期末試験が終了して放課後、巧はさっさと帰る準備をしていた。
「まぁ何はともあれ。全員で行けてよかったね」
「一週間の強化合宿か!」
「結構な大荷物になるね」
「水着とか持ってねーや。色々買わねぇとなあ」
皆が口々に語り合う中、巧は席から立つがまだ緑谷がクラスメイトと話しているため終わるまで席に座った。それまで暇であるため巧はスマホとワイヤレスイヤホンを取り出して音楽をかけた。巧が聴いている音楽はもちろん洋楽で古い世代の曲である。曲の名はBeetlesのIn My life。この曲は6作目のイギリス盤公式オリジナルアルバムのLabber Soulに収録されている曲である。巧はこの曲が好きだった。聴いているとなんとなく心が落ち着く気がするからだった。そうしていると後ろから誰かが肩を叩いた。せっかく心を落ち着かせていたのに気分を害した巧は少し眉を顰めて後ろを振り返る。そこに居たのは耳朗だった。
「んだよ」
「あ、あのさ。それ、なんの曲聴いてるの?」
少しオドオドしく聞いてくる耳朗に巧は片方のイヤホンを外して耳朗に渡す。少し驚いた顔をして戸惑っている耳朗に巧は少しイラつき無理やり手渡した。耳朗は恐る恐るイヤホンを耳に近づける。流れているのは先ほど巧が聴いていたBeatlesの曲だ。
「あ、ビートルズ...音楽って聴いたりするの?」
「多少な」
「他にどんな曲聴いたりするのかな...?」
急になんだと巧は怪訝そうな顔で耳朗を見るが、その少し期待に満ちた顔を見てめんどくさい気持ちもあったが適当に答えた。
「.........レッドツェッペリン」
「あ!ウチも....!ってごめんそうなんだ。他になんかある?」
まだ聴きたそうな耳朗に巧は更にめんどくさくなり一気に答えることにした。
「AC/DC、スティーリー・ダン、ジミ・ヘンドリックス、ローリングストーンズ、ガンズ・アンド・ローゼズ、クイーン....その辺だな、いや....エアロスミスもあったな」
「やっぱり......!あのさ!その中でどれが....」
「しつけぇな!もういいだろ!」
「ご、ごめん.....」
少し興奮気味に質問しようとした耳朗に巧は埒が明かないと思い怒鳴って黙らせた。前にも似たようなことがあった気がする。その光景を後ろから見ていたクラスメイト。特に女子の芦戸は目を光らせていた。
「ほう.....」
そんな中で葉隠が一つ提案を出してきた。
「あ、じゃあ明日休みだしテスト明けだし.....!って事でA組みんなで買い物行こうよ!」
「おお良い!何かにそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪!お前も来い!」
「行ってたまるかカッタリィ」
切島は休みの買い物に爆豪を呼ぼうとするが、爆豪は拒否する。
「轟君も行かない?」
「悪りぃ。休日は見舞いだ」
「そうなんだ....。たっくんは?」
「いや、俺は....わかった行くよ」
巧も拒否しようとするが、やっぱり一緒に行くことになった。これにより爆豪と轟以外のA組一行は休日買い物に行くこととなった。
「ノリが悪いよ空気読めやKY男共ぉ!!」
行かないと言い張る爆豪と轟に峰田はそんなことを言っていた。
●●●
「ってな感じでやってきました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!」
爆豪と轟を除いたA組は木椰区ショッピングモールに来ていた。県内最多店舗数を誇ると会われるのも納得なほど広い場所だ。休日なためか、かなり人が多い。
「腕が六本のあなたにも!尻尾が生えてるあなたにも!ふくらはぎ激ゴツあなたにも!!きっと見つかるオンリーワン!」
「ムム」
「個性の差による多様な形態を数でカバーするだけじゃないんだよね。ティーンからシニアまで幅広い世代にフィットするデザインが集まっているからこの集客力ブツブツブツ......」
「幼児が怖がるぞよせ」
いつものようにスイッチが入る緑谷に常闇は抑える。
「お!アレ雄英生じゃん!1年!?ウェーイ!!」
「うぉおまだ覚えている人いるんだぁ....!」
かなり盛り上がっていた雄英体育祭。少なからずまだ覚えていてくれている人たちも少なくはないだろう。すると、巧はある程度周りを見渡した後、一人で歩き始めた。それを見た切島は巧を呼び止める。
「あ、おい!乾どこ行くきだ!?」
「どこって、買い物しに来たんだろうが。俺は行くぞ」
「おい!どこ集合とかあるだろ!それ考えとかねぇと....」
「2時間後に一階の中央広場。それでいいだろ」
「て、おい!ったく相変わらず一匹狼だなあいつ...」
切島はもう一度呼び止めようとするが、巧はもう既に人混みの中に消えていってしまった。
●●●
巧は周りを人混みの中を歩きまわる。巧は近くに雑貨店があるのを見つけ、そこに入る。そこにクーラーボックスがあるのを見つけた。巧はクーラーボックスを手に取り、レジへと向かう。すると同時に巧とレジで並び立つ者が現れた。巧はすぐに横に向くとそこにいたのは黒いコートを着た男こと赤井であった。しかし、巧は赤井のことは知らないため、ただの一般市民にしか見えなかった。
「ああ、ごめんね。君が先だったね」
「........」
しかし、やけに鋭い目つきをしている赤井に巧は少し怪しむが、何もしてこないところを見て気にするのをやめる。すると赤井は巧に話しかけてきた。
「そのクーラーボックス。何に使うのかな?」
突然質問してきた赤井に巧はさらに怪しむがとりあえず答えることにした。
「......林間合宿でな、必要なんだよ」
「合宿....?ああ!君学生さんか。そういえばその顔、雄英体育祭で見たよ。確か一位の....乾巧君だったかな?」
やけにグイグイくる赤井に巧は変なやつを見る目で赤井を見る。赤井は嫌な薄ら笑いでこちらをじっと見ていた。
「ああ、そうだよ。なんか文句でもあんのか」
「いやーとんでもない!ただあの試合を見て私も圧倒されたよ。あんな強力な個性....まるでオールマイトのようだ.....」
「........」
「私も子供の頃はヒーローに憧れていたよ。けど、個性も大したことも無ければ才能もなかった。今ではただのおじさんだよ。すまない長話してしまった。私はそろそろ行くよ。それじゃまたどこかで....ヒーロー君」
「.........」
赤井はそう言って巧の元から去っていった。巧はその後ろ姿を見送りその背中は人混みの中に消えていった。巧は思い出したかのようにクーラーボックスをレジに通した。
●●●
ある程度買い物をし終えた後、巧は腹が空いたので近くのフードコートに立ち寄った。そこにはラーメンやアイス、牛丼や、たこ焼きなどを売っているチェーン店がずらりと並んでいる。巧はどれにしようか悩んでいると横から誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
「あ!いたいた!乾ーー!」
巧は振り向くと切島と芦戸、そして耳朗が駆け寄ってきた。巧はめんどくさそうな顔をしてため息をつく。
「探したぜ乾!俺たちも丁度メシ食いに来たとこなんだ!お前も一緒に食おうぜ!」
切島は巧を昼飯に誘おうとしたが巧は三人から背を向けて立ち去ろうとする。しかし、後ろから芦戸が服を引っ張り食い止める。
「いいから一緒に行こうよ!みんなで食べた方が楽しいよ!ね!響香ちゃん!」
「え?あ、ああそうだな」
急に話を振られる耳朗は少し反応が遅れるが適当に相槌を打つ。巧は今すぐここから離れたかったが、全く離そうとしない芦戸と切島に無理やり連れられてフードコート内に入った。巧たちは相手ある席に座り昼食をとる前に雑談を始めた。
「乾は何買ったのー?」
質問をしてきた芦戸に巧は無言で机の上に買ったものを置いた。3人は袋の中身を除く。
「クーラーボックスと中身は.....水!多すぎ!」
「乾お前水買いすぎじゃね?なんでこんなに...?」
「熱中症対策だ。これぐらい普通だろ」
「それでも多すぎだろ....」
巧が買ったのはクーラーボックスとその中にある大量の水。その本数は十数本はあった。その量に3人は唖然とするが、とりあえず話題を切り替えて林間合宿の話になった。
「林間合宿って何するだろーねー」
「そらお前、先生言ってただろ?強化合宿って」
「そうだけど具体的にってこと」
芦戸の言う通り、相澤は林間合宿は強化合宿だと言っていたが、強化と言っても具体的に何をするのかわからない。すると巧はあることをつぶやいた。
「個性の強化じゃねぇか?今までの授業でそういうのはやってなかっただろ」
「あー確かに.....。ヒーローにとって個性は重要だしな....。ありえるかも....」
「個性強化かー.....。あ、ていうか乾ってさ、個性ってあんま意味なくない?ほら、あのベルトがあるし、ファイズだったっけ?」
「そうだよな。あれさえあれば無敵じゃねぇかよ」
「あれはもう、人間相手には使わねぇって決めたんだ」
「人間相手って、あの化け物相手にしか使わないってこと?」
「ああそうだよ」
耳朗の言うように化け物、もといオルフェノクにしか使わないと決めている巧の意志は固い。そもそも、ファイズの力はオルフェノクから人間を守るために作られたものだ。誰であろうと、ヒーローを志す者ならそういう気持ちになる筈だ。
「腹減ったなぁ。そろそろメシにすっか!」
話しているうちに腹の虫が鳴った切島は立ち上がり自分の財布を持って走り去っていった。そして続くように芦戸も立ち上がる。
「私もそろそろ行こっかな!」
芦戸と切島はどこかに行ってしまい残されたのは巧と耳朗だけであった。残った二人の周りにはしばらく気まずい雰囲気が漂っていた。すると巧はずっと黙っている耳朗に話しかける。
「おい」
「え、えなに!?」
「ずっと俺の方見て.....なんか文句あんのか?」
「文句って別に.....ないけど....う、ウチそろそろ行くし!」
巧から逃げるように耳朗は立ち上がりフードコートに並ぶ店の方に行く。それを見送った巧もそろそろ行こうかと立ち上がった。
●●●
芦戸は席を立ち、注文を終えて別の席で隠れて巧と耳朗の様子をニヤニヤしながら観察していた。芦戸は見抜いていた。耳朗が巧に対して好意を抱いていることを。それを見越して無理やり巧を昼食に誘い、そしてついさっきあの場から離れて二人っきりの状態にしたのだ。因みに芦戸が注文したのはフワッフワの卵の上に真っ赤なケチャップがかかったオムライスである。とても食欲を誘うオムライスのいい匂いがするが、今はそんなことはどうでもいい。芦戸が今あの二人の観察に夢中なのだ。そんな中で背後からさっき注文を終えた切島が声をかけてきた。
「おい芦戸!なんでここにいんだ!?席はあっちだろ!」
「!バカッ!声が大きい!」
芦戸は大声で話しかけてきた切島の口を押さえ無理やり先につかせる。切島は口を押さえる手をどかし芦戸に声が大きいと言われたため、切島は小さい声で何をしているのか聞く。
「お前こんな所で何してんだよ?」
「いいから黙ってて。私は今観察で忙しいの」
「はあ?」
切島は芦戸の言っている意味が理解できなかったが、取り敢えず今は腹ごしらえに専念することにした。切島が注文したのはラーメン定食。硬めの細麺に刻みネギ多めで、背脂が少ない醤油ラーメンと、ニンニク入りの餃子一人前と、最後に多めの炒飯。ラーメンと言ったらこれ。というような定番中の定番を注文した切島は力強く手を合わせた後、ラーメンを食べ始めた。それを見た芦戸もそろそろ食べなければと思い、スプーンをとってオムライスを分けて取り口の中に運ぶ。食べながら二人を観察しようと思った芦戸だったが、オムライスを口の中に入れた瞬間、思いの外美味しかったのか、次々とオムライスを口の中に運び、あっという間に平らげてしまった。
「あ〜美味しかった〜って、いけない!観察をっ.....!っていない!」
芦戸が食べ終わった頃には二人はもう席を立っており、注文をしに行っていた。
●●●
先に戻ってきた耳朗は早速注文した料理に手をつける。耳朗が注文したのは和風きのこのスパゲッティ。きのこの香りと食感が特徴の料理だ。スープもきのこの出汁がきいていて、スパゲッティと絡めて食べると口いっぱいにきのこの香りが広がる。そのすぐ後に、巧が席に戻ってきた。巧が注文したのは肉うどん。牛肉の旨味がうどんに絡み、そこに生卵を一つと刻みネギが入っていて、巧は箸でまんべんなくかき混ぜる。そして箸でうどんをつかむと口に近づけ、息を吹きかけた。その様子を耳朗はスパゲッティを食べながらじっと見ていた。お互い何も喋らない状況が続き気まずくなってくる。いつになったらあの二人は戻ってくるんだろうかと周りを見渡すと、向こうに二人のシルエットが見えて何故あんなところにいるのかと焦りと疑問が芽生えた。何か喋らなければいけないと思い、耳朗はあの時の続きを話し始めた。
「あのさ、乾。乾って洋楽聴いてるじゃん。その中でさ、何が好きか教えてくんない?」
耳朗なりの必死の会話に巧は黙ったままうどんに息を吹きかけ、冷まし続けていた。何も答えない巧に耳朗はヤケクソ気味にスパゲッティを食べようとしたその時、巧が一言だけ答えた。
「クイーン....」
「......え!?」
「だから、クイーンだ」
まさか答えてくれるとは思ってもみなかった耳朗は声を出して驚く。このチャンスを逃すまいと、耳朗は会話を続けた。
「じゃ、じゃあさ!クイーンの中で何の曲が好き?」
「レディオガガ.....お前は?」
「え?」
「お前は何が好きなんだ?」
「う、ウチは断然AC/DC!一番好きなのはハイヴォルテージ!...かな....」
思いの外会話が続いたことに、耳朗は少し嬉しくなる。
「乾って、ロック好きなんだな....」
「別に、そういうわけじゃねえ....」
「え?なんで....」
耳朗の疑問に巧はスマホを取り出して何か色々と操作した後、耳朗に手渡した。スマホを受け取った耳朗はスマホの画面をみると、驚いた。その中には洋楽が沢山あり、そのほとんどが古い世代の洋楽だった。Beach BoysやSantana、中には耳朗も知らないようなマイナーな洋楽もあった。
「こんなに.....ロックっていうより洋楽が好きなんだ。しかも古い曲ばっか....」
耳朗は巧にスマホを返す。巧はスマホを懐にしまい、またもう一度肉うどんを食べ始めた。耳朗は少し考えた後、モジモジしながら巧にある提案をする。
「ねぇ、乾。今度さ....ウチの家に来ない?」
「?」
耳朗が勇気を振り絞って出した提案に巧は一瞬何を言っているのかわからなかった。しばらく沈黙が続いた後、巧は口を開こうとした瞬間向こうのほうから切島が慌ただしく駆け寄ってきた。
「おい!乾!耳朗!最初に集まった場所に来てくれ!緑谷が
「「!」」
●●●
ついさっき巧と遭遇した赤井はアジトであるバーに帰ろうとしていたところだった。その途中、赤井は死柄木と曲がり角で出会った。
「お、リーダー。どうだ?少しは落ち着いたか?」
「ああ、まぁな。ところでお前はここで何しに来たんだ?」
「散歩がてら偵察と言ったところだ。ベルトの所有者に会ってきた」
「チッ、あいつか....」
死柄木は乾の顔を思い出し、舌打ちをする。
「それで?あの二人はどうする?」
「なんら曲がることはなかったんだ。ヒーロー殺しの言動に惑わされてただけだったんだ。全部ハナからあったよ....俺はあのヒーロー殺しを踏み台にして最初から持っていた信念を動かす。そのためには駒が必要だ。.....もちろんお前もだからな.....。期待してるぜ」
「これはこっちも頑張らねぇとな」
そんな会話を交わし死柄木と赤井は路地裏の中に消えていった。