勝利のBoundary   作:てすん†G.NOH

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勝利のBoundary クラシック編


♞ 可能性への挑戦者 ♞

 年が明け、元旦。

 新年の抱負と誓いを心に刻むため、二人は神社へ初詣にやってきていた。

 レースは水物だ。いつも何が起きるかわからない。

 ゲン担ぎで少しでも悔いが残らないようにしたいという思いは、一部の例外を除き多くのウマ娘、トレーナーに共通していた。

 がらんがらんと鈴を鳴らし手を合わせる。

 

「今年はGⅠ制覇、そしてスカしたあいつに絶対勝つ」

「強い意志のこもった神頼みだな」

 

 率直な意見を口にする牧場に、ヘリオポーズは正面から否定する。

 

「神頼みなんかじゃない。これは、レースの神様への宣言だ」

 

 必ず自分の力でねじ伏せてやる、そういう意気込み。牧場はその強い意志を受け止めたので、この神社が祀る

神にレースは関係ないということは黙っておいた。

 自分を信じて励むことは悪いことではない。前向きなものであれば尚更だ。

 

 ——ともあれ、TODOリスト扱いされる神様も困っちゃうよな。

 

 とこっそり笑う。

 

「じゃ、わたしは御神籤でも引いてこようかな。トレーナーはどうする?」

「俺はあっちで待ってるよ」

 

 ——占いに興味はない。未来は自分で掴み取るものだしな。

 

 牧場が初詣に来たのは、ひとえにヘリオポーズのメンタルためだった。走るのは自分ではなく彼女だ。本人の納得いくやり方でその道を歩めればいい。牧場はそのように思っている。

 そのとき。

 

 ——あれ、あそこにいるのは。

 

 視界に入ったのはアドマイヤドンとそのトレーナーだった。

 向こうもこちらに気付いたようで、声をかけてくる。

 

「明けましておめでとうございます、牧場トレーナー」

「こちらこそ、明けましておめでとうございます。川奈トレーナー、アドマイヤドン」

 

 礼儀正しく頭を下げてくるアドマイヤドン。

 

「今年からお互いクラシック級、去年よりも熾烈な戦いになるでしょうが、お互いダートの覇者になるべく全力を尽くしましょう」

 

 そう言って牧場が手を差し出すと、川奈トレーナーは握り返しながらも申し訳なさそうに否定する。

 

「あー、いえ。我々は今年、三冠路線で行こうと話していたところだったんです」

「三冠? 芝……クラシックのですか?」

 

 皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞。

 最強のクラシックウマ娘の称号は、この三冠とともにある。当然ながら、芝のレースとなる。

 ダートジュニアチャンピオンに芝の適性もある、そんなウマ娘は滅多にないがアグネスデジタルという前例があった。今はもうシニア級からも引退しているウマ娘だが、芝、ダート、国内外問わず類い稀な活躍をしたウマ娘だ。アドマイヤドンもそういう稀有な才能の持ち主ということなのだろう。

 

「ですので、次のレースは来週のシンザン記念を」

「どういうことだよ……」

 

 川奈の言葉を遮って響く声。

 振り向くと、困惑したヘリオポーズが佇んでいた。握りしめるのは引いたばかりのおみくじ。

 

「芝の三冠を狙うって、ダートのレースにはもう出ないってことかよ」

 

 声が震えている。

 アドマイヤドンの方も、ヘリオポーズの反応に少し困惑しているようだった。あるいは動揺。レース場では見せたことのない表情だ。

 

「ヘリオポーズ、私は」

 

 ヘリオポーズと比べ背の低いアドマイヤドンは、しかしそれでも真っ直ぐに見上げてライバルの名を呼ぶも

 

「うるさい、お前なんか知るか! 勝手に三冠でもなんでも取りに行けばいいだろ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 と叫び走り出してしまった。周囲の視線が一瞬注がれる。

 

「お、おい! すみません、これで失礼します。三冠、応援していますんで頑張ってください」

 

 牧場は別れを告げ、慌てて追いかけた。

 二人が走り去ったその足元には、一枚のくしゃくしゃになった紙が落ちている。ヘリオポーズの握りしめていたおみくじだ。

 アドマイヤドンは拾い上げ、開く。そして顔を曇らせた。

 

 ——待ち人来らず。

 

「ポーズ……」

 

 ウマ娘の走りに人間が追いつけはしない。

 牧場はあっという間に離され、見失った。仕方なく、心当たりのある場所を徹底的に探る。

 行きつけのスープカレー屋、ゲームセンター、公園、学園内、美浦寮の寮長ヒシアマゾンにも連絡してみたが見つからない。

 走り疲れて多摩川に差し掛かった時、河原に座り込んでいる姿を偶然見つけた。

 

「やっと見つけたぞ……ヘリオポーズ」

 

 その呼びかけに応えることなく、ヘリオポーズは抱えた膝に顔を埋めたまま。

 

「こんなところまで走ってきやがって……ショックだったのはわかるけど」

「……あんたに何がわかるんだよ」

 

 消え入りそうな声。

 

「わかるさ」

 

 隣に座って頭を撫でようとするも

 

「触んな、セクハラおやじ」

 

 拒絶される。

 

「わかった、触れないから、話を聞いてくれ」

 

 顔は背けるものの、逃げはしない。話だけは聞いてやるという意思表示だ。

 

「ほら、この一年近くの間、俺とお前は二人三脚でやってきたわけじゃんか。新潟阪神、門別に川崎。四つのレ

ースを一緒に戦って、一緒に悔しい思いをしてきた。今年は何がなんでも、アドマイヤドンに勝つんだ、勝ってダート最強だってのを証明して見せるんだって、同じ目標を抱えてさ。それが新年早々出鼻を挫かれちまったんだ。このまま勝ち逃げなのかよって」

 

 ヘリオポーズは何も答えない。

 

「俺もお前と同じく、今すごくモヤモヤしてる。このまま、こんなので終わっていいのか、終わらせていいのか

ってな。もちろん地方にも強敵はいる。でも、アドマイヤドンは敵として別格なんだ。このまま、負けたまんまじゃ終われない。俺はダートウマ娘最強をポーズと目指してるわけで、それは今も変わらない。だから」

「……だから?」

「だから、めちゃくちゃ悔しいんだよ! こんな形で勝ち逃げされるのは!」

 

 びくっとして振り向く。自分を諭しにきたと思いきや牧場は悔しさをぶつけてきた。感情をむき出しにして、大人気なく。

 

「だってそうだろ! ポーズは俺が担当したウマ娘たちの中でもピカイチのダートウマ娘だ。それをたった二回勝ちをさらって行っただけで今度はこっちの手の届かない芝で三冠を目指していくだと? こっちは眼中にないのかよって! 逃げんじゃねえよって……」

 

 ため息とともに顔を覆い隠す。泣いてるわけではないが、溢れ出た感情を飲み込むのに必死なようだった。

 

 ——大人でもそんな姿を見せるんだな……。

 

「あんたも変わってんな、トレーナー」

「ああ、よく言われるよ……でも本心を隠しても仕方ないしな」

「確かに……」

 

 ヘリオポーズにとって、それはすごくありがたいことでもある。気持ちの共有ができているということは、孤独な戦いではないのだということだ。牧場は完璧な大人ではないが、少なくとも信頼できるトレーナーであることは確かだった。

 

「だからさ、一つ提案があるんだ」

 

 牧場からの提案、それは——

 

 翌週、京都レース場。

 日刊スポーツ賞シンザン記念。電光掲示板が次のレースを告げている。アドマイヤドンが走るレースだ。

 芝一六〇〇。GⅢのレース。

 前年をダートで走っていたアドマイヤドンが芝でどこまでやれるか、それを確認するためのレースでもある。

 そのシンザン記念に、牧場はヘリオポーズを伴って来ていた。

 そのレース前。

 

「ポーズ、見にきてくれたのか」

「わたしはまだ、お前が芝に逃げたことを許してない。でもだからこそ、見といてやろうと思ってさ」

 

 ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうにヘリオポーズは応える。アドマイヤドンは真剣な面持ちでまっすぐ見つめ返す。

 

「な、なんだよ」

 

「ポーズ、聞いて欲しい。私は、芝に逃げたんじゃないんだ。自分が芝でどこまでやれるのか、それを試してみたい。ダートだけじゃなく、あの芝でも走れるんだってことを、証明したい」

「……」

「私の距離適正は一四〇〇から二二〇〇。だから、どちらにしても三〇〇〇メートルの菊花賞は無理だ。長すぎる。だから三冠路線にいくとは言っても、今年一年を三冠に費やすってことじゃない」

「つまり、三冠はつまみ食いってわけか?」

「意地の悪い言い方をするね、君は。でも誤解を恐れずに言うならそういうことになる。ねぇ、ポーズ。もし君が私の立場だったら、手に届くかもしれないクラウンをみすみす逃すかい?」

 

 問われてハッとした。確かに、もし自分も芝を走れる脚を持っていたとしたら、一度しかないクラシック三冠を狙うかもしれない。いや、狙うはずだ。ダートも走れて芝も走れるウマ娘は多くない。さらにそれで結果を残せるウマ娘なんて一握りだ。だったら——挑戦したい。否、する。その誘惑に抗えやしない。

 

「私は君とダートで走るのも好きだから、秋にはダートに戻るつもりだ。その時に決着をつけたい。大井のJBCクラシック、GⅠで。本年度最強のダートウマ娘と」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 つまり、それまで誰にも負けるなというライバルからの挑戦状。心の底から震えてくる。毛が逆立ってくるほど昂るのを感じる。

 

「……あぁ。いいよ。ダートのスペシャリストとして、二冠バ様を返り討ちにしてやるからそれまで芝の上でせいぜい活躍してこいよ、ドン。チャンピオンズカップ、東京大賞典でも悉く捻り潰してやるからさ」

 

 闘争心の笑顔が戻る。それを見て安心したアドマイヤドンは、笑いながら一つだけ訂正した。

 

「年末はたぶん有馬に挑戦するから、東京大賞典では戦えないよ。だからJBCとチャンピオンズカップだけだね」

「ちっ、欲張りなやつ。まぁ、いいや。そろそろ時間だろ。今日負けたりなんかしたら許さないからな」

「大丈夫、私は勝つよ」

 

 そして、一番人気のアドマイヤドンは十五人のウマ娘たちを置き去りにして、シンザン記念を制したのであった。

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