年が明け、シニア級となったヘリオポーズは全国から強豪の集まるフェブラリーステークスに挑むためトレーニングに勤しんでいた。
更なるスピードの追求。それは、初挑戦のフェブラリーステークスでも結果を残すであろうアドマイヤドンに勝つため、必須の項目だった。
「ポーズ、もっとあげていけー! それじゃアドマイヤドンに届かんぞー!」
メガホンでペースアップを要求するトレーナーに心の奥で悪態をつきながら、可能な限り応えていく。だがどうしても後一歩で壁を越えられない。予想されるアドマイヤドンのタイムに届かないのである。
「はぁっ、はぁっ!」
ヘリオポーズの持ち味は、比類ないパワーに類稀な賢さとダートレースを走り切るに十分すぎるスタミナ、それにトップクラスの瞬発力とスピード。並の相手ならこれで負けるはずがないのだが——
「よし、あと一本やってから今日は終わりにするぞ。準備しろー」
牧場の指示に従い、スタート位置へと歩いていく。内埒にかけてあったタオルで汗を拭き、トレーナーに合図する。
「よーい、スタート!」
掛け声に合わせて飛び出していく。まるでカタパルトで射出されるかのような加速。それは何度見ても素晴らしいバネだった。
既定のポールまで加速してから、トップスピードの計測に入る。
——一秒……二秒……三秒……。
計測が終わる。やはり、あと一歩届かない。
「んー、やはり厳しいか……。ダートウマ娘としてトップレベルなのは間違いないんだがな……」
能力はあるがそれを活かしきれていない自覚はある。何か見落としているものがある気がしていたが、今の牧場にはまだそれがわからなかった。
現在の最適解は「差し」——その思い込みが、今年の成績を大きく決定づけてしまったことに気付くのは、もう少し後のことになる。
二月の最終週。
『見事に晴れ渡った東京レース場、フェブラリーステークス。
まだ寒さが残ります一六〇〇メートル、春のダート国際GⅠレース。これが今年最初の国際GⅠになります。
発表されたバ場は良。
さぁ、パドックに登場したのは今回一番人気、トーシンブリザードです。
昨年末の東京大賞典、先月の東海ステークスと連勝しておりますトーシンブリザード。勢いがあります。
このままフェブラリーステークスも制することができるでしょうか。
そして二番人気の古豪ノボトゥルー。
前走のチャンピオンズカップでは五着でしたが、その前は五連勝しています。アメリカ仕込みの走りで勝ち名
乗りを上げられるのか、期待しましょう!
そして三番人気、おなじみヘリオポーズです。
クラシック級で数々の名勝負を繰り広げてきたヒロインが、シニア級でもその存在を見せつけていきます。本日の優勝候補の一角、素晴らしい走りをファンも期待しています。
さぁ、つづいて出てきましたのはアドマイヤドン。戦場を選ばない天才も本日は四番人気となっています。しかし人気以上の結果を見せ続けてきたアドマイヤドン、人気上位陣とって侮れない存在となるのは間違いないでしょう』
盛り上がるパドックを尻目に、牧場は今後のスケジュールについて頭を悩ませていた。今日のレースの結果如何によっては、ある決断をせねばならない。
ファンファーレが冷たい空気を切り裂いていく。
大歓声が熱気としてバ場を満たし、それぞれの闘志を刺激する。
ウマ娘たちは逸る気持ちを抑え、ゆっくりとゲートへと入っていった。
集中を欠く者はなく——
『スタートしました。
好スタートを決めたのはアドマイヤドン、きれいなスタートを決めました。
アドマイヤドンに続いて、スマートボーイが前に出ます。
好位置をキープしています、トーシンブリザード。
その前に六番スターリングローズ。
間が空いて二番フジノテンビー、その後ろにハイフレンドピュア。
その外からビワシンセイキ、インタータイヨウ、ハタノアドニスと続いています。
二バ身後ろにジーナフォンテン、その隣にヘリオポーズ。
その後方、五番テンマドーン、内から一番ノムラリューオー。
最後方にノボトゥルー、後ろからのレースになりました』
砂煙を上げて、ウマ娘たちが駆けていく。
しかしレース展開は早々に動いていた。
『先頭、おっと先頭八番スマートボーイですか。これは大きく逃げています。
どんどん逃げていくスマートボーイ。まさに一人旅!
さぁ十バ身ほどのリードを保っていま先頭で第三コーナーに入っていくが、後ろも追い上げてくるぞ!』
先団のトップに立つのはアドマイヤドン。スターリングローズ、ハタノアドニスがその外に並び続く後続を引
っ張っていく。
『十六番ハタノアドニス現在二番手!
アドマイヤドン、最内をキープしているがトーシンブリザードもそのすぐ後ろを追っている!
ノボトゥルー、ヘリオポーズは未だ中団だ!』
先頭を行くスマートボーイが第四コーナーに差しかかろうかというところでノボトゥルーが上がっていく。ヘリオポーズはまだ動かずペースを維持、焦らず仕掛けるタイミングを待った。結果的に位置はズルズルと下がっていく。
——第三コーナーは高速コーナーだけど、最終コーナーは東京レース場の中でも一番アールの小さいコーナーだ。その後に長い直線が続くんだから、仕掛けるなら……。
トップスピードを殺さないようにすること。それが差し切るために必要不可欠なポイントだった。だから今は耐える。最後の末脚を爆発させるために。
『スマートボーイ、六バ身ほどのリードで最終コーナーを抜けてきたが、二番手のアドマイヤドン、追い上げてくるぞ!
さぁ長い直線の追い比べだ!
スマートボーイ、ここまでか! 先頭に立ったのはやはりアドマイヤドンだ!
引き離しにかかります、アドマイヤドン!
二番手はトーシンブリザード、手応えは悪く無い!』
メインスタンド前のストレート。実況が、大観衆が見守る先頭争い。
だがその視界外から彼女はきた。
『ヘリオポーズが上がってくる!
あと二〇〇メートル! アドマイヤドン、逃げ切れるか!』
じわじわと差が縮まっていく。ヘリオポーズはトーシンブリザードを抜き、二番手となっていた。
差は二バ身。
『残り一〇〇メートル!
踏ん張るアドマイヤドン、アドマイヤドン!
アドマイヤドンだ、アドマイヤドン、ゴールイン!
アドマイヤドンです!
国内無敵アドマイヤドン、今年最初のGⅠを制しました! さぁ、次は世界だ!』
三着にノボトゥルー、トーシンブリザードは四着だった。
「——ッキショォ‼︎」
勝ちきれなかったシニア級初戦。思わず漏れる歯痒き悔しさ。
喜びをあまり表に出さないままウイニングランに入るライバルに並走して、健闘を讃えてついでに宣戦布告を叩きつける。
「ポーズの挑戦なら喜んで受けるよ。でも次はかしわ記念じゃ無いよ。多分、お互いに」
「は? どういうことだよ」
含みのある言い方が気に入らず、問いただすがアドマイヤドンは笑って返すだけだった。
その意味を知るのは、ライブが終わった後である。