嗚呼、残酷なシャケ生よ。   作:ノリと勢い

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"弱肉強食"なこの海で。

 

 

 

 

 

「では…若い二人でゆるりと、な。」

 

「りょーかいです父様ァー!!」

 

 

 

 …今自分の眉間に濃い皺ができていないか心底心配だ。なぜよりによって、ベニが

 

「クズシ、どうしたの?」

 

 

 …………………。

 

 

 

 

 

「いや。何でも無い。」

 

「そうは見えないけど。」

 

 

 

 こっ…んの……………………こんな時だけ目ざといのはよしてほしい。心臓に悪すぎる。

 

 

 

「何でも無いと言ったら何でも無い。…ほら、案内してくれ。頼むから。」

 

「そこまで言うなら仕方がない!この!私がぁ?案内してあげる!!!」

 

「あいよ。」

 

 

 

億劫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………最近、どうなの?」

 

 

 一度少し潜り、島の輪郭に沿って掘られている段差を駄弁りながらベニと並んで歩く。

 左側にはベニ、右側には崖が広がるこの狭い通路でお気楽に話したくはないところではあるが、ここは水中。『海底こわい〜』なんて言っていたら臆病者のレッテルが一生ついて回るためそんな事は決して悟らせない。

 いや、いくら落ちても平気とは言え実は怖いから。滅茶苦茶怖いから。そこんところ勘違いしないで。

 

 

「……どう、とは何だ。」

 

 

 あ〜、海底怖え〜〜〜〜〜〜〜。一歩踏み外したら奈落である。シンプルに怖い。高いよ怖いよ〜。

 ふぅ。…………どう、とは何だ?(キリッ)

 

 

「文字通り。……ほら、戦績とか。どう?」

 

「戦績…………………」

 

 

 『戦績とかどう?』……前世ではまず聞かないであろう文字列ではあるが、このシャケ界では割とメジャーな質問だ。相手の力量や信念、その他諸々の相性を間接的に知ることができる万能な問い。

 …例えるならば前世でいう『好きな酒は?』に近いものだと思う。分岐の多さ故に応用が利くためだ。

 まぁ、ベニだし。わざわざ嘘を吐くメリットも無いか。

 

 

「なんてことは無い。今月は既に4ヶ所制圧したが、未だ負け無しだ。当然な。………隊員も良く頑張ってくれている。」

 

「へぇー………やっぱり、クズシは変わらないね。」

 

「ただの戦績だろう。何を気にする必要がある。」

 

「そういうところも…………ううん、何でも無い。」

 

 

 その情報の小出しの仕方も性に合わない。言うなら100を言って欲しい。………直接言う度胸は無いから文句を言える権利も無いが。

 ……そういえばベニと話すのも半年ほど前以来か。そこそこ濃密な日々だったので忘れかけていた。

 

 

「そっちこそ、戦績はどうなんだ?」

 

「っ………あはは、順調、順調!私も負け無し!おそろいだね!私も今度昇格できちゃうかも!」

 

「地位に縛られたいと?」

 

「意地の悪い良い方しないでよ〜!……ただ、近付きたい人が居るだけ。」

 

「そうか。あまり勧めはしないぞ、あくまでも修羅の道なのは変わらない。舐めないほうが賢明だ。」

 

「……わかった上でやってるんだよーっ…」

 

 

 ……少し強めに対応し過ぎただろうか。半年前とは反応が違う気がする。別に大して見ていた訳でもないがふと気になってきた。

 張り合いが無い。

 

 

「………………何かあったのか?」

 

「っ…………い、いや、………いや………うん。

 そう、だね。」

 

「何があった?」

 

 

 万一、イカに重要な情報を握られた場合その尻拭い役が俺にまで回ってくるかも知れない。情報は多いに越したことはない。ましてや重鎮の娘だ、聞いておかねば。

 

 

「………その、ね。おかしいと思うだろうけど。」

 

 

 なんだ。娯楽が欲しいか?確かに娯楽は少ない。戦う事で欲は満たされるため辛くはないが飽きてくる個体も居るだろう。そろそろ何かしらのボードゲームやらを作ってみるのもありかもしれない。

 仲間が死んだか?覚悟の上だろう。元ヒトの俺ですら仲の良くなったシャケが何匹か居たが、そいつらがほとんど死んだのだって見てきた。所詮はシャケだ。人じゃない。望んだ死に方をした奴らを悼んで何になる。

 シャケとしての文化は、死を祝うことだ。

 

 

「……………私ね。」

 

 

 となれば何だ?まさか高くて怖

 

 

「死ぬのが怖いの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「は?」

 

 

 

 

 

 

 

「っ…変だよね、はは、いや、うん、忘れて…!」

 

「待て」

 

「…!?」

 

 

 どういう事だ?

 何が起きている。死を尊び祝う事こそがシャケとしての本能だろう、なぜベニだけ例外なんだ?

 

 

 

 

 

 ………いや、まずは、落ち着こう。

 

 

 

 

「……続けてくれ。」

 

「あ…うん………。この前お父さんに言われて、戦場に立ったの。……その時は嬉しかったんだ。やっと戦える、って。これで力になれる、って。」

 

 

 ……………

 

 

「そしたらね、急に体が動かなくなったの。どこも痛くないのに、なんでか心拍数が上がって、なんだか視界が揺れてきて、死にたくないって思っちゃった。」

 

「………どうしちゃったのかな、私。」

 

「こんなのおかしいよね?」

 

「だって皆喜んで死んでいくでしょ?強者に殺されたいって狂ったように突っ込んで死んでいって、それが馬鹿みたいに見えて仕方がないの。」

 

「おかしいよね。おかしいんだよね、私。」

 

「おかしいでしょ。」

 

「おかしいって言って。」

 

「いってくれないの?」

 

 

 随分と拗らせたな。……しかし、そうか。いや完全に理解できた訳では無いが、なぜか死ぬ事への恐怖が強くあるらしい。

 シャケとしては確かにおかしいが、正直分からなくもない。シャケとしてはおかしいが。

 

 

「あぁ、おかしい。」

 

「やっぱり?やっぱりかぁ…………あはは……」

 

「だが同意はする。」

 

「…………………………………へ?」

 

 

 理性というものが薄い種族に生まれた異常者としての気分は同じ程度には分かるつもりだ。

 

 

「俺も一応そうだから。」

 

「……クズシに怖いものなんて無いと思ってた。」

 

「有るさ。いくらでも。」

 

 

 死が怖い。水が怖い。仲間が怖い。イカが怖い。インクが怖い。クマサンが怖い。毒が怖い。孤独が怖い。そんな恐怖という感情を本能ごと捻じ伏せて生きてきた。

 

 それこそが恐怖から逃げる術だから。

 

 立ち止まっていたら死んでいたから。

 

 

「……俺でも、いくらでもあるのを抑えて生きている。気にすることは無い。」

 

「そっか。…………そっか!」

 

 

 調子を取り戻したらしい。そうでなければ困る。

 …気付いたら目的地へ着いているな。

 

 

「じゃあ改めてここが!」

 

 

 それはそれとして、ここが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食糧庫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズリズリと2人分の足音が洞窟内に響く。

 ここは島の内部をくり抜いて作られた食糧庫であり、表に居る門番に許可を取らねば入ることが出来ない、何気に貴重な場所だ。構造的にはビーバーの巣の様になっており、地上まで繋がっている換気扇によって酸素も送り込まれている。

 ……とはいえ今日のパーティで全て使用されるものなのだろうが、少し前世を思い出す。

 地上、それもイカやクラゲの生息圏でしか手に入らない上質な海藻や野菜が保管されているのが移動中にも見え、流石に俺も腹が減ってきてしまった。

 

 

「ねぇねぇクズシ、これがエンペラレモンってやつだってさ!ウチ初めて見たよぉー!」

 

「エンペラレモン?」

 

「うん!なんか物凄く酸っぱいんだってさ!…これ食べて良い?のかな?良いよね?」

 

「あぁ。そもそも大半がベニの親父さんのモンだし。」

 

「だ…だよねぇ…?いただきまー………っ〜!!」

 

 

 目の前でシワッシワのピカチュウみたいな顔になっている馬鹿なシャケは置いておくとする。それにしても凄まじい種類だ。確かに今日は馳走が用意されるとは聞いたが、まさかここまでとは……………

 つくづく、権力というものは恐ろしい。

 

 

 

「……ねぇねぇ、あの部屋………………………」

 

 

「なんだ…………どうかしたのか?」

 

 

 

 

 どうせまたくだらん物なん………だ…ろ……………

 …………あの部屋は。

 

 

 

 

「あの部屋、()()()()()()()()()んだってさ!行こう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………あぁ、そういうことかよ。クソったれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン、と重厚な音を立てて閉まる錆びついた鉄の扉の向こうには、3()のイカが保管されていた。

 1つは五体満足ながらも、全身の穴から液体という液体を垂れ流して気を失っている、見るも無残な状態で。

 1つは左脚のみが再生しておらず、光を失った瞳で譫言を唱え続ける、とても哀れな状態で。

 1つは四肢の全てと顔面の部品、内臓までもが全てくり抜かれた、生死すらも分からない状態で。

 

 

 

 

「……………………」

 

「えぇー、イカってこんな風に保管してるんだ……やっぱりちょっとグロテスクだねぇ………」

 

 

 

 

 ………………………狂ってる。

 

 

 

 

「ん、この水溜りは血と…あぁ、小とか涙とかか。あんまり触れないようにしないと……汚いなぁ……」

 

「真ん中のイカは左脚が再生してないね?どうしてなんだろう…再生する力を使い果たしちゃったとか。クズシはどうしてだと思う?」

 

「うげえ、かっぴかぴだねこれ。干物みたい……眼球とかくり抜かれてるから貴重食材用のイカかな?」

 

 

 ツルピカ猿に似ているイングリングの体をまじまじと見つめながら、そんな事を宣う下等生物(シャケ)

 当然イカは服など着けていないが、こんな血塗れの体に興奮できるような感覚はしていない。無論、美味しそうだなんて。

 

 …………イカは食料であり家畜だ。少なくともこのシャケの世界では、生け捕りにしたイカを珍味として食べる習慣が祭事などには適応される。

 

 食料を無理やり口の中へ押し込むだけでインクを生成し自力で復活するイカの特性は、食料源としてなかなかに優秀だ。シャケから見ればなんとも思わないだろう。前世での人間から見た家畜と同じだ。感受性豊かな人間や動物に心奪われた非論理的な菜食主義者は理解できないだろうが、それと同じだ。

 

 大したことじゃない。大したことじゃないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それで納得できる様な精神性を俺は持ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………出よう。」

 

 

「え?でもまだ見足りな」

「出るぞ。」

 

 

「…………う、うん。そうだね。でっ…でよっか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティは何事もなく終わった。そう、何事もなく。

 食事は上質だった。それ以上でもそれ以下でも無い。

 

 

 

「やぁクズシくん。どうだね、うちで管理している野菜は。類を見ないほど上質だろう?」

 

「ええ。とても。まるで頬が落ちるかのように美味でした。」

 

「その表現、面白いな!今後私も使わせてもらうとしよう!……して、今回は生け捕りにした世にも珍しいイカも出していたのだが…食べてくれたかな?うちの娘から紹介されていたと思うのだが………」

 

 

 

 

 お前か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 っ……堪えろ、俺。いくら苛立つからといって、この場で反抗するのは得策ではない。明らかに悪手だ。

 

 

「……えぇ。はい。存じておりました。口に入れた瞬間こりこりとした小気味いい食感が………」

 

「おぉ、分かってくれるか!実は私はイカが大好きでな、そのこりこりとした食感が大好きなのだが、初回でその良さに気付いたのは君が初めてだ!いやはや、嬉しいな。」

 

 

 上っ面だけの心にも無い言葉を並べる。

 いつか全員ぶち殺すために。

 

 

 

 

「……ほら、ベニ。そろそろお別れの時間だ。クズシくんにあいさつしないか。」

 

「っ…!…………は、はい。」

 

 

 

 

 ………………………………………

 

 

 

 

「えと…………じゃ、あね、クズシくん。」

 

 

 

「あぁ。またな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………やっぱり、俺はシャケが嫌いだ。

 

 

 

 

 

ただの質問です。気にしないでください。気に。時に、特に、このイカちゃんは。

  • 生かすべきだ。
  • 殺すべきだ。
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