夏休み。船上試験を終えた俺たちは、プールに来ていた。
そして、
「柴田君! ボールそっちいった!」
「まかしと、け!」
Bクラスとビーチバレーに励んでいた。
こうなった原因を説明するには、昨日まで遡る必要がある。
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「プールに来ないか?」
安藤がサッカーだけではつまらないと、バスケの1on1で戦い、最近始めた訓練のおかげもあり、俺の勝利で終らせ、ベンチで休憩しているときのことだった。
「そうそう、柴田君誘われても適当なこといって断っちゃいそうだから、釘刺しておこうかなって」
図星であった。
俺は船上試験でAクラスが優待者だと知りながら、わざと優待者ではない適当な人物を優待者だと指定することでAクラスにポイントを与えた。
龍園の凄まじいところは、優待者の法則を見つけた頭の回転の早さもあるが、クラスを完全に支配下に置いていることだと俺は思っている。
俺は優待者の法則を過去のループから知っている。だが、それに説得力を持たして説明することは出来ない。クラスの3人の優待者だけでは確証がないからだ。
俺にはどうやっても龍園の策を止めることはできなかった。よって次善策として、BクラスのポイントをAクラスに渡すことでAクラスの完全敗北を防いだ。それでも焼け石に水程度だろうが、ないよりはましだ。
あのあと、Bクラスには俺の早とちりだったと説明し、謝罪した。
Bクラスは許してくれたが、どんなに取り繕っても俺がBクラスを裏切ったのは事実だ。どの面を下げて会えというのか。
「もしかして、船上試験でミスしちゃったことを悔やんでいるの? そんなこと言ったら私だって竜グループにいながら何も出来なかったよ」
複雑な表情をしている俺を励まそうとしているのだろう。その優しさが心に響く。
すると、安藤が真剣な顔つきでこちらを見ていた。
「……柴田君はさ、難しく考えすぎだよ」
「──」
そう言う安藤の顔は、驚くほど、慈愛に満ちていた。
「頑張る時は頑張る。遊ぶ時は遊ぶ。それでいいじゃん。頑張りすぎても、苦しいだけだよ」
その言葉には重みがあった。
安藤にだって色々とあったのだろう。何もない人間なんていない。安藤だって、誰だって、バックボーンさえ存在しない物語の脇役ではないのだ。
そうだなと一言言えば、それで終わりだ。安藤だって深入りされたくないだろう。
「……聞いていいか」
安藤が意外そうな目をする。
俺は安藤の過去を知りたくなってしまった。余計なものだとは、十分分かっている。それでも、知りたいのだ。
「明日のプールに来るって約束してくれたらいいよ」
「約束する」
「……即決かー」
夕日に照らされてか、安藤の顔が赤く染まった。
安藤は面白い話じゃないと前置きしながら、語ってくれた。
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私さ、中学でもバレーボールやってたんだよ。そんで自分でいうのもなんだけど、結構上手だったと思う。こう、この高い身長を活かして甘いブロックなら上から叩き潰せた。
県の選抜メンバーとかにも選ばれたし、大会で優勝することも普通にあったわけ。
最初は普通に嬉しかったの。中学で始めたバレーで結果が出て、お母さんや先生も喜んでくれてさ。
けど、そうなると、期待がかかってくるの。
みんな口に出したりはしないけど、結果を出すことを当然だと考えるようになって。そしたら私も結果を出そうと他を省みないで頑張った。
頑張って頑張って頑張りつづけて──結局、私の周りには誰もいなかった。
そりゃそうだよ。あのときの私、おかしかったもん。試合に勝つことだけを考えて、心のことなんて見向きもしなかった。
チームメイトのことを道具みたいに考えてたの。いかに効率よく使うか、みたいな。
最後の決勝戦。あと一勝で日本一ってところ──最後の一点は、チームメイトとのお見合いだった。
いろんなものを犠牲にした挙げ句、最後の決勝戦で負けてさ、ほんと、救えないよね。
全部パーになって、やっとおかしいことに気づいた。私は仲間のことを何も知らなかったの。私以外は知ってたのに。私だけ仲間はずれだった。
たぶん、犠牲にしちゃいけないものを犠牲にしちゃったんだよ。
そこからは弾けたようにいろんな人と関わって、友達になって、遊んで。
で、今ではそれなりに頑張ってバレーボールをして、友達と遊んだりしてる
これでおしまい。
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「ね? つまんなかったでしょ?」
「……いや、聞かせてくれてありがとう」
なぜか、安藤の話に心が痛くなった。きっと、目標に対して犠牲にしてきたのが似ていると思ってしまったからだ。違うのは目標が捨てられるかどうかだけ。
「……君がさ、何か頑張っているのは何となくだけど分かるんだよ」
安藤の視線の先には空を駆ける渡り鳥がいた。
「心配なんだ。それがもう半分」
暖かい声だと場違いにも思った。夕日に飾られた横顔に心臓が鼓動をほんの少しだけ、速める。
「私みたいに後悔してほしくない。友達との思い出を大切にしてほしい──だから、無理は禁物、だよね」
そうして、振り向いた安藤の笑顔は凄まじく、魅力的だった。
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「柴田君、となりいいかな?」
「一之瀬? 別にいいぞ」
休憩している俺のとなりに一之瀬は腰かける。
「……こうやって一対一で話すのは久しぶりだね。柴田君、誘われてもいつも断るし」
「悪い悪い、参加したいのはやまやまなんだが、用事があってな」
自然と嘘をつく。自分でいうのも悲しくなるが嘘をつくのがうまくなった気がする。
「……柴田君には色々とお礼を言わないとね」
「なんの話だ?」
「ポイントの減少とか、テストの過去問とか、他にも色々あるよ」
……何かおかしい。
些細な違和感が嫌悪感を誘う。
一之瀬の普段の雰囲気とは何か違う。探るような。
沈黙が支配する。一之瀬にしては珍しい気まずさ。やがて、一之瀬は観念したように問いかけてきた。
「船上試験、ミスなんだよね?」
「ああ、俺のミスだ。完全に早とちりしちまった」
明らかに確信を含んだ問いかけ。とっさに答えたおかげで違和感は持たれなかったと思いたい。
なぜだ。どこからその考えに至った。俺はミスをしたのか?
一之瀬はそ知らぬ顔をする俺をじっと観察するが、一転して笑いだした。
「にゃはは、ごめんごめん。勘違いしてたみたい。忘れてもらえるかな? ……そ、それとさ」
確信する。一之瀬はまだ俺を疑っている。どこからそう考えたのかはまだ分からないが、不安要素は取り除かなければ。
「──っぅ! 柴田君も何か相談したいことがあったら遠慮なく相談してね! そ、それじゃあ!」
「ん? ああ」
どうするBクラスへの貢献度をもう少し増やすか? 今のAクラスなら多少Bクラスが勢いをつけても捌けるだろう。
俺は女子の元へ走り去る一之瀬を見ながら、思考の海を潜ろうとし、
「ていや」
「いてっ」
安藤に頭を叩かれた。安藤は不満そうな顔をしている。
「遊ぶ時は遊ぶ、だよ」
「──すまん」
「じゃあ、コートに戻ろうか」
考えるのを止める。今は、この掛け替えのない時間を楽しもう。いつか、今日のことを笑って話せるように。
「──いい顔してるじゃん」
お前のおかげだ。
恥ずかしくて面とは言えないけど、ありがとう。お前には何度も救われた。叶うなら、いつか、全部ハッピーエンドで終ったなら、その時は──
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体育祭の要項。
【基本ルール】
・全学年のAクラスとDクラスを赤組、BクラスとCクラスを白組として分類、競技の結果に応じたポイントで競い合う。
・ただし、A~Dクラスの順位もつけられ、順位に応じてクラスポイントに変動がある。
→1位:+50、2位:±0、3位:-50、4位:-100
・もっとも優秀な成績を残したものには、10万ppを与える。
【ペナルティ】
・各学年の総合点でワースト10位以内に入ってしまった生徒には、次回中間テストで-10点
・反則行為が発覚した場合、失格・および退場を余儀なくされる。
星之宮先生の気だるげな説明を聞きながら、今回することを再確認する。
といっても今回はシンプルだ。全力で取り組んで最良の結果を出す。そのために体育祭に合わせて体を調整してきたのだ。
体育祭ではどんなに頑張ろうと学年単位でのクラスポイントの増加はあり得ない。もちろん各競技で一位ならポイントを得られたりするが、不特定多数に与えられたポイントをコントロールすることは不可能だ。
俺が今回狙うのは一番最後の10万pp。須藤がいた場合は狙うことが出来ないが今は龍園の策もあり、十分狙える。
ここで明確な成果を出すことで一之瀬の追求を退ける。
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「じゃあ、体育祭で皆が出る競技を決めてこう。司会は私、記録は神崎君にお願いするね」
放課後。どのクラスも体育祭について詳細を話し合っているだろう。それはBクラスも例外ではない。
「すまん一之瀬、最初に俺から一個だけいいか?」
無駄に議論を重ねて、時間を浪費するつもりはない。
「もちろんいいよ」
一之瀬の承認も得た。まず俺は席を立ち、頭を下げる。
「まずは、船上試験について謝らせてくれ──すまん! 俺のミスでBクラスのポイントを減らしちまった」
Bクラスは最初、呆気にとられたような表情をしていたが、厳しい言葉を掛けてくるものはいなかった。
「……柴田。お前を責めるやつなんてBクラスにはいないぞ」
「そうだよ、柴田君!」
神崎と一之瀬の言うとおり、Bクラスは俺のミスを責めるつもりは更々ないだろう。
「それでもさ、俺のミスでBクラスのポイントを減らしてしまったのは事実だろ? だから、罪滅ぼしとして、体育祭では俺を全ての推薦競技で俺を出してくれ。
最優秀成績賞を取ることで、罪滅ぼしにしたい。もちろん、これで得たポイントは全員に分配するつもりだ」
「……そんなに気にやむ必要はないんだけどな。みんな気にしてないと思うし」
「ああ、それに推薦競技を全て出るとなると、柴田にかかる負荷は相当なものになるぞ」
「頼む。やらせてくれ。じゃないと俺はお前たちと面と向かって笑いあえない」
もう一度、頭を深く下げる。
「……私はいいと思ってるんだけど、皆は反対意見あるかな?」
一之瀬の賛成。それは実質的なBクラス全体の賛成を表していた。
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「頑張ってるね。柴田君」
安藤は走り込みをしている俺にスポーツドリンクを投げ渡してきた。
「お、せんきゅ」
ちょうど喉が渇いていたのだ。感謝しながら流し込む。
「……楽しそうだね」
「ああ──こんなに楽しい体育祭は、本当に久しぶりだ」
今の言葉は本当に心の底から言えた気がする。
俺は度重なるループで体を動かす楽しさを忘れていた。それが戻ってくるのを感じる。
「そっか……ん? 久しぶり?」
「……ちょっと表現間違えたな」
少し油断していたな。
ふと、どうしようもない疑問が湧いた。
──安藤は俺が何度もこの一年を繰り返していることを信じてくれるだろうか。
信じてくれるはずがない。考慮にすら値しない。
だが、心のどこかで安藤なら信じてくれるのではと思っている。
太陽のような安藤。心臓がずきりと、少しだけ痛んだ。
縺、縺・縺阪∪縺帙s