぱ嫌いだなー、あいつ」

 

空はどんよりと暗く染まり、ウタの悲痛な歌声と破壊音があたりに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴムゴムの~獅子・バズーカ!」

 

“ギア4”となったルフィの両腕が伸び、トットムジカへとぶつかる。現実世界ではガープの拳骨が振り下ろされていた。

しかし、二人の同時攻撃をトットムジカは二本の腕で受け止める。別の腕がルフィを吹き飛ばす。ガープは後ろに飛ぶことで避けていた。

ルフィたちは何度も同時攻撃をトットムジカに放つが、先程よりも強くなったトットムジカに防がれていた。

 

「あ゛ぁ!うっとしいでありんす!どんだけいるでありんすか!」

「角モチ!おい長鼻!次はどれだ!」

「えーと、上左右の腕だ!」

 

ウソップの指示にゾロとページワン、ヘルメッポが動く。彼らは各々の手段でトットムジカへと攻撃する。現実世界ではベックマンとマルコが動いていた。

彼らの同時攻撃が直撃する。が、腕を破壊することは叶わない。彼らがトットムジカを倒すことに戸惑っている間にもウタの歌声は響き、世界がトットムジカによって覆われていく。

 

「頭ァ!どうすんだ!このままじゃ埒があかねぇぞ!」

「っ、ベック!何かないか!」

「そうは言うがッ、少なくとも歌を止めないことにはどうしようもないぞ」

「それをどうにかする奴はいるが…」

 

シャンクスは目をつむりながらウタの歌声を満足げな表情で聴くヴェンを見る。彼は戦場だというのに、先程の場から一歩も動くことなく佇んでいた。

 

「…もう一度頼むとしよう」

「…了解。こっちは任せろ」

 

ベックマンたちにトットムジカを任せるとシャンクスは一人でヴェンのところへと降り立つ。彼は近づいてくるシャンクスに気づいておらず、未だ歌声に集中していた。

そして、シャンクスが傍に来ると、ようやく気付いたヴェンは話しかける。

 

「何の用だ赤髪。言っとくが、手は貸さないぞ」

「…どうしても、か」

「あぁ」

「そうか」

 

その短い会話でシャンクスは諦める。再び戦場に戻ろうと背をヴェンに向けた。その背中に向かって彼は声をかける。

 

「なぁ赤髪。お前はどんな気持ちでウタをエレジアに置いて行ったんだ」

「なんだいきなり…ウタには、立派な歌姫になってほしかった。ただだけだ」

「本当か?トットムジカを操れるウタが邪魔になっただけじゃないのか?」

 

ヴェンがそう言った瞬間、シャンクスから殺気が放たれ、彼の愛刀がヴェンの首へと向けられる。

 

「おい、俺は今冗談に付き合えるほど余裕があるわけじゃないんだ。口は慎め」

「冗談なんか言ってないさ。お前らの態度から本心でそう思っただけだ」

 

常人なら気絶する四皇の覇気にヴェンは一切ひるまない。彼にとって今のシャンクスは何一つ怖くなかった。

ヴェンは脅されてなお口を開く。

 

「最初に会った時からお前らのことはどこか苦手だったんだ。今までそんなこと一度もなかったから何故なのかは分かんなかったが…ようやく分かった。お前ら全然海賊らしくないんだよ」

「なに…?」

「俺があった海賊は全員自分がやりたいことやっていた。それが善であれ、悪であれ、全ての海賊が自分の信念の下、自由にやっていた」

 

民間人を殺しまくっていた海賊、人を奴隷として売っていた海賊、伝説の宝を求めて冒険していた海賊。それぞれに思うところはあるが、自身がしたいことを自由にやる彼らに尊敬の念を抱いていた。

 

「海賊に憧れるなんてちゃんちゃら可笑しいが、それでもその姿は憧れの対象だった。だから俺も自由にしてきた…でも、お前らは違う。お前は自分の思いに蓋をしている」

 

冷ややかな目でシャンクスを見るヴェン。シャンクスはその目に嫉妬と怒り、失望を感じ取った。

 

「力があるくせに沈黙する。叶えたいことがあるのに行動しない…反吐が出る」

 

前世で何も才能がなく、夢がなかったヴェン。そんな彼にとって、力も叶えたい夢もあるシャンクスは羨ましく、何もしない彼は過去の自分みたいで嫌いだった。

そして、朧げな記憶でも好きだったワンピース。主人公のルフィが海賊を目指すきっかけとなったシャンクスが様々なものに雁字搦めとなっていることにがっかりしていた。

 

「ま、そんな奴だからこうなったのも頷けるな。娘のウタも他人の望みを自分の夢と思いこむアホな女だし—」

 

気づけばヴェンはシャンクスに組み伏せられていた。禍々しい空と怒りに染まったシャンクスの顔が彼の視界に入る。

 

「それ以上ウタを悪く言えば殺すぞ」

「ハッ、今すら父親面か?十二年ほったらかしたお前が?」

 

馬鹿にするように笑うヴェン。シャンクスはそんな彼を無表情で見つめるが、その手にはとてつもない力が込められていた。ヴェンの腕からミシリと嫌な音がなる。

 

「痛えなァ、折れるだろう…そんなに大事ならさっさと会いに行けばよかったじゃないか」

「…俺は海賊だ。海賊が家族だと知れればウタの夢を壊してしまう。だから—」

「エレジアに置いて行ったのか?…くだらねぇ。お前がやったことはただの逃げだ。お前の行動はウタの夢を壊した」

 

ウタには才能がある。聴いたものを幸せにする歌声を持っている。2年という短い時間共に過ごしたヴェンでもそれは分かった。だからこそ、どう成長するか楽しみでもあった。

だが、ウタは自身のために歌うのではなく、誰かから願われて…他人のために歌うという道を進んだ。

 

「確かにウタは世界の歌姫になった。それはお前や人々が望んだものだろう…だが彼女が望んだものではない」

 

確かにシャンクスの行いは結果的にウタの歌声を活かした。現に世界中の人々が彼女に救われている。

だが、救われた人々の中にウタは入っていない。

 

「お前の傍迷惑な気遣いがウタの才能を殺した。彼女はもっと輝ける、それこそ俺なんかが相手にならない程の存在になるはずだった。今は俺が対等の存在なんて言われているが…そんなわけがない。ウタこそが世界一の音楽家だ」

 

ヴェンは気づいていた。ウタは自分を凌駕する才能があると。自分なんかと同列にしていい存在ではないと。

それがエレジアで音楽を学び、世界を旅して多くのことを知り、ウタの歌声を聴いてきた彼の答えだった。

 

「それをお前は二度も殺そうとしている。彼女を救える手段を手放そうとしている」

「ならどうすればよかった!?ウタのことを考えるならこうするしかなかった!」

 

シャンクスは今にも泣きそうな表情でヴェンを見る。大の大人が子供のような弱さを晒しだしていた。

どうすればよいかの救いを求めるシャンクスをヴェンはばっさり切り捨てる。

 

「さっきからウタ、ウタ。お前はそればかり…ウタがどう思うかより、お前がどうしたいか言えよ。少なくとも麦わらならそうするだろ」

「ルフィ…」

 

シャンクスはある約束を誓った年下の友達の姿を脳裏に浮かべる。誰よりも自由を愛し、自分たちを尊敬し、娘とよく遊んでいた生意気なガキ。

確かにルフィならこちらの思いなど無視して助けようとするだろう。そう考えたシャンクスの口角が少し上がる。

シャンクスからの拘束を解き、右肩を少し摩りながら立ち上がるヴェン。彼はシャンクスを見下ろし、再び問いかけた。

 

「それで?…お前はどうしたいんだ?」

 

ヴェンの挑発的な問いにシャンクスは過去を思い出す。

いつも嬉しそうにじゃれついてきた娘の笑顔。ウタの歌声に合わせて仲間たちと踊ったこと。ルフィと競争して泥だけで、それでいて楽しそうにしていたウタの姿。そして自分と同じ出自を辿った娘の初めて聞いた悲しみの声—。

シャンクスの覚悟は決まった。

 

もう二度とウタを悲しませない。そのための手段を選ばない。

 

初めて見せた海賊らしい、白ひげやビッグ・マム、カイドウらと同様の四皇らしい顔のシャンクスを見て、背筋が冷えるような感覚に見舞われる。

 

「俺の娘を救うのを手伝ってもらうぞヴェン…いや、音楽の皇帝」

「…嫌だと言ったら?」

「そうだな…頷くまで脅すだけだ」

 

シャンクスは愛刀をヴェンへと向ける。先程のお人好しな態度とは打って変って、それはまさに海賊らしい姿だった。

その反応にヴェンは笑みを浮かべる。

 

「ハッハッハッ!…いいだろう手を貸してやる赤髪」

「…言ったのは俺だが、どういう風の吹き回しだ?」

 

あっさりと言うヴェンに困惑するシャンクス。先程までウタが望んで歌っているという理由で断っていたのに、あっさりと了承した彼に拍子抜けしたのだ。

そんなシャンクスの疑問にヴェンは答える。

 

「なーに、娘を助けたいというお前の思いに感動したのさ!…と、言いたいが、そんなことはちっとも思っていない」

「思っていないのかよ。ならなぜ」

「単にトットムジカをぶっ倒したいから。言ったろ?ここには仕返しに来たって」

 

それを聞き、シャンクスは彼が来た時を思い出す。確かにそんなこと言っていたなと。

そして、少し怒りの目を向けた。

 

「なら何故最初の協力を拒んだんだ」

「お前が嫌いだったから」

 

シャンクスの問いに即答するヴェン。シャンクスは真正面ではっきりとそう言われて少し傷つく。ヴェンは暗いオーラを出すシャンクスを無視して話を続けた。

 

「ウタが望んでこの歌を歌っているのは本当だが、そんなことで俺が行動を止めるかよ…お前らの態度が気に食わなかったから手を出さなかっただけだ。別にこの世界が無くなろうと俺にはどうでもいいしな」

 

さらっと恐ろしいことを言うヴェンだが、シャンクスの耳には先程の言葉がショックで俯いており、幸い聞こえてこなかった。

 

「まぁ、今のお前は好きだぜ…ゲンサクミタイデ」

「何か言ったか?」

「何も…さて、そろそろやるか。トットムジカは俺が抑えるから行ってこい」

「あぁ…頼んだぞ」

「あいよ」

 

シャンクスは背を向け、一度も振り返ることなくトットムジカへと向かっていく。

その背を少し眺めると、トットムジカへと視線を移した。視界にはガープやマルコ達がトットムジカ相手に奮闘しているのが映る。

ヴェンは彼らから視界を外し、ライブ会場まで持ってきたピアノへと向かう。エレジアを追放される前と戻ってきてからよく使用した楽器、一番使い慣れた相棒ともいえるグランドピアノ。

椅子に座り、鍵盤へと手を乗せる。

 

「さて、ようやく俺の番が回ってきたな。一時はどうなるかと思ったが、やはり俺は運がいい」

 

慣らすように何度か音を響かせる。シャンクスに抑えられていた腕も問題なく動き、天候は曇っているが、雨は降っておらず、音の出も問題なし。万全とは言えないが、演奏は可能だ。

ヴェンは暴れ続けるトットムジカを見つめる。

 

「トットムジカ。歌の魔王なんて大層な名で恐れられているらしいがよ…俺は【音楽の皇帝】だぞ?……そして—」

 

トットムジカの頭部、ウタがいるだろうと思われる場所へと視線を集中する。

 

「世界の歌姫ウタ。これはお前への挑戦状だ。俺の方が上だというな!」

 

その日、今後の音楽に絶大な影響を及ぼした演奏が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無双ドーナツ、力餅!」

「三刀流、千八十煩悩鳳!」

「ブラック光火!」

「悪魔風脚、ムートンショット!」

 

カタクリ、ゾロ、クイーン、サンジの連携技がトットムジカの二本腕へと直撃する。現実世界ではベックの銃弾とガープの拳が迫っていた。

世界でもトップクラスの強者たちの攻撃には流石のトットムジカも損傷は免れることはできなかった。彼らの技によって初めてトットムジカはダメージを受ける。

 

「やった!」

「よし!ようやく腕を減らせたぜ!」

 

その光景に喜びの声をあげるナミとフランキー。復活したトットムジカと戦い始めて数えるのが嫌になるほどの攻撃をしかけ、ようやく腕の破壊に成功した。それはその場で戦うもの全ての士気を上げた。

しかし、そう楽観してはいられない。彼らには刻一刻とタイムリミットが迫っていた。

 

「おい、次行くぞ!…ウソップ!」

「待てゾロ、サンジ!お前らは一度下がれ!……ジンベエ代わりに行ってくれ!」

「了解じゃ!」

 

ウソップは次の指示を出す前にゾロとサンジを下がるように言う。トットムジカの復活から休むことなく攻撃を仕掛け続けていた二人の体力は疾うに限界を迎えていた。それはカタクリやクイーンも同じだった。

しかし—

 

「俺たちのことは気にするな!もう時間はねぇんだ!」

 

サンジがウソップの指示を拒絶する。彼の言うとおり、トットムジカがルフィたちを閉じ込め、世界を覆いつくすまでの残り時間はすでに一時間を切っている。だが、未だに彼らがやったことと言えば、腕を二本破壊しただけだ。サンジの声にゾロたちも無反応ながら肯定する。

 

「っ……次、足二本行くぞ!」

 

ウソップは彼らの覚悟にそれ以上何も言わずに次の指示をする。その声にゾロたちに加え、ジンベエとうるティたちも動く。

ジンベエの“海流一本背負い”の勢いに乗って彼らの技がトットムジカに迫る。しかし、それらは無数の戦士と残った腕によって防がれてしまった。

 

「クソッ…どうにかあれを弱体化できればいいんだが」

「そんなこと言ってる暇はねぇぞ海兵!」

「…ローさん、バルトロメオさん。あなたがたの能力でウタの歌声を消すことはできますか?」

 

コビーはトットムジカが強くなった原因であるウタの歌声をどうにかしようと二人に声をかける。

ローは肩で息をし、バルトロメオは後方にいるゴードンを守りながら答える。

 

「…無理だな。あの大きさじゃ俺のルームは破壊される」

「おらも無理だべ。バリアそのものはできるかもしんねぇけども、音は防ぐことは無理だべ」

「そうですか……どうにかあの歌をかき消すことができれば」

 

コビーやローたちが現状を打開しようと考えていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。彼らは聞いたことのない曲に驚き、どこから聞こえてくるのか周囲を見渡す。しかし、どこにも曲の発生源は見当たらなかった。

そんな中、ゴードンだけはその曲、と言うよりは音に聞き覚えがあった。それは過去ゴードンがヴェンに音楽を教えていた時の音であり、彼がエレジアに帰ってきてからウタと共に聴いていた音だった。

 

「これは……ヴェンの音だ」

 

壮大で穏やかな、それでいて空気を震撼させる力強い音が世界を覆いつくす。その曲を聴いた者はピアノだけでなく、ヴァイオリンやホルン、ティンパニーなど様々な楽器の音が何故か一緒に聞こえてくる。

 

「何だ、これ?」

 

トットムジカへ攻撃し続けていたルフィは聞こえてくる音に空中で停止する。彼の仲間たちやローたちも同様の行動をとっていた。

現実世界のベックマンたちも足を止め、ある一点を見つめる。そこにはピアノを弾くヴェンがいた。

その光景に驚くベックマンやガープ、マルコの横をシャンクスが通り抜ける。

 

「っ…お頭ァ!」

 

ベックマンの声に何も反応を示さずにシャンクスはトットムジカへと向かう。その刀には覇気が込められていた。彼の想いが込められた一撃がトットムジカへと直撃する。

本来、ウタの歌によって強くなったトットムジカにはその攻撃は効かないはずだった。先程も世界トップクラスの猛者たちの攻撃は無効化され、それはシャンクスの攻撃も同じだった。

しかし—

 

「ギャアアア!!!」

 

トットムジカの叫び声と共に、一本の腕が破壊される。その光景にルフィたちが驚きの声を上げた。

 

「何だァ!?一体何が起こってるんだ!?」

「これは…あいつの仕業か」

 

クイーンが叫び声をあげ、カタクリは冷静に原因を突き止めた。そして、さらに驚きの光景が彼らの視界に入る。

 

「おい、あれを見ろ!」

「何だ?苦しんでやがるのか?」

 

ウソップの声に皆がトットムジカを見ると、フランキーが代表して言葉にする。

彼の言う通り、トットムジカは何かに苦しんでいるのか、叫び声を上げながら暴れまわっている。その姿からは先程まで感じていた強さはない。

その間にもトットムジカの脚が一本破壊された。

 

「何が起きたか分からねぇが、今のあいつには攻撃が通じる。なら今のうちに決着をつけるぞ」

「あぁ、そうだな。さっさとこの世界から出なきゃな」

「早く歌姫を助けてやらねば……ルフィ!」

 

ゾロは両手に持った刀をクロスさせ、トットムジカを睨みつける。そんなゾロにサンジも続く。ジンベエは上空で留まっているルフィへと声をかける。仲間の声にルフィは声を張り上げる。

 

「よしっ!…野郎ども!!気合入れるぞ!!!!」

 

ルフィの声に仲間たちも声を張り上げる。同じ頃、シャンクスも仲間たちに檄を飛ばしていた。

世界の命運をかけた最後の戦いの火蓋が今切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハ、結構、きついなこれ…」

 

息を切らしながら腕を動かすヴェン。腕を左右に忙しなく移動させ、指は同時にすばやく何度も違う鍵盤を押していた。

今まで演奏してきて初めて緊張するな、と思った。

本来、この曲は一人で演奏するものではなかった。主役はピアノだが、伴奏にいくつもの弦楽器や管楽器、コンサートパーカッションなどが必要な曲だった。

しかし、それは叶わない。ヴェンが演奏すれば彼の音しか響かない、彼と同等の存在はいない。だから、自分一人で演奏できる曲にした。それ故に常人では単独で演奏が不可能—ヴェンでさえ難しいものとなっている。

しかし—

 

「大変だが…お前には効くようだなトットムジカ」

 

世界最高の音楽家が演奏する最高の曲はトットムジカを狂わせていた。その曲が響くたび、トットムジカの存在が希薄となっていく。彼の音がトットムジカを覆いつくそうとしていた。

 

「流石に完全に支配することは叶わないか。ウタもいるし…だがこれで十分。あとは主人公たちがどうにかしてくれるだろう」

 

トットムジカを見るとシャンクスたちが次々と攻撃を仕掛けていた。そして、遂に全ての手足が破壊される。最後の仕上げなのかシャンクスは単独で空へと駆けあがる。

いつの間にかウタの歌声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うぉぉぉ!」」

 

ウタワールドでトットムジカよりも巨大なルフィの腕が、現実世界で空気が歪むほどの覇気を込めたシャンクスの愛刀が、同時にトットムジカへと直撃する。

トットムジカは手足を失い防御することができず、繰り紛れにビームを放つが、彼らには当たらず—

 

「ギャァァァ!」

 

と断末魔の悲鳴を上げながら音符となって消えていく。

そんな中、消えていくトットムジカの残留思念をウタは感じていた。世界中の人の負の感情から生まれたトットムジカという曲にウタは同情し、理解し、憐みの言葉をかける。

—なんだ、あんたも寂しかったんだね。

そして、聞こえてくる音楽にもある感情を感じていた。

 

(あぁ、やっぱり上手いなぁ…私もあんな風にできたらみんなを救えてたのかな)

 

それは嫉妬だった。

エレジアから出なかった自分とは違い、世界を旅して多くのことを見てきたヴェン。彼の演奏に自由を感じた。誰かのためじゃない、自分がしたいことをしたいようにする—そんな音楽だった。

正反対の音楽で、自分よりも才能を持つ彼にウタは憧憬の念を抱き、羨望の眼差しを向けていた。なんて素晴らしい演奏なのだろう、何で自分がその立場じゃないんだろうと。

—もう一度、一緒に演奏したいなぁ。今度はちゃんと対等に。

彼の曲を聴きながらウタはそう思い、落下していく。

 

 

 

 

 

 

半壊したライブ会場。そのある升席に元凶のウタと赤髪海賊団はいた。すでにウタワールドに捕らわれていた観客たちは現実世界へと意識が戻り、穏やかに眠っている。

シャンクスはウタを横に彼女へと話しかける。その右手には一つの瓶が握られていた。

 

「ウタ、この薬を飲め。そうすればまだ間に合う」

「シャンクス…私」

 

ウタはかすれた声を絞り出す。ここまで会いに来てくれた父親に思いを伝えるため。

 

「会いたくなかった。でも…会いたかった」

「もう喋るな!早く飲むんだ」

 

シャンクスは早口に急かす。そうしなければ手遅れになってしまうから。

ネズキノコの毒が全身に回り、長い間能力を使い、歌い続けたウタの体力はもうほとんどない。立つことも、姿勢を保つこともままならない程だった。

それでもウタは最後の力を振り絞って口を開く。

 

「もういいの、シャンクス…私はたくさんの人の命を、平穏を奪ってきた。そんな私が生きていいわけがない…私は、もう逃げたい。苦しみから解放されたい」

 

エレジアの真相を知り、自分が犯した過去の罪に耐えきれなくなったウタは現実世界から飛び立とうとしていた。そんな自分の願いをシャンクスは聞いてくれるとウタは確信していた。昔から娘の言葉に弱かったシャンクスなら、と。

しかし—

 

「…すまないウタ」

「?…シャンク、ス!?」

 

シャンクスは手に持った薬瓶をウタの口にねじ込んだ。ウタは突然のことに驚き、手足をじたばたさせようとするが、満足に動かすことができなかった。

なすすべなく薬を飲みこむウタ。瓶の中身が空になるとシャンクスを強く睨みつける。

 

「なに、するの!」

「俺はお前に生きてほしい」

「!…でも、私は」

「お前がどんな思いを抱いているかなんて関係ない。どんな罪を犯そうが関係ない。お前は…どこまで行っても、俺たちの—俺の娘だ、ウタ」

「シャンクス…」

 

ウタの瞳が揺れる。涙が止まることなく、頬を伝いシャンクスのズボンの色が濃くなっていく。

 

「私はシャンクスを、赤髪海賊団のみんなを信じることができなかった。みんなを憎んでた……そんな私でも、まだ家族と思ってくれるの?」

「当たり前だ。お前は俺たちの大切な仲間、赤髪海賊団の音楽家だ」

「う、うわぁぁぁ!!!寂じがった、怖がっだ!みんなに捨てられたと思って!もう、みんなに会えないと思って!うぅ…」

「すまなかったウタ。もう、絶対に離さないからな」

 

赤子のように泣きじゃくるウタの背中をあやすように摩りながらシャンクスは穏やかに言葉をかける。

そんな彼らに一人の男が近づく。その男は今回の功労者の一人、ヴェンだ。

 

「どうやら仲直りできたようだな」

「あぁ、ウタが世話になったな」

「フッ、構わないさ。ウタを揶揄うのは楽しかったからな」

 

馬鹿にしたような笑みにウタは涙を浮かべながら頬を膨らませ、そんなウタをシャンクスたちは笑っていた。

すると薬が効き始めたのか、ウタの瞼が徐々に降り始めていく。ウタ自身も意識が朦朧とするのを感じた。

 

「どうやら薬が効き始めたようだな」

「あぁ、そうだな。次に目が覚めれば毒も消えて、いつものウタに戻っているだろう」

「そうか…なぁウタ」

「な、に?」

 

ヴェンの声に今にも眠りそうになりながらもウタは反応する。そんなウタにあることを問いかけた。

 

「お前はどんなウタになりたいんだ?みんなのために歌う世界の歌姫ウタか?それとも…自分のために歌うただ一人の少女ウタか?」

「私、は…」

 

ウタは襲い掛かる睡魔によってすぐには答えられなかった。しかし、その解答は既に決まっている。

 

「どっちも、叶えたい。私らしい歌で、みんなを幸せにしてあげたい。それが、私の夢だから」

「そうか。それは…俺にはできない大きな夢だな」

 

そう言ってヴェンは背中をシャンクスたちに向ける。そしてウタへと言い放った。

 

「上で待ってるぜウタ。早く俺のとこまで上がって来いよ」

「…うん。すぐに追い付いてみせる」

「そりゃあ楽しみだな……じゃあな赤髪海賊団」

「あぁ、ありがとう。この貸しはいずれ返す」

 

シャンクスに言葉を返すことなく、ヴェンは手だけで反応する。そんな彼の背中を赤髪海賊団は見えなくなるまで追い続けた。

空はいつの間に白みがかっており、夜が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやー終わった終わった。めっちゃ大変だったけど最高のライブだったぜ)

 

エレジア事件から数十日が経とうとした頃、ヴェンは新世界の名も無き島にいた。そこで彼はゲリラライブをしながら金銭を稼ぎ、次の旅の準備をしていた。今は島にあるバーで酒を飲みながらライブを思い出している。

 

(途中から俺らしくなかったけど、結果良ければすべてよし!)

 

シャンクスとウタに対する強い思いから自分がやったことに少し恥ずかしがるヴェンだったが、最後には何とかなったのでよしとした。

 

(それに俺の曲が世界チャートの一位にもなったし、新聞でも俺の話題でいっぱい。目的達成で万々歳!)

 

あれから新聞にはトットムジカ戦で披露した彼の曲や彼自身で持ちきりであり、どこの島でも彼の曲が流れている。その曲は彼自身が名を付けていないため、正式な名前はないが、世界経済新聞が名付けた【皇帝】というのが世間一般の名前となっている。その曲を街中で聴くたび、人の話から聞くたび、新聞で見るたびに彼の顔が喜悦を浮かべる。

 

「さて今日の新聞にも俺のことが載ってるかな~。えーと、何々。【歌姫ウタ。赤髪海賊団で生存を確認。活動は続行。ファンたちは激怒か?】ほー、元気にやってるなぁ。すぐに前と同じくらいにはなるかな。まぁ、今の俺はそれ以上だが」

 

他にも【麦わら大船団、歌姫ウタを仲間に勧誘!?船長麦わらの恋人か?】【歌姫ウタ生配信で放送事故!】【海賊女帝、新世界へ突入!】など、多数の出来事が書かれていた。

 

「相変わらずいろんなことが起きてんな。俺のことはないのか~…ん?」

 

自分の記事はないかとページをめくるとパサッと二枚の紙が地面に落ちた。拾ってみるとそれは新しい手配書だった。

 

「う~ん?おっ!ウタが指名手配されとるじゃん。懸賞金は…9億4900万ベリー!?高いなおい。でも世界滅ぼしかけたし、当たり前か。それでもう一枚はっと……えっ?」

 

ウタとは別のもう一枚の手配書を確認するヴェン。その手配書を見て、彼の動きが止まった。びくりともせず、手配書を見て驚いている。

彼の前にいたバーのオーナーが前から手配書を覗き見るとそこにはこう記されていた。

 

【音楽の皇帝】ヴェン 懸賞金5億7300万ベリー

 

どうやら彼も賞金首となったようだ。それも破格の億越え。何が世界政府の注目を集めたのか。

赤髪海賊団に肩入れをしたからであろうか。凶悪な海賊と関りを持っているからあろうか。ウタの協力をしたからであろうか。曲のみで人を魅了したからであろうか。その真相は五老星しか分からない。

 

「なんでだぁぁぁ!!!!」

 

彼の嘆きの声が島中に空しく響く。彼の人生、逃走劇が今始まる。

 




これでこのシリーズは終わりです。
次回からは別のストーリーで一話のみの短編を投稿する予定です。
ちなみにこの後オリ主はルフィやウタに巻き込まれます。

使用楽曲コード:27428141,27458687,27511014,27511022,75527367

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