【完結】14時17分、東京行き ~喫茶リコリコがハイジャックに巻き込まれる話 作:フェデラルジオグラフィック
8月の半ばのある日
ハワイ ホノルルの海岸 喫茶リコリコ
日本では盆休みと言われる時期、ハワイもまた夏真っ盛り。観光シーズンで繁盛する喫茶リコリコは今日の営業を終えて片付けもほとんど終わり、たきなが一息つけるために水のボトルに手を伸ばしたとき、千束がまたしょーもない思い付きを言い出した。
「来月に日本に帰ろう!」
「…日本に帰る?」
たきなは聞き返した。そう!とあっけらかんとした表情で千束は返す。それにクルミは納得のいかない表情をしている。
「確かにずっとハワイにいるつもりはなかったけど、なんでまた急に来月帰るだなんて…」
「…なるほど、そういうことですか」
「あー、なるほど」
クルミの発言を聞いてたきなとミズキは合点する。少し間をおいてミカが気づくが、クルミはまだ怪訝な表情のままである。それを見かねてミカが答えを伝える。
「千束とフキの誕生日だな。フキは日本から出られないから、祝ってやるなら東京で、というわけだ」
19歳の誕生日、これはリコリスにとって大きな意味を持つ。基本的にリコリスはその学生服がその効果を発揮するまでしか任務に出られないので、19歳はいわゆる「定年」とみなされる。「定年」を迎えたリコリスの「その後」は大きく分けて四つある。後輩のリコリスへの教官または演習相手として、またはかつてのミズキのように本部や支部の事務要員や司令要員としてDAに残り続けるのが一つ。または警察や自衛隊、国土交通省(海上保安庁)、国税庁(税関)、厚生労働省(麻薬取締)、入国管理局といったDAと協力関係にある公的機関に
「そういうこと!フキの退職祝いのパーティーを東京の喫茶リコリコで開きたいと思います!」
「あの人が19歳で素直にDAをやめるとは到底思えないのですが…」
「そ!れ!で!も!リコリスにとって19歳の誕生日はとてもおめでたいことなの!」
千束の有無を言わせぬ勢いを前に早々とたきなは観念した。いったんスイッチが入った千束を止めるのは並大抵のことではない。もともと長くハワイにいるつもりもなかったので、日本に戻るいい機会でもある、と前向きに考えることとした。望みはかなり薄いが、タイミングが合えばサクラやヒバナにも会えるかもしれない。
そんなわけで、喫茶リコリコハワイ支店は8月一杯で閉店となった。ハワイを出発するのは9月11日、8時間のフライトだが日付変更線をまたぐので到着は9月12日。10日かけて元の場所で喫茶店を復活させる段取りである。もともと東京に戻るつもりだったので、土地と建物自体は維持していたから、比較的短期間で喫茶リコリコは再開できるだろうという算段があった。ちなみに維持の原資はいつぞやの経営危機の時に始めた株式投資の利回りである。厳密にはハッキングで手に入れたインサイダー情報をもとにした
Sept. 11th 10:00 HST*1(Sept. 11th 20:00 UTC)
ホノルル ダニエル・イノウエ国際空港
9月11日、日本へ帰るべく空港に到着した喫茶リコリコ一行。旅にトラブルが付きもの、という言葉があるが彼女たちは早速その洗礼を受けることとなる。
「オーバーブッキング?」
たきながミズキの荷物を代わりに持つ中、『JAPAN AIR SYSTEMS』と書かれたチェックインカウンターでミズキが職員に食って掛かっている。
「大変申し訳ございません。ご搭乗の便にお座席をご用意することができなくなりましたので、お手数ですがお客様方には別の便をご案内させていただきたく…」
「『別の便』っていつの奴?」
千束が若干不機嫌な顔で前に出ながら職員に言う。
「二時間後に出発する同じ羽田行きの便となります。航空会社は異なりますが」
そう言って職員が提示したのは乗る予定だった飛行機の次に羽田へ向かう便。たきなが確認してみると、出発が二時間後な上に航空会社が『AIR NIPPON』となっている。千束がミズキを押しのけて飛行機の内容を確認している。
「まあ、悪くはないんじゃない?ほら、これならいまやレアなジャンボに乗れるし。二時間なら空港で待たせてもらえばいいじゃない」
「そうですね。千束も東京にいたときはダブルブッキングをちょくちょくやってましたし」
「たきなぁ、それ今言うこと?」
たきなの発言にカラカラと笑いながら一行は二時間出発ロビーで待つことを了承したのであった。…これがあんなことになろうとは、この時点ではたきな自身も含めてこの場にいるだれもが予想していなかったのである。
Sept. 11th 14:17 HST(Sept. 12th 00:00 UTC)
ANK 185便 エコノミークラス(ホノルル ダニエル・イノウエ国際空港)
『皆様、こんにちは。この飛行機はエアーニッポン 185便、羽田行きでございます。当機の機長は森永、わたくしは客室を担当いたします山崎でございます。御用がございましたら遠慮なく客室乗務員にお知らせくださいませ。……携帯電話は、機内モードに切り替えるか、電源をお切りください……』
「ミカは携帯の電源を切るのか。機内モードで十分じゃないのか?」
「昔は飛行機が離陸してから着陸するまで電源を切るように言われていたんだ。その時の癖さ」
乗務員のアナウンスが終わると、機体が少しずつ動き始める。喫茶リコリコの日本への家路が始まる。なおすでに約二時間遅れ。この飛行機で東京に帰ることについては飛行機を待つ間に千束が携帯からSNSに書いてしまったため、向こうの常連さんの何人かはこの飛行機に乗っていることを知っているだろうと一行は考えていた。エンジンの風切り音の周波数が少しずつ上がり、機体が前へ押し出される感覚を味わうことしばし、滑走路が見えてくるとまた別のアナウンスが流れる。
『皆様にご案内いたします。当機は間もなく離陸いたします。座席ベルトをしっかりとお締めください。…』
ところどころからカチャカチャとベルトを触っている音が聞こえる。そうこうしているうちに機体が一度止まり、一瞬の静寂に包まれる。そして直後にエンジンの風切り音が一瞬にして轟音になる。同時に乗客は椅子の背もたれに押し付けられ、タイヤのロードノイズが途絶えたと同時に椅子の座面に押し付けられる。千束は自身の左側にある窓から最後のハワイを目に焼き付けている。
現地時間9月11日14:17、飛行機は定刻通りホノルル空港を離陸し、太平洋を西進し始めた。
Sept. 12th 11:00 JST*2(Sept. 12th 02:00 UTC)
Direct Attack 東京支部 第一小会議室
楠木は会議室の上座に座り、スクリーンの映りがパソコンと同期していることを確認する。確認が済んだ頃、三回のノックが扉を叩く。
「失礼いたします。春川フキ以下四名、出頭いたしました」
「入れ」
入ってきたのは春川フキ、乙女サクラ、篝ヒバナ、蛇ノ目エリカの四名。
「フキとサクラは今日は非番だったな。呼び出してすまない」
「私は常に準備ができています」
フキは直立不動のまま楠木に応答する。その様をサクラは微妙に口をへの字に歪めながら横目で見ている。
「…あのクソガキにその忠誠心の一割でもあればな。まあそれはいい、本題に入ろう。急で悪いが君たちに極秘の任務を与える」
楠木はそう言うとパソコンを操作する。スクリーンに現れたのは日本で最も大きく忙しい空港の写真。
「今から6時間後の17:00にアメリカから重要人物が乗った飛行機が羽田空港に着陸することをラジアータが捕捉した。君たちにはこの重要人物を羽田空港内にて確保しDAまで連れて
「素手のみで身柄確保っスか。少し面倒だなぁ。それよりも対象の写真はないんスか?顔が分からなければ流石に降りた客の中から対象を見分けられませんよ」
「写真を確認する必要はない。対象は君たちのよく知る人物だからだ。…フキはさすがに察したか」
サクラの軽口に楠木が即座に返すとフキが眉毛をピクピクと上げる。それを見逃す楠木ではない。
「『錦木千束』と『井ノ上たきな』。ハワイで
そう言うと楠木は会議室を出て行く。残された四人はまず手始めにパソコンにあるデータを順に確認することにした。
Departure:出発
リコリコ13話の後にユナイテッド93を観て衝動的に書き上げました。反省はしていない。
航空会社解説
JAPAN AIR SYSTEMS:日本エアシステム、昔あったJAL、ANAに次ぐ大手航空会社。現在はJALに吸収されている。
AIR NIPPON:かつて地方国内線を取り扱っていたANAの子会社。ANAに吸収されている。