峰一が目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。昨日、豊穣の女主人で注文した果汁水に口を付けたところまでは覚えているのだが、その後のことが思い出せなかった。頭痛のする頭を抱えながら必死に思い出そうとするが、それが成果を結ぶことはない。
「くそっ、誰か酒と入れ替えやがったな……、隣に座ってたのはベートだったし、被害者はアイツかぁ」
自分の酒癖のことはよくわかっているので、酒だけは飲まないようにしていた。たまに誰かが悪ふざけで飲み物を酒に変えた時などは今のようになる。昨日の主犯は赤い髪の女性、ロキである。ベートの話が始まったあたりで、話を中断させるのにわざとそれを行った。さすがは狡知の神と言ったところだろう。余談だが、幸いにもまだ被害者に女性の獣人がなったことはない。
彼が部屋を出て食堂に向かうと、丁度ベートがそこから出てきたところだった。
「げっ、バカ一てめぇ、昨日はよくも……、って覚えてやがらねーか、くそがっ」
すごい睨まれた。当然ではあるので、峰一もバツの悪そうな顔をするしかできない。
「まぁ、その、なんだ申し訳ない。飯食ったら好きなだけ模擬戦に付き合うから許してくれ」
「はっ、言いやがったな。今日こそてめーをぶちのめしてやるよ。飯食ったらすぐに来やがれ」
獰猛な笑みを浮かべて、ベートはさっさとどこかへ行ってしまう。峰一という男は、アイズやベートのようなより強くあろうとする人間に人気がある。人気とは言っても、模擬戦相手としてだが。というのも、彼の転生特典『鬼滅の刃の継国縁壱の能力』が関係している。この転生特典の存在があるため、峰一の戦闘技術はすでに完成されている。技術だけなら古代の英雄達すら凌ぐのではという程である。
そんな彼は同LVでも頭一つ飛びぬけた存在と言えた。技術面含め格上と戦える経験は戦闘狂には大好評なのだ。
彼が食堂に足を踏み入れると、そこにはアマゾネスの姉妹と、戦闘狂そのニが食事を取っているところだった。彼女たちに気付かれないように彼は食事を受け取りに行く。
「あっ、先生……」
だが、戦闘狂もとい、アイズが峰一に気付いて声をあげる。入団時期は彼の方が後だし、年齢も大して変わらない。だが、二つの理由からアイズには『先生』と呼ばれている。その一つが先ほどの話でも出てきた模擬戦である。数年前、というか、峰一の力を知ってから彼女は頻繁に挑んでくるようになった。仕方なく受けたのだが、その最中つい助言をしてしまった。それから『先生』と呼ばれるようになったのだ。
気付けばランクアップのさいに発生する、発展アビリティに『教導』なるものが現れる始末だ。何かレアっぽかったので取得したが、これを得てから戦闘狂二名が更に挑んでくるようになった。本人たち曰く、成長が実感できる、とのことだ。
――そういえば縁壱って原作でも呼吸を他の隊士に教えてたんだっけ。これも縁壱の能力ってことなんかなぁ
などと本人は考えた。ただし、呼吸法については誰にも教えていない。そもそも自分のそれは転生特典だから使えるのであって、この世界で他の人間ができるという保証もないのである。だから、呼吸法については語ることをしない。
「おーっす、言っとくけど、今日はベートが先約だからなー」
軽く手を上げて挨拶しながら、彼は先手を打って挑まれるのを回避する。
「あはは、今日は私達も武器のことででかけなきゃいけないから、大丈夫だよ」
「なんで少し残念そうなのよ、アイズ……」
アマゾネスの双子が反応を返す。元気な――何がとは言わないが――小さい方が妹のティオナ・ヒリュテ、大きい方が姉のティオネ・ヒリュテである。姉妹揃ってLV5、妹が『
「あぁ、あの芋虫な。厄介な相手ではあったよなぁ」
ティオナの武器は先日のダンジョン遠征の際に壊れてしまっている。彼女の武器ウルガは大剣を二本柄部分で連結したような形のものだ。その分、値段も高く、代わりになるようなものもない。だから、早めにそれを作れる鍛冶師に注文しなくてはいけないのだ。
「厄介、って、あんた『
「うん、先生、あれどうやったの?」
厄介な芋虫というのは五十階層付近に大量出現したモンスターで、体液が酸になっていた。そのため普通の武器では壊れてしまい。不壊属性というものが付与されている武器でないとまともに戦いにならなかったのだ。一部は能力ゴリ押しで潰していたが。
「めっちゃ早く刀振っただけ。酸が武器を溶かす前に付着しようとした酸を弾き飛ばした。まぁ、そこまで力出した結果があのざまなんだけどな」
その答えを聞いて、アマゾネス姉妹は何を言ってるんだコイツと言う目で彼を見ていた。アイズは普通に目を輝かせている。尚、芋虫撃破後、彼は四肢の骨が砕けて、全身から血を吹きだしていた。
「んじゃ、俺飯食うわ。ベートとの約束あるし」
そう言って、彼はその場を離れていく。
(まぁ、俺も自分で言ってて意味わかんねーんだけどな)
一応彼も常識的な感性をしているらしい。
(飯を食ってたら、ちびっ子もとい団長に絡まれたでございます)
「一昨日の晩、君がどこにいたのか気になってね」
そう言いながら、彼の目の前でフィンは自身の親指を強く抑えていた。これは彼の能力のようなもので、何かがある時親指に疼きが生じるというのだ。それ故過度な誤魔化しはきかないし、彼としても普段から隠し事が多い分できるだけこの友人には話したいと思っている。
「一昨日はちょっと、散歩に出ててな。その時に例の狐人に会って少し話をしたんだよ。向こうはこっちのことも知ってたみたいで、話しかけてきたんだわ」
散歩に出たというのは嘘である。彼がホームに戻ってきた時、自分の部屋に無造作に置かれていた呼び出しの手紙を見つけ、夜にも関わらず外出したのである。
『お晩どす』
彼が手紙の場所に行けば、そこには彼女がいた。こんなに早く接触してきたことは彼にとっても予想外のことだった。
「一応、ミノタウロスを逃がしたことは謝っておいたぜ。あっちはそこまで怒ってなかったけどな」
『ダンジョンじゃ冒険者は自己責任やろ。せやったら、気にすることあらへん。まぁ、そっちの名には傷がつくかもしれへんけどなぁ』
ミノタウロスの件を真っ先に謝罪した時に返って来た反応はこんなものだった。拍子抜けという印象は受けるが、ベルと関係があるだろう相手と敵対することがなかったのは僥倖と言えた。
「それだけかい?」
「それだけって、ことにしといてくれ」
隠し事をしていることまでは隠さない、それが友人故のやり取りであった。そう言われれば、フィもそれ以上追求することはない。親指の疼きはあったが、団員のプライベートに踏み込みすぎるのは過干渉である。友人だからこそここまで質問できたのだ。
『あんたはんも転生者なんやろ? 言わんでもええよ、もうわかってはるんよ。だから、これだけ伝えておくわ』
彼女と話した時間はそれほど長くはない。ミノタウロスの件の謝罪をした後は、彼女が一方的に用件を伝えるだけで終わったのだ。
『坊、ベル・クラネルはすでに早熟スキルを得てはる』
その言葉だけを残して夜の街に消えていった。彼にとっては朗報であった。アイズとの出会いが変わったことによる影響については悩ましいが、世界というのは何があるかわからないもの。何かの拍子にアイズの変化が始まるかもしれない。
(てか、ファミリア同士の過干渉禁止を暗黙の了解とか言うなら、自分達でちゃんとアイズを導かなきゃいけねーよなぁ……)
というのが今の彼の考え方ではある。それがどうにもならないから、正史ではベルがアイズの変化に関わるのだが、彼にも同じファミリアの仲間としてのプライドがある。自分達でどうにかしたいと思うのはおかしくはないのだろう。
「じゃっ、これからベートと約束あるから行ってくるわ」
尚、彼はこの後夕方までベートに付き合わされることになった。悪態を吐きながら満足そうな顔で鍛錬場を後にするベートと、その反対に心底疲れた表情でその場に腰を下ろす峰一という構図である。模擬戦の結果は始終峰一が押していたのだが。
周囲にいた他の団員はその攻防から少しでも何かを盗めないかと、必死の形相で二人の模擬戦を見ていた。教導なんていう発展アビリティを持つ峰一の模擬戦なので仕方ないのかもしれない。
(はぁ、これで何事もなくこんな毎日が続けば万々歳なんだけどな)
そんなことを考えながら、立ち上がって軽くストレッチをこなす。そうした後に、掻いた汗を流すべくシャワールームへと足を進める。
「あっ、峰一さんタオルどうぞ!」
「ん、あぁ、サンキューな」
女性団員の一人が彼にタオルを差し出す。それを受け取りながら、お礼を言って小さな笑みを浮かべて歩いていく。背後で女性団員が頬を赤くしているが、彼は気付いていない。
(次は
彼の頭の中は今後の出来事への考えていっぱいだったのである。この男、容姿は継国縁壱に少し似ているし、声も『待てぃ』と降臨しそうな声をしている。その上、仲間のために身体張る姿を何度も見せている。そういう事情もあり、女性団員の何名かにはアイドル的な好意を向けられている。一部はフィンとかベートとセットで掛け算しているが。
(あーあ、何かいい方法ねーかなぁ。ファミリアに迷惑をかけずに、クソみたいな連中かたっぱしからぶった切れれば楽なのになぁ)
将来への不安が解消されるまで、彼がその好意に気付くことはないのだろう。がんばれロキ・ファミリア。
ロキ・ファミリアというか、ソードオラトリア側のオリ主的立場の峰一サイドです
原作知識があったら、絶対『あの神』を暗殺したくなると思うのです