年が明け、ヘリオポーズにとって四年目のシーズン。
この一月には、トレセン学園に通うウマ娘にとって重大なイベントがあった。
それが、URAファイナルズである。
あらゆる距離、あらゆるコースを使い、全てのウマ娘が輝ける場を作る——理事長秋川やよいの思いつきとそのポケットマネーを湯水のように注ぎ込み、多くの人々の協力を得て新設された特別レース。
一月の後半からトーナメント方式で予選レースが開催され、勝利した者だけが準決勝、決勝と次に駒を進められるという過酷なルールだ。
参加条件はいくつかあるが、もっとも基本的なものとしては本格化を迎えたジュニア級から始まる三年間のレースを走りきること。その間の育成目標をクリアしていること。
ヘリオポーズは実績、ファン数共に申し分なく、参加する資格を十分すぎるほど満たしていた。
「ここまで来たら、あとはもう走るだけだ。悔いのないようにな」
「分かってる。行ってくるよ、トレーナー」
思い起こせば、この三年間いろんなことがあった。出会いから躓いていたし、ライバルはとても強かった。
しかし牧場は、初めてその走りを見た時から彼女に魅了されていて、きっとここまで来れると信じていた。
今日の敵は強いだろう。その次の敵はもっと手強いはずだ。だから結果がどうなるかなんてわからない。でもヘリオポーズは彼女に相応しい走りをするだろう。URAファイナルズというのは、言ってみればこの三年間の集大成のようなものなのだ。
ファンファーレが冬枯れの中山レース場に鳴り響く。URAファイナルズ専用のファンファーレだ。
『さぁ、今年もやってまいりました。
一八〇〇メートル、十六人のウマ娘たちで争われるURAファイナルズ、ダート予選。
時代を沸かせた新旧ヒロインたちが、己が得意とする舞台でぶつかり合う真剣勝負、一発勝負のURAファイナルズ。
今年はいったい誰が、その栄冠を手にするのでしょうか。大井レース場、本日バ場は重と発表されています。
三番人気を紹介しましょう。ゴールドティアラ。
二番人気はこの子、アンドゥオール。
そして一番人気、ヘリオポーズです。
気合十分、堂々とした表情です。
各ウマ娘、ゲートインが完了して体勢整いました。
さぁスタートしました!
飛び出したのはテンマドーン。きれいなスタートを切りました。
ダッシュよく行きます。
続いてエアピエール、タイキカンディア、八番タイキヘラクレスがその後ろ。
その外にジーナフォンテン。
ディーエスサンダー、内から並びかけてくる。
その隣、五番ベルモントビーチ。
アンドゥオール、並んでいます。
一番人気ヘリオポーズもこのグループ。期待に応えられるでしょうか。
すぐ隣にはクリームンウェイブ。
ブラウンシャトレーがそれに続きます。
その外からはメインマーメイド。
ピットファイター競りかけていく。
トニージェントがそのうちに続いています。
ゴールドティアラ、最後方からエイシンアプライドといった展開。
もう一度前の方から見てみましょう。
八番タイキヘラクレスが先頭。
少し離れてタイキカンディア、ジーナフォンテンと続く。
一バ身離れて九番エアピエール。
第三コーナーを回ってタイキヘラクレス。まだ粘っています。
後続は届くでしょうか。
おっとここで各ウマ娘仕掛けてきた。
第四コーナーの立ち上がってヘリオポーズ、いい位置につけています。
さぁ最後の直線、追い比べ!
先頭はヘリオポーズ! しかし外からアンドゥオール、先頭に立った!
しかしヘリオポーズも食い下がる!
あと二〇〇メートル!
一気に後続がやってきた!
ここでヘリオポーズ、抜けた! ヘリオポーズ先頭!
二番手はアンドゥオール、しかしゴールドティアラ伸びてくる!
ゴール前!
ヘリオポーズ、ヘリオポーズ!
URAファイナルズ、ダート一八〇〇予選を制したのはヘリオポーズ!』
追い上げてくるゴールドティアラはハナ差で三着。アンドゥオールを四分の三バ身引き離しての勝利だった。
「ご苦労さん」
予選にライブはない。走り終わったあとは替え室でクールダウンしたら帰ることになっている。
「手応えはどうだった?」
汗を拭くヘリオポーズに問いかける。
「やばい。正直やばい」
スポーツドリンクを口にして、思ったことを話した。
「二着、アンドゥオールだったよな? 同い年の。これだけ走れてなんであいつがまだGⅠを勝ってないのかが不思議なくらい仕上がってた。あと一歩で負けてたかもしれない」
アンドゥオールに限らず、他のウマ娘たちの仕上がりも、普段のレースとは比べ物にならない印象だった。実力が拮抗、伯仲していて誰が勝つのかわからない。
「人気なんてあってないようなもんだな、こりゃ。次負けても恨まないでくれよ、トレーナー」
「恨んだりするもんか」
苦笑して答える。しかし、ヘリオポーズがこんなことを言うくらいにはライバルたちが強い。決勝まで進めないことも十分に考えられる。
「決勝はシニア級のレースで顔を見せないようなレジェンドクラスのウマ娘も出てくるだろう。生半可なことじ
ゃ勝てないが——」
「そのレースは来週の準決勝の翌週にある。今更ジタバタしてもどうしようもないってわけだな。今まで積み上げてきたものを信じてぶつかるとして、そろそろ控室から出てってくれ。トレーナー。着替えたい」
ライバル同士が決勝で戦う姿はさぞ盛り上がることだろう。
それは全ての観衆が思っていることだ。
あらゆるライバルたちが、天辺を目指して最高峰の場で戦う。言葉にするのは容易い。しかし、いついかなる時もそんなお膳立てが用意できるわけではないのだ。
ヘリオポーズは、準決勝で負けた。
勝ったのはトーシンブリザード。ヘリオポーズ、アドマイヤドンと共にダートレースを盛り上げた立役者の一人である。
二着にはスターリングローズ、ヘリオポーズは三着だった。
「なんで君はそこにいるんだ」
URAファイナルズ決勝戦、レース前。コースに出ていたアドマイヤドンが最前列で観戦しようとしていたヘリオポーズに近づき、開口一番に言った言葉がそれである。
「いやー、雨だったじゃん? うっかり三着になっちゃったよね」
「私が、今日を、どれだけ楽しみにしていたと思ってるんだ!」
「ごめんな、がっかりさせちまって」
「ほんとだよ、ばかっ!」
吐き捨てるように去っていくアドマイヤドン。牧場は
——一緒に走れないことには怒っても頭を撫でられることには怒らないんだな。
などと思っていた。
そんなやりとりを見て気絶しそうになっている者が一人いる。
——゛と゛う゛と゛い ! 百合、これは百合ですぉぉおおおおおお。レース前になんてものを見せつけられ
てしまったのでしょうか私は、これは死ねと、死ねとおっしゃる? 喜んで死にますぅぅぅあああ。
「どうしたデジタル」
「はっ⁉︎ エンペラーさん、いつの間に」
「……お前、相変わらずなんというか」
「はい」
「変わってんな」
「はい。いや、でもですよ。あんなの見せつけられたら普通耐えられないと思うんですよ。こう、なに? 眩い感じの神々しさ? 尊すぎて死ぬ尊死、みたいな」
「お前の言ってることの1%もわからん」
決勝戦のファンファーレが鳴る。
『時代を築いたウマ娘たちの、頂点を決めるレース。
空も晴れ渡り、良バ場となったこの日。ダートマイルの最強ウマ娘が決定します。
それぞれの思いを載せたウマ娘たち、用意された舞台を駆け抜け頂点に立つのはいったい誰だ!
さぁ、いよいよ発走です!』
最後のゲートが閉じ——
『スタートしました!
各ウマ娘、揃った見事なスタートを切りました。
熾烈な先頭争い。先手を奪うのはどのウマ娘か。
スマートボーイとゴールドアリュール、前に行きます。
さらにはトーホウエンペラー、九番エルコンドルパサー、その後ろ。
その外からオースミジェット、少し離れてタイキシャトルが続いています。
並んで三番アドマイヤドン、その外にトーシンブリザード。
少し開いてクロフネ。アグネスデジタル、前を伺う。
ミスタートウジンがその後ろ。
タイムパラドックス、すぐ後ろ。
少し間が空いてウイングアロー、大きく離れてホクトベガ、エムアイブラン、そしてハギノグレイドはしんがりから。
各ウマ娘、砂煙を上げて駆けていきます。
もう一度先頭に戻りましょう。
十四番スマートボーイ、大きく逃げてレースを引っ張っていく。
スマートボーイ、リードは六バ身くらいあります。まさに一人旅。
先頭で早くも第四コーナーに入っていくが、後続も迫ってきたぞ。
二番手トーホウエンペラー、タイムパラドックス三番手。
エルコンドルパサー、いい位置につけています。
さぁ、最後の直線! 横一線に並んだ! 抜け出すのは誰だ!
先頭は九番エルコンドルパサー!
しかし後続の脚色もいいぞ!
内側からアドマイヤドン、上がってくる!
残り二〇〇メートル!
中からクロフネだ! クロフネが上がってきた!
しかし最内からはアグネスデジタル!
アグネスデジタルだ! アグネスデジタルが先頭!
二番手クロフネも一気に脚を伸ばす!
届くかクロフネ!
逃げるかアグネスデジタル!』
逃げていたエルコンドルパサーは引き離され、アグネスデジタル、クロフネの一騎打ちに。そして。
『アグネスデジタル! アグネスデジタル!
アグネスデジタルがクロフネをねじ伏せた!
アグネスデジタル!
URAファイナルズ決勝を制しました!
今ここに優駿たちの頂点が誕生です!』
優勝はアグネスデジタル。二着にクロフネ。
三着はエルコンドルパサー。
アドマイヤドンは五着だった。
「残念だったな、ドン。むしろ掲示板に入ったことを褒めたほうがいいか?」
ウイニングランに入るアグネスデジタルを横目に、アドマイヤドンは不機嫌そうに朋の労いを聞いていた。
「嫌味か?」
「そんなわけないだろ。タイム見てみろ。一分四四秒七だってさ。去年のチャンピオンズカップの時より五秒早いんだぞ。バケモンだね、あいつら」
走っていたライバルの顔を見やる。彼女たちがそろって自分と同世代の現役だったらと思うと、思わずため息が漏れそうになる。
「それでも。……君がいたら何か変わってたかもしれないな」
「そうだな。わたしが掲示板で、ドンが掲示板外してたくらいの変化はあったかもな」
「準決勝敗退がよく言う」
悪態をつきつつ、二人は笑った。今日の敗北は、二人揃っても手も足も出ないほどの敗北で。悔しさを通り越して笑いしか込み上げてこないのだった。
——まだ先は長い。
「ほら、ライブの準備してこいよ。うまぴょい楽しみにしてっからさ」
「泣くなよ?」
「泣くかよ、あんな歌で」
その夜のライブでヘリオポーズは新たな知見を得た。
——こんな電波ソングで泣く奴がこんなにいるとは……。