時は少し遡り、昨年十二月。
ヘリオスフィアが制したリステッド競走、師走ステークスにヘリオシースの姿はなかった。自身の初のGⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズに参加するため宝塚に来ていたのである。
ヘリオスフィアのレースは前日の土曜日にあり、結果は本人から直接電話で聞いた。
「おめでとう、スフィア! 二連勝しちゃうとかすごいじゃん!」
『なに言ってるのよ、私なんかよりあなたの方がすごいでしょ。今まで負けなし、重賞だってGⅢのアルテミスステークス、GⅡのデイリー杯ジュニアステークスをなんなく制してるじゃない』
「うん!」
一点の曇りのない返事に苦笑する。
「でもね、実はちょっと緊張してる」
『初の大舞台だから?』
「勝負服、ちょっと着なれなくって」
『予定が被って残念だったわ。せめて私が京都でのレースだったら、あなたの晴れ姿見にいけたのにね』
ヘリオシースは緊張で震えを感じていた。今までこんなプレッシャーと心細さを感じたことはない。
つい——
「スフィアにそばにいてほしいよ」
口に出た。
『……』
思わず口籠もる。困惑というよりは、
『だ、大丈夫よよ、あなたなら、や、やれるわ』
「……スフィア?」
想定外のデレに虚をつかれて、それは分かりやすいほどの動揺だった。
『て、照れ、いや、なんでもないわよ! ちょっと暑いだけよ』
「あはは、いま冬だよ?」
思わず吹き出す。
『んもう! シースこそ今日のレースしっかり走って、ちゃんと金色のでっかいやつを持って帰ってきなさいよ
? 待ってるから』
「へへへ、うん、わかった」
ヘリオシースの緊張が多少解れたのを電話越しに感じ取る。
「ねぇ、スフィア」
『なによ?』
「ありがと」
『ローズバド! ローズバドが先頭だ!
ヘリオシース、食い下がるが届かない!
残り一〇〇メートルを切った!
ローズバド!
ローズバド!
華麗なる薔薇の一族、ローズバドが阪神ジュベナイルフィリーズを制しました!』
ここにきて、初めての敗北。
果たせなかったヘリオスフィアとの約束。
阪神レース場に響き渡るローズバドへの大歓声の中、緊張が途切れてヘリオシースは——声をあげて泣いた。
翌日、府中に戻ってきたヘリオシースは、いつもと変わらない笑顔を見せていた。ヘリオスフィアは中継を見ていたから知っている。ウイニングライブの後の電話で普段聞かないような震える声も聞いた。
「おかえり、シース」
「ただいま、スフィア。あれ重そうだったから、また今度にするね」
いつものヘラヘラした顔に大事なことを忠告してやることにする。
「ばかね、ジュベナイルフィリーズに次はないのよ。今度はもっと大きいのを期待してるね」
「あ、そっか。へへ、うん、期待してて!」
二週間後、ジュニア級の最後を締め括る年末の重賞競争、GⅠホープフルステークス。ジュニア級の最強を決めるこのレースに出たヘリオシースは、三番人気に推されながらも五着に沈んだ。
圧倒的な強さで優勝したのはアグネスタキオン。