進化する人々   作:奥歯

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強化合宿

A組一行はバスから荷物を取り出し、今日から宿泊する部屋に置いた後、食堂へと移動する。そこには豪華絢爛の料理が並べられていた。約7時間もの間、魔獣の森の中を脱出するべく走り続けていたA組一行の空腹感は頂点に達している。皆、我先にと長椅子に座り席に並んだ。そして手を合わせ、並べられた料理にがっつく。

 

「へぇ、じゃあ女子部屋は普通の広さなんだな」

 

「男子は大部屋なの?」

 

「ああ、そんなとこだ」

 

元々このマタタビ荘というのは山岳地帯で遭難した一般市民の保護をする場所で、同時に登山を楽しむ一般客のための宿泊施設として利用することもある。故に男子部屋が15人使うにはかなり広いのだ。

 

「見たい!ねえねえ!後で見に行っていい!?」

 

「おー来い来い」

 

他愛もなく会話を弾ませるA組たちの中で巧はただ一人黙々とそれほど熱くない料理を食べていた。最近立て続けに妙なことが起こっている気がする。巧はふと、そんなことを考える。USJの時も、保須市の時も、I・アイランドの時も、何か必ずと言っていいほど大きな事件に巻き込まれ、そして必ずオルフェノクと遭遇していた。何か嫌な胸騒ぎがする。巧は考え事をしているせいか箸が止まってしまい、ボーッと下を見つめていた。すると隣にいた耳朗が巧に話しかけてきた。

 

「乾?どうかしたの?」

 

「いや....なんでもない」

 

耳朗に話しかけられて我に帰った巧は箸を進めて料理にありついた。

 

●●●

 

夕食をすませた後、巧たちは露天風呂に入っていた。巧としては風呂はあまり好きじゃない。暑いのが嫌いな巧にとって風呂も天敵だ。しかし風呂に入らないと臭いや汚れを落とすことができない。汗のベタつきも嫌いなため、仕方なく入っているのだ。本当はシャワーだけすませて上がろうとしていたのだが、緑谷は少しは風呂に慣れた方がいいと言って上がらせてくれなかった。露天風呂はそれなりの広さがあった。上鳴もその広さにはしゃいで泳いでいる。

 

「暑い。もう上がっていいか?」

 

「ダメだよ。もうちょっと我慢して。いい加減お風呂に慣れようよ」

 

まだ上がらせてくれない緑谷に巧は空を仰ぐ。雲一つない夜空だった。ここは明かりがほとんどない場所であるため、星もいくつかハッキリと見える。巧は星を数えて時間を潰そうとした。

 

「まぁまぁ...。飯とかはね、ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてんのってそこじゃないんスよ。その辺分かってるんスやオイラぁ...。求められてるのは壁の向こうなんスよ...」

 

「一人で何言ってるの峰田君...」

 

「やめとけって峰田」

 

まるで悟りを開いた仙人みたいな喋り方で独り言を言う峰田に切島は察して止める。切島の忠告を無視して峰田は耳を壁に当てると、女子たちの和気藹々とした声が聞こえてくる。

 

「ホラ...。いるんスよ...。今日日、男女の入浴時間ズラさないなんて事故...。そう、もうこれは事故なんスよ...」

 

「「.......!」」

 

女子たちの声が聞こえてきた途端、男子たちは意識して固まってしまう。見栄を張って興味などないという態度を取る者もいるが、齢15歳。思春期真っ盛りの時期に女性の体に興味を持たない男子などこの世に存在しない。と言っても、意識しまくっている男子の中でいまだに星の数を数えている男と愛する人がいるから他の女子などこれっぽっちも興味がないという態度のやつ、そんなものにうつつを抜かすほど柔ではないと呆れた顔をしている者など例外はいる。

 

「フー...!」

 

この一枚の壁の向こうには楽園が待っている。峰田にとってこんな壁など取るに足らない存在だ。ただいつものように登るだけ、そう、それだけでいいのだ。既に峰田の焦点はあっていなかった。完全に正気じゃない。

 

「峰田君辞めたまえ!君のしていることは己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

当然の如く、それを止めるのは真面目を体現した男である飯田。至極真っ当な意見に、峰田は聞く耳を持っていなかった。

 

「やかましいんスよ...。女が露天風呂に入ってるってことは覗いてくれって言ってるようなもんなんスよ...」

 

そして峰田は壁を前にして自身の頭にあるモギモギをとる。

 

「壁とは越えるためにある!!Plus Ultra!!」

 

峰田が声を上げた次の瞬間、ものすごい形相でまるでゴキブリの如く壁をよじ登った。

 

「校訓を穢すんじゃないよ!!」

 

飯田は峰田を止めようとするが、あまりの速さに間に合わない。峰田は勝利を確信した。この壁を越えれば、男の楽園が待っている。念願の女子たちの体をこの目で拝むことができる。期待に胸を膨らませながら壁の向こうを見た瞬間、峰田が想像していたものとは全く違うものが現れた。

 

「洸太君!?」

 

「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」

 

洸太は峰田の伸ばす手を叩く。バランス崩した峰田はそのまま真っ逆さまに落ちていった。

 

「クソガキいいいいい!!」

 

こうして峰田が夢見た壁の向こうの楽園は1人の少年によって打ち砕かられてまうのであった。

 

「やっぱ峰田ちゃんサイテーね」

 

「ありがとー!洸太くーん!」

 

思わず振り返った洸太は女子たちの裸体を目の当たりにしてしまう。6歳の子供には刺激が強すぎたのか、バランスを崩してしまい男湯の方に落ちていった。咄嗟に緑谷が洸太を助け、事なきを得る。洸太は大怪我をせずにせずに済んだが、顔を真っ赤にして鼻血を吹き出し気絶していた。峰田の方は相当ショックを受けたのか泡を吹いて痙攣していた。

 

「オ、オイラの....楽園....!」

 

「ちょっと僕、マンダレイのところに連れて行くね」

 

そう言って緑谷は洸太を抱えて風呂から出た。このタイミングで巧も同じように風呂から出る。巧は脱衣所のところに出ると、緑谷がソファに洸太を寝かしつけていた。巧はその様子を見て少し気になったのか緑谷に質問する。

 

「なあ出久。お前何でそんなクソガキのことを気にかけんだ?」

 

「クソガキって....。なんていうか、どうしてこの子、ヒーローが嫌いなんだろうって思ってさ...」

 

「そら嫌いな奴もいるだろ」

 

「そうじゃ無くて、なんか憎んでる?っていうかなんというか...そんな目をしてるんだ。ただ嫌いって訳じゃなさそうなんだよね」

 

「......」

 

巧は緑谷の言っていることはわかったが、だからといってここまで洸太のことをここまで気にかけていることがわからなかった。

 

●●●

 

その翌日、早朝から生徒たちは眠たい目を擦りながら体操服に着替えてマタタビ荘の広場に集まっていた。昨日は合宿初日ということもあってみんな雑談しながら夜遅くまで起きてしまった。故に皆眠たそうな顔をしているが、巧一人だけはさっさと眠ったのでさっぱりした顔をしていた。

 

「おはよう諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように」

 

敵意というともちろん(ヴィラン)のことだ。最近(ヴィラン)の動きが活発化している。そこにオルフェノクも関わっているため、被害は尋常ではないほどに広がるであろう。その脅威から立ち向かうためにはまず、仮免を取得しなくてはならない。そのための強化合宿なのだ。これから立ち向かう現状に皆の眠気は吹き飛ぶ。

 

「とういうわけで爆豪、こいつを投げてみろ」

 

突然、相澤は爆豪にボールを投げ渡す。

 

「これ、体力テストの....」

 

「前回の...入学直後の記録は705.2m...。どんだけ伸びてるかな?」

 

「おお!成長具合か!」

 

「この3ヶ月色々濃かったからな!1kmとか行くんじゃねぇの!?」

 

「いったれバクゴー!」

 

期待の視線の中、爆豪は右肩を振り回し投げる態勢に入る。

 

「んじゃ...よっこら....くたばれや!!」

 

軽く暴言を吐きながら個性を使ってボールを全力で投げた。投げたボールはグングンと伸びかなり遠くでポトリと落ちる。自信がある笑みを浮かべる爆豪。しかし記録は...。

 

『709.6m』

 

「!!?」

 

「あれ、思ったより....」

 

この3ヶ月間でかなりの経験を積んできたのにも関わらず、入学初日にテストした記録とほぼ変わらなかった。

 

「約3ヶ月間様々な経験を経て、君らは確かに成長している。だがそれはあくまで精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りそこまで成長していない。だから今日から君らの、個性を伸ばす。死ぬ程キツいかもしれないが、くれぐれも死なないように」

 

相澤は不適な笑みを浮かべ、生徒たちに緊張が走る。

 

「それじゃあよろしくお願いします」

 

相澤が森の奥で声をかけると突然上から4人のヒーローが現れ、A組一同の前に着地する。

 

「煌めく瞳でロックオン!」

 

「猫の手手助けやってくる!」

 

「どこからともなくやってくる...」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!!」」」」

 

今度は2人ではなくちゃんと4人揃っての登場だ。マンダレイとピクシー・ボブ、そして青と緑のロングヘアのラグドール、そして明らかに女性ではない筋骨隆々の男、虎だ。巧はまた変なやつが増えたと内心げんなりしていた。

 

「今から個性の種類ごとに分かれて訓練を行う。ここからは彼女らの指示に従って個性を鍛えるように。以上!」

 

●●●

 

早速始まった強化合宿の内容は単純明快、ひたすらに個性を使い続けること。筋肉を酷使して筋力を上げるように、個性を酷使して強度を上げるのだ。まずは巧、爆豪、轟、芦戸、青山、上鳴、瀬呂の7人は、継続的に個性を発動し続け、麗日は個性を使った時の酔いを治すために専用のバルーンに入り崖を転がされ、耳郎のイヤホン・ジャックと切島の硬化を硬いものに打ち付けて強度を上げ、切島の硬化を利用して尾白の尻尾で叩き込み、障子の索敵を使って葉隠の位置を探り、葉隠は気配を消して互いを高め合い、蛙吹の長い舌と手足を使って崖を登り、峰田は頭から血が出るまでモギモギを引き千切り続け、常闇が暗闇でダークシャドウを従わせ、飯田がエンジンを酷使して走り続け、八百万と砂藤がお菓子やケーキなどをひたすら食べ続けて個性を使用し続ける。と言った感じで巧がショッピングモールで切島たちと話していたことと同じことをやっていた。

 

「どうした巧ぃ!?もうへばったのかぁ!?」

 

「うっせ!!テメェも手ぇ震えてんじゃねえか!!」

 

「はぁ...!はぁ...!」

 

「もう3人ともタフすぎぃ〜.....」

 

「ウェ、ウェア...」

 

「も、漏れそうだよ...⭐︎」

 

「づ、疲れだ...」

 

互いに罵り合う巧と爆豪、今2人はどっちが倒れるのが先か競い合っているのだ。どっちかがやろうと言い出したわけではない。ただそう思っただけ、ただそれだけだ。もう限界に近づいているのか息が上がり汗も大量に流している。それでも2人は手を緩めずに全力を尽くしていた。他の周りはもうすでにへばっていて、轟もかなりしんどそうにしているが、陰で巧と爆豪と競い合っていた。そんな時、マンダレイが呼びかけてくる。

 

「はい休憩!みんなお疲れ!各自水分補給して!休憩も修行の一環だよ!そこの三人!もう終わり!」

 

マンダレイに言われた瞬間、巧、爆豪、轟の3人は同時に力が抜けた。

 

「「お、俺の勝ちだ...」」

 

●●●

 

巧は休憩に入ると、目の前にオートバジンが現れ、ペットボトルに入った水を渡してきた。

 

「サンキュー、オートバジン」

 

巧はありがたく受け取ると蓋を開けて喉に流し込む。巧はこんなに水が美味いと感じたのは筋トレをしている時以上だ。そんな時、向こうから結花が駆け寄ってきた。結花は今、トレーニングのために髪をまとめてポニーテールにしている。彼女も同じように汗だくだ。

 

「乾さーん!休憩ですか?」

 

「ああ、お前は?」

 

「私もちょうど休憩に入ったんです。壊れたものを直し続ける訓練でして...もう手の感覚がありません」

 

結花は辛そうな顔をしながら手を振る。B組の方も大変そうだなと巧は心の中で思っていた。

 

「あの、私も水、分けてもらえませんか?」

 

「いいぜ、ホラ」

 

「ありがとうございます。あ!焦凍さんのところに行かないと!それじゃ私はこれで!」

 

「おう」

 

巧は結花を見送り木陰で休もうとした時、あることに気がついた。

 

「あ、あいつに渡したの俺の飲みかけじゃねぇか...。はぁ、たくっ...」

 

巧は間違ってさっき飲んでいた水を間違って結花に渡してしまっていた。巧は面倒事が起こる前に結花のところに向かった。

 

●●●

 

結花は小走りに間違って渡された飲みかけの水を持って轟のところに向かっていた。そして木陰で休んでいる轟を見つけ駆け寄ってくる。

 

「焦凍さん!やっと見つけました!」

 

「結花...(ポニーテール...。可愛いな...いつも可愛いけど)」

 

疲れ切った轟は結花のポニーテール姿を見て密かに癒されていた。結花は轟の隣に座る。

 

「焦凍さんかなり汗だくですね。大丈夫ですか?」

 

「ああいや、これぐらいなんともない。それより結花の方が心配だ。何も酷いことされてないよな?」

 

「まさか、いい歳して変な格好してますけどみなさんいい人たちですよ。確かにちょっと厳しいですけど。これも私たちを立派なヒーローにするためですから!そうと思えばへっちゃらです!」

 

「そうか...」

 

轟は結花の笑顔に元気付けられている中ふと、結花の顔から滴る汗に目が入った。その汗をじっと見ていると、どんどん下にいき最終的に顎のところまできたところで汗の雫が落ちる。そしてその汗は結花が暑さで少し胸元の部分を開けていたその肌の上に落ちた。轟はその一連を瞬きもせずに見ていた。

 

「あ!焦凍さん鼻血が!」

 

「へ?」

 

結花の声で我に帰った轟は鼻のあたりを指で触ると血がついていることに気がついた。驚いた轟はすぐに拭おうとしたが、その前に結花が持っていたハンカチで拭いた。

 

「暑さでやられたんでしょうか?あまり無理しないでください」

 

轟は今この瞬間がものすごく色々得をした気分になり今までの疲れが吹き飛んでいった。その様子を遠くで見ていた瀬呂はまだアホ面の上鳴に話しかけていた。

 

「なあ、上鳴」

 

「ウェ?」

 

「俺さ、轟ってそういうことにからっきし興味ないやつだと思ってたんだ。けどさ、ちょっとばかし俺たちと同じところあって安心したぜ」

 

「ウェ〜〜イ」

 

疲れが吹き飛んだ轟は今この幸せを噛み締めていると、結花がペットボトルの水を渡してきた。

 

「焦凍さん。水分補給にこれを...」

 

結花からペットボトルを渡された瞬間、轟は目を見開いた。

 

(飲みかけ!?飲みかけだと!?そ、それってもしかして、結花が飲んだ水ってことか...!?これってそういうことか!?そういうことなのか!?神様って本当にいるんだ...!)

 

轟にとって願ってもない出来事に喜びの声をあげそうになるが、ここは抑え、深呼吸をして冷静になる。

 

「(落ち着け俺。まずは確認だ)結花、これって君のか?」

 

「?はい、そうですよ」

 

「やっ...!そ、そうなんだ。(よし、確認はできた。あとはこの水を...)」

 

思わず声が出そうになった轟は抑えて結花からもらったペットボトルの水を見る。

 

(俺は何年もの間、惨めな人生を送ってきたが、二年前に来た俺の女神が!俺の人生を救ってくれた。神なんていないと思っていた俺がこれほどまでに神に感謝したことはない。今!この状況は!辛い人生を耐え抜いてきた俺に対する神へのご褒美!俺はこの恵みを、最後まで噛み締めてやる!)

 

轟は心の中でそう呟くとペットボトルの蓋を開ける。そしてこの世の全てに感謝を込めてその水を勢いよく飲んだ。

 

(あれ?もしかしてこれって乾さんのじゃ..........?まぁ、いっか!)

 

轟が嬉しそうに水を飲んでいる中、結花は飲みかけの水が、巧ものではないかと気づいたが、今更遅いので黙っておくことにした。その直後、巧が轟と結花のところに駆け寄ってきた。

 

「おい結花!お前に渡した水、俺の飲みかけだったから返してくれないか!」

 

「え?ああ、もう焦凍さんが飲みましたよ」

 

「......え?」

 

巧はもう手遅れだと気づき、頭を抑える。轟は思考が停止する。飲み干した空のペットボトルを見る。そしてやっと結花が言っていたことを理解した。これは結花の飲みかけの水ではなく、巧の飲みかけであると、そして轟は突然首を抑え苦しみ出した。

 

「あ....!が.....!グェ....!」

 

「しょ、焦凍さん!大丈夫ですか!?」

 

「マジで最悪...!」

 

苦しみ悶えた轟は、膝から崩れ落ちてしまった。

 

「焦凍さーん!誰かー!」

 

(こ、この悪魔め...乾巧ぃ....!)

 

巧はまたしても轟の逆恨みをくらい今日最悪の一日となった。

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