これは巧がまだ幼稚園児のころの話。巧が緑谷の家に越してきたばかりの頃、巧は他の園児たちと遊ぶこともせず話しかけもせず、ただ一人ずっと隅っこに座っていた。周りに馴染めないというよりかは馴染もうとしなかった。他の子らは巧のことを妙に怖がり、緑谷以外は近づこうとしない。今の巧にはそうしてもらえると有り難かった。しかし、ただ一人巧に話しかける少年がいた。
「おい」
「?」
巧は顔を上げると巧の目の前に目つきが嫌に鋭く。尖った髪をした爆豪がいた。その目つきで自身を見下ろしてくる爆豪が気に入らなかったのか、巧は立ち上がる。当時の身長差は今と違ってなかったため目線は同じ高さだった。お互いの鋭い目がぶつかり合う。緊迫した中で爆豪は口を開いた。
「オレとショウブしろ。あそこにはやくついたほうがかちだ」
何を言い出すかと思ったたら突然勝負を仕掛けてきた。身構えていた巧は少し力が抜け、ため息をつく。
「オレはおまえみたいなヤツとくだらないあそびなんてしねぇよ」
巧はそういうと爆豪から距離を取るために背を向ける。すると後ろから爆豪が話しかけてきた。
「はっ!どうせオレにまけるのがコワいだけだろ。ヨワムシ」
その言葉に巧は足を止め、そしてゆっくり振り返る。
「.......なに?」
「ビビってオレからにげんのか?ヨワムシ」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がした巧はゆっくりと近づきながら睨みつける。
「なんだと?」
「きこえなかったのか!?ヨワムシ!!」
それを最後に巧は怒りの頂点に達した。
「わかった。うけてたってやる。なきべそかかせてやるからな」
「やっとかよ。よし!あそこまでどっちがはやくつくかショウブだ!!」
その頃だっただろうか、爆豪が巧に勝負を仕掛けてくるようになったのは、時にかけっこ、時にゲーム、時に殴り合い。様々な勝負をしてきたがこれまでの人生、一度も勝敗がついたことはなかった。
●●●
遂に決勝戦となった巧と爆豪。ボロボロになったリングはセメントスが直してくれたため、すぐにでも始められるようになっていた。巧はまだ完全に治ってはいないがこの程度なら十分に戦えるので問題はなかった。巧はリングまで上がり、観客からの歓声を浴びる。目線の先には爆豪が立っており、巧を睨みつけていた。対する巧も睨み返す。
『よっしゃああああああ!ついに最終戦!!雄英一年の頂点がここで決まる!!!決勝戦!!乾巧VS爆豪勝己!!!!』
今までよりも大きな声で演説するプレゼントマイクに、さらに観客たちの歓声が大きくなる。
「ようやくここまで来たな。ここでお前を完膚なきまでにぶちのめして、お前のプライドをズタズタにして、俺が優勝する」
「やれるもんならやってみろ。手加減はしねぇ、泣きべそかくんじゃねぇぞ」
お互いいつものように煽り合う。勝負をする時はいつもここから始まっていた。まるでチンピラどうしの喧嘩だ。その姿を緑谷は見ていた。いつも爆豪が巧に勝負を仕掛け、巧も挑発に乗りそして引き分けになる。毎日のように見ていた光景だった。しかし、それも今日で終わるような気がした。ここで決着がつく。引き分けではなく、本当の本当にここでどちらかの勝敗が決まる。
『START!!!』
合図が入ると同時に二人は走り出す。そして間合いに入ると巧は右拳を爆豪は左拳を突き出した。
「ハァ!」
「オラァ!!」
そして互いの拳がぶつかり合う。すると爆豪はもう片方の爆破の威力で空中に回転して衝撃をいなし、そしてそのままの勢いで巧の頭に向かって踵落としを決めた。
「ぐっ.....!」
爆豪は背中を蹴飛ばし着地した後一瞬怯んだ隙をついて、両手を爆破させて勢いをつけて背中にくらわせ、吹き飛ばそうとする。
「死ねぇえええ!!巧ぃいいい!!」
「オラァ!!」
爆豪がくらわせる瞬間に巧はダメ元で後ろを振り向き爆豪の顔面にくらわした。
「ぐはっ!!」
思わぬ攻撃に爆豪は防げず逆に吹き飛ばされてしまう。地面を転がる爆豪に巧は近づき無理やり立たせると、胸ぐらを掴んで頭突きを繰り出した。頭突きをくらった爆豪は鼻血を噴き出してしまう。そして爆豪はお返しに巧の頭を掴んで頭突きを繰り出した。巧も同じように鼻血を噴き出し仰反る。その隙に爆豪は巧に近づき腹に手を当てると爆破させて吹き飛ばした。
「手加減しないんじゃなかったのか巧ぃ!!もっと本気でこいや!!」
「ウルセェ!!テメェも完膚なきまでにぶちのめすんじゃなかったか!?テメェの攻撃なんざ屁でもねぇぞボケェ!!」
「んだとコラァ!!」
煽り合い、また殴り合う。お互い拮抗しており一歩も引かない。すると爆豪は両手を一瞬だけ巧の顔の前で爆破させた。
「うっ!」
その一瞬に巧は目を瞑ってしまう。その一瞬を逃さなかった爆豪は連続で攻撃を繰り出した。巧は咄嗟に防御を取る。爆豪はできるだけ長く、そしてできるだけ隙ができないように全力で、一呼吸も入れず殴り続けた。
『爆豪のやつ間髪入れずに攻撃を仕掛けてきたぁ!!このままダウンさせる気かぁ!!?』
『全く、どいつもこいつも.....』
「うおおおおおおおりゃああああああああ!!!」
「ぐぅ....!」
どれぐらい殴り続けただろうか、爆豪は巧を場外ギリギリまで追い詰め、トドメの一発とばかりの拳を突き出した。すると突然、今まで防御だけをしていた巧は爆豪が突き出した拳を受け止めた。
「..........!」
爆豪は巧の目を見て気圧されてしまった。また同じ感覚を味わった。切島の勝負の時に味わったあの時と同じ感覚を、その一瞬、その一瞬の隙をつかれてしまい爆豪は自分の顔に迫ってくる拳に反応することができなかった。気づいた時には既に顔面に直撃していて、頭の中にものすごい衝撃が響き渡るのを感じた。爆豪は吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「たっくん、かっちゃん......!」
緑谷はその二人の戦いぶりに圧倒されていた。いつも二人が喧嘩をしているところを緑谷は隅っこ見ていた。お互い容赦せず、手を抜かない。傷だらけになっても、骨が折れようと絶対に相手に背を向けるなんてことはしなかった。
「オラァ!」
「がぁ!!」
巧は立ちあがろうとする爆豪に近づき、顔面を蹴り上げる。爆豪は地面を転がりながらもなんとか立ち上がる。立ち上がったと同時に巧は爆豪の顔を殴り飛ばす。爆豪はよろめきながらも巧の方を見る。口の中が切れているのか、爆豪は口から血を吐き捨てる。お互い睨み合いながら相手の動きを窺っていた。そんな中で爆豪は巧の目を見て、少し昔のことを思い出していた。
○○○
それはちょうど中学1年の頃、爆豪と緑谷と巧が折寺中学校に入学して半年ほどのことだった。巧はその頃には先輩同学年問わず殆どの女子たちからモテていて、男子たちはそんな巧を嫌っていた。男子たちはそんな巧を虐めようとしていたが、殆ど返り討ちにあっていた。巧を虐めようとしても返り討ちに合うだけならその鬱憤を晴らすためにその矛先は緑谷に向いていたが、それも巧が助けに行くという形で邪魔されてしまった。どこにいても必ず巧が駆けつけてボコボコにされてしまう。そのせいで巧は腕っぷしの強さとどこにいても駆けつけてくる地獄耳にいつしか巧は怖がられるようになり、緑谷も殆どいじめられることは無くなった。しかしただ一人、爆豪だけが緑谷をいじめ続けていた。緑谷をいじめていれば、どこからともなく巧がやってくる。爆豪はそれを狙っていた。
「かっちゃん.....なんでいつも.....どういうつもりなの?」
爆豪はいつもの校舎裏に緑谷を呼び出し、巧を呼ぶように脅していた。今は取り巻きたちはいない。絶対に巧は一対一で勝負をし、そして勝利するのが爆豪にとっての勝ち方だった。脅されている緑谷は恐怖で体が震える。
「うるせぇぞデク。お前が巧のやつを呼べばいいんだ。そしたら殴らねぇようにしてやる。早く呼べよ」
爆豪は緑谷の胸ぐらを掴み右手で拳を作る。こうすれば緑谷は巧を呼ぶ筈、そうすれば緑谷は助かるのだ。
「......嫌だ」
「あ?」
「嫌だよ.......いつもいつも、たっくんに助けられてばかりで、いつもかっちゃんと喧嘩してボロボロなのに僕のこと気にかけてくれて.....もう心配かけたくないんだ。迷惑かけたくないんだよ。だから.....嫌だ。絶対に呼ばない!」
恐怖で震えながらも緑谷なりの必死の抵抗に、爆豪は苛立つ。
「無個性のお前が、なに生意気なこと言ってんだ....?ああ!?テメェが巧を呼べばそれでいいんだよ!!俺に逆らってんじゃねぇぞ!!」
爆豪の苛立ちが頂点に達し、拳を振り上げ緑谷の顔面を殴りつけようとしたその時、後ろから誰かが爆豪の腕を掴んだ。驚いた爆豪はすぐに後ろを振り向くと、そこにいたのは怒りの形相をしていた巧であった。
「テメェ、勝己。出久に何してんだ.....?」
「ハッ!やっときたか!遅ぇんだよ巧ぃ!!」
「たっくん......ご、ごめ.....」
「いいんだ出久。この馬鹿野郎には一回ぶちのめされねぇとわからねぇみてぇだらな」
巧は緑谷を守るように立つと、爆豪は巧を迎え撃つように立つ。そして走り出し互いに拳をぶつけ合った。
○○○
爆豪はあの時のことを思い出し、そして気づいた。巧はあの時本気じゃなかった。手加減をしていたのだ。その理由はわかっていた。巧がオルフェノクだったからだ。だから手加減をされていた。そのことに気づいた爆豪は舐められていたと解釈し、怒りが込み上げる。しかし今は違う。爆豪もオルフェノクになったのだ。オルフェノクになった今、対等に戦えるというわけだ。そのためか、巧はあの時していた目とは違う、本気の目をしていた。
「巧。やっと本気になったんだよな。今までは本気じゃなかったってことだよな。舐めやがって!.......だが、今は違う。やっと対等になったんだ。お前もわかってるよなぁ。テメェも手加減なしってことだよなぁ!!」
「.........」
爆豪は煽るように巧に話しかけるが、巧からの反応はなかった。それでも爆豪は話しかける。
「わかってるだろ巧?俺はお前をぶっ潰して完膚なきまでの勝利を勝ち取るんだ!テメェも目指すべき目標がるんだろ!?なら全力でこいや!!俺も全力で相手してやるぜ!!」
「言うじゃねぇか......!」
やっと挑発に乗った巧に、爆豪はヒーローらしからぬ凶悪な笑みを浮かべる。もうお互いボロボロになっている。巧は右手に衝撃を纏い集中させる。爆豪も同じように右手を爆破させる。次で決めるようだ。
「この一発でテメェをぶっ潰して、終わりだ!!」
「こい!」
そして両者は走り出し、間合に入った瞬間に互いの顔面に向かって拳を突き出した。そして次の瞬間バキッと骨が砕けるような音を会場に響かせる。両者の拳は顔面に直撃し、その状態のまま動かなかった。
「お、おい。今すげぇ音したぞ」
「もしかして、骨砕けたか?」
「え!嘘!?」
『お、お互いピクりとも動かねぇ。これ、引き分けか....?』
両者は一向に動こうとせず、会場の観客たちはは互いに気絶したのだろうと思っていた。
『いや、待て』
会場が騒めく中、相澤が声を上げる。全員がリング上にいる二人に注目していると、爆豪が巧にもたれかかるように倒れた。巧は爆豪を受け止め尻餅をつく。そして巧は勝者は自分だと誇示するように拳を握り締め上に掲げた。両者の顎が砕けているのか口をだらんと開けた状態で血をダラダラと垂れ流していた。
「爆豪君気絶!!......よって乾君の勝ち!!」
歓声が響く中、巧は顎を押さえながらフラフラになりながも立ち上がる。爆豪はすぐに担架に運ばれ、巧はその後についていくように保健室へと向かった。
『以上で全ての競技が終了!今年度の雄英体育祭一年優勝は乾巧!!!』
●●●
保健室に向かっていた巧はタオルで口を押さえながら歩いていた。タオルには血が滲み出し真っ赤に染まっている。今は喋ることもできない。保健室に辿り着き巧は扉を開けた。保健室中にはリカバリーガールと結花、そして担架で運ばれてきた爆豪がおり、結花は慌てて巧に近づく。
「乾さん!ひどい怪我....早くここに座ってください」
巧は言われるがままに近くにあった椅子に座る。結花は巧の前に立つと優しく顎に触れ、個性を発動する。するとみるみるうちに巧の砕けてしまった顎が治っていった。治し終えた結花はホッと息を吐く。
「これでもう大丈夫ですよ。さっきの爆豪さんも、乾さんみたいにすごいことになっててびっくりしましたよ」
「すげぇな、お前の個性」
巧はあっという間に治ってしまった顎を摩りながら結花の個性の治癒力に関心する。ベッドの方に振り向くと爆豪が寝ていた。顎はすでに結花が治しており、傷は一つもなかった。巧は眠っている爆豪の顔を見る。やっと勝った。今までずっと本気ではなかったとはいえ、永遠につかないと思っていた勝負が遂に決着した。しかし、本来喜ぶべきことに巧は妙な寂さを感じていた。
「次表彰式だから、しばらくここで安静にしてな」
リカバリーガールに言われて巧はベッドの上に座る。顎以外の傷も結花に治してもらい、痛みは殆どなかった。結花はB組のみんなのところに行くと言って保健室から出て行き、巧は寝ている爆豪時二人っきりになった。巧は爆豪を見ながら今感じているこの感覚に理解できなかった。この世で一番嫌いな男である爆豪に勝利したのだ。なのにこの寂しさは一体なんなのか巧は理解できなかった。巧がこの感覚に悩んでいると誰かが保健室に入ってきた。巧は顔を上げるとそこにいたのは緑谷だった。
「出久......」
「たっくん、怪我大丈夫?たっくんとかっちゃん、顎すごいことになってたでしょ?」
緑谷は保健室にいる巧と爆豪のことが心配になり一人で来たらしい。緑谷は巧の隣に座る。
「ああ、大丈夫だ。結花が治してくれたからな」
「長田さんが、へぇすごいな、さっきの傷が嘘みたいだ」
緑谷はさっきまで大怪我だった巧がすっかり治ってしまったことに結花の凄さに関心する。巧は緑谷に相談しようと思った。どうして寂しさを感じるのか、一番信頼している緑谷に聞きたかった。
「.......なぁ、出久。俺さ、勝己とずっと勝負してきてずっと決着がつかなかったけど、やっとここで結着がついて喜んでいいはずなのになんでこんなに寂しいんだ?」
「たっくん......」
緑谷は悲しげな目をしている巧にどう答えたらいいか考えていた。いや、考えるまでもなかった。ずっと三人一緒にいたのだ幼馴染みの気持ちぐらいすぐにわかった。
「......多分だけど、本当は楽しかったんじゃない?」
「.....は?」
「たっくんってさ、いつもぶっきらぼうな感じで、自分のことあんまり話そうとしないし隠し事したりするけど、かっちゃんと喧嘩している時だけは本音でぶつかってるように見えたから、こういうの喧嘩するほど仲が良いっていうのかな」
「俺が勝己と.....?バカ言うな、俺があいつと仲がいいなんてゼッテェ有り得ねぇし、ふざけた事言ってんじゃねぇ!」
「ふふ、たっくん顔赤いよ」
「うるせぇ!!」
少し顔が赤くなっている巧に緑谷は少し微笑ましかった。