緑谷が診察を受けていた。緑谷の怪我は結花によって完全とは言えなくはないが、殆ど治っている。担当医はカルテを見ながら緑谷に説明する。
「傷は殆ど治っている。どんな状態だったかは知らないが、かなり酷い怪我だったみたいだね。それを完全に治してしまうなんて、本当に凄い個性を持った子がいたんだね。なのに、昨日はかなりの高熱だったけど、あの事件の後だ、相当なストレスだっただろう。私は精神科医じゃないが、心の苦痛が、君をとても苦しめている。体にも影響を及ぼすほどにね...」
医者の言うように、緑谷のあの時の後悔が、緑谷を苦しめ、そして体を蝕んでいった。緑谷はそんな自分を責め、蔑む。この苦しみも当然の罰だと心の底から思っていた。
「........はい、僕の....幼馴染みが二人も、
緑谷の悲しみを真摯に聞いていた医師はカルテを置き、悲しむ緑谷の目を見て、ゆっくりと語りだす。
「.......私はヒーローではないが、人を救う仕事をしている。病気や怪我をした患者を助ける仕事だ。それにはやり甲斐があるし、救けてあげた人たちの笑顔を見ると、とても嬉しい。けど、この仕事に何年も勤めてる自分でも救けられない命がある。その時は君のように酷く後悔して、自分を責めたさ。どうして自分はこんなにも無力なんだろうってね...」
医者は緑谷に今自分がしているこの仕事について話し始めた。緑谷は聞いているのかいないのか、顔が俯いたまま暗い顔をしている。それでも医者は話を続けた。
「だけど、私はこう思う。人は皆、完全じゃない。不完全で、一人じゃ何も出来ないんだ。自分の手の届く範囲で、人を救うべきだと思うよ。だから自分ばかり責めてちゃいけない。私は攫われた君の幼馴染みのことはどんな子か知らないが、きっと君を責めたりしないよ」
緑谷はその医者の言葉を黙って聴いていた。そしてあの時のオールマイトの話を思い出した。自分の手の届かない命を救うことはできない。だからこそ、笑うのだと。
「ここで今日は退院だから、病は気からと言うし、あまり思い悩まずにね...」
医者は胸ポケットから広げられた一通の手紙を取り出し、緑谷に渡した。緑谷はその手紙を読む。それは洸太からの感謝の気持ちがひらがなで綴られていた。緑谷はそれを読み、歯にグッと力を入れたのだった。
●●●
緑谷は退院の支度をしていると、扉をノックする音が聞こえる。緑谷が振り返るとそこにはお見舞いに来ていた耳朗がいた。
「耳朗さん...」
「もう退院すんの...?緑谷...?」
「うん...」
「そう...」
どこかぎこちない会話に緑谷はどう話したらいいか困っていると、突然耳朗がきりだした。
「あのさ緑谷...!ウチ!乾と爆豪を救けたい...!」
「え...?」
突然の発言に緑谷は少し戸惑う。耳朗は震えながら緑谷にあの時のことを話し始めた。
「ウチと乾が、あの事件の時に施設に戻っ時にさ、怪物が現れて、乾がウチを守ってくれたんだ...。その後すぐに乾が攫われて、ウチは何もできなかった。すごく後悔したんだ。どうしてあの時救けに行かなかったんだろうって...。だからウチ!今度は救けに行きたいんだ!また後悔してしまう前に!」
耳朗の心からの叫びに緑谷は静かにに拳を握るのであった。
●●●
切島が行と言った夜。病院の外では轟と結花、切島の3人は爆豪と巧を救出するために集まっていた。約束の時間になり、切島は呟く。
「八百万...考えさせてくれっつってくれた...。どうだろうな...」
「まぁ、いくら逸っても結局あいつ次第...」
「無理に強要は出来ませんからね...」
八百万が来てくれれば、取り付けた発信機のデバイスを辿って爆豪と巧の居場所がわかるはずなのだ。しかし、誘ったところで行くかどうかは彼女次第。もし行けば、彼女の今後の将来に関わる。3人はその覚悟で来ているが、他人に無理強いすることはできない。その時、病院の自動ドアが開く。
「緑谷...!?耳朗...!?」
病院から出てきたのは、八百万と緑谷、そして耳朗の3人だった。切島は八百万の他に、緑谷と耳朗が来るとは思ってもおらず、驚いた表情を見せた。
「緑谷さん、大丈夫なのですか...?」
「うん...長田さんのおかげで傷は殆どないし...」
緑谷は腕をさすりながら問題ないと呟く。
「それで、耳朗。お前も行くのか?」
「.......うん。ウチは...」
「待て」
耳朗が何か言おうとした時、後ろから声が聞こえ、振り向くとそこには飯田が立っていた。
「飯田....」
「.....何で、よりにもよって君たちなんだ...!俺の私的暴走を咎めてくれた.....ともに特赦を受けたはずの君たち2人が....っ!!なんで俺と同じ過ちを犯そうとしている!?あんまりじゃないか....!」
「何の話をしてるんだよ...?」
飯田は保須事件のことを話していた。飯田が復讐のために暴走し、それを緑谷と轟が止めてくれた。もう二度と同じ過ちは繰り返さないと心の決めたのに、それを止めてくれた2人がその過ちを犯そうとしているのだ。保須事件の真相を知らない切島に轟は彼の肩に手を乗せる。
「俺たちはまだ保護下にいる。ただでさえ雄英が大変な時だぞ。君らの行動の責任は誰が取るのかわかっているのか!?」
「飯田君、違うんだよ。僕らだってルールを破っていいなんて...」
突然、飯田は緑谷の顔を殴った。飯田の突然の行動に周りは驚くが、飯田は気にせずその怒りを露わにした。
「俺だって悔しいさ!!心配さ!!当然だ!!俺は学級委員長だ!!クラスメイトを心配するんだ!爆豪君、乾君だけじゃない!君の姿を見て、床に伏せる兄の姿を重ねた!!君たちが暴走した挙句!僕の心配はどうなってもいいと言うのか!!!」
無謀な行動で兄のようにもう傷つく人を見たくない。飯田は緑谷の肩に手を置く。
「僕の気持ちは...!どうでもいいって言うのか....!」
「飯田君....」
「飯田」
友達のことは悲しませたくなかった。しかし、それでも緑谷は行くと決めたのだ。飯田を説得しようとすると轟が割って入る。
「俺たちだってなにも正面切ってカチ込む気なんざねぇよ」
「.....!?」
「戦闘無しで救け出す」
「要は隠密活動!それが俺ら卵の出来る...ルールにギリ触れねぇ戦い方だろッ!」
「誰も傷つけない方法で救け出すんです」
わざわざ正面から巧と爆豪を救け出すわけではない。戦闘には参加せず、且つ邪魔にならないように助け出すのだ。そうすればルールを犯すことはないはずだ。するとずっと黙っていた八百万が前に出る。
「.....私は、轟さんを信頼しています....が!万が一を考え、私がストッパーとなれるよう、同行するつもりで参りました」
「八百万君!?」
「八百万!」
「ヤオモモ!」
ずっと黙っていた八百万が前に出て、一緒に同行する決意を固めた。それに続くように緑谷も答える。
「僕も....自分でもわからないんだ....。手が届くと言われて、いても立ってもいられなくなって....救けたいと思っちゃうんだ...」
緑谷の堅い決意に、飯田は小さくため息をつく。そして飯田も覚悟を決めた表情でこちらを見据えた。
「ならば....俺も連れて行け」
「「「「「!?」」」」」
「その代わり約束してくれ。また学校に登校してくれると、これが守れなきゃ君たちとは絶交するからな」
そう言って飯田は小指を立てる。それに続くように緑谷、轟、切島、耳朗、八百万も小指を立て、絡める。皆、またいつも通りに学校に通うためにいつも通りに挨拶を交わすために、誓いを立てた。結花はその眩しいほどの友情を優しく見つめていた。
「なぁ、あんたも一緒にさ!」
「え?いや、私は別に...」
「これからお前も一緒に行くんだろ?同じヒーロー科なんだから約束をしねぇとな!」
突然約束を誘われた結花は戸惑い断ろうとするが、少し考えて同じく小指を立てて指を絡めた。結花はこの時、確かな友情を感じた。
●●●
巧と爆豪の救出に行くことに決めた緑谷一行は、病院を出て駅に向かっていた。その道中、飯田は緑谷に声をかける。
「暴力を振るってしまったこと...、陳謝する。ごめん....」
「本当ですわ飯田さん。同行する理由に対し、説得力が欠けてしまいます」
「だ、大丈夫だよ。気にしてないから...」
飯田は緑谷に謝罪するが緑谷は余り気にしていないようだ。すると飯田は救出作戦に参加することを決意した心境を話した。
「俺は....君たちの行動に納得いかないからこそ同行する。少しでも戦闘の可能性を匂わせれば即座に引き戻すからな...!いわば監視者....そう、ウォッチマン!」
「メンじゃねぇのか?」
「manは単体、menは複数って意味だよ」
「複数...あー、成る程な!」
「ウォッチマン飯田...」
ウォッチマンと名乗る飯田に今度は八百万がポケットから携帯端末機のようなものを取り出す。
「私もですわ。ウォッチマン八百万ですわ」
「お、二人ならメンじゃねーか?」
「ウォッチメン飯田と八百万...」
さっきから何か呟いている轟に耳朗は笑いを堪えていると、八百万は急に恥ずかしくなり、咳払いをする。
「これはプロの仕事。側から見ればあなた方が出張る必要は一切ありません。しかしお気持ちがわかるからこその妥協案ということ、お忘れなきよう」
八百万が取り出した携帯端末機は発信機を追うための受信デバイスだった。八百万はこの作戦がいかに非現実的で無謀なのかを現地につけば緑谷たちも分かってくれるはずだと考えてついてきているのだ。
●●●
燃え盛る炎の中で少年が1人俯いて泣いていた。その炎は熱く息苦しい。巧はその少年をじっと見つめている。周りには誰もおらず、助けにくる者もいない。巧ですら助けようともしなかった。少年はただひたすらに静かに泣いていた。巧は気づいていた。この少年は幼い頃の自分だと、あの時の、まだ人間だった頃の自分。どうして今になってこんな夢を見ているのか分からなかったが、ただ傍観するだけだった。するとずっと泣いていた少年は急に泣き止み、ゆっくりと顔をあげる。巧は目を背けることなくじっと見つめていた。そして少年の顔が見える。その顔は酷く焼け爛れており、所々肉がこげ落ちて骨が見えている。眼球もないのか空洞になっていて、そこから見える穴は吸い込まれてしまいそうなほどに暗い。まさに見るに耐えない容姿をしていた。その少年は掠れた声で呟いた。
『誰か....助けて....』
巧が目を開けるとそこには薄暗いバーのような場所が広がっていた。周りを見渡すと巧に奇襲をかけた赤井や、USJで出会った死柄木と黒霧など、あとは初めて見る
「勝己...!?」
「やっと目ぇ覚ましたか巧...。呑気に寝てんじゃねぇぞ」
やっと状況を理解した巧は周囲を警戒する。そんな2人に死柄木はゆっくりと静かに話しかける。
「早速だが....ヒーロー志望の爆豪君。俺らの仲間にならないか?」
死柄木の勧誘に爆豪は不敵な笑みを浮かべる。
「寝言は寝て死ね...!」
●●●
駅に着いた緑谷たち、これから巧と爆豪を奪還するべく、八百万が詳細を説明する。
「いいですか?発信機の示した座標は、神奈川県横浜市神野区。長野からの出発ですので約2時間、10時頃の到着ですわ」
そして皆新幹線に乗り込み、それぞれ席に座る。出発して数分後、弁当を食べている轟に緑谷が話しかける。
「あの、この出発とか詳細ってみんなに伝えてるの?」
「ああ、言ったら余計止められたけどな」
「あの後、麗日がダメ押しでキチいこと言ってくれたぜ」
「麗日さんが....?」
緑谷がいない間に切島たちは、A組全員にこれからする作戦についての詳細を話していた。そこで麗日はこう言っていた。
○○○
乾君はともかくとして....爆豪君、きっと...みんなに助けてもらえるのが屈辱なんと違うかな....
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それを聞いて緑谷はあの時言っていた爆豪の言葉を思い出した。
○○○
来んな...デク
○○○
爆豪ほどのプライドの高い男ならきっと彼が望んでいることではないだろう。緑谷が深刻な顔をしていると轟が再度、緑谷たちに問う。
「一応聞いとく。俺たちのやろうとしていることは、誰からも認められねぇエゴってやつだ。引き返すならまだ間に合うぞ」
「鼻からそんなつもりはありませよ」
「迷うくらいならそもそも言わねぇ!あいつらは
「ウチだって引き返すつもりなんてない!行くって決めたからには突き進まないとロックじゃないし...!」
すでに覚悟は決まっている結花と切島と耳朗。飯田と八百万は元々そんな切島たちのストッパーの役目としてついてきたために何も答えない。そして最後に緑谷は小さく呟いた。
「僕は.....後戻りなんて出来ない」