Aクラス 990
Bクラス 910
Cクラス 540
Dクラス 530
及第点だ。それがこの結果を見て始めに思ったことだった。
これ以上のポイントの増加は実質不可能だろう。あとはこれを維持しつつ、プライベートポイントを使わせないことに注力する。
「あ、前回の小テストの結果も貼り出しておくからね。平均点は学年で二位。快挙だよーぱちぱち」
貼り出された順位にクラスがざわめく。
──1位 柴田颯 100点
Bクラスは優秀だ。それゆえにあの小テストで満点を取ることの難易度を分かっている。
「はえーすごいね柴田君!」
となりの席の安藤紗代が話しかけてくる。すごいとは言ってるが安藤も最後の3問題以外は解けている。
思えば、安藤とはタイミングの違いはあれど、毎回会話をしている気がする。
「いや、ちょっと前に似たような問題を見てさ、それで偶然解けただけだって」
良くない。無駄な思考をシャットアウトする。ここで調子には乗らない。親しみやすくかつ、謙虚さもアピールしておく。こうすることで一之瀬に集まる人望を少しでも削ぐ。
俺がクラスで意見を通す際に必要なのは一之瀬と対等であることだ。一之瀬に人望が集まりすぎると無理が出来ない。
先生がクラスポイントの解説を終えると、一之瀬は早速行動に移してきた。
「皆、今後の学校生活について話し合いたいから、放課後に残れる人は残ってくれる? あ、もちろん強制じゃないからね」
この後の流れは、一之瀬がポイントを一点に集中させる銀行形式を打ち立て、それが成立。加えて、クラス内での役員を決めたり、勉強会を始めたりする。
さて、俺はどうしたものか。
「あのさ柴田君。お願いがあるんだけどさ」
「ん、どうした安藤?」
「急で悪いんだけどさ、連絡先を交換してほしいんだよね」
珍しいというか、過去にはこんなことはなかった。明確な過去改変の影響に緊張が走る。
「いいけど、急に改まってどうしたんだよ?」
スマホを取り出し、連絡先を表示しながら訪ねてみる。安藤さんは連絡先を打ち込みながら答える。
「いや、あたしこの後部活にいきたくてさ。けどクラスの方針? みたいなのは把握しておきたいからどうしようかなって考えて、それで柴田君に聞けばいいじゃんって気づいたんだよね」
快活に笑う安藤の様子に困惑する。確かに俺は今回今までにないほど大胆に行動している。だが何が今回の変化をもたらしたのだろう?
もしかしなくとも、これがバタフライエフェクトというやつか。
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「それじゃあ、クラス内での役職や方針も決めたし、私からは以上。皆ありがとうね」
一之瀬が頭を下げ、周りは拍手で応えた。こんな雰囲気を図らずとも作れるBクラスはやはりすごい。
さて、そろそろか。
時計を見て、今後の流れをシミュレーションする。
クラスの空気が緩み始めた時、それは来た。
ノックの音。扉を開いた先には──平田と軽井沢がいた。
「──急に来てごめん。君たちのリーダーと話をさせてくれないか?」
目的を開示した平田の前に一之瀬が立つ。
「えっと私がこのクラスの代表、みたいな立場で一之瀬帆波って言います。宜しくね」
「ああ、よろしく……早速だけど、内容に移るよ」
平田は一之瀬の握手に応えながらも、強引に話を進める。
「僕たちDクラスは君たちBクラスと同盟を結びたい」
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平田の同盟の内容とは簡単に言ってしまえば次の通りだ。
DクラスとBクラスは互いに退学者を阻止する場合に限り、ポイントを支援し合う。
「前提として、退学をポイントで取り消せるっていう話は知っているかい?」
「んー、2000万ppのことなら知ってるよ」
退学の取り消し方法については星之宮先生に質問して、クラス内に広めてある。
「流石に話が早いね。Dクラスは退学者を出さないことを第一に行動したい。あくまでそういう事態に陥った際に取れる手段を増やしておきたいというわけなんだけど、
あ、もちろん、書面として残すわけでもないから拘束力はないよ」
「……皆はどう思う。私としては悪くないと思っているんだけど」
一之瀬が周囲に確認を取る。全体的には賛成に傾いているようだ。実際、強制力のないこの同盟は結んだ際のデメリットが存在しない。もちろんこの同盟を頼りに行動したら問題だがそんなことはBクラスにはあり得ない。
つまるところ、結ばない理由がないのだ。
その後、詳細を詰めてゆき、同盟は結ばれた。
このBDの同盟は平田の存在があってこそ成り立つ。平田なら軽井沢から退学者を出さないための策があると聞けば迷いなく実践する。
クラス全体としてBとDを結びつけられた。これで多少はBクラスの俺がDクラスに顔を出しても違和感のない状況が完成した。
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その日の夜。俺は電話で安藤にクラスでの決定事項やBDクラス同盟について説明していた。
「ほえー、Dクラスって随分とアグレッシブなんだね」
「まあ、確かにな」
安藤の言葉に同意を返しておく。
以前のループにおいてもBとDの同盟は締結されている。今回変わったのはタイミングと持ちかけた側だけ。
Dクラスには問題が多すぎる。その最たる例である綾小路清隆。彼にどのように干渉するかが今後の鍵になるだろう。
そう考えをまとめて、次の安藤の言葉に脳みそが殴られたような錯覚を覚えた。
「てか話は変わるんだけどさ、柴田君は何か部活はするつもりはないの?」
「──今のところはない、かな」
少しだけ声が上ずったのを自覚する。
「そっかー、柴田君水泳の時に良いからだしてたから何か運動でもするつもりなんだと思ってたよ。あの筋肉のつきかたは一朝一夕で出来るものじゃないからね」
「──そっか」
「ごめんね、急に」
思えば、サッカーボールに触れなくなって何年が経ったんだろう。
──もう、思い出せなかった。
例えば、例えばだ。もしこの地獄から俺が解放された時、俺には何が残るのだろう。
ゾクリと鳥肌が立つ。
駄目だ。考えるな。それは意味のない仮定だ。
「あ、ごめん。今から用事があって、そろそろ切るね」
「分かった」
装飾の何一つない部屋にツーと通話の切れた音だけが響いた。
*************************
その日、Cクラスを除く全てのクラスに中間テストの過去問が配布された。Aクラスは葛城、Dクラスは平田、Bクラスは、俺が。
そして迎えた中間テストの結果発表。
俺たちBクラスは学年2位だった。1位はAクラス。最下位は当然Cクラス。その結果、クラス変動が発生する。
Aクラス 1089
Bクラス 1000
Cクラス 619
Dクラス 615
DクラスはCクラスに、CクラスはDクラスに変動。CクラスはBクラスとの合同勉強会が影響してか、以前のループに比べてポイントの上がり幅が微かに増えていた。
「お、綾小路。調子はどうだ?」
「綾小路君、こんにちは」
「……柴田と一之瀬か。別に普通だぞ」
現在俺はDクラスに来ている。あの平田の襲来からこまめに来た甲斐もあってDクラスでは俺が来ていることを疑問視する生徒はいなくなった。
その際に虎穴に入らずんば虎子を得ずの心意気で綾小路と接触したが、何ら特徴がない。ループの記憶がなければ印象にさえ残らないだろう。やはり、綾小路の実力は未知数だ。
「一之瀬さんと柴田君、待たせてごめん」
そんな風に綾小路を再評価していると、平田がやっと戻ってくる。今回の俺たちは平田に呼び出されてきたのだ。
「大丈夫だよ。それよりも、須藤君の件だよね」
「……もう知っているんだね」
一之瀬には事前に伝えてある。無駄な手順を踏むつもりはない。
須藤による暴行事件。いや、正確にはCクラスによる暴行事件偽装。
俺が今回の件で手を打つ必要は何一つない。綾小路とBクラスによる作戦勝ちで事件は終息する。
龍園に送ったメールで何かしらの変化は起きるかもしれないが、大筋は変わらないはずだ。
──その数日後、須藤の暴力事件は記憶通りの結末を迎えた。
*************************
「──で、お前達は俺の命令に逆らい、裁判を取り消したのか」
放課後の教室。Cクラスの王である龍園は傲岸不遜に石崎らを問い詰めていた。
「す、すみません!」
「どうやら、まだ恐怖が足りなかったようだな。
……まぁ、今はいい。綾小路清隆は確かにいたんだな?」
「は、はい!」
龍園の頭によぎるのは入学してすぐに届いた気味の悪いメール。
「……綾小路か、偶然、のわけがねぇ」
今回のCクラスへの対応は綾小路が手を尽くした結果。そう考えると何もかもが繋がる。
Dクラスを影で支配する強者の気配に胸がざわつく。
龍園はメールの主を一旦放置することを決めた。メールの主は綾小路を料理し終えたら、またじっくりと探す。
「……綾小路をつつくか」
獰猛な顔で笑う龍園。未知の強者への期待が龍園の退屈な学園を彩るスパイスとなる。
「綾小路、簡単にくたばってくれるなよ」
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無事、須藤暴力事件を終わらせ、束の間の平穏が戻ってきた。
今までならこの時間も各クラスの調査に使用していた。しかし、今は調べたいこともなくすることがない。
「……こういった時、俺は何をしてたんだろうな」
そう考えた瞬間、久しぶりにサッカーボールに触れたくなった。部活には時間を制限されるという理由から入ってないが、サッカーボールくらいならショッピングモールにあるはずだ。
久しぶりにサッカーが出来ると思うと少しワクワクした。
その勢いで放課後、俺は一人でショッピングモールに来ていた。気が急いて早足でスポーツ商品店に向かう。
冷房の効いた店内に入り、サッカー関連の売場に到着する。サッカーボールは4000ppほどだった。
サッカーボールを取ろうとして、ふと思い至る。
──このサッカーボールに4000ppの価値があるのか。
最後にこの4000ppに泣かされることはないのか? たかが4000pp、されど4000ppなのだ。
例えばこのループが失敗したとして、このループと全く同じ動きを踏襲できる保証なんてない。大まかな流れは覚えていたとしても細かい日付や時間は忘れてしまう。このループは失敗したら終わりなんだ。
それに、このサッカーボールを買ったら俺の弱さを証明してしまう。この先も心の安寧を求めてチャンスを棒に振るかもしれない。
サッカー部に借りるか? いや駄目だ。こんな甘えた気持ちで彼らの邪魔をしたくない。
……買うのはやめておこう。せっかくここまでいい調子なんだ。少しでも可能性は減らしておいた方がいい。
そう思い込もうとして、立ち去ろうとして──声が聞こえた。
「あれ? 柴田君じゃん。どしたのこんなとこで?」
「……安藤?」
俺に声をかけたのは、安藤だった。
「へー、サッカーボール見てたんだ。買わないの?」
「……買おうかなって、思ったんだけど……ほら! ポイントってこの先でも大切だろ? だから、無駄なことに使うのは止めとくよ」
柴田颯を演じきれただろうか。とっさで声が少し震えた気がする。
安藤がじっと俺を見ていた。違和感を覚えたのかもしれない。早くこの場から去らなくては。今までのことが無駄になってしまう。そんな俺の澱んだ思考の池に、
「──ねぇ、ちょっとだけ付き合ってよ」
安藤は笑いながら石を投げ入れた。
続きませんわよ