勝利のBoundary   作:てすん†G.NOH

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最終章


♞ 勝利の境界(バウンダリー)、栄光への道 ♞

 東京に戻ったヘリオポーズは、温めていた今年の目標をトレーナーと共に公表した。

 スケジュール上、URAファイナルズの出走は回避しなければならないが、交流重賞を含めた国内ダートGⅠ全勝は達成すれば前代未聞の快挙だ。

 芝が主流の国内レース界において、ダートでのスターウマ娘が現れればダートレースの扱いも変わるかもしれない。ダートレース関係者を含めた多くの人たちがその目標とその先の未来に惹かれた。

 その最初の関門である川崎記念。

 一番人気に推され勝利を勝ち取ったヘリオポーズだったが、今年一年ずっとギリギリを争い続ける相手となる留学生シーキングザダイヤとの初対決でもあった。

 そしてこの時から始めたのは、この年の勝利数をレース後に指で表す勝利ポーズだ。これはシンボリルドルフを真似たものである。

 二番目の関門、フェブラリーステークス。

 七番人気だったシーキングザダイヤは、あと一バ身というところまでヘリオポーズを追い詰める。五番人気だったアドマイヤドンは十着。

 三番目の関門、かしわ記念の前にヘリオポーズは再びドバイに挑戦した。ドバイターフを走るヘリオフロガとの遠征だったが、ヘリオフロガは五番人気の五着、ヘリオポーズは二番人気に押されながらも七着と振るわなかった。

 

「ドバイ? あぁ、あれは海外レースだからノーカンだよ、ノーカン。わたしは『国内GⅠ』と言ったはず」

 

 と空港に押しかけたマスコミに答えたのにはアドマイヤドンも笑ってしまった。

 五月のかしわ記念。

 ここではシニア級に上がってきたばかりのメイショウボーラーに苦戦するも、人気を覆し勝利を手にした。四番人気だったアドマイヤドンは七着、これ以後アドマイヤドンは長期の休養に入り、結果引退を決意することになる。

 六月の帝王賞は梅雨のレースとなったが、二着のパーソナルラッシュに五バ身差をつけ快勝。目標の半分を手中に収める。

 四ヶ月近くのインターバルの後、秋のレースはマイルチャンピオンシップ南部杯から。

 ここでも一番人気からの一着。しかし食らいつこうとするシーキングザダイヤの牙はレースを経るごとに鋭くなっていった。

 十月末のJBCクラシック。序盤から飛ばしたヘリオポーズとシーキングザダイヤ。しかし、最後の直線でシーキングザダイヤが力尽き三着、入れ替わるように昨年のURAファイナルズ予選でヘリオポーズと接戦を演じたアンドゥオールが二着となった。

 

 十一月。

 引退を決意はしたものの未練からまだ公表していなかったアドマイヤドンは、気持ちに踏ん切りをつけようとあの時の約束を果たすためにヘリオポーズの元へと訪れていた。

 順調に目標を達成しつつあるヘリオポーズは、やはり今のアドマイヤドンにとっては眩しすぎた。会いたいが会うのが怖い。そう思って既に五ヶ月が過ぎていた。だからせめて、ヘリオポーズの偉業に自分の足跡を載せたい、そのわがままと次のレースのアドバイスを言い訳にして、ようやくこの近くて遠い寮まで会いに来たのである。

 

「そこ、座ってよ」

 

 促されたのでベッドに腰掛ける。

 同室のウマ娘は遠征で不在だったため、比較的気楽に部屋に入ることはできた。だがやはり落ち着かない。

 

「なんか飲む? お茶しかないけど」

「それは選択肢が違うんじゃないか……?」

「あははは」

 

 飲むか飲まないかをそれ以上問うことなく、暖かい緑茶を渡した。

 

「いただきます。あつっ」

 

 両手で湯呑みを持ちながらアドマイヤドンはお茶と格闘している。

 それをゆっくり眺めてから、ヘリオポーズは要件を問うた。

 

「んー、まぁ。要件というか、これ。渡しに」

 

 そう言って小袋に入ったものを手渡す。開けてみると蹄鉄の髪留めだった。

 

「……そうか。うん、わかった」

 

 これを手渡されたことで、アドマイヤドンの決意を理解する。あの時は自分から求めたが、やはりこれの持つ意味は重い。

 

「次のチャンピオンズカップでつけさせてもらうよ。きっと似合っちゃうから惚れるぞ」

 

 ——もう惚れてるよ。

 

 とは口が裂けても言えない。だから静かに笑って受け流す。

 

「これを渡すからには、負けは許さないよ」

 

 いつもいつも軽々しく自分を困らせる相手に、やり返す意味も込めてプレッシャーを与えてみる。もしこれが足を引っ張ることがあったとしても、ヘリオポーズならきっと乗り越えてくれると信じているから。アドマイヤドンのちょっとしたわがままだった。これは、自分だけに許された役得、ないしは特権。

 

「お前の気持ちも乗せて走るんだ。負けるわけがない」

 

 ——ずるい。

 

 そんな返しは想定してなかった。ずるい。本当にずるい。

 

「でも、その耳飾りがあるとぶつかって邪魔そうだね」

 

 ヘリオポーズの耳飾りは太陽を模したもので、一際大きい。これを外したところを見たことがない位、彼女のトレードマークだった。しかしヘリオポーズは

 

「外すから問題ないよ」

 

 とあっさりしたもので、アドマイヤドンの方が狼狽えてしまった。

 

「大事なものなんじゃないのか」

「こいつに比べたら優先度低いよ」

 

 思わず顔を覆う。

 

「どうした?」

 

 ——恥ずかしい。

 

 しかし、恥ずかしがってばかりもいられない。気になるニュースがあるのだ。

 

「ポーズ、今度のチャンピオンズカップ。一人気になる相手がいるんだ」

「おや、もしかしてNTR(ネトラレ)案件かぁ?」

「茶化さないで真面目に聞いてくれ。名前はアフリートアレックス。アメリカのウマ娘だ。まだクラシック級だけど、おそらくとんでもなく強い」

 

 アドマイヤドンは持ってきた資料を広げた。記事のコピーをスクラップしたもの、戦績表。参加したレースと距離とタイムなど。

 

「アメリカでクラシック三冠を達成してる。十三戦十二勝。七月のトレーニング中に骨折したけど、驚異のスピ

ードで回復して来月のチャンピオンズカップにやってくる。復帰戦と侮れないのが、このタイムだ」

 

 と見せられたタイムは、とても怪我が回復して間もないなんてレベルのものではなかった。もし本調子になればもっと速いのだろうと思うと、国内GⅠ全勝のハードルはとても高いものになるであろうことを意識せずにはいられない。

 

「こいつは……やばいな」

「アフリートアレックス、間違いなく次の最大の壁になるはずだ。くれぐれも油断しないで」

 

 懇願にも似た注意喚起。しかし、最愛のライバルがいたからこそ、今のヘリオポーズがある。

 

「ありがと。早速トレーナーと対策を練ってみるよ。生徒会室に掲げてある言葉、なんて言ったっけな。唯一抜きん出て並ぶ者なし、だっけ。そいつを体現するためにさ。頑張るよ」

 

 その日からしばらく、対アフリートアレックスのために牧場は昼夜問わず資料を眺めては唸るを繰り返すこととなる。

 

 ——アフリートアレックス、過去のレースを見るに後ろからのレースでゴール前で恐ろしいまでの末脚を爆発させて差し切るのが勝ちパターンのようだ。チャンピオンズカップの直線は四一一メートル。これは長い部類に入る。先行して逃げ切れるか怪しいもんだが、かと言って同じ土俵で勝てるのか。レース展開含め、細かい想定が必要かもしれない。

 

 あらゆるパターンでシミュレーションを試みる。思考実験の範疇でしかないが、前に出ようが後ろに控えようが、勝ちが見えなかった。見落としているものがないか可能な限りデータを漁る。

 

「はー。奇跡でも起きない限り、こいつぁ厳しいかな」

 

 頭を抱えて冷めたコーヒーを啜る。この展開なら、というような決定的なものはなかった。だが、優位な点がないわけでもない。ヘリオポーズの瞬発力、勝負根性、パワーともに過去最高であり、他の追随を有さないレベルであること。トップスピードもトップレベルではあること。そして何より、知り尽くした地元の砂だという点だ。

 

「日本のダートはアメリカのものと比べてスピードが伸びにくい。突くとしたならその一点……問題はアプローチだなぁ」

 

 追うか、逃げるか。

 

「最後方からの差し脚勝負……、いやまくりか。最終コーナー直前でアフリートアレックスに先手を打てればあるいはそのまま……。これで行くとすればその準備として……」

 

 冬枯れの夜が更けていく。疲労は感じつつも、牧場は湧き上がる充実感を禁じえなかった。あと二勝で偉業に手が届く。次勝てば、北米GⅠ最多勝記録を持つジョンヘンリーの十六勝に並ぶ。東京大賞典に勝てば世界最多のGⅠ十七勝だ。

 

 Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きん出て、並ぶ者なし)

 

 それがもう、手の届くところにある。

 

「こんなウマ娘になるなんて、流石にそこまでは想像もしなかったよ。あの時は」

 

 出会った頃を振り返る。

 

「初めはとても警戒されていたっけな……」

 

 失意の中で見つけた逸材。声を掛けるも素気無く断られ、諦めきれずに離れたところで自主トレーニングを眺めデータを取る日々。脚の不調にいち早く気づいて、半ば強引に高松医師の元へ連れて行ったのが縁でトレーナーとなった。

 

「そういやヘリオポーズが全勝宣言をした時、高松先生泣いてたな」

 

 自分が治療したウマ娘がGⅠで勝つ、ただそれだけでも彼女にとっては感涙する出来事だった。それが、こんなにも高い目標を掲げ、それを手にしようとするところまで力強く走れるようになったことが、ウマ娘専門医として生きてきた高松にとっては言葉に言い表しようのないほどの喜びと感動だったのだ。

 報告がてら病院に挨拶に行った時、話せなくなるくらい号泣してしまってちょっとした騒ぎになるところだった。

 

 ——お前はほんとすごいよ、ポーズ。多くの人の心を動かしてきた最高のウマ娘だ。だからこそ、俺は勝たせてやりたい。次のレースにどんな高い壁が立ち塞がろうとも。あいつが一番なんだって、証明してやりたい。

 

 そのために。

 

「そのために、なんとしてでも練り上げてやる。勝つための道を」

 

 

「というわけで完成させたプランだ。目を通してくれ」

 

 ギリギリまでかかって仕上げたプラン。クリップで止めたA4用紙数枚にまとめられているそれを、レース前日の夜に渡される。

 

「ここはお前が初めてアドマイヤドンに勝った中京レース場だ。名古屋の応援団も来てくれる。強敵を迎え撃つのに、こんなに心強い場所でのレースはないだろう」

 

 ゲン担ぎはあまり気にしないはずのトレーナーが興奮気味に捲し立てるのを見て、一つ訂正する。

 

「ここは、わたしが最後にドンに負けた場所でもあるんだよ?」

「う、ま、まぁ、それはそうだが……不安なのか?」

 

 ——不安? バカなことを聞くなぁ、トレーナーは。

 

 耳飾りの代わりにつけてある髪留めに触れながら、ヘリオポーズは答える。

 

「不安なんかあるわけない。()()()()()()()()()()()()だからこそ、なおさら」

 

 牧場は知らない。今回からつけるようになった蹄鉄型の髪留めの意味を。

 しかし、ヘリオポーズから感じ取れる自信と勇気は嫌というほど伝わっていた。それは闘志。託されたものを背負い、全力で闘う者の持つ闘志。

 

「このプラン、しっかり読んでおくよ。明日早いから、今日はこれで」

「あ、何か質問あったらいつでも」

「信じてるよ、トレーナー」

 

 トレーナーが何日も無理して汲み上げてくれた作戦を信じる。その気持ちが嬉しくてつい。

 

「泣くなってば、もう。トレーナーの泣き顔は汚いんだから、さっさと部屋に戻って寝てくれ。明日寝坊したら置いていくからな!」

 

『さぁ、やって参りました。

 秋のダートGⅠ、チャンピオンズカップ!

 今回ヘリオポーズが勝てば、フェブラリーステークスと合わせて春秋ダート制覇のみならず、世界GⅠ最多勝記録と並びます。

 しかしそのヘリオポーズもなんと二番人気。栄えある一番人気に輝いたのは、アメリカからの刺客アフリートアレックス!』

『人気はこの二人のウマ娘で二分していますね。アフリートアレックスはまだクラシック級ですが、このウマ娘は強いですよ』

『トレーニングでのタイムは怪我からの復帰直後とは思えないほどの仕上がりでした。復帰初戦をこのチャンピオンズカップで飾るのか、それともヘリオポーズが阻止し偉業へ王手をかけるのか、目が離せないレースになりそうです』

 

 アメリカからの参戦にはもう二人いた。キャントンスリックリーとラヴァマンである。キャントンスリックリーはシニア級四年目の古豪、ラヴァマンはシニア級に昇級したばかりの新鋭だ。とくにキャントンスリックリーの方はアジュディミツオーに続いての四番人気に推されていた。とはいえ。やはり注目はアフリートアレックスとヘリオポーズだ。

 それに対し、不満なウマ娘が一人いる。

 

 ——納得できない。自分の人気がこんなものだなんて……!

 

 唇を噛み締めるのはシーキングザダイヤ。五番人気は彼女にとって不本意なものだった。

 

 ——ヘリオポーズを叩き落とすのはこのダイヤだ。それは誰にも譲らない。譲るもんか!

 

 静かに闘志を燃やす。奇しくもシーキングザダイヤはヘリオポーズと同じ五枠。隣同士でのスタートとなる。

 

『ダート一八〇〇メートルで争われるGⅠチャンピオンズカップ、間も無くファンファーレです』

 

 晴れ渡る寒空に高らかに響き渡るファンファーレ。

 十六人のウマ娘たちがゲートへと向かう。

 バ場は良。風もそれほど強くなく、好条件の揃ったレースとなった。

 アフリートアレックスは一枠一番。最内枠から。

 中程五枠九番にヘリオポーズ。その隣に雪辱に燃えるシーキングザダイヤ。

 その隣にはヘリオポーズと同郷のゴルゴンゾーラ。

 三番人気のアジュディミツオーは大外枠となって、ゲートインが完了する。

 刹那の静寂の後、ゲートが開いて勢いよくウマ娘たちが駆け出していった。

 

『スタートしました。

 シーキングザダイヤ、好スタートを切りました。

 激しい先頭争い、キャントンスリックリー、七番ケイアイミリオン、競りかけていきます。

 ロックハードテンは後方から。

 前から見ていきましょう。

 先頭は十番、シーキングザダイヤ。この子がペースを作っていきます。

 続いてケイアイミリオン、その外キャントンスリックリー。

 後ろから十二番モエレトレジャー、ラヴァマン、その内に続きます。

 うちから二番、サンライズキング。外側十五番カネヒキリ。

 その隣、ブルーコンコルド。その内から様子を伺うヒダカラブウエイ。

 後ろにはオリーブアリー。

 一番人気アフリートアレックスがその隣。

 外にはアドマイヤアルセア、並んで十一番ゴルゴンゾーラ。さらに外から十六番アジュディミツオー。

 ヘリオポーズはその後ろ。最後方にロックハードテンとなっていま第一コーナーをかけていきます』

 

 ヘリオポーズは後ろから追いかけながら、牧場の立てた作戦を反芻していた。

 

 ——アフリートアレックスを視界に入れた位置で、ギリギリまで脚をためる。ただし後ろになりすぎないように。

 

 勝つための絶対条件として求められたのが、可能な限りの体力の温存とスパートをアフリートアレックスより前で、先に仕掛けること。しかし前を逃げていくシーキングザダイヤを見ながら我慢するのはなかなか骨の折れる作業だった。

 向こう正面に入りバ群が整ってくると、ペースがそこまで速くないことに気づく。

 

『前からもう一度、先頭に立ったのは十二番モエレトレジャー。ほとんど差がなくシーキングザダイヤが続く。

 一バ身から二バ身離れてキャントンスリックリー。

 少し離れてラヴァマン、その内からはケイアイミリオン。

 外にはカネヒキリ、アジュディミツオーと続く。

 すぐ後ろブルーコンコルド。

 内からサンライズキング。

 後ろにヒダカラブウエイ、アドマイヤアルセア、ゴンゴンゾーラと続いて四番オリーブアリー。

 そのすぐ後ろからヘリオポーズ、外にロックハードテン。

 最後尾にアフリートアレックス』

 

 先頭から最後尾まで十バ身ほどの塊。

 いつどのタイミングでどの道が開くか、最も神経を使う瞬間を前に、アフリートアレックスが平然と並びかけてくる。挑発だ。

 

 ——I'll catch up to you whenever you set me up.(お前がいつ仕掛けても追いついてみせるから) If you think you can get away with it, go ahead and try.(逃げられると思うのならやってみるがいい)

 

 言葉を交わさずとも伝わる、気迫。威嚇。威圧。しかしヘリオポーズはGⅠウマ娘だった。数多くの想いを乗せて走る、GⅠウマ娘だ。

 第三コーナーに差し掛かる。いつ仕掛けるのか互いに牽制し合うウマ娘たち。ヘリオポーズにはそれがよく見えていた。そして、挑発のために内側にいながらわざわざ並びかけてきたアフリートアレックスは、ヘリオポーズより少し後ろの最後尾にいる。

 

 ——いけ、今だ。いけ!

 

 牧場の夢が、アドマイヤドンの想いが、ファンの願いが、ヘリオポーズに力を与える。

 

『第四コーナーに差し掛かって、ヘリオポーズ飛び出した! 一気に加速していく!

 アフリートアレックス、少し遅れてこちらもスパートをかける!』

 

 バ群の隙間を縫うまでもなく、一瞬空いた正面に向かって一気に駆け出していくヘリオポーズ。コーナーの内側に位置していたアフリートアレックスの方が、その点で不利に働いた。全力で駆け抜けていくための滑走路が確保できない。

 

 ——Get out of the way! Get out of the way!(邪魔だ、退け! 遅いやつは道を開けろ!)

 

 最後の直線、シーキングザダイヤが先頭に立って逃げていたがそれも二〇〇メートルを過ぎたあたりまでの話だった。溜めに溜めた脚を爆発力に変え、全力のトップスピードに達する。

 

『ヘリオポーズが先頭!

 しかし内側からアフリートアレックスも迫る!

 アフリートアレックス、並びかける!

 ヘリオポーズ、粘れるか!』

 

 トップスピードはアフリートアレックスの方が上だった。根性でいくら抜かせまいと頑張っても、速度差だけはどうにもならない。

 砂まみれになりながら駆け抜けるその先には、勝利という栄光が待っている。

 頭に過るのは朋の顔。

 

 ——負けられない、負けられない! 負けられないッッ‼︎

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ほぼ同時にゴール板を通過する。だが、写真判定によらずとも勝敗は明らかだった。

 

『ヘリオポーズだ!

 ヘリオポーズが粘り込んだ!

 アメリカの至宝、アフリートアレックスを抑え、勝ったのはヘリオポーズ!

 これでヘリオポーズ、春秋ダート制覇を成し遂げ、エクリプス賞ウマ娘のジョンヘンリーの持つGⅠ最多記録に並びました!

 GⅠ十六勝です!』

 

 二分の一バ身差の勝利。ギリギリの勝利だった。

 圧倒的な強さを見せつけようとして、足元を救われたアフリートアレックス。負けたことの悔しさと、彼女も背負っていた多くの想いを繋ぎきれなかったことで、崩れ落ちるように膝をついた。

 そして。

 

『あぁっと、これは! レコード! コースレコードを更新しました、ヘリオポーズ!

 一分四八秒七のコースレコードを出しました!』

 

「コース、レコード……ヘリオポーズが……」

 

 言葉を失う牧場。隣で観戦していたアドマイヤドンのトレーナー川奈も、驚いたあと笑顔で祝福の言葉をかけた。

「おめでとうございます、まさかヘリオポーズがここまでやるとは。すごいウマ娘ですね、ほんとに」

「川奈トレーナー、ありがとうございます……」

 

 いろんなことが込み上げてきて、牧場はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 ヘリオポーズはウイニングランを終え、スタンドの前に戻ると七を表すハンドサインを高々と掲げる。シンボリルドルフの真似はここまで。次を勝てば、その上をいく。

 

 ——君はほんとに、カッコつけるのが好きだな……。

 

 アドマイヤドンは、嬉しさと誇らしさと自分の髪留めをつけて堂々としてる親友の姿を見ている照れ臭さとで顔を覆い隠すしかなかった。

 

 ——ポーズが勝ってくれて、すごく嬉しい。君の走りを見れることがこんなに幸せだなんて思わなかったよ。

 

 心の中でつぶやく。

 熱狂と熱気は冷めやらず、それはウイニングライブが終わるまで続いた。

 

 年末の東京大賞典。

 ヘリオポーズはシーキングザダイヤに詰め寄られつつも、最終的には二バ身差をつけての優勝。目標としていた国内ダートGⅠ全制覇を成し遂げ、GⅠ勝利数も十七となって、現時点におけるGⅠ世界最多勝ウマ娘になった。

 URAファイナルズ二度目の挑戦をスルーし、ダート界を盛り上げるために全力を尽くしたヘリオポーズは、翌年も走ることになっていた。

 

「トレセン学園の卒業まであと二年。どこまでやれるかどこまで行けるか」

 

 新年の都内。二人は、人も車もまばらな都心を散歩している。

 初詣を終えたばかりでトレーニングも休み。時間はたっぷりあった。

 

「お前はどうするんだ? 卒業までいるのか?」

 

 隣を歩く背の低い相棒に向かって尋ねる。

 

「私は他に進みたい道を見つけたから、編入かな」

「そうか。じゃあ、しばらく会えなくなるな」

 

 言葉が途切れる。東京の中心に位置する巨大な公園は二人で歩くにはとても広すぎた。どれだけ歩き回っても足りない。残された時間に思いを馳せる。有限なのがもどかしく恨めしい。

 

「あの、さ。ポーズ。こうして時々会いに来てもいいかな」

「わざわざ東京まで? 物好きなやつだな」

「笑うなよ。君こそひとのことは言えないだろ?」

 

 アドマイヤドンをただ慰めるためだけに新年早々大阪まで行ったのは他でもないヘリオポーズだ。

 

「わたしもさ。また会いにいくよ。そっちまで」

「……うん」

「何度でも」

「うん」

 

 目が合い、笑う。

 

「腹減ったな。スープカレーでも食べて帰ろうぜ」

「……ほんと好きだな、君は。まぁ、付き合うよ」




以上、勝利のBoundary、読了ありがとうございました(/´ ω ` )/
ゲームにおいて、ルドルフ産駒で最後に活躍したのがヘリオポーズでした。
この後、ウイニングポスト9 2022を購入してそっちに移行してしまったので、ヘリオポーズの子孫の話はありませんが、ヘリオポーズは八歳まで現役で走り、BCクラシックなど海外GI5勝を含め、GI33勝をあげました。なんてやつ…!

ウイニングポストはプレイヤーだけのたくさんのドラマが詰まっています。そこに用意されたシナリオなんてありません。
それが楽しいしハマる。時間を溶かすやべぇゲームです( ˘ω˘ )
もちろん、ウマ娘も時間溶けます…。

最後に、23歳で没した史実の方のアドマイヤドンに両手を合わせて、終わりたいと思います( ˘人˘ )

ドンちゃん、安らかに。
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