二人のヘリオ   作:てすん†G.NOH

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♘ 二人のヘリオ ♞

 

【挿絵表示】

 

 

「おーい、ヘリオスフィアー」

 

 六月も後半。梅雨らしい雨もろくにないまま、夏が始まろうとしていた。

 それでも湿度だけは嫌に高く、あと数週間もすれば本格化してくるであろう暑さを思って辟易としながら、ヘリオスフィアは長い黒鹿毛を靡かせて食堂へと向かい歩いていた。

 

「おーいってばっ!」

 

 呼びかける声の主は躊躇なく背後から飛びかかる。身長は一六◯センチ半ば。しかし、小柄なヘリオスフィアを吹き飛ばすには十分な加速度と質量を有していた。

 ずべしゃあ‼︎

 

「あ」

 

 やりすぎたかもしれない——コトの重大さに気付くのはいつも、しでかした後のことである。

 

「ヘぇリオシぃいスぅ……」

 

 怒気を孕んだ声。こんなことは日常茶飯事、一度や二度ではない。

 

「め、眼鏡割れなくてよかったね、あはは」

「こないだ新調したばかりで割られてたまるか! あなたはどうしてこう、学習力がないの!」

「ご、ごめん。怒らないでよ」

 

 耳を垂らししゅんとするヘリオシース。だが怒るなというのも無理な話ではある。

 

「で、何か用?」

 

 ヘリオスフィアにとってヘリオシースは一つ下。この日本ウマ娘トレーニングセンター学園中央校、通称「トレセン学園」に来る前からの知り合いである。砂埃で汚れた制服をはたきながら問う。

 

「あぁ、そうそう。昨日鷹取特別だったでしょ? 二着で惜しかったよね、応援に行ったんだよ!」

「え、あ、わざわざありがとう……」

 

 屈託のない笑顔で言われ、照れ隠しと来ていたことに気づいていなかったことに対する後ろめたさでしどろもどろに答える。トレセン学園は府中、鷹取特別は阪神レース場——兵庫県宝塚で行われた。

 

「あの調子なら、きっと次は勝てるよ! 次戦は新潟の苗場特別だよね? 絶対応援に行くね!」

「う、うん。ありがと……ていうか、あなたは次のレース決まったの? メイクデビュー終わったんでしょ?」

 

 ウマ娘のデビュー戦であるメイクデビュー、ヘリオシースは一番人気から堂々の一着で終えていた。ヘリオスフィアは中継でその切れるような末脚を見た。順当なら七月か八月のレースに登録してそうなものだが。

 歩き出したヘリオスフィアの隣を、ヘリオシースは腕を組み歩いていく。

 

「あー、うーん。トレーナーと相談の結果、次のレースは十月になったんだ」

「十月? ずいぶん先ね。なにに出るの?」

「サフラン賞」

 

 ジュニア級一勝クラス、中山でのレースである。

 

「どうしたの? 難しい顔して。まさか自信ないの?」

 

 からかうつもりが、意外と深刻な表情を見て態度を改める。

 

「なんかトレーナーが言うにはね、『お前は多分あまり多くのレースは走れない、だから一戦一戦大事にしていこう』って。あたしは早く、たくさん走りたいのにさ」

「……」

 

 ヘリオスフィアには心当たりがあった。競走バ生命のことだ。トレーナーの言葉を信じるとすれば、ヘリオシースのピークはかなり早い時期に来て、一気に終わる。夏の花火のように。

 ウマ娘にとって、走ること、レースに出ることは人生そのものと言っても過言ではない。それが喜びであり生き甲斐であり、本能に従うことそのものだ。だが、いつかピークは過ぎ去る。それは個人差が激しく、大きければ数年の差となる。そうなれば走れるレースの数もクラスも大きく影響が出るだろう。

 ジュニア、クラシック、シニア級それぞれで出られるレースも異なるのだから。

 それはヘリオスフィアにとっても他人事ではなく、同情などと言う言葉では片付けられない感情が心を満たそうとしたその時、一際高く腹の音がなった。

 

「はー、お腹すいちゃった。ねえ、スフィア。早く食堂にいこ! ほら、早く!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 屈託のない笑顔で、芦毛のふわふわとした髪を揺らすヘリオシース。複雑な思いを胸に秘めたまま、引きずられるようにヘリオスフィアは食堂へと向かっていった。

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