「兄について?」
「はっ。是非お願いします。」
栗色の髪の毛に、白い物が混ざり、目元にはシワをもつ老いた女性、アンリエッタ・テューダー太后。
そんな彼女に、近代トリステイン史において大きく関わり、数年前に崩御なされた「ザナック・ド・トリステイン」についてトリステイン王国出身の青年将校、ティーダ・ド・ラ・ロッタは話を伺う。
「…どこから話したものかしら。とりあえず、私よりもはるかに頭脳明晰な人だったわ」
「そうでしょうか?誰かの補佐という立場であればもっと才覚を発揮出来たという話を伺いました。」
「当時のトリステイン王家で、兄の上に立てる人物なんていなかったわ。私は女の身だし。」
「……」
「話してあげるわ。ザナック・ド・トリステインの妹から見た彼の一面、というのは後世の歴史家にとって貴重な資料になるでしょう?」
「はい!よろしくお願いいたします。」
「まず…。兄は生まれた時、周りから死産だと思われていたわ。でも、そこから息を吹き返した…。」
「その話は、真実だったのですか?!てっきり、ザナック陛下を貶めるための嘘だとばかり…。」
「こんな嘘をついたら不敬罪よ…。幼少期は時折錯乱し、リ・エスティーゼだの、お父様に対してランポッサだの言っていたらしいわ。そういった言動のせいで、婚約も中々決まらなかったわ。」
「は、はぁ…。」
「健康に問題があり、そして精神もまともとは思えない。水メイジもお手上げな状況が続いて、お母様が私を身ごもった時は早くもスペア扱いだったと聞いているわ。」
「ですが、生まれたのは…。」
「そう。女の子。妹が生まれたと知った兄は無理やり入ってきて…。生まれたばかりの私をじっと見つめて…深く、深く呼吸をして…。それ以降は錯乱することは無くなったわ。だから、錯乱していた頃の兄については、私は直接見聞きしたわけでは無い。私が知っているのは…。」
アンリエッタ太后は、目を閉じて考える。
「私の方が多少魔法が使えるというだけで、『私に然るべき婿を取らせて、その者をトリステイン王にすべし』と周囲の者から言われても、私を逆恨みするどころか優しく接してくれる、王の器を持つ人だった。貴方は、自分の弟や妹が、自分よりも魔法が使えて比べられて馬鹿にされて…それでも弟や妹に優しく出来るかしら?」
「それ、は…。ですが、アンリエッタ太后様は水のトライアングルではありませんか!」
「水のトライアングル、という点以外で兄に勝っている点は無かったわ。王家の血を引いていて魔法が多少上手なだけのお飾り、それが私。」
一息ついて、アンリエッタ太后は告げる。
「さぁ、ここから長くなるわよ。メモの準備はいい?」
「はいっ!」
「まず、兄が行った政策についてだけど…」
―――――
同時刻。
トリステイン王国、オルニエール領主の館にて。
「お初にお目にかかります!ザナック陛下の懐刀、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール様!私は、ジェミー・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフです!」
金髪をサイドテールにまとめ、元気いっぱいの女の子が使い魔たる風竜から降り立つ。
クルデンホルフ大公国の一門に連なる名家の令嬢は、亡き陛下の信任厚く数々の功績を打ち立てた男に敬意を払う。
「ようこそ、オルニエール領へ。ザナック陛下についてだったか?何が知りたい?と言っても…ザナック陛下のお妃様か、妹様の方が詳しいと思うが。」
「いいえ。ザナック陛下から一目置かれていたサイト様からお話を伺いたいと思って参りました!」
「と言ってもなぁ…。俺の出身は知っているか?」
黒髪黒目。老いて白髪も増えつつあるが、数々の激戦を潜り抜け、ヴァリエール公爵家の三女を娶り、ザナック陛下から領地と爵位を得た平民の剣士。
伝説の使い魔、ガンダールヴ。
「アーベラージ、でしたか?ロバ・アル・カリイエにあるという…。」
「ああ。といっても、今後訪れるロバ・アル・カリイエ出身者が話してくれるところと相違点は多いだろうけど」
「…恐れながら。サイト様は故郷に帰りたいと思ったことは?」
「誰が帰るか、あんな環境が破壊しつくされたディストピアに。」
きっぱりと告げるサイト。
「し、信じられないのですが…。自然が無いとは?どうやって食糧を得ているのですか?」
「そのまんまさ。雨は酸っぱい匂いがするんだ。草木も枯れている。食事は合成食物とか、サプリメントだ。」
「?!リュリュ様が開発した魔法の産物ですよね?!」
「リュリュさんはハルケギニアから飢餓を無くした人物として歴史に名を残すべきだし、ザナック陛下は回顧録にその名前を刻んでいる。」
「ザナック陛下が?!」
「ああ。為政者としては相当優秀だと思う。俺は、あの人の騎士になれたことを誇りに思っている。そうだな、まずは俺と陛下、当時はザナック殿下と、初めて出会ったところから話す。」
「よ、よろしくお願いします!」
―――――
ガリア王国の喫茶店にて。
「カイル・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、と申します。シャルロット様」
「…私に聞きたいことがある、とか。」
「はっ。」
金髪のトリステイン王国出身の青年は、そう言ってかしこまる。
スレンダーで小柄だが、髪の毛は青々としている。
シャルロット様の使い魔という、『眼鏡をかけた知的な印象を受ける氷竜』が傍らに寄り添っている。
「ガリア貴族から見て、ザナック陛下はどのような方でしたか?」
「…ガリア王ジョゼフと渡り合えた優秀な王。結局、ザナック王が生きている間、ジョゼフはトリステインに介入できなかった…。」
「恐れながら、物量で攻め込むことも可能だったのでは?」
「大義名分が無ければ、軍は動かせない…。そしてザナック王は、その大義名分を失わせる事で伯父の、ロマリアの介入を阻止し続けた。」
一呼吸置く。
氷竜が本を読み終え、興味深げに金髪のトリステイン人に目を向ける。
「話してあげる、若きトリステインのメイジ。ガリア人から見た、ザナック王について。」
「よろしくお願いします!」
「ところで、ここの食事は貴方の会計持ち?」
「お任せください。」
「では、遠慮なく。ここからここまで全部持ってきて」
「…へ?」
という訳で、プロローグにしてエピローグ的なモノを投稿しました。
ザナックがトリステイン王家に転生するという話を執筆していきます。
アンリエッタ姫はアルビオンにいますし、サイト君は『環境が破壊しつくされたディストピア』な故郷に帰らずハルケギニアに留まりました。
後、タバサさんの使い魔は「眼鏡をかけた氷竜」です。