チャンピオンズカップは十二月の第一週。愛知県豊明市にある中京レース場で行われる。
一八〇〇メートルを十六人のウマ娘たちで駆け抜けるのだ。
距離は別にしても、中京レース場はヘリオポーズにとっては初めての場所だ。地方の名古屋レース場もまた然り。愛知県そのものが未踏の地だった。
「場になれる必要がある」
というトレーナーの一声で、学園でのトレーニングもそこそこに一日早く二人は名古屋入りした。
「東京以上に名古屋って車が多いんだな」
とはヘリオポーズの感想である。レース場や各トレセン学園のある町の車道にはたいていウマ娘用のレーンがあるが、車の数が多くてあまり集中して走れそうな気がしなかった。
「まぁ、名古屋は車社会だからな。電車もあるにはあるが、痒いところに手が届かないから結局車がないと不便なんだよ。ほら、行くぞ」
スーツケースを持ってまず向かったのは
「荷物置いたら今日は街を散策だ。楽な格好でいいからな」
「トレーニングとかは?」
「ん? あぁ、まぁ、トレーニングみたいなもんだ。街の雰囲気になれるのもな」
言って、部屋を出ていく。がすぐまたドアを開けて
「あ、楽な格好とはいってもジャージはやめとけ。私服でいい。ロビーで待ってるから、準備ができたら来てくれ。じゃ」
といってまた出ていく。静寂の中に一つ、溜息が漏れた。
——鍵かけとくか。
また唐突に顔を出されても困る。このままでもいいかと思ったが、せっかくなので着替えることにした。少し厚手のワンピースにフードのついたコートである。せっかくだから、軽く髪型もいじる。
「こんなもんかな。よし、いくか」
ロビーで待つトレーナーを探す。
「お、随分めかし込んだな」
向こうから声をかけられた。
「別に、普通だよ」
トレーナーとトレーニング以外で出かけることはあまりない。故につい気合い入ってしまったのは事実だが、認めたら負けな気がした。
「んー」
「……なんだよ」
服をマジマジと見られてドキッとする。もし似合ってないとかダサいとか言われたらどうしようと身構えるも
「ま、いいや。よし、いくぞ」
「……はぁ?」
と拍子抜けする。
——なんだったんだいったい……ただのセクハラか? クソ。
心の中で舌打ちしつつ、ついていく。
ホテルを出ると駅前を横切り、伏見通りを少し歩く。すると最初の目的地があった。
「まずはここで腹ごしらえだな」
「スープカリー【芝】……?」
小綺麗な店内には、ウマ娘の写真がグッズが至る所にディスプレイされていた。聞けば店主のパートナーが元ウマ娘らしく、思い入れがあるらしい。
昼飯時を過ぎて人がいなかったためか、少し会話をすることになった。
店主は元々愛知の人間ではないこと。
名古屋でウマ娘のレースを初めてまともに見たこと。
熱心に応援している中で、ふとした出会いがあったこと。二人で店を始めたこと。
この街のウマ娘たちが喜んでくれそうなメニューを考えたこと。
そして結婚、出産。
パートナーはいま出産を終えて間もないため、店には出ていなかった。
メニューを見てしばし悩み、おすすめを注文する。
出てきたのは、大きな素揚げの野菜が乗ったスープカレーだった。いい香りがする。
「ほら」
食べようとする直前で何かを渡される。
「それ使え。その白い服、汚しちゃまずいだろ」
ハンカチだった。なるほど、確かにこの服にカレーがかかったらテンションが下がっていたかもしれない。
「あ、ありがと」
「気にすんな。さて、食うか」
スープカレーにうるさいヘリオポーズからみても、味はなかなか良かった。素揚げされた野菜の旨味がスープカレーによく合い、至福と呼べる時間だった。東京で食べるのとはまた少し味付けが異なる。スパイスだけではなく、土地土地の味付けの違いを感じたひとときでもあった。
「ウマ娘って遠方のレース場も含めて転戦していくじゃない? ここに来たばかりの頃の自分思い出しちゃってさ、つい応援したくなっちゃうのよ。次のレース、チャンピオンズカップだっけ? 応援してるからね、ヘリオポーズちゃん」
店主からの思わぬエールに、ヘリオポーズはしどろもどろな返答しかできなかった。
「さて、次は栄をぶらつこう。こっから歩いていけるから、焦らずのんびり行こうか」
人見知りを全開にしているヘリオポーズを軽くスルーして次の目的地を決めていく牧場。ヘリオポーズはとりあえずついていくしかなかった。
牧場もそんなヘリオポーズをちょいちょい視野に収めながら、それでもどんどんと先導していく。
二人は伏見通りをゆっくり北上し、高速の下を抜けたあたりで横道の下街道に入った。
師走の平日昼間のため人は疎らではあったが、大須観音に近くなったあたりで人通りも多くなり、よく声をかけられるようになる。
「あら、あんたウマ娘かね。ほぉ、立派な体つきしとんなぁ。ほら、これ食べてってよぉ」
「ええがねええがね、チャンピオンズカップに出るんだろぅ? 応援しとるでね、がんばってね」
「きゃーウマ娘やがー、でーれぇかわええ。ねーねー、写真撮ってええかね?」
こんな具合で、歩くだけで囲まれるのは東京ではあまりない。
「と、トレーナぁ……」
苦笑しつつ助け出す。
「すみません、この後レース前のトレーニングがあるので、そろそろ行きたいんですけど、よろしいですかね」
「あー、すまんね! なんのレースに出るん? チャンピオンズカップ? 応援するでね、がんばってよ!」
頭を下げてその場を後にする。
「なんなんだここは……」
「まぁ、ミーハーなところはあるけど、この街の人たちもウマ娘が好きってことだな」
少し気疲れはするかもしれない。しかしレース当日での声援で彼らの顔が浮かべば、ここはアウェーではなくなる。牧場はそう信じている。
そんなこんなで栄まで辿り着き、そこでも軽く囲まれながら買い物をし、ホテルに戻ったときには案の定、ヘリオポーズは疲れ果てていた。
「人気者は辛いな、ヘリオポーズ」
「にやけてんじゃないよ、トレーナー!」
枕を投げつけるもキャッチされる。
「まあまあ。明日は朝からレース場に行ってからの最終調整だ。明後日の本番までにはレースモードに入るようにしていくからな」
「だったら今日疲れさすなよな、全く……」
「明日朝七時に迎えに来るからな。寝坊するなよ」
返事はせず、手をひらひらするだけで返事とした。投げ返された枕を受け取ると、すぐに寝入ってしまった。
翌朝、少し寝坊して慌てて準備し、名鉄で豊明の中京レース場まで向かう。ウォームアップとバ場の確認も兼ねた軽い走り込みをして、レース前のミーティングを受ける。
内容はいつもと同じ、学園で学んでいることの再確認だ。基本ルール、危険行為をしないこと、万が一事故かアクシデントがあった場合の対処など。そして控室やライブ会場の確認、リハ等を軽くこなす。
「ヘリオポーズ、調子はどうだ」
「なんとかね。昨日は焦ったけど、今日は平気。明日は万全な状態でレースできるよ。多分ね」
自信なく見えるのは前回の失敗のせいだろう。
「大丈夫だ。お前は、同じ失敗はしない。作戦は変わらず、小細工抜きでお前の一番得意な走りをして、勝ってこい。お前ならできるから」
そのとき、彼女はまだ半信半疑だった。トレーナーの自信はどこから来るのかと。
当日。
朝早くにレース場入りしてパドック入りまでの間、ヘリオポーズは自分の控室にいた。入れ替わり立ち替わりで応援に来ている学園の友人たちが顔を見せる。一つ下のヘリオアネモスとヘリオフロガの二人も顔を出しにきていた。
「お前らさ、来週再来週でレースなんじゃないの?」
「来週私がジュベナイルフィリーズで」
「その次に、あたしが朝日杯フューチュリティステークス。まぁ帰ってすぐレースってわけじゃないから大丈夫だよ、ポーズちゃん」
「ちゃん付けはやめろってフロガ。わたしはそんなアレじゃないから」
「えー、でもトレーナーに見せてもらったよ。おとといめっちゃ可愛いカッコしてたじゃん」
「は⁉︎」
——あんの野郎、レースが終わったら蹴り上げてやる……。
「でもうらやましいなー、トレーナーとデートとか〜」
「デートじゃない!」
「違うの?」
「断じて」
「じゃあ、あたしがトレーナーとデートしても嫉妬しない?」
「ドーゾ好きにしてくれ」
ヘリオフロガの挑発を軽くあしらうヘリオポーズ。
「私もデートしていい?」
「好きにしろよもー!」
きゃっきゃする声が響く。学園の部室での雰囲気がそのままここに持ち込まれたようだった。
「安心した。緊張してないみたいで」
「プレッシャーはあるよ」
「でもポーズ姉さんなら大丈夫だよ」
「なんでそう言い切れるんだ、アネモス」
「だって、トレーナーがやり切ったって、言ってたからね」
「あとこうも言ってたよ。『劣勢ならあとは攻めるだけだ』って。あたしもそう思うな」
「……」
この日発表された人気は、アドマイヤドンが一番。ヘリオポーズは五番。
そう。自分は今、チャレンジャーの立場だ。なら、攻めるしかない。
「そうか、……ありがとう」
「えー? いまなんてー?」
「もしかして感謝された? あたしたち」
「あーもー鬱陶しいなー、もう出てけって!」
「あははは。じゃ、可愛い後輩たちはそろそろ退散するね」
「自分で言うな」
「がんばってね、ポーズちゃん」
「ブイだよ、ブイ」
騒がしい身内でもある後輩を追い出したあと、控室は静かになった。
「やっと静かになった」
これで集中できる——そう思うも、いろんなことが頭をよぎる。勝ったこと、負けたこと。悔しくて泣いたこと。夏のレースの暑さ、冬のレースの熱さ。終わった後の肌寒い感じ。特に知らない土地で負けた時の寂しさ。
そして、前回の惨敗。
悔しさをバネにして、糧にして、なんて簡単に言うけど、結果につながらなかったらバネになったかどうかなんてわからない。自分にはどうしても後一歩の自信が持てない。
夏までは持っていたのに。
持っていたはずなのに。
今までのトレーニング、手を抜いたことなんてなかった。レースもいつも全力だった、はずだ。届かなければ越えるためにまた全力でトレーニングして、走って走って走りまくって。乗り越えられると思っていた。
今は、乗り越えられるものなのかどうなのか、確証が持てない。
ふと、ノックの音が聞こえる。
「はい」
誰だと少し不機嫌そうに答える。顔を覗かせたのは牧場だった。
「よう、大丈夫か」
「……トレーナー。はぁ、大丈夫だよ。何しにきたんだ」
「いや何、一言だけ言い忘れたことがあってな」
中に入り、ドアを閉める。外界の騒がしい音が遮断され、また静寂が控え室を支配した。
「なに? パドックの入場まで、あまり時間ないんだから」
「あぁ、そうだな」
近寄って、座っているヘリオポーズの前で膝をつく。視線が自然と合った。
真っ直ぐ見つめられ、ふと目を逸らしてしまう。
「な、なんだよ」
「手に、触れていいか?」
「は?」
びっくりするも、許可を出す。
「い、いいけど」
すると手を取り、トレーナーは自分の胸にヘリオポーズの手を当てた。
「わかるか。俺は今、めちゃくちゃ緊張してる」
確かに鼓動が早い。
「でもな、それ以上に、お前ならやってくれるって信じてるんだ」
「そんな根拠なしに……」
「いーや、根拠はある。お前は俺が用意したあらゆるトレーニングをやり切った。そう、一昨日のも含めてな」
「名古屋を散策したやつも? トレーニング? バカ言うなって」
「いや、アレはちゃんと成果があったんだよ。それはこの後すぐにわかる。だから、俺は根拠アリアリの大アリで、お前を信じてる。五番人気なんて覆して、アドマイヤドンを打ち破るってな」
「トレーナー……」
真っ直ぐな瞳。盲信ではない。やり切ったものだけが持つ確信だ。
「ただまぁ、レースだからな。絶対なんてのはない。だから心して聞いてくれ」
「なんだよ」
「曲の歌詞を思い出せ、噛み締めろ。あの歌は、お前のための歌だ。無限の可能性に向かって飛び立て、ヘリオポーズ」
心の底から。
歌詞の意味を。
今自分に必要な道標がそこにある。
「俺が、お前の目撃者になる。全力でぶつかっていけ、ヘリオポーズ。心のかぎり、命の限り」
「……ふ、ははは」
——クサいことをいうなぁ。
「わかったよトレーナー。その目に焼き付けてあげる。今日のレース、一生忘れられないように」
名を呼ばれ、パドックに現れたヘリオポーズは、最前線に陣取り即席で作ったような横断幕を掲げて自分の名を呼ぶ集団を見つけた。一昨日街で出会った人たちである。
「ポーズちゃん、かっこええぞーーーーーー」
「絶対勝ってよーーーーーー! うちらも応援しとるでねーーーーー!」
この場所でレースをする前から、ヘリオポーズには応援してくれる人がいる。その一人一人はただの数字としてのファンではなく、実際に街で会い、言葉を交わした人たちだ。
北海道にはいなかった。神奈川にもいなかった。関西にももちろんいない。あまり人付き合いはしない方なので、東京でもほとんどのファンの顔を知らない。
でも、ここにはいる。
その彼らに向かって手を振りかえす。
いっときのミーハーだったとしても、今日の走りでこの先もずっと虜にしてみせる。たった数十分話しただけの自分をわざわざ応援に来てくれた彼らに返せる、唯一の恩返しがそれなのだから。
羽織ったジャージを投げ、右手を高く突き出す。その手は人差し指で空高い天を指していた。
勝利予告。挑戦者として、必ず一着を取る。その意思表示。
それはつまり、レースに参加するすべてのウマ娘たちに対しての挑戦状でもあった。
冬晴れの空高くにファンファーレが鳴り響く。
自衛隊の音楽隊による演奏は力強く、勇ましく。これからの戦いを鼓舞するように盛り上げていく。
『ジャパンカップと並ぶ国内最高峰の国際ダートGⅠ、チャンピオンズカップ。ゲート入りが始まっています。
一番人気アドマイヤドンは一枠一番、最内枠からのレースとなります。先行バとしては最もよい位置からのスタートとなりますね』
『スタートダッシュを決められれば、そのまま逃げ切ることだって十分考えられますね。勝ってさらに箔をつけたいところでしょう』
『一枠二番、二番人気はこの子ノボトゥルー』
『実力実績共にあるウマ娘ですよ。シニア級の走りを見せつけられるか、期待しましょう』
『三番人気のトーシンブリザード、前回の雪辱を果たすか。五枠九番からのスタートです』
『気持ちが乗っていますからね、いい走りを期待できるでしょう。一番人気にとっては怖い存在となりそうですよ』
『そして大外枠八枠十六番からはこのウマ娘、ヘリオポーズ! 五番人気です。前回惨敗したショックを引きずっていなければいいのですが』
『そうですね、気持ちを切り替えてここはがんばってほしいですね』
『中京レース場で開催されるダートの頂上決戦、左回り一八〇〇メートル、十六人のウマ娘たちで争われます、GⅠチャンピオンズカップ。
さぁ、大外枠のヘリオポーズ、ゲートインが完了した模様です。
スタートしました。
まず飛び出したのはスマートボーイ。きれいなスタートを決めました。
ダッシュよく飛び出したのはスマートボーイ。
続いてビワシンセイキ。十三番マイターンがその後ろ。
好位置をキープしています、アドマイヤドン。トーシンブリザードはその外から。
これに続くのはハイフレンドピュア。並びかけてくるのはインタータイヨウ。
海外から参戦のリーバズゴールド、この子もこのグループです。
この辺りで各ウマ娘、一丸となって第一コーナーから第二コーナーへ。
ノボトゥルー、前走からは久しぶりの出走ですが、はたしてどういったレースを見せてくれるのでしょうか。
すぐ隣にはヘリオポーズ、チゴイネルワイゼンがその隣。その後ろからはオリーブストア。プライスレスキューブはその後ろ。
少し開いてイーグルカフェ、最後尾にヤマノリアルとなっています。
先頭から後方までおよそ二十バ身といったところでしょうか。縦長の展開となっています。
先頭からもう一度、ハナを切るのは十三番、マイターン。ゴールドアリュール、ほとんど差がありません。
一バ身から二バ身離れてビワシンセイキ、追いかけていきます。
さらにそこから八バ身ほど離れて十六番ヘリオポーズ上がってきました。中団を引っ張ります。
その内側に九番トーシンブリザード。外にはチゴイネルワイゼン、リーバズゴールド。
その後ろ、インタータイヨウ、プライスレスキューブの外にオリーブストアと続いて、一番人気アドマイヤドンはここだ。バ群の中程から抜け出すチャンスを窺っています』
アドマイヤドンの正面にヘリオポーズ、その左にトーシンブリザードがいる。
——中京レース場の最後の直線は四一一メートル。早すぎる仕掛けは自滅の元だ。私は前の二人を見てからスパートをかける。残念だけどポーズ、ここでの勝利も君には渡さない。
『さぁ、ここで各ウマ娘、第三コーナーに入ります。先に抜け出してくるのはどの子なのか!』
第四コーナーに入ってからヘリオポーズが一気に仕掛けた。グングンと加速していく。
それを見てトーシンブリザードもスパートをかけたがアドマイヤドンは出遅れた。
——しまった、バ群に飲まれた! 早く抜け道を見つけないと!
コーナーを抜け、やっと道がひらけた。アドマイヤドンは全力でスパートをかける。
——瞬発力とスピードには自信がある。タイミングさえ逸していなければ、届くはず!
『最後の直線、先頭に立ったのはゴールドアリュール! 黄金の快速が逃げ切るか!
二バ身ほどのリー、いや、中から上がってきた! 上がってきた!
ヘリオポーズが上がってきた!
しかしゴールドアリュールも粘る!
あと二〇〇メートル、最後の追い比べで先頭に立ったのはヘリオポーズだ!
しかし最内側からはトーシンブリザードも上がってきた!
そして、ヘリオポーズのその後ろ! アドマイヤドンだ!
アドマイヤドンが食らいつく!』
——後少し! ここまできて逃さない!
——ふざけんな、前に行かせてたまるか!
全力を振り絞る二人のウマ娘。
三番手のトーシンブリザードはすでに引き離され、二人だけの鍔競り合いとなっていた。
『ヘリオポーズ、逃げ切るか!
アドマイヤドン、差し切るか!』
正面スタンド、ゴールまで後少し。右から聞こえる声援。ヘリオポーズがんばれの声援。自分を見てくれている人たちがいる。
「っだぁぁぁぁぁあああああああああああああああ」
『ヘリオポーズ、粘る! 粘る、粘る、粘る!
ヘリオポーズだ、ヘリオポーズが勝った!
ヘリオポーズ一着!
ヘリオポーズが! アドマイヤドンをねじ伏せたぁ!
チャンピオンズカップ勝者はヘリオポーズ!
ヘリオポーズ、前回の雪辱を果たしました!』
半バ身差でヘリオポーズが勝った。それはまごうことなき事実であり、それを証明するように掲示板には大きく十六の数字が掲げられている。
GⅠ二勝目。それは、アドマイヤドンを打ち負かしたことに比べれば些細なものだったのかもしれない。
中京レース場に響き渡るのは、ポーズのコール。ここにいる多くの人が、自分のために、自分の名を呼んでいる。
祝福の熱は、十二月の寒空など吹き飛ばしてしまうかのようだった。
やっと実感する。勝ったのだと。
この一年間目標にし続けてきたアドマイヤドンに、勝ったのだと。
気配に振り向くと、そのライバルが自分を見ていた。呆然としている自分に、目で合図する。
——さぁ、手を振って。
勝者にのみ許される、祝福のコールに対する返礼。
ヘリオポーズは両手を挙げて、その声援に応えた。
今日の勝者は、ヘリオポーズなのだ。
その夜。
アドマイヤドン、トーシンブリザードと共に歌い踊るウイニングライブは格別なものとなった。諦めかけていた目標。手を放しかけたそれを手繰り寄せたのは紛れもない自分自身の力と、周りの人々の応援の成果だった。
——わたしは焼き付けられたかな、トレーナー。その目に。忘れられないレースを、わたしの姿を。
ライトに照らされ、光り輝く姿。歌詞に想いを込め気持ちをぶつける歌唱は、ライブを見るすべての人に、また歌う本人たちにさえも刺さって、溶けていった。
有馬記念を優先したアドマイヤドンのいない東京大賞典、勝ったのはトーシンブリザードだった。
「三度目の正直、借りは返してもらったからな」
ヘリオポーズは差しきれず、三バ身半の差をつけられての二着だった。
「ちっくしょおおおおお!」
そして、最後の三年目が始まる。
URAファイナルズは、もうすぐそこだ。