「ポーズ、次のレースが決まったぞ」
部室に来たヘリオポーズに、開口一番告げる牧場。
「次は十二月の二週目にある交流重賞GⅠクラス、全日本ジュニア優駿だ。日本中からジュニア級のダート巧者が揃うぞ。距離は一六〇〇だから対策を練らないとな」
「あいつは出るのか?」
GⅠに出ることよりも、倒すべき相手の方が気になっている。
「もちろんだ。アドマイヤドンも出る。前回の一番人気だったラヴァリーフリッグも出てくるようだ。次戦の人気はポーズも入れた三人で分かれるだろうな」
次こそは勝つ、そんな意気込みの中、二人はトレーニングに明け暮れるのであった。
十二月に入り、すぐにその日はやってきた。
川崎レース場で開かれる、ジュニア級のダートマイルレース。
左回りのこのコースは門別と同じく最後の直線は三〇〇メートルしかない。一周は一二〇〇。このコースを約一周半するレースとなる。
一番人気はラヴァリーフリッグ。二番人気はアドマイヤドン。
ヘリオポーズは三番人気となっていた。
出走ウマ娘は十四人。門別で見た顔もいる。
「ポーズ、お前の実力ならきっと勝てる。だが油断するな」
「分かってるさ。二度は負けない」
みなぎる闘志はただ一点、アドマイヤドンにだけ向けられている。
——ライバルはアドマイヤドンだけじゃない。それとなく注意すべきか……でも水をさしたくはないしな。
そんなことを思っていると、ヘリオポーズは牧場にしばしの別れを告げ、パドックへと行ってしまった。
——まぁ、大丈夫だろう。マイルの走り方も教えたし雰囲気に飲まれたりもなさそうだし。
そう思い直し、パドックでの勇姿を見届けるため牧場も控室を後にした。
『八枠十三番、ヘリオポーズ』
名を呼ばれ、ゆっくりと歩き出す。
GⅠでのみ着用が許される、勝負服に身を包むヘリオポーズ。川崎のパドックが揺れるほどの歓声。GⅠでの三番人気というのはそういうことだった。人々の想いや願いを一身に受ける人気バのうちの一人。それが今のヘリオポーズだ。
牧場は思う。このレースを勝てれば、ファン数は五千人に達するだろう。来年、クラシック級での出走条件をクリアしていくためにも、ここは勝っておきたいと。
芝と異なり、クラシック級でしか出られない三冠というものはダートにはない。だからこそ、若いウマ娘にと
っては経験豊富なライバルを相手にした過酷なレースが続くことになる。しかし、その中で勝利を手にするものこそ、真の強者であり勝者になっていくのである。
今日この日のGⅠはその資金石だ。来年以降の行く末を占うレースになる。
ヘリオポーズが退場し、次に出てきたのはラヴァリーフリッグだった。
——門別での惨敗を糧に、より一層のレベルアップを図ってきたか。やはり敵はアドマイヤドンだけじゃない
な。気をつけろよ、ポーズ。
とはいえ送り出したからにはもうできることはない。牧場は祈るような気持ちでスタートを待つのだった。
ウマ娘たちがバ場へと入場し、ゲートへと向かっていく。
悠々と歩く者、ウォームアップがてら駆け足をする者とさまざまだったが、人気上位三人も三様だった。落ち着き払っているアドマイヤドンに対し、彼女へと視線を向けるのはヘリオポーズ。集中しすぎていてヘリオポーズは気づいていなかった。ラヴァリーフリッグの視線がアドマイヤドンだけでなく自分自身にも注がれていることに。
ファンファーレが鳴る。
『さぁ国際交流重賞、農林水産大臣賞典全日本ジュニア優駿、まもなくスタートです。
やはり今日の注目ウマ娘はこの三人でしょう!
ヘリオポーズ、アドマイヤドン、そしてラヴァリーフリッグ。
真っ向勝負で前回の雪辱を晴らすことができるか、ヘリオポーズ。
それとも圧倒的な強さで重賞を連勝で飾るのか、アドマイヤドン。
はたまた、地方の意地を見せるのかラヴァリーフリッグ。
さぁ、ゲートインが終わって、今スタート!
おぉっと、アライドユニアン出遅れか!
さて前に出るのはグッドスクイーク、それに続いてアドマイヤドンも出る。
アライドユニオンは後方からのレースになりました』
バ群は団子状態のまま、メインスタンド前の直線を駆け抜けていく。
『バーディスィーズ、先手を取りました。
アドマイヤドンがすぐ後ろ。
さらにはヒンドタンポポ、キュアザレガシーと続いて第一コーナーへと入っていきます』
現在ヘリオポーズは最後尾につけていた。ゴールまでの直線は三〇〇メートルだが、第四コーナーを含めればもう二〇〇メートルほど稼げる。
ヘリオポーズの適正距離は二〇〇〇から二五〇〇の中距離。体力的には申し分ないため、あまり離されすぎずに様子を見て早めに仕掛ける作戦だった。
——冷静さを失うなよ、ポーズ!
向こう正面に入りヘリオポーズは大外を回っていた。
バ群は乱れぬまま四〇〇メートルの短い直線を駆け抜け、第三コーナーへと入ろうというところでレースは動いた。
『アドマイヤドン、第三コーナー手前で前に出た。ここで仕掛けたアドマイヤドン!』
——なんだと! くそ、ここで離されたらまずい!
牧場の見えたことはヘリオポーズにも見えていた。三コーナーに差し掛かるところで慌てて追いかける。差は十バ身ほど。
「くそっ、逃すかよッッ」
『第四コーナーを回り切って先頭はアドマイヤドン!
二番手はラヴァリーフリッグ、しかし中央からヘリオ
ポーズも伸びてきた!』
しかしアドマイヤドンの脚が伸びていく。後続の二人も必死に追い縋る。
『ラヴァリーフリッグの脚色も衰えない!
意地を見せるか、ラヴァリーフリッグ!
差が詰まっていく、詰まっていく!』
すぐ右前をいくラヴァリーフリッグ。その前にはアドマイヤドンが逃げている。
——このっ、逃げるなっよっっ!
ヘリオポーズは全力を振り絞った。だがアドマイヤドンはおろか、ラヴァリーフリッグにも届かない。じわじわと離されていく。
蹴りつける砂の感覚。引き上げる太腿、振り切る腕。脈打つ心臓。そのどれもがヘリオポーズにとって全力だ
った。しっかりとマイルで使い切るようにペースも配分できた。
それでも、二人に届かない。
『アドマイヤドン! アドマイヤドン!
前回のJBCジュニア優駿に続き重賞を連覇!
見事一番乗りでGⅠを制しました!
まさに圧巻! まさに、ジュニア級ダートウマ娘の中では文句なしの首領!』
大歓声話浴びて、アドマイヤドンはウイニングランに入っていく。余裕の表情だった。
二着となったラヴァリーフリッグは悔しそうに雄叫びをあげながら駆けていく。
三着だったヘリオポーズはというと、人気通りの結果とはいえ不満を隠しきれないでいた。クールダウンを終え、無言のまま控え室に向かう。
「ポーズ」
控室に向かう地下道。前回と同じように牧場が顔を見せにきていた。
「今日は息を切らせてないんだな、トレーナー」
「あぁ、レースが終わってすぐに来て待ってたからな」
しばし無言で向かい合う二人。
ヘリオポーズが先に沈黙を破った。
「なぁ、トレーナー」
「なんだ」
「正直に教えてくれ。わたしにいま足りないものはなん
だ? 何があれば、勝てた?」
真っ直ぐに見つめるヘリオポーズ。嘘も誤魔化しも世辞も不要で、思ったことを率直に告げる。
「今のお前には、スピードが足りない。今日最後の直線で勝てなかったのは、伸び切らなかったスピード不足が原因だ。これは俺のトレーニング方針のミスでもある。正直ここまでスピードに差があるとは思わなかった。というのも、ポーズはダートで走るには十分なスピードを持っているからだ。でも、相手はその上をいっていた。すまん」
「そうか」
それだけ返して、ヘリオポーズは踵を返す。控室に向かおうとして、振り返る。
「トレーナー、次のレースとトレーニング、頼んだよ。わたしはもう負けるのは嫌だ。次は勝つ」
「あぁ、了解した。クラシック級は勝ち星で埋められるよう、最善を尽くすと約束しよう」
返事を聞いてヘリオポーズは少し笑うと、その場を後にした。
初めてのGⅠ。できることならなんとしても勝たせてやりたかった。
牧場はライブが始まるまでの間、会場に隅で担当ウマ娘に見られる心配がないのをいいことに、ひっそりと悔しさを噛み締めていた。
自分の不甲斐なさのために起きたことだ。慢心していたのは自分自身だ。この程度やれば勝てる、なんて甘ったれた考えで、ヘリオポーズにとってたった一度しかないジュニア級のGⅠを落としてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
——俺はまた、あの時と同じ過ちを繰り返すのか。
そんな言葉が頭をよぎる。
もう二度と、ウマ娘の夢を潰さないと決めたはずなのに。
会場にアナウンスが流れる。
「もうこんな時間か。ライブ、しっかり見てやらなきゃな……」
交流重賞の中でもGⅠクラスは、カテゴリー分けされた特別な曲が流れる。
ジュニア級ダートでは一度しか歌うチャンスのないその曲は
ENDLESS DREAM!!
阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス、そしてホープフルステークス。今回の全日本ジュニア優駿以外では、芝のその三つのレースしかない。
完全にダート向きのウマ娘にとっては、この一度しかチャンスがないのだ。
牧場にとって、この歌を歌えることになったウマ娘はヘリオポーズの前に一人だけ。クラシック級の女王とな
ったヘリオシースだけだ。ヘリオシースはジュベナイルフィリーズで二着。センターはまだいない。
——いつかセンターで歌わせてやれることができるんだろうか、なんてまだ未定の未来に想いを馳せるより、ヘリオポーズだ。彼女をセンターで……。
想像する。ヘリオポーズが今後、センターで歌う機会があるとすればダートGⅠ。参加条件を満たすための準備期間を経て、最初に挑めるのは七月のジャパンダートダービー。そこで、センターで歌うヘリオポーズの姿を想像する。
涙が出てきた。今目の前で歌い踊るヘリオポーズの姿がオーバーラップしてしまう。
「あの曲はかっこいいから、この曲よりもきっと、お前に似合うだろうなぁ」
泣きながら笑う牧場。もう自分が夢を見ているのか現実を見ているのかわからなくなっていた。ただ、同時に強く決意する。来年は、来年こそは必ず勝たせる、と。