四月のマリーンカップをファン数不足で除外になった以外は、極めて順調な滑り出しを見せていた。
五月、園田レース場にて行われたGⅡクラスの交流重賞、兵庫チャンピオンシップは一番人気に推され、最後方から差し切り三バ身半差をつけての快勝。
続くリステッドクラスの鳳雛ステークスも敵なし、六月のGⅡ関東オークスも一番人気での一着。二着とは六バ身差をつけての圧勝で、七月、二度目のGⅠに挑戦することになった。
舞台は大井レース場。ジャパンダートダービー。
珍しく参加資格がクラシック級のみのダートGⅠである。
「出てきたな、ラヴァリーフリッグ」
「園田と川崎ではヘリオポーズに連敗してるからな。アドマイヤドンがいない今、ヘリオポーズを止められるのはラヴァリーフリッグしかいないだろう」
「なんとか地方の意地を見せて欲しいぜ」
観客のそんな声が耳に入る。
ここは大井。中央校と交流があるとはいえ、中央の管轄ではないレース場。いわばアウェー。
地方に所属するラヴァリーフリッグを応援する声があるのも頷ける。しかし。
「ヘリオポーズ! がんばれー!」
パドックに響き渡るヘリオポーズへの声援。大井でのレースは初めてだが、地方巡業を続けてきた結果がここでも現れていた。
一番人気、ヘリオポーズ。
ダートレースが主流の地方レース界において、ヘリオポーズは新時代を担うヒーローの一角として認識され始めていた。
ファンの数も一万人を超え、ダートのクラシック級の中ではトップ人気といえるようになっている。
「だからこそ、恥じるようなレースはできない」
「わかってるよ、トレーナー」
勝負服でストレッチしながら、ヘリオポーズは答えた。
油断のない余裕。今年無敗の貫禄。GⅠ初勝利のかかったレースをこれからしようというのに、すでに勝利バであるかのような威厳。
当然だった。全ては、アドマイヤドンと約束した場所までの通過点でしかないのだ。こんなところで立ち止まるなど、あり得ない。
——体力気力ともに充実してる。集中力も高い。
確信する。今日の主役は「俺のウマ娘」なのだと。
「思い切り走ってこい、ポーズ。表彰台で待ってるからな」
「ひひひ、ウイニングライブで泣かせてやるよ、感動でさ。トレーナーの泣き顔は汚そうだから、表彰式では見せないでくれよな」
「言ってくれやがって、ほら。さっさと行ってこい」
『本日の出走ウマ娘たちをご紹介しましょう!
二枠四番はラヴァリーフリッグ。
本日の二番人気です。
人気は譲りましたが気合十分、切れ味鋭い末脚が炸裂するでしょうか』
『展開次第では十分あり得ますよ』
『そしてこちらは四枠七番。三番人気のノムラリューオー』
『あまり調子は良くなさそうですね。頑張ってもらいたいところです』
『本日の一番人気です。五枠十番、ヘリオポーズ!
一際高い歓声が上がります!』
『今年はまだ負けなしのウマ娘ですね。気合も十分、本日の最有力候補でしょう』
『さぁ、ここで
クラシック級ダート王決定戦、ジャパンダートダービー! いまファンファーレです』
小気味良いリズムで鳴り響くラッパの音色。
それに合わせて鳴る手拍子たち。いやが上にも熱気が盛り上がる。
十六人のウマ娘たちが一人ずつゲートに向かい、発走の準備も徐々に整っていく。
『TCR、東京シティレース。
本日のメインレースです。
農林水産大臣賞典ジャパンダートダービー。
GⅠ、距離二〇〇〇メートル。
バ場の発表は良と出ています』
大外枠のウマ娘がゲートインを始め——
『さぁ全てのウマ娘がゲートイン完了しました、いよいよスタートです』
緊張の一瞬。束の間の沈黙。
『スタート! シンボルオルシノ、これはいいスタートを切りました!
このままハナに立ちます。
その後ろからはテイルズトゥテール。この子も上がっていく。
トレボロコロナは後方から。どういったレースを見せるのか。
もう一度先頭から見てみましょう。
キュアザレガシー、先手を取りました。デジタルピートはその外から。
並んで十五番テイルズトゥテール、これに続くのがシンボルオルシノ。
この辺りで各ウマ娘、第一コーナーにかかります』
先頭を行く三人のウマ娘の他はバ群を形成し、ヘリオポーズとラヴァリーフリッグは最後方から展開を伺うこととなった。
そのまま第二コーナーを回り、向こう正面へとなだれ込んでいく。
外側を回っていたヘリオポーズはやや前に上がっていき現在十三番手、中団の外側に位置している。目の前には三番人気のノムラリューオー。
『先頭から最後尾までおよそ十バ身といったところ。
先頭は依然キュアザレガシー。すぐ後ろにはデジタルピート。
テイルズトゥテール、先頭を伺います』
砂埃を舞い上げてウマ娘たちが駆けていく。ヘリオポーズは以前として後方気味。
『さぁ、第三コーナーに差し掛かり、前との差が詰まってきたか。
キュアザレガシー、まだ粘っています。しかし後ろの二人とは差がほとんどないぞ!
第四コーナーに入り各ウマ娘上がってきた!
ヘリオポーズはこの位置。果たして前に届くのか!
さぁ最後の直線、追い比べ!
一番に抜け出したのはテイルズトゥテール!
しかし外から勢いよくヘリオポーズだ! ヘリオポーズが来た!
残り二〇〇メートルを切ってヘリオポーズ、後続をどんどん引き離していく!
脚色衰えません、ヘリオポーズ!
二番手はラヴァリーフリッグ、だが届かない! これは届かない!
残り一〇〇メートル! これはもう決まりか!
ヘリオポーズ、ヘリオポーズだ!』
一陣の風のようにゴール板前を駆け抜けたのはヘリオポーズだった。
『ヘリオポーズG1初制覇!
クラシック級ダートウマ娘の頂上に君臨しました!』
二着のラヴァリーフリッグに三バ身の差をつけ、ヘリオポーズはジャパンダートダービーを制した。
ライバルを迎え撃つために。約束したダートの頂点に立ったのだ。
表彰式では、当然のような自信に満ち溢れた笑顔でヘリオポーズはインタビューを受けていた。
「ヘリオポーズさん、ライバルのアドマイヤドンに向けて一言いただけますか?」
アドマイヤドンへの言葉を聞かれ、一瞬ヘリオポーズは黙る。何を言うべきか、なんて答えるべきか。
アドマイヤドンは二月の共同通信杯を二着、三月のスプリングステークスを一着と健闘したが、本番の皐月賞ではシンボリクリスエスの二着に敗れた。適正距離を二〇〇メートルオーバーした日本ダービーでは八着に沈んだ。
この間、アドマイヤドンに会っていないし話してもいない。
「ドン、聞いてるか。わたしは約束を守った。お前はどうだ。チャレンジャーとしての気概がまだ残っているな
ら、やることきっちりやって帰ってこい。クラシックダートのチャンピオンとして軽く捻ってやるからさ。JBCで待ってるからな」
——まるでプロレスのマイクパフォーマンスだな。
なんてことを牧場は思った。こういうのはエルコンドルパサーが得意だった。
——ライバルがいればこそ、ウマ娘は空高く舞い上がることができるのかもな。
「今日のレース最高だったろ、トレーナー」
控え室に向かう途中の地下道。得意げにヘリオポーズは胸を張る。
「最高だったよ。今日ほど砂まみれのポーズがかっこいいと思った日はない」
「感動するのはまだ早い。これからもっと感動するんだからな、トレーナーは」
この後、レースで汚れた勝負服からステージ用のそれに着替えて、ウィニングライブが始まる。見た目は同じデザインの勝負服だが、細部に差異がある。そもそも、ステージ用のブーツに蹄鉄はついてない。レース用とステージ用で同じ服を二着用意するのは、ウイニングライブを最高に輝かせるためのシステムだ。そして今日のそのライブは昨年暮れ、センターで歌うヘリオポーズが見たいと泣きながらに思った曲でのウイニングライブだ。
「最高のライブにしてくるから、ステージのまんまえに陣取ってなよ。わたしにトレーナーのきったない泣き顔を見せてくれ」
「お前な……」
笑いながら控え室に去っていくヘリオポーズを見送って、呆れながらも溢れる笑みを隠しきれぬまま牧場はステージの会場へと向かうのだった。
最前列で「俺の愛バ」を見るために。
モノクロで統一されたステージ。
薄暗く、サイリウムの色だけが視界を彩る。
やがてスモークが焚かれステージを満たしていくと、不意に白いライトが点灯し、ノイズ混じりのピアノの前奏が始まる。
正面から歩いてくる三人のシルエットは、ヘリオポーズ、ラヴァリーフリッグ、そしてテイルズトゥテール。
一気に照らし出されたステージとともにギターがかき鳴らされ、前奏は勢いを増していく。
UNLIMITED IMPACT
——これは、お前のための歌だ、ヘリオポーズ。
どんな困難が立ち塞がっても、前に行こうとするのをやめない。
全身全霊を持ってその道を突き進むその歌詞は、この一年半二人で頑張ってきたことの証明。
挫折しかけた中で現れた突然の出会い。
悔しさに唇を噛んだ日々。
不意に失いかけた目標と、ぶつけられた挑戦者としての夢。
交わされた約束——
ヘリオポーズの見たかった姿を見れた。
昨年暮れには悔し涙を流したが、今年の涙は誇らしさから流れた。
そしてこれは、まさにアドマイヤドンへのエールでもあった。
「ウイニングライブの歌詞が、こんなにも胸に刺さるとは思わなかったな……」
九月のセントライト記念まで間があるアドマイヤドンは、川奈トレーナーとともにここ大井へと足を運んでいた。約束を果たしていくヘリオポーズの姿が、日本ダービーで惨敗した心に勇気をくれる、そんな気がしたから彼女が観戦に行くことをを頼んだのである。
川名は偵察という名目でそれを受け入れた。
「トレーナー。次のセントライト記念、私はきっと勝つよ。
その誓いを胸に、ライバルの二人は一足早く学園へと戻るのであった。