二人のヘリオ   作:てすん†G.NOH

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♘ オークス ♘

 五月に入り、初夏の陽気の中での重賞、平安ステークス。ヘリオスフィアは六番人気を覆し四着と好走していた。翌日には東京レース場でGⅠ、オークスがある。

 

『先々週のNHKマイルカップは惜しかったけど、明日はきっと勝てるわ』

「ま、クロフネもいないしね」

『こら、油断は禁物でしょ。でも、応援してるからね、頑張って』

「なんなら明日のレースまでに飛んで帰ってきてもいいよー? そしたらあたしのウイニングライブ見られちゃうから」

『へー、自信満々じゃない。じゃあ』

「あたしが勝ったらあの罰ゲームね!」

『なんでよ! あれはもうやらないって!』

 

 ——でも

 

『でも、それであのとき勝ったのよね。いいわ、あなたが勝ったらあれ飲んであげるわ』

「スフィア……」

『なによ、感動しちゃった?』

「無理しなくていいよ……? あたしが作っといてなんだけど、あれ飲み物の味じゃないよ……。あ、もしかして、あれ気に入っちゃった……?」

『なわけあるか! 本気で心配そうな声で言うんじゃないわよ!』

「あはは、ならよかった。んでもま、スフィアには初センターでのGⅠライブ見てもらいたいし、できれば来てくれると嬉しいな」

『……わーかったわよ。明日始発の新幹線で帰るから、ちゃんと勝つのよ』

「やったー! これで百人力勇気百倍だよ!」

 

 翌日。

 府中の東京レース場には溢れんばかりの人が集まっていた。

 オークス、それは三冠レース(トリプルティアラ)の一つでもある。一つは春の桜花賞。これはテイエムオーシャンが手にした。そして今回のオークス。最後の一つは秋の秋華賞である。

 パドックで順に登場し、勝負服と好調さをアピールしていく。

 出走は十八人のウマ娘たち。錚々たる顔ぶれだ。

 

 一枠一番、三番人気のローズバド。

 ヘリオシースは二枠四番。二番人気。

 一番人気は大外枠十八番のテイエムオーシャン。

 そして七枠十五番にはアイルランド出身のエーリカエクストラが四番人気で勝利を狙っている。

 パドックから地下道を抜け、ターフへと歩いてゆく。    

 ヘリオシースを迎える歓声も大きかったが、テイエムオーシャンはそれを上回った。

 ゲート入りを前にして、二人は無言で視線を交わす。見つめるでもなく、睨むでもなく。それがローズバドは気に入らなかった。ヘリオシースには一度勝っている。なのにまるで眼中にないかのような扱い。

 

 ——ふん、今に見てなさい。レースではいやが応でも私の背中を見せつけてあげるから。去年のジュニア女王と呼ばれた私の背中をね!

 

 ファンファーレが響く。いよいよこの時が来た。

 ファンファーレが終わり、ウマ娘たちがゲートインしていく。グズる者はいない。風もなく、話す者もない。 

 ただ息づかいと、ターフを踏みしめる音だけが少女たちの鼓膜を静かに刺激する。

 

『さぁ、最後は大外枠のテイエムオーシャン、ゲートに入って体制が整いました』

 

 ゲートが開く。集中力を欠いた者もなく、一斉に綺麗なスタートを切った。

 

『さぁ、先行争い、テンマシンフォニーが前に行きそうです。

 ソルテンダーフット、それに続く。

 さらにはピアノアンティネア、八番オオトリヘッドその後ろ。

 エルフローレンス、その前に進出。

 テンマアルポイズがその内に続いています』

 

 中団はダイヤモンドビコー、テイエムオーシャン、エルジャブネー、そしてエルサンライズとテンマポケットが続く。

 

『この辺りで各ウマ娘、第一コーナーをカーブして第二コーナーへと向かいます』

 

 ヘリオシースは内埒側をキープ、荒れもしていない最短距離を楽に上がっていく。

 コーナーを立ち上がり、ヘリオシースは先頭集団から六バ身ほど離れた第二集団のトップを快走していた。テイエムオーシャンは大きく外側に陣取り、エーリカエクストラはその後ろ。ローズバトはさらにその後ろから虎視眈々とチャンスを窺っている。

 

『一〇〇〇メートルを通過。ここまではほぼ平均ペースです』

『オークスは二四〇〇メートルで戦いますからね、焦りは禁物ですよ』

『前の方からもう一度見てみましょう。

 十一番テンマシンフォニー、レースを引っ張っています。

 エルフローレンスがそのすぐ後ろ、並んで栗毛のピアノアンティネア。

 そして大きく離れてオオトリヘッド、ヘリオシースこの位置です。

 このあたりで各ウマ娘、大ケヤキの向こう側を通過』

 

 先頭は依然としてテンマシンフォニーが走っていたが二〇〇〇メートルを通過しようというところですでに疲れが見え始めてきていた。

 四コーナーに差し掛かったあたりでスピードと根性、パワーに定評のあるテイエムオーシャンは距離的に不利な最大外を回っている。エーリカエクストラ、ローズバドはそのすぐ後方、バ群の中だ。ヘリオシースは相変わらず内埒をキープし、前を阻むものは何もない。

 

『さぁ、最後の直線に入った、エルフローレンス先頭! 

 いや、ヘリオシースが抜け出した!

 一気に加速していく!

 その差は二バ身から三バ身!

 大外からテイエムオーシャン、必死に追いすがりますがこの差ははたして縮まるのか!

 残り二〇〇メートル!

 おっと代わって二番手はローズバド!

 ここで上がってきたぞ薔薇の一族!

 ジュニア級女王の意地を見せるか⁉︎

 テイエムオーシャンは伸びない!

 もはやここまでか!

 先頭はヘリオシースとローズバドの一騎打ち!

 果たして勝つのはどっちだ!』

 

 残り一〇〇メートルの追い比べ。

 意地と意地のぶつかり合い。

 

『追いつくか! 追いつくか!

 並べない! 並ばせない!

 ヘリオシース、並ばせない!

 ヘリオシース!

 ヘリオシース、ゴールイン!

 ヘリオシース、一着!

 二着はローズバド!

 見事に勝ちました、ヘリオシース!

 テイエムオーシャン、二冠達成ならず!

 一番人気、なんと着外に沈みました!

 二つ目のティアラはヘリオシースがもぎとった!』

 

 二四〇〇メートルをトップで走りきり、四度目の挑戦で初めてのGⅠを制したヘリオシース。

 ターフの上で立ち止まり、止まっていた音が唐突に動き出すような錯覚を覚える。一つ目の戴冠バとしてのプライドをかけて挑んできた一番人気のテイエムオーシャンを打ち破り、ライバルでもあるローズバドを三バ身以上離して勝ったのだ。

 東京レース場を包むその歓声が、全て自分に向けられていることを察したヘリオシースは、今まで感じたことがないほど、空間に取り残されたような現実味のない不思議な感覚を味わっていた。

 嬉しい。嬉しいが、どう表現していいかわからない。ひどく持て余したような困惑。そんな時。ゴールそばに見知った顔を発見する。

 

「スフィア!」

「シース!」

 

 駆け寄るヘリオシース。

 

「ねぇ、あたし勝ったんだよね?」

「そうよ! オークスをヘリオシースが制したのよ‼︎」

 

 ヘリオスフィアの顔を見てようやく緊張の糸が切れると、ヘリオシースは急に現実感を取り戻し締まりのないにやけた顔を晒すことになった。

 

「勝った、勝っちゃった! じーわん! スフィア、じーわんだよ!」

「勝ったよ、勝ったんだよ! おめでとう、シース!」      

 

 そして、今のいままで気づかなかったトレーナーの存在に気づくと、声援に応えるよう促される。

 両手をあげて、満面の笑みで、ヘリオシースは彼女を称える観衆に応えるのであった。

 

 ティアラの名にふさわしい華やかな前奏が始まる。

 

彩 Phantasia

 

 

【挿絵表示】

 

 

 舞い散る花びらの演出、色とりどりのライティング。

 ヘリオシースのウイニングライブは完璧だった。

 芦毛の髪と尾が、ライトに照らされ一段と輝く。その姿を眺めるヘリオスフィアは、誰よりも今震えていた。

 ヘリオシースにとっての世紀の瞬間に立ち会えたことはすなわち、ヘリオスフィアにとっても世紀の瞬間である。

 ヘリオシースはもはや、ヘリオスフィアにとってなくてはならない存在だった。いまだにいたずら好きだし物事の加減をよくわからずやらかすこともあるが、大切な親友だった。ヘリオシースの活躍は、もはや自分ごとのうに感激を生み、感動で手足の力が抜けるような有り様だ。

 悔しいが、自分の限界は分かっている。頑張って重賞勝利を狙っているが、それがとても厳しい、厳しすぎるとも言える目標であることも。

 なまじ頭が良いだけ、痛いほどに理解していた。だからこそ、トレーナーと同じように「ヘリオシースがどこまで行けるのか見てみたい」という気持ちが芽生えている。

 そのための協力は惜しまないつもりだった。当然、自分のレースを疎かにするつもりはない。全力でトレーニングし、挑む。何より自分が、ウマ娘であるが故に。

 

 六月末、阪神。

 続くGⅠ、雨の宝塚記念もヘリオシースは制した。テイエムオペラオー、エアシャカールを従えての一着は文句なしの宝塚記念制覇だった。

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