ダンまち ベル・クラネル超英雄化計画   作:膝に矢うけたった

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雪姫の夜の過ごし方




「なぁなぁ、そこなあんたはん、ここは女でも女買えるん?」

 

 豊穣の女主人の件の翌日の夜、一人の女性がオラリオの南地区に足を運んでいた。この地区は歓楽街であり、当然娼婦を取り扱う店も立ち並んでいる。そんなところに足を踏み入れたのは、むしろあなたが娼婦ですよねと言いたくなる女性だった。

 しかも、その女性はあろうことか娼婦を買いたいというので、その店を任されている者も驚くばかりである。

 

「そりゃ、そういう趣味の店に行く方がいいかもしれないですけど、ダメってことは一応ないですよ。ですけど……」

 

「ほなら、あそこの狐人の娘を一晩おくれやす」

 

 そう言って、指を指したのは俯いた一人の狐人の少女だった。金色の美しい毛並みの少女。ただ何かを諦めてしまったかのように暗い空気を纏っている。

 

「春姫、ですか……。すぐに準備させます」

 

 何か渋る様子だったが、仕事と割り切って別の店員を呼んで、指名された少女の準備をさせる。その際に、女性は多めに金を握らせる。

 

「今夜の酒は美味しくなりそうやねぇ」

 

 その一言で、相手もそれがどういう意味を持つのか理解する。ファミリアの傘下である以上、主神や幹部に聞かれれば答えなければいけないが、それ以外では決して彼女の存在を口外しない、そういうことだ。

 

「準備できました。こちらへどうぞ」

 

 案内の者に連れられて、女性は極東風の娼館、つまりは遊郭の廊下を歩いていく。その際、着物の袖で自身の口元を隠しているが、案内人もそんなことは気にしない。

 

「御婦人、こちらです。どうぞ、時間には別の者が合図にきますので、それまで、心行くまでお楽しみください」

 

 案内人が膝をついて襖をゆっくりと開ける。その先に女性が足を踏み入れると、音もなく襖を閉じてその場を離れている。全ての動作が洗練されていて、この娼館の格の高さを表していた。

 少し進んだ場所にあるもう一つの襖に女性は手をかけて、それを開ける。その先には布団前に座り、指をついた姿勢で座る先ほどの狐人の少女がいた。

 

「今宵は……」

 

「あんたはんが春姫やね。なるほど、うん、想像通り、否、想像以上やねぇ」

 

 彼女が挨拶をしようとしてすぐに、女性はそれを遮って言葉を紡いだ。そして、奥に入っていき、肘置きに身体を預けて春姫へと視線を向ける。

 

「茶ぁは淹れられるやろ? 喉が渇いてもうてな、頼むわぁ」

 

 春姫はすぐに急須を使ってお茶を淹れる。優雅に口をつける女性の姿を彼女は見ていることしかできない。

 

「暗い、暗い味どすなぁ。茶道やないけど、ただの茶ぁでも人の心いうんわ表れるもんや」

 

 その言葉を聞いて、少女はただ顔を俯かせることしかできない。俯いていた顔に女性の手が触れる。その手は無理やり、彼女の顔を持ち上げる。そして、少女の耳元に口を寄せて囁いた。

 

「雪姫、うちの名前どす。今宵はうちの慰めとして、少ぉし話に付き合っておくれやす」

 

 その名を聞いて、少女が目を見開いて驚愕を露わにした。どうしてほしいのかは言われたのだが、先ほどの名前の件で混乱が治まらないためにそれどころではない。

 

「春姫、うちの戯れに付き合ってもらうで?」

 

 そう言って、彼女は春姫を抱き寄せて、肘置きに再び身体を預ける。抱きしめられたことで何とか平静を取り戻すことができた。

 

「私なんかで、あなた様の慰みになるのでしょうか……」

 

 視線だけを逸らして少女はそう告げる。

 

「それを決めるんわ、あんたやない、うちや。やから、安心しぃ。うちがどうしても春姫と話したかったんどす」

 

 春姫は様々な事情故に狭い世界しか知らない。彼女の知る広い世界というのは、いつだって物語の中にしかなかった。だから、彼女は自分に目の前の女性を楽しませるほどの話ができるとは思えなかった。

 

「あなた様が本当に私の思っている雪姫様なのだとしたら、きっと今の私のことを……」

 

 悲し気に言葉をこぼす少女の唇を人差し指で塞ぐ。春姫が口を噤んだのを確認した後、その震える身体を抱きしめて囁く。

 

「長い、長い旅をしてはるとね、たまに無性に極東が恋しくなる時があんのよ。やから、こうして知った顔の面影を求めてまう」

 

 知った顔というのが何を示しているのか、春姫には理解することができた。それは同時に雪姫が、春姫の考えている通りの人物であるということでもある。否、その言葉がなくても、彼女から感じるぬくもりがそれを教えてくれる。

 

「やけど、いきなりやったし、今宵はうちの話、聞いてくれはる?」

 

 彼女の言葉に小さく頷いて答えを返すと、彼女は優しい笑みを浮かべた。どこか悲しそうでもあったのだが、それは春姫が踏み入っていいことではないと見ないふりをする。

 それから、彼女が話してくれた話は英雄譚を好む春姫でも楽しめるものだった。秘境で大量の鳥型モンスターから動物の卵を護る話や、水不足の村で井戸を掘りあてる話など、様々な冒険の日々を聞くことができた。

 そうやって話を聞いている内に、彼女のぬくもりもあって瞼が重くなっていくのを感じた。本人が気付くこともなく、瞳は瞼の裏に隠れ、意識は薄れていく。そこからほんの僅か時間がすぎた頃にはすっかり少女は寝息を立てていた。

 

「ん、寝てもうたか。この子もほんと難儀な子やなぁ。まま、ええやろ。今はゆっくり眠るとええ」

 

 眠る少女の自分と同じ色の髪を手櫛で梳かしながら、窓の外に顔を見せる月に目を向ける。深まった夜、外の光も減って人の声もあまり聞こえない。歓楽街、その娼館街の夜は男女の時間。それ故に夜も深くなれば他の場所よりも少し静かになる。

 

「月がどんなに綺麗でも、そんでも救われん者もおる。いつか、いつかと願っても、そのいつかに巡り合えるのはほんの一握りしかおらん。やから、せめて知った者だけでもと手を伸ばすんは誰なんやろねぇ」

 

 前世の知識に思いを向けながら、彼女をそう月に向かって呟いた。その言葉はどこまでも悲し気で、どこまでも諦観に満ちたものだった。

 

「春姫、なぁ春姫。あんたの知る英雄は過去にしかおらん。もし、もしもあんたが英雄に出会うことがあったら、それは未来の英雄どす。過去の英雄に縛られず、未来を行く未知の英雄……」

 

 穏やかに眠る少女に目を向けて、その寝顔を見つめる。その顔は安心しきっているような表情をしていた。

 

「この子はいつか救われる。何故この子だけが、なんて思うかもしれへんけど、それでもうちはそれを信じとる。イシュタルに伝えるかはあんた次第やけどな、時が来たら必ずこの子をもらいに来るで。覚悟しとき?」

 

 襖の向こうで何かが動く音が僅かに聞こえた。それが誰で、何故そこにいたのか、それはその本人しかわからない。音の主は先ほどの言葉聞いて遠くへと離れていった。ここに残るのはもう二人だけである。

 

「ほんと、この世界はままならんなぁ……、なぁ、坊……」

 

 

 

 

 

「まったく、狐人の女があの子を買ったって聞いて様子を探ってみれば、とんでもない奴に目を付けられたもんだね」

 

 長い髪のアマゾネスが廊下の角で壁に背を預けながら、そんなことを口にしていた。

 

(たぶん店員への口封じも、あえてアタシに話が行くと踏んでのことだろうね)

 

 天井を見上げて、目をかけている娘についた今日の客について考えていた。不自然なまでに目立つのに、店員の口封じをしたりなど、ちぐはぐな行動をする狐人の女。最初は娘の極東の親族が取り返しに来たのかとも思ったが、内容までは聞こえなかったがただ話をしているだけだった。

 そして先ほどの自分へ向けた言葉である。主神が娘を手放す気がない以上、いずれ敵対するだろう。そして、その際にあの女性が前面に出てくるなら……。

 

「はっ、面白いじゃないか。さっきの言葉を思い出すだけで腕が振るえるよ。あの圧、間違いなくLV5以上の実力者だね」

 

 

 

 

 

 朝日が昇り始めた頃、春姫は深い眠りから目を覚ました。一晩中そうしていてくれたのか、雪姫が彼女を優しく抱きしめて顔を向けていた。

 

「も、申し訳ございません。娼婦だというのに、私……」

 

 そう言って、起き上がった春姫の様子がおかしかったのか、雪姫は数度小さく笑う。その姿に春姫も恥ずかしくなったのか、顔を俯かせてしまう。

 

「堪忍なぁ。ちょぉっと、知り合いの子に出会った時のこと思い出したんよ。今の春姫と似たような反応されたわ」

 

 二人がそうして話をしていると、廊下に接する方の襖の開く音が聞こえてくる。

 

「御婦人、時間でございます。支度をお願いいたします」

 

 終わりを告げる声が襖の向こうから聞こえてきた。それを聞いて、雪姫は何かの模様が描かれた鈴を一つ、胸の谷間から取り出して春姫の手に握らせる。手の中の鈴を見て、彼女は驚いた表情をしていた。

 

「あ、あの、これは受け取れません。私にはこれを持つ……」

 

「また来るで、次は春姫の話も聞かせておくれやす。その鈴は約束の証どす」

 

 そう言って、彼女は襖を開けて歩いて行ってしまう。春姫はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。もう一度自分の手の中の鈴に目を向ける。そこには彼女もよく知る模様が描かれている。

 

(雪姫様はどうしてこれを私に……、私にはその資格は……)

 

 

 

 

 

 朝の歓楽街は静かで、人の姿もほとんどなかった。そんな場所に立ちながら、雪姫は遠くに見える一際大きな神殿のような建物に目を向ける。その顔には悪だくみでもしているかのような歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「『あんた』にも、『あいつ』にも、思い通りにはさせへんよ。ご都合主義すら超える新たな英雄が、あんたらごときの思い通りに動くと思わんでおくれやす」

 

 その呟きは朝の空気の中に溶けて消えていく。彼女は振り返って歓楽街の外へと歩いていく。その視線の先には巨大な塔、バベルがあった。

 

「ついでに『あんた』にも教えたる。ま、『あんた』にはご褒美にしかならんかもしれんけどなぁ」

 

 笑みを浮かべた狐が朝の空気の中に消えていく。誰もいなくなった道には何も残されてはいない。ただ、朝の空気が通り過ぎるだけである。人の思惑も、神の陰謀もすべては変わらぬ世界の内側にしかない。世界は今日も変わらず、ただ時間だけを紡いでいく。

 




今回雪姫結構やる気じゃない? 『幸運』の効果はどうなってるの?
と、思うかもしれませんが、それは追々です。
雪姫の出生の謎が大分わかってきましたね。完全解答はもう少し後です。
まぁ、予想はできるかもしれませんが、あえて予想できるようにして、ベルがあるキャラと絡む時に対する期待を煽るスタイル。
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