勝利のBoundary   作:てすん†G.NOH

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勝利のBoundary(バウンダリー) ジュニア編


♞ 砂上の頑固者 ♞

 前が誰だろうと関係ない。

 ただ全力で抜き去るだけだ。

 ここがダートである限り、誰も逃しはしない——

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うぅー、寒っ。今日は一段と冷えるなぁ」

 

 暦の上ではもう春だというのに、東京はまだ肌寒い日が続いていた。この日、牧場(まきば)は休日ということもあり、気分転換も兼ね街を散策していたのだが陽気のせいで気晴らしもできず。結局、トレセン学園のグラウンドで走るウマ娘たちを眺める形に落ち着いてしまった。

 彼が現在抱えている育成ウマ娘はおらず、ピンと来るウマ娘を探そうと自主トレーニングに励む彼女たちを眺める毎日だった。

 

「とはいえ、俺なんかとトレーナー契約を結ぼうとする子なんかいないよなぁ」

 

 自嘲気味にボヤいた。原因は察しがついている。

 以前抱えていたウマ娘二人をそろってURAファイナルズに導いてやれなかったこと。一人はGⅢすら勝てずもう一人は実力も実績もありながら、シニア級へと進む前にレースを退いた。

 トレーナーとしての評判はそれこそどん底、ウマ娘潰しとさえ噂されている——と本人が思い込むくらいにはひどい実績を残した。事実、何人か見込みのありそうなウマ娘に声をかけてみたものの素気無く断られている。落ち込むのも無理はない。

 

 ——見込みのありそうな、ってのも失礼な言い方か。見込みのないウマ娘なんていない。彼女たちからしてみれば、俺こそ見込みのないトレーナー……おや?

 

 冷たさを運ぶ春の風すら忘れてしまうほど、それはトレーナーの目を惹きつけた。ダートに吹く一陣の熱風。後ろでまとめた鹿毛の髪がなびく。単独での走りだったが、彼の目にはわかった。

 

「力強い脚だな……瞬発力もありそうだ。あんな子いたかな……」

 

 身長は一七〇弱。恵まれた体格をしている。トレーナー仲間の抱える育成ウマ娘たちの中でも、あの顔は見たことがない。

 無意識にポケットの中のストップウォッチを探る。

 

 ——もう一度、もう一度走ってくれ。俺の見間違いではないということを、証明してくれ……!

 

 無責任なその願いが届いたのか、彼女は軽く一周し、もう一度スパートの練習に入った。

 距離目安となるポールを通過、一気に加速する。ぐんぐん前に出る。パサついた砂が、空高く蹴り上げられて舞った。

 そして。

 

「な、なんだこのタイムは……」

 

 日本のダートはその気候上、土が使えず砂となっているためアメリカのダートと比べスピードが伸びないと言われている。求められるのはむしろパワーで、それがダートレースの勝敗を分けるといってもよかった。

 競り合いで失速しないために必要なパワー。彼女は、比類なき力を秘めている。

 

「おおぃ! そこの君ぃ!」

 

 気づいたら走り出していた。我も忘れて思わず大声で呼び止める。今までクヨクヨしていたことが全部吹き飛んでしまうほどの光。そう、彼女は牧場にとって眩い光に等しかった。声をかけずにはいられなかった。

 柵を飛び越え、全力でコースを横切る。幸い他に走っているウマ娘たちは少なく、そもそも大声を上げてかけていくトレーナーの姿に何事かと注意がいく。危険はなかったが好奇の目には晒された。

 しかしそんなものは気にならない。

 

「なぁ、きみ……!」

 

 息を切らせて駆け寄った牧場。三十を過ぎて全力疾走することなんてなかった彼は、早く話したい気持ちも相まって大きくむせた。

 

「……あんた大丈夫か?」

 

 腰に手を当て、呆れ顔で心配される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「だ、だいじょぶ……、それより」

 

 息を整えて。

 

「君の走りを見せてもらった。もしまだ誰とも契約してないんだったら、俺と」

「断る」

 

 食い気味に断られる。

 

「なんでって顔してるけど、あんた牧場さんだろ。有名だぞ、URAに出られなくされるトレーナーだって」

「うぐっ……」

「なんで自分からそんな可能性を閉ざすようなことしなきゃならないんだ。悪いけど、他当たってよ。自主トレのメニュー、まだ残ってるからさ」

 

 翌日。さらに翌日。そしてさらに翌日。

 牧場は諦めなかった。

 

「いや、諦められるかよ。確かに俺は、スフィアとシースをURAに導いてやれなかった。それは俺の未熟さが原因だ。それは認める。でも、君とてっぺんを目指したいこの気持ちを、諦めるわけにはいかない」

 

 熱意に満ちた言葉にうんざりした顔で答える。

 

「……それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しいんだけど」

「聞いたぞ」

「なにを?」

「頑固過ぎてトレーナーのなり手がいないってことをさ」

「……あ?」

「トレーナーがいないとレースに出られないんだから、ここは」

「帰れ」

 

 皆まで言わせず拒絶する。

 

「帰れ。何があってもお前とだけは絶対に契約しない。とっととうせろ」

 

 あまりの剣幕に、牧場はすごすごと引き下がるしかなかった。

 しかし。

 

 ——あいつ、性懲りも無くまた来てんな。しつこい。

 

 牧場は相変わらず走りを見に来ていた。だが、身の程を弁えたのか離れたところから見ているだけで声をかけてくることはなかった。

 

「ま、走りに集中できるならいいや。そのうち来なくなるだろ。他のやつと同じように……」

 

 言葉尻は少し諦めにも似た色が混ざっていた。

 

 

 それから一月ほど経ったある日。

 

「おい」

「うぉっ、なんだ君か。びっくりした。珍しいな、君から話しかけてくるなんて」

 

 この日も相変わらず牧場は走りを見に来ていた。だがある時から何やらノートに書き込みながら見ていたのを彼女も気づいていた。有る事無い事書かれても気持ちが悪いので、釘を刺そうと近寄ったのだが。

 

「何書いてんだよ」

「あっ」

 

 ノートを奪う。

 

「んー? んー……」

 

 所狭しと書かれていたのはタイムだけではない。

 フォーム、各区間のタイムから割り出したスピード、スパートをかけてからトップスピードに乗るまでの時間とその平均値。予想される得意な距離適正。そして課題と思われる部分とその対策案。

 

「君の邪魔する気はないんだ。まぁ、一ファンとしての君の能力の分析と考察、みたいな?」

 

 細かく分析してあるものの、何よりも目を引いたのは次の一文だった。

 

【脚部不安の可能性あり】

 

「これは?」

「ん? ああ、それか。もし間違ってたら聞き流してくれればいいんだけど、もしかしたら脚に微妙な違和感とかあったりしないかな。多分、右の脚首あたりだと思うんだけど」

「……なんでそう思うんだ」

「走りを見てたらなんとなく以前と違う気がしてね。タイムを見てもあまり変化はないようにも思えたんだけどね……」

 

 牧場のいうことは的外れではなかった。痛みはないが違和感がある。自分ですら違和感程度のものを、他人が走りを見ただけで分かるものなのか。

 

「あんたなにものだ?」

「え? 無職のトレーナーだけど」

「はぁ……そういうことじゃない。なんで脚のことがわかったんだ」

「まぁ、そりゃ毎日欠かさず見てるから……って、本当に脚に違和感があるのか⁉︎」

 

 身を乗り出して右脚に擦り寄る。

 

「うわ、やめろバカ気持ち悪い! 三日位前からちょっと違和感みたいなのはあったんだよ。痛みはないんだけど」

「ちょっと脚首を見させてくれ。いいか?」

 

 真面目な顔で懇願するように見てくる牧場に、思わず許可を出す。

 

「変なことするなよ」

「……」

 

 無言で素足に触れていた牧場は、時折「痛くないか?」と聞いてくる。

 

「痛くはないってば」

「そうか。よし。ちょっと待ってろ」

 

 といってケータイを取り出しどこかに電話をかけ始めた。

 

「あ、高松先生? どうもお世話になっております、牧場です」

 

 その姿を横目に靴下を履きなおし、靴に脚を通す。蹄鉄のついたウマ娘専用のレーシングシューズ。雨の日も晴れの日もダートで使い込まれているそれは、洗っても落ちない汚れで所々黒ずんでいる。

 

「よし、今すぐ出かけるぞ。準備してくれ」

「は? でかけるってどこに」

「病院だよ。腕のいい先生が知り合いにいるんだ。悪化する前に治療しちまおう。俺は君のトレーナーじゃないが、これくらいはさせてくれ」

 

 車に乗り二〇分ほどいったところに高松医院はある。大きくはないが、ウマ娘を専門に診ている病院だ。

 病院特有の消毒された臭い。とはいえ、昔と比べれば随分と臭いは減ったものだ。しかし、変な持病を抱えてると言われるんじゃないかという不安は、少女に必要以上のプレッシャーを与えていた。

 ふと、名を呼ばれる。

 

「牧場さん、どうぞ」

「あれ、あんたの名前で受付したのか」

「仕方ないだろ、俺はまだ君の名前教えてもらってないからな」

 

 ——そういえばそうだった。

 

 とはいえ、今自己紹介するのもタイミングが悪い。仕方なく診察室へと入っていく。

 

「久しぶりね、牧場トレーナー」

「お久しぶりです、先生」

 

 高松という医師は女性だった。同性ということで少し安心する。

 

「高松です。あなた、お名前は?」

「ヘリオポーズです」

「へっ」

「へ?」

 

 素っ頓狂な声を出した牧場に思わず聞き返す。

 

「き、君もヘリオ家の娘さんだったのか?」

「まあね」

「牧場トレーナー、あなた自分の担当ウマ娘の名前も知らなかったの?」

「いや、俺は担当トレーナーじゃなくて、いわばただの通りすがりの無職のトレーナーっていうか」

 

 ——トレーナー契約したかったけど断られ続けてでも諦めきれなくてストーカーみたいに毎日走りを見てたとか説明しにくいっての!

 

 胸中で叫び、思わず顔を覆い隠す牧場。

 

「まぁ、いいわ。ではヘリオポーズさん、そっちのベッドの方に座ってくれるかしら? 今から脚を診てみるからね」

「はい」

 

 いくつかの問答がありつつも静かな時間が流れる。ヘリオポーズにとっては高松医師の表情、声音などから安心材料を必死に探す時間でもあった。ウマ娘生命に関わることのない、些細なトラブルであって欲しい。そう思うのは当然のことである。

 

「なるほど」

「先生、何かわかりましたか?」

 

 牧場が尋ねる。

 

「まぁ、今は大事ないけど、このまま放置したら故障につながるわね。屈腱炎になるとそれこそ厄介だから、早めの治療が肝心よ」

「屈腱炎……治療……?」

「大丈夫よ、ヘリオポーズさん。心配しなくてもちゃんとサボらずにここに来て治療すれば、一ヶ月もせずに元に戻るわ。早速今日から始めましょう」

 

 あれよあれよという間に話が進む。

 

「あの、トレーニングは」

「一週間は禁止。その後は様子を見ながら許可を出していくから、デビューしたいならちゃんと守ってね」

「うぅ……」

 

 少なくとも一週間は走るの禁止だ。ヘリオポーズは苦しそうに唸る。

 

「まぁそう落ち込むなって。さっさと治しちまえばメイクデビューまでに調子を整えることは容易いだろうさ。問題は君をちゃんと育てられるトレーナーを見つけることだけど、まぁそこは色々とツテを当たって」

 

 ぐっと服を掴まれ

 

「なんだ?」

「……らない」

 

 目を逸らし消え入りそうな声。

 

「え、悪い。もう一度言ってくれ。よく聞こえなか」

「だから! 他のトレーナーはいらないって言ったんだよ! 二度言わすなばか」

 

 言ってそっぽむく。

 牧場にはそれが照れ隠しというだけでなく、初めに自分が断っておきながら手のひらを返した手前のバツの悪さを感じているのだということがよくわかった。だから茶化さず正面から受け止める。

 

「わかった。俺でよければ、ぜひ手伝わせてくれ」

 

 真っ直ぐに受け止められて少し戸惑うも、差し出された手を握り返しヘリオポーズは応える。

 

「よろしく頼むよ、()()()()()

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