同年代から退学者が出ると、入学時のバスのなかにタイムリープすることに気づいたのは3回目のループの時だった。
最初はBクラスだったこともあり、クラス内投票で退学者がでず、条件に気づけなかった。だが3回目のループで自暴自棄になりテストで複数赤点を取り、退学が確定した瞬間、また俺はバスのなかにいた。
これだけ情報が出れば馬鹿でもわかる。
舌打ちをしたくなるが、これは受け入れなくてはならない現実だ。同年代から退学者を出し続ける限り、俺は卒業できない。
そして、現在21回目のループ。俺はバスのなかでメモ用紙にとある情報を書きなぐった。
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俺は凡人だ。一之瀬のような並外れた協調性もなければ、神崎のような知性も持っていない。勉強に関して言えば、十回ものループでそれなりにはなったが、俺には何よりも天才になるための要素が足りていない。発想だ。例え何度ループしてもこの発想という分野では天才に勝てない。
しかし、同年代から退学者を出さないという目標を達成する上で、天才を出し抜くことは必要不可欠だ。
俺の武器はたった一つのみ。あの頭のおかしくなりそうな20回のループで培った情報だけだ。
エントランスで目的の人物を発見する。音を殺して近寄り、声をかける。
「すみません、これ、落としましたよ」
「え、あ、ありが──え」
メモ用紙の内容をよく見えるように、差し出す。予想通り、驚愕の表情を浮かべた。
同学年からの退学者を防ぐ。これを実行する上で何よりも大切なのは、各クラスへどれほど介入できるかにかかっている。そのためにはそのクラスで一定の影響力が認められる人物を駒にするしかない。
「それじゃ、またな──
──いじめについて知っている。放課後になったら校舎裏に来い。
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俺が軽井沢の情報を知ったのはたまたまだった。5回目のループで船上試験のヒントがないか探していた時に、怪しい素振りをしていた真鍋のあとをつけ、衝撃の光景を発見した。
真鍋たちに虐められている軽井沢。
女王様といった印象の軽井沢が、虐められっ子でそれを誰にも知られたくないと思ってること。そのために平田の彼氏になったこと。──そして、綾小路という存在の認知。これはDクラスへの武器になる。
「来たな」
「──な、何の用よ」
軽井沢は警戒したような表情をしている。向こうからしても予想外だっただろう。だが安心してほしい。これから話すことは軽井沢からしても悪くない取引になるだろう。
「プライベートポイントについてはもう聞いたな?」
「毎月10万ポイント貰えるって話でしょ。それがどうしたの」
「今から言ったことをスマホにでもメモしてくれ」
それから俺は、クラスポイントのこと、10万ポイントが変動すること、授業態度が影響すること、これからクラス間での争いが始まること、その他必要だと思ったことを解説していった。
「お前にはクラスの参謀になり、俺に協力して貰う。断れば、お前の秘密をばらまく……安心しろ。お前が言うことを聞いている間は秘密はばらまかない」
ばらす旨味もない。なんならばらして退学されたらそれこそだ。
「いやいや、意味わかんない……!秘密をばらまかないっていう根拠は? てか今の話て本当なの?」
やはり軽井沢は胆が座っている。虐められっ子から女王になれたことから分かっていたが、この場でも強気の姿勢を崩さないのは感嘆に値する。
「前者については書面に残すつもりだ。秘密をばらせば、俺が退学するなんて条件にすれば十分だろ。だがどっちにしてもお前は断れないだろ? それにこれにはメリットもある。お前がクラスのためになる情報を発信すれば、自ずとクラス内での地位が向上する。それはお前からしても悪くないだろ。
後者については、悪いがソースは明かせない。だが一月もたてばわかる」
書面まで出せば本気で軽井沢の秘密を吹聴する気がないのが分かって貰えるはずだ。加えて、クラス内での地位の向上は悪くない提案になるだろう。
それからいくつか質疑を繰り返した結果。
「あーもう……分からないことは一杯あるけど、秘密をばらさないって書面に残してくれるなら取引には協力する」
軽井沢と協力関係を取り付けることに成功した。これで最低条件の一つはクリアだ。
「けど、ここまでして何が目的なの?」
その答えは既に出ている。
「退学者を出さない。それだけだ」
これさえ果たせばあとはどうなっても構わない。俺はこの地獄から脱け出したいだけなのだ。
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あれから、俺の存在を仄めかすことを禁止し、軽井沢を解放した。ただし平田にのみ俺のことを話すことを許可する。
これで完璧とは言えないがDクラスをコントロールできる。軽井沢は情報をクラスに広めるために平田を使うはず。平田なら情報さえあればまとめることも出来るだろう。
綾小路というブラックボックスこそあるが、綾小路は基本的に表だって動くことをしない。須藤などの存在もあるから900cpは無理でも、500cp近くは残せるだろう。
──8000万pp
これだけ集められたら、俺はこの地獄から解放される。握る手に力が入る。
──駄目だ、焦るな。
冷静さを失って達成できる目標ではない。大丈夫だ。今度こそ出来る。俺なら出来る。
部屋に戻り、メモ用紙にこれまで何度も諳じた20近くの連絡先を忘れない内に書き写していく。この連絡先はかつてのループで得たものだ。その内の一つにこの学校について俺が知ってる秘密を全て書き込み、最後に『信じられないなら秘密裏に先輩に確認を取れ。きっと答えられないと言うがな』と一文付け加える。
ただの一般生徒なら迷惑メールだと断じて最後まで読まないだろうし、例え読んでもわざわざ先輩に確認なんて取らないだろう。
だが、あの慎重な男なら万が一を考えて行動してみせる。
──ふむ、随分と辛そうな表情をしているな。
AクラスでありながらBクラスの俺に声をかけてくる甘い男。クラス内から退学者が出るかもしれないと知れば動かないはずがないだろう。
「お前はそういう男だよな──葛城」
俺は過去のループからお前が人情に篤い人間だと知っている。そんなお前を今から利用する。お前に情報を与え、クラスのトップを維持させる。攻撃的な坂柳がリーダーだと困るんだ。
それから少し経ち、葛城から返信が届いた。
『情報提供感謝する。ポイントを払うことで正確な情報を得れた。だが、お前は何者だ?』
何者、か。俺はいったい何者なのだろうか。不思議だ。同じ時間を何度も繰り返す俺は最初のループの俺と同じ存在なのだろうか。俺はもう最初の俺を思い出せない。ただ、心は磨耗し、それに比例するように思考から無駄は消え去っていく。
……思考が脱線した。返信しなければ。
『正体を明かすつもりはない。だがこれからも継続的に情報を提供する。情報が信用できないなら今回のように先輩方の力を借りるといい』
『目的はなんだ?』
『退学者を一人も出さない。そのためにもお前にはクラスを牽引してポイントを貯めて貰う。これ以上の質問は受け付けない』
そう打ちきり、スマホの電源を落とした。
これでAクラスにも干渉できる余地が生まれた。葛城が成果を出し続ける限り坂柳は表にでない。あの攻撃性もクラスを完全に支配下におけなければ、たかが知れている。
ベッドで横になりながらこれからを考える。
AとDはこれでパイプを通した。Cクラスは現状では何も手を出せない。あそこには龍園の対抗馬になりえる生徒はいない。
だが、龍園を放置するのはさすがに不味い。あいつを自由にさせるとちょっとしたことで退学者が出かねない。ただでさえ過去改変によるバタフライエフェクトなんかも考慮しないといけないのだ。
時期がくれば綾小路が龍園を何とかする。それまで待つべきか? だが、綾小路の思想は未だに分かっていない。何を目的に実力を隠しているのか。どれだけの実力があるのか。そんな存在に先を委ねて思考を停止していいのか。いや、こんな思考は意味がない。常に全力を尽くせ。それでやっと天才たちのステージを見れる。
なら、あえて龍園に綾小路の存在を勘づかせて、リソースを綾小路に割かせられないか? ばれたら終わりだが、ばれない限りは綾小路の存在を常に考える必要がある。悪くない。綾小路が龍園の処理を前倒しにしてくれたら最高だ。
なら次はどういった内容を送るか……何度か接触はしたが、結局この学校についてどれだけ理解できているのかは分かっていない。できるだけ挑発的な内容がいい。ふっと浮かんだ文章を打ち込む。
──お前は綾小路清隆に勝てない。
最初は無視するだろうが、この学校の本質を知ればこの言葉にも何かしらの意味を感じ、最終的には綾小路を探し出すはず。成功する保証もないがそもそも確証なんて得られるはずもない。毒をのむ覚悟で龍園に送信する。
Bクラスも、基本的には放置でいい。だが、成果を出すことで、ある程度の発言権を得る必要はある。そのためにも人付き合いも行い、地位を得なくてはならない。
……自分の考えに吐き気がする。どの立場でこんなこと考えてんだ。打算的になんでも考えて。何が地位を得るだ。気持ち悪い。
今の俺はBクラスに相応しくない。
鏡の前に移動する。ひどい顔だった。口角を無理矢理あげる。過去の記憶をかき集め、過去の俺を再現する。
「そろそろか」
一之瀬主催のカラオケ。もうあまり時間に余裕はない。俺は一度、鏡の前で笑い、カラオケへ向かった。
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「それじゃあ、かんぱーい!」
一之瀬の乾杯の言葉にクラス全員が乾杯と返す。それからあっという間に大部屋は喧騒に包まれた。
クラスメイトと何度も繰り返した自己紹介を繰り返す。
ふと、虚しくなった。
俺は彼らを知っている。彼らがいかに優しい存在なのか。俺が度重なるループで心が折れかけていた時だって助けてくれた。それを知っているのはこの世界では俺だけなのだ。
もし、今回も失敗したらみんなは俺を忘れるだろう。一年という掛け替えのない時間を共に過ごした友が、俺のことを忘れる。
だんだんと心が麻痺していくのを感じる。これが続いたら俺はクラスメイトを道具としか見なくなるのではないか。そんな不安が押し寄せてくる。
──神がいるなら、何を思って俺をこの地獄に放り込んだのだろう。
分かるはずがない。分かりたくもない。こんな問いは無意味だ。
俺に出来るのは折れないことだけ。心を強く持て、何を犠牲にしてもいち早く俺はこの地獄から脱け出す。
そのためにも、地盤を整えなくちゃな。
「あ、一之瀬。ちょっと相談したいことがあるんだけどさ」
不思議そうな一之瀬。そんな一之瀬にポイントが変動する可能性について話した。この際に声は周囲に聞こえる程度を意識する。一之瀬は下を向いて考え込んでいる。やがて納得がいったのか、顔を上げた。
「確かに、となると変動の条件は授業の態度やテストの結果なんかだね。それなら評価もつけられるし」
よし。これで一之瀬の中で俺の存在は印象に残っただろう。これならクラスでの影響力も持てる。
──ふと、思う。今の俺は一之瀬を道具として見ていなかったか、と。
「よく気づいたね」
「まぁ、直感、みたいなもんだよ。他にも気づいたことがあったら伝えたいからさ、連絡先交換しとかない?」
「うん、いいよ」
一之瀬と連絡先を交換する。
最近、自分の考えがよく分からなくなる。俺はクラスメイトを犠牲にしたくないと本当に思ってるのだろうか。もう俺はとっくにおかしくなっているのでは。
それでも、分からないまま俺は進む。もう、止まることはできない。
「──
これは、俺がこの
続きません。