【完結】14時17分、東京行き ~喫茶リコリコがハイジャックに巻き込まれる話 作:フェデラルジオグラフィック
10/12 誤字訂正 感謝
機体内部パートのイメージBGM
https://www.youtube.com/watch?v=Yt4yvGG-3ro
Sept. 12th 16:20 JST(Sept. 12th 07:20 UTC)
ANK 185便 コクピット(日本近海)
自動操縦が機体をコントロールする中、コクピット内は最後の息抜きに入っている。客室乗務員が持ってきたコーヒーとビスケットを口いれる。しかし三人ともほとんど味を感じておらず、ただただ飲み下すだけに終わる。血の匂いを嗅ぎながら飲み物を口に含むことは慣れていても、300名以上の民間人の命を一手に担った状態で食事などしたことはなかったからだ。
『あと30分で羽田空港への進入降下に入る。お手洗いなどは今のうちに済ませておくこと。』
「分かりました」
千束が応えると、カンパニーラジオの相手の口調が変わる。
『これは一つお願いなのですが、進入降下に入ったら、必要な会話以外は慎んでください。着陸時は非常に多くの操作を同時並行で行いますから、着陸のみに集中する必要があります。これを『ステライル・コクピット』と言います』
「了解しました」
『また着陸が難しいと思ったらやり直しがきくことを忘れないでください。燃料が許す限り、機体は飛ぶことができます。方法は教えましたが、やり直しの際は『ゴーアラウンド』と宣言することを忘れないでください』
「了解しました」
『すでに警視庁の特殊部隊が突入準備を終えています。救急隊や周辺の病院も受け入れ態勢を整えています。それと…最悪の場合に備えて東京消防庁や海上保安庁も待機しています。とにかく安全に機体を着陸させてください。着陸さえできれば、あとは地上の要員が対応します』
「…わかりました」
Sept. 12th 16:30 JST(Sept. 12th 07:30 UTC)
東京湾横断道路 川崎人工島(通称:東京湾アクアライン 風の塔)
東京湾アクアラインの海底トンネル。このトンネルは円形に掘られていて一般の自動車が走っているところはその上半分である。下半分は電気配線等の共同溝と緊急時の避難経路と緊急車両の通行路を兼ねた非常用通路となっている。その緊急用通路を二台のバイクが突き進み、海底トンネルのほぼ中央部にある「脱出用階段」の案内看板が掲げられたところで止まる。バイクから降りた二人はヘルメットをはずす。
「司令部、こちらアルファワン…さすがに通じないか」
「先輩、この真上は海水ですよ。通じるわけないっすよ」
「わかってる。だが報告というのは可能な限りやるものだ。緊急通路に待ち伏せが無かったのは幸いだったな」
フキとサクラは軽口をたたきながら背中のバッグから拳銃を取り出し装填する。浮島の非常用通路入り口に入る時点で司令部から「怪しい車が海底トンネルの非常駐車帯に止まっている」ことを知らされていた。車はすでにDAのレッカーが回収に向かっているはずだ。
「準備は?」
地上へとつながる階段への扉に手をかけ、フキが可能な限りの小声で相棒に問いかける。相棒はそれに対してフキの肩を一回だけ叩く。それを合図にフキは可能な限り音を立てないように扉を開け…られなかった。盛大な風切り音がトンネル内に響き渡る。フキは急いで扉を開いて突入する。前、上、敵影なし。サクラが続いて速やかに入り力を入れて扉を閉める。二人は知らなかったが、緊急用通路は道路上で発生した有毒ガスが脱出時に流れ込まないよう常に与圧されているので、扉を開けると一気に通路から外へ風が吹くのである。
「今のでばれたと思うか?」
「半々ってとこっすね。いればですけど」
「急ぐぞ。ついてこい」
非常階段は武骨な金属製。普通に歩けば音が鳴る。それを訓練で培った動きを駆使し最低限の音で上がっていく。銃は常に上を向け、怪しい影がいればいつでも撃てるようにする。階段を上がるたびに湿気と熱が上がっていく。そうやって階段を滑らかに上がること六階分。最上部の扉を開け素早く左右に散る。フキたちの目の前には斜めの天井とそれを支える無数の足場と骨組み。風の塔の本体である換気塔の内部である。そのすべてを自らの網膜でもって短時間でスキャンする。
「右クリア」
「左クリア」
二人は声で情報を共有する。換気塔に吹き付ける海風と換気塔自身が生み出す轟音が多少の声や音をかき消してくれる。まだテロリストはいない。しかし彼女たちは緊張を緩めない。風の塔の換気塔は吸気用と排気用で二つあること、そしておそらく185便を狙うテロリストは外にいるだろうと二人は考えていたからである。
「あそこの扉から外へ出るぞ」
「了解」
フキが静かに扉を開ける。今度は内側に向けて湿った風が吹き込んでくる。東京湾の海風だ。さっきと同じ要領で左右に散り敵情確認。敵影無し。そのままサクラが前、フキが後ろを監視しながら島を時計回りに回る。島を半周し怪しい影に遭遇することなくもう一つの換気塔も検索完了。
「先輩ストップ、ビンゴです」
二つ目の換気塔を検索し残りの半周を確認しようとしたところでサクラがフキを止める。背中合わせのままフキがサクラに問いかける
「数と武器は?」
「二名、SMG持ちとロケットランチャー持ち」
「やれるか?」
「バックアップください」
「わかった」
フキは向きを変えてサクラに並ぶ。目の前にいるのはサブマシンガンともった男と対空ミサイルと思しきランチャーを持った男。二人とも飛行機が来る方向に意識が向いていてこちらには気づいていない。
「サクラ、お前がランチャー、私がSMG、スリーカウント」
「OKっす」
「いくぞ…ワン、ツー、」
スリー、というと同時にフキとサクラは拳銃の引き金を引く。海風が強く銃弾が狙い通り飛ぶか分からないため、二人とも胴体を狙ったうえでマガジンの中にある弾丸を惜しみなく注ぎ込む。体中に穴をあけられた男二人はその場に倒れこむ。フキとサクラはリロードしフキだけ即座に後ろを向く。
「対象クリア」
「後方クリア」
周囲を確認しても二人は拳銃をおろさない。フキが再度向き直ってサクラの横に立つ。
「私が確認する。カバーを頼む」
「了解」
照準を定めたままフキは一歩ずつテロリストの傍らへと向かう。テロリスト二人を軽く蹴って反応を見る。反応なし。すでに絶命していることを確認してサクラに合図を送る。サクラが塔の物陰から駆けてくるまで時間はかからない。
「先輩、どうっすか?」
「見ろ。9K38イグラ、ロシア製の携帯式対空ミサイルだ。こんなもんで狙われたら旅客機なんてひとたまりもないぞ。よくここに気づいたな、サクラ。帰ったら司令に伝えておく」
フキは淡々とした口調で話すが、その口元は笑っている。
「司令部、聞こえるか?こちらアルファワン…地上に上がっても海の真ん中ではさすがに使えないか」
平和で安全、きれいな東京。法治国家日本の首都東京には危険など
Sept. 12th 17:05 JST(Sept. 12th 08:05 UTC)
ANK 185便 コクピット(東京湾)
操縦はコンピュータに任せ千束、たきな、ミズキの三人は着陸準備の最終確認を済ませる。そうして身構えているうちに雲が薄くなってくる。高度計が1200を回ったあたりで地上が見えてくる。
「千束、あれ!」
たきなが前方を見て叫ぶ。そこにあるのは羽田空港の滑走路。右側の海上には大きな巡視船二隻を中心とした船団が、滑走路の左脇に点滅する赤色灯の集団が見える。
「私達だけじゃない…戦っているのは私達だけじゃない…いくよ!」
「はい!」
千束の声にたきなとミズキははっきりと答える。
―――
滑走路がどんどんと近づき地上と会場の様子がはっきりと見えてくる。
―――
ミズキが機内に向けて「
―――
滑走路にある「34R」の表示が操作パネルの陰に隠れる。千束とたきなはは『ゴーアラウンド』を叫びたい気持ちをひたすら抑える。機械音声が高度計の値を読み上げる。
―――
―――
―――
―――
―――
衝撃が機体を震わせる。
たきなは操縦桿を握りしめ機体が滑走路から外れないように支え続ける。
千束はペダルを左右に踏んで前輪を制御する。
ミズキはとっさにスラストリバーサを起動する。進行方向と逆の推力が機体を大きく震わせる。
ミズキは速度計の値を確認しながら滑走路から機体が外れないよう時折外を見る。
「進路そのまま…そのまま…千束、合図したらペダルを思いっきり踏み込んで」
「はい!」
速度計の値が100を割り、やがて70を下回る。
「今!ペダル踏んで!」
「うおおぉぉぉ!」
「はああぁぁぁ!」
ミズキの合図で千束は思い切り両足のペダルを踏みこむ。オートブレーキが切れたことを示す軽いショックを確認してからミズキがスラストリバーサを解除する。それと同時にたきなが千束につられて叫び声をあげる。目の前の滑走路がどんどんと短くなるにつれて機体の振動も増大していき…
機内は静寂に包まれた。
ミズキが顔を見上げると外には「16L」の表示が止まって見えている。コクピット内は三人の荒い息遣いだけが響いている。
「止まっ…た?」
「止まり…ましたね」
「やったぞお!千束!たきな!よくやった!もう一回やるか?」
「ごめんだね」
ミズキが興奮した口調で言った軽口に両手で口を覆いながら千束が反応する。直後にカンパニーラジオが喜びの声を届けてくる。
『185便、いい着陸だったぞ!ハイジャッカーに襲われて散々なフライトだっただろう』
「いえいえ、楽しませてもらいましたよ」
「お、たきなもジョークが言えるようになったねぇ」
コクピット内は三人の笑い声で満ちる。
『いま救助隊が向かうからエンジンを停止する。まずパーキングブレーキをセットするんだ…』
カンパニーラジオからの指示に従いながら、三人はエンジンのシャットダウン手順を開始する。後方からは無数のサイレンが近づいてきていた。
「バックミラーがあれば救助隊の雄姿を拝めるのになぁ」
作業を進めながら千束が一人ごちる。
しばらくして機体にタラップが横付けされ警察が突入しすでに拘束していたハイジャック犯の身柄を確保。正真正銘の「逮捕」なので闇に葬られることはないだろう。二階席では警察と医師が上がってパイロット二名を診察している。残念ながら着陸時点で出血多量で死亡していた。その後警察と消防の誘導の下乗員乗客が降機する。タラップを降りる際に貨物扉前で待機する警察の爆弾処理班をリコリコメンバーは見逃さなかった。おそらく乗客がいなくなってから爆弾を確認するのだろう。
Sept. 12th 17:10 JST(Sept. 12th 08:10 UTC)、ハイジャック発生から5時間40分。エアーニッポン185便は羽田空港に無事着陸し、乗員乗客は無事地上に降り立つことができた。全員生きて、とはいかなかったが。それでも死者は最初に襲われたスカイマーシャル一名と操縦を奪うために殺されたパイロット二名の計三名であった。
Arrival:到着
五話で行けると思っていたんですが、思ったよりも文量が増えてしまい、飛行機から降りた後の話でもう一話だけ続くことになりました。