八月、新潟レース場。苗場特別。
一八〇〇メートルで行われるダートレース、三番人気のヘリオスフィアは序盤、中団以降に張り付いて様子を窺っていた。
ヘリオスフィアも当然、走るのが何よりも好きだ。だが過去のレースで分かっていた。自分の脚は周りと比べてあまり速くはない。並ばれたときの粘り強さも、瞬発力も、お世辞にも秀でているとはいえなかった。正直に白状するならば、明確に見劣りした。しかし、彼女にはたった一つだけだが誇れるものがある。それは頭の良さだ。
ヘリオスフィアは本来逃げの脚質だったが、それでは勝てないことを悟るとレース中は脚を溜め、じっくり勝機を伺うことに徹することにした。もちろん、うまくいかない時もあった。しかし周りのウマ娘たちもクラシック級でまだ若く経験が浅い。
最終コーナー手前、先頭を逃げていたウマ娘がバテ始めると、先行のウマ娘たちに一瞬の油断が生じた。そこを突く。
『第四コーナーを回って、ヘリオスフィアが上がってきた! ヘリオスフィアだ!
一番人気のマイネルーツはまだ後ろ! 新潟の直線は長いぞ! この位置から届くか⁉︎ 届くか⁉︎』
——最後の直線勝負なんて、そんなことは分かりきってる。私が、私だけが、今このときのために脚を溜めて
きたんだ。今日ここで、私に追いつける相手はいない!
『届いた‼︎ ヘリオスフィア、ヘリオスフィアだ!
三番人気のヘリオスフィア、差し切っていま一着でゴール!
マイネルーツ敗れました!
ようやく二着争いといったところ!』
「わー、やった! スフィアが勝った!」
予告通り、ヘリオシースは新潟まで応援に来てくれていた。オープンでもなんでもない、ただの二勝クラスのレース。それでも、ヘリオスフィアはやり遂げた充実感を感じていた。ヘリオシースに情けないレースを見せないで済んだ、その安堵も大きい。
「かっこよかったよ、スフィア!」
最前列で応援していたヘリオシースの元に駆け寄ったレースの主役に、相変わらずの笑みで祝辞を掛ける。能力的にはヘリオシースの方が上だ。それはヘリオスフィア自身がよく分かっている。でも、彼女の言葉には皮肉は感じられない。そんなことを思いつきもしないのだろうヘリオシースは、どこまでも純粋だ。
「ありがとう、シース」
「この調子でいけば、重賞も狙えるよきっと!」
「あはは」
笑うしかない。重賞勝利、これはヘリオスフィアにとっては夢だ。そう、目標というより夢に近い。まるで遥か高い空に浮かぶ雲。どんなに背伸びしても届かない。でも、いつかきっと——